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後編

「ふふふふふん~♪ ふんふん~♪」


 スウがじとっと白い目を向けてくる。


「完全に浮かれちゃってるねえ……」


「だって久々の『まんが図書館デート』なんだもん」


 冬休みの間、山田君は里帰りしてしまっていたから。


「現実見ようよ。デートだと思ってるのは太恵ちゃんだけだよ」


 ちょいちょいと隣を指さす。

 目を向けると、山田君は相変わらず黙々とイラストを描き続けている。

 やっぱり模写なんだけど、わたしが見ている間だけでも見違えて上達した。

 線が自然で滑らかで活き活きしている。

 自信がついたら「山田オリジナル」に挑戦するって言ってたけど、その日も近そう。

 いったいどんなの描くんだろうな、すっごく楽しみ。


 よし、最後の問題解けた!


「太恵ちゃん、おめでとう! レベル25だよ!」


「やった……って、まだ答え合わせしてないよ?」


「合ってる、合ってる。今回はオマケ。せっかく目標達成したんだからタイミングよく、お祝いしないと」


 スウがそれを言うか。


 でも、すっごい達成感。

 しかも予定よりかなり早く。

 なんだか呆けちゃう。


「太恵ちゃん、気を抜くのはまだ早い! 目標はH大付属合格で、レベル25達成じゃないんだからね!」


 どうして今日ばかりは、言うべきときに言うべきことを言うんだろう。

 不吉な予感がしてならない。


 山田君が腕を突いてきた。

 いつもの合図だ。


※※※


 いつものベンチで、いつも通りにお茶を入れ、いつも通りにお菓子を渡す。

 そしてわたしの分まで全部食べてしまうのもいつものこと。

 いつものように、おかたづけをする。

 毎日同じいつものイベント。

 でも、そんな当たり前が素敵に心地いい。


「レベル25達成、おめでとう」


「ありがとう」


「今日で図書館通いも終わりか。ちょうどよかったな」


 えっ?


