暑い日 ( イラスト)
イラストは前回同様に、中村さんに描いていただいてます。
絵の感じが前回と全然ちがいますが、美しい絵で気に入っています。
「ねえ」
ぼくはツンと澄ました顔で、隣りに座っているナミホに話しかけた。
ここにはさっき来たばかりだけど、ぼくは我慢できなかった。
強い日差しで首筋や腕が焼かれて、ピリピリするし、お尻や足の裏も熱せられた砂のせいで火傷しそうだ。
「熱い、ここはだめだ。黒焦げになっちゃうよ」
ぼくは立ち上がって言った。
ナミホは海から目を離し、僕の顔を見た。そして、クスクスと笑った。
「そうね、黒焦げになりたくないわ」
ナミホも立ち上がって、お尻の砂をはたいた。
海は凪いで穏やかだった。大きな入道雲が空いっぱいに広がっていた。
ぼくたちは手をつないで歩く。
「ねえ」
ぼくはまた言った。
「今日もあいつを待っているの?」
ナミホはぼくの声が聞こえていないみたいに、表情も変えないで知らんぷりをする。
木陰に着くとぼくたちは腰を下ろした。
日向とは違い涼しい。風邪も冷たく感じられる。
髪をかき上げるナミホの爪がキラリと光った。
「マニキュアなんて、ぼくはきらいだ。そんなのナミホには似合わないよ」
ぼくはナミホの爪を見ながら言った。
「そうかしら。わたしはそうは思わないわ」
ナミホは腕を伸ばして、自分の手をかざし、首を少しかしげて言った。
さくら貝色のマニキュア。少しラメが入っている。
ぼくは初めて、マニキュアを付けたナミホの指を見た時、きれいだと思った。細い白い指に薄ピンクのマニキュアはよく映えていた。
だけど、あいつに塗ってもらってと聞いたら急に腹が立った。
ナミホは自分の指を見てうっとりとしている。
「今日はあいつのバイクになんて乗らないで、ぼくと一緒にここで過ごそうよ。お願いだから」
ぼくは心からそう思って懇願した。
でも、その時、
ブルルルル・・・。バイクの音が聞こえてきた。
「あっ」
ナミホは素早く振り向き、立ち上がろうとした。
ぼくはナミホの腕をつかんだ。でも、
「いたいっ」
とナミホが言ったのですぐに離した。
「行くの?」
ナミホは何も答えず、ぼくの方も見ないで走って行った。
バイクに駆け寄るナミホに男がヘルメットを渡す。
日に焼けた肌、白いTシャツにジーパン。少し長めの黒髪で飾り気のない笑顔。
ナミホは渡されたヘルメットをかぶり、バイクの後ろに飛び乗った。
男はぼくの方を見ながらナミホに何か話している。ナミホがそれにうなずくと、男はぼくに頭を少し下げてから、ゆっくりとバイクを進ませた。
遠ざかるバイク。
ぼくは悔しいけど、どうしょうもない。
でも、ナミホがあいつと会うおかげでぼくはナミホと毎朝ここで会うことができる。だから、少しは感謝しなくてはいけないのかもしれない。
けれど、やっぱり悔しい気持ちはおさまらない。だって、あいつはナミホを連れて行ってしまうのだから。
ナミホは偶然ここであいつと出会ったと言っていた。あいつは絵描きで、ナミホにぜひ、モデルになってほしいと頼んだらしい。
そりゃ、ナミホみたいな美しい女の子を見つけたら、絵描きでなくても声ぐらいかけたくなると思うよ。
でも、ナミホもナミホだ。ひきうけたりするなんて。ちょっと信じられない。
あいつは、大橋を渡った向こうの島の、廃坑になった小学校で、ナミホの絵を描いている。そこは芸術家っていうやつらが集まるところで、それぞれいろんな物を作っているらしい。
芸術なんてぼくにはわからないけれど。