「どういうこと?」


「僕もそろそろH大付属受験の準備始めるつもりだったから。目標達成するまでは付き合うつもりだったけど、これで取りかかれる」


 そういうことか。でも……。


「山田君に準備の必要なんてあるの?」


 なんか、ちょっとムッとした。


「『石橋は鉄板を敷いてダイアモンドコーティングした上で渡れ』というのが父さんの教えなんだ。僕も納得してるし、万全には万全を期したい」


 かえって重さで潰れちゃいそうな気がするんだけど、そんなこと言っちゃいけない。


「そっか」


「太恵もA判定とったといっても半分はまぐれ。他の科目固めないとね」


「ぐう……」


 どうしてやる気そぐようなこと言うかな。

 何でもその通りだからってその通り言っていいわけじゃないのに。

 だけど、これが山田君だからな。


 山田君が立ち上がる。


「戻ろうか。H大付属には二人で合格しよう」


「うん」


 そして遅れて嬉しくなる台詞を言ってくれる。

 これもまた、いつもの山田君だ。


※※※


 二月一三日、H大付属受験前日。

 そしてバレンタインデー前日。


「算数の問題解くんじゃないのに呼び出さないでくれないかなあ」


 算数の問題があれば妖精を呼び出せる。

 だったらもしかして……と手の甲に【1+1=】と書いてみた。

 するとスウがふくれっ面しながら現れた。


「それだけスウと一緒にいたいってことでさ」


「そういう台詞は今作ってるチョコを渡す相手に言うべきじゃない?」


「言えるわけないじゃない!」


 そもそも告白なんて考えてない。

 だけど、せめてチョコは渡したい。


 二ヶ月ちょっとの間、ずっと放課後一緒にいた。

 それでもわたしなんかが山田君と釣り合うなんて思えない。

 ううん、それ以前に彼は自分にしか興味がない。

 もし女の子に興味あれば、とっくに他の誰かが横にいたはず。

 そう思うと胸がしめつけられる。


 しかもまんが図書館で会えなくなって寂しくて。

 学校では毎日会ってるけど、漫画の受渡し以外で話すことは元々なかったから。


 そんなこんなで山田君のことを考えないよう、ひたすら問題を解いた。

 おかげで明日の本番は「どんな問題でもかかって来い」な気分。

 災い転じてなんとやらだけど、あんまり嬉しくはないな……。


「太恵ちゃん、そろそろ冷凍庫から出していいんじゃない?」


 チョコ作りはほとんど終わり。

 残すはシリコン型から外してラッピングするだけ。


 本当は全身全霊込めたチョコレートケーキを作りたかったところ。

 だけど試験会場だから邪魔になるし、「眠くなったら食べて」と渡すつもりだし。

 あえて一口サイズのありふれたチョコにした。

 ラッピングも紙袋に入れてリボンシールを貼るだけ。

 他の受験生達が見て変に思わないように、気軽に食べられるように。


 一つつまんでみる。

 うん、よくできた。


「スウも食べられたらいいんだけどね」


 人間界の物体を触ることはできるけど、食べるのは無理だとか。


「でも込められてる心を味わうことはできるよ……美味しい! これなら山田君も絶対喜んでくれるよ!」


 いつになく素直なスウ、それだけに自信が持てる。

 明日が楽しみ。


※※※ 


 試験会場、山田君と出会えたのでチョコを渡した。

 考えていた台詞と一緒にさり気なく。

 いつも通りに喜んでくれるはず。


 しかし、わたしの期待は裏切られた。

 山田君が受け取ったチョコを見やりながら口を開く。 


「これ、太恵の手作りだよね?」


「そうだよ」


「チョコなんて作ってる場合?」


「えっ」


「そんな時間あるなら勉強すべきじゃないの?」


「そっちはもう全力を──」


 しかし、わたしの言葉は遮られた。


「いくら全力出したって足りないよ。合格できるか、ギリギリのラインなのに」


「いや、あの──」


「なんか、がっかりしちゃった」


 そ……そこまで言うんだ。

 わたしがどんな思いでそのチョコ作って、さっきどんな気持ちで渡したか。

 ああ、もういい!


「山田君のバカ! どうせわたしはあなたみたいな天才じゃありません!」


 ──叫んで、走って、教室入って、予鈴が鳴って、そこまでは覚えてる。


 気づいたら一科目目の国語が終わっていた。

 わたしは答案用紙に何を書いたか覚えてなかった。


※※※


 二科目目、算数。


「この問題は……って、聞いてよ! 手を動かしてよ! このままじゃ試験落ちちゃうよ!」


「落ちたっていいよ。もう完全やる気ない」


「落ちたら山田君とH大付属に一緒に通えなくなっちゃうよ!」


「あんなひどいこと言う男、どうでもいいよ」


「きっと緊張してたんだよ。山田君だって人間なんだから」


 いいや、あいつは宇宙人だ。

 きっと体の中には紫色の血が流れてるに違いない。


「まだ挽回できるって! 今の太恵ちゃんなら算数満点取れるから!」


「どうでもいいよ。スウにそんな当たり前な台詞は似合わないよ」


 大体わたし、何を熱くなっちゃってんだろ。

 元々はお母さんに言われるまま受験勉強してただけなのに。

 どうしてこうなったのか。


「ああ、もう!」


 ん? スウがわたしの目の上へ近づいてきた──痛っ!

 何て事を!

 離れたスウが手にしていたのは一本の毛。


「人の眉毛抜くなんて信じられない!」


「耳を貸さないからだよ。いい? よく聞いて。本当ならあたし、太恵ちゃんを地獄送りにすることだってできるんだからね」


 こんな剣幕のスウは初めて。

 黙って頷く。


「あたしだって太恵ちゃんにつきっきりで一緒に頑張ってきたんだよ。太恵ちゃんのレベル上がっていくのが嬉しかったんだよ。そして一ヶ月後に太恵ちゃんが合格して喜ぶ顔が見たくて教えてきたんだよ」


「わかってる」


「わかってくれてるんなら、あたしの想いまで壊さないで! 二人で一緒に過ごしてきた時間をなかったことにしないで! あたしのために頑張って!」


「スウ……」


「太恵ちゃん……お願いだから……」


 わんわん泣き出した。

 でも、そうだよね。

 ここまで二人でやってきたんだ。

 だったら最後まで二人で頑張ろう。


 鉛筆を握る。


「スウ、この問題はどう解くの?」


 ──試験が終わった。


 スウの言う通り、算数は満点取れたと思う。

 理科と社会は持てる力を出し切った。

 感触は五分五分、あとは神様に任せよう。


 携帯の電源を入れると、山田君からメールが入ってた。


【チョコありがとう。言いすぎてごめん】


 謝るくらいなら最初から言わなければいいじゃん。

 そしてお礼は受け取ったときに言うものだ。

 もう、あんな奴知るものか!


※※※


 三月一四日、合格発表日。


「スウ、番号あったよ!」


「やったあ! おめでとう!」


「ありがとう! スウのおかげだよ!」


「あたしと『山田君』のね」


 スウがあてつけがましく名前を強調する。

 これもあたしと山田君が、あれ以来ずっと口をきいてないせい。

 でも、言われなくたってわかってるよ。


 頭が冷えてから、やっぱりあの物言いは理由があるんじゃないかと考えるようになった。

 わたしが合格しようと落ちようと山田君は困らない。

 だったら山田君がわたしにお説教する義理なんてない。

 それに「がっくり」は「期待してた」の裏返しなことにも気づいた。

 彼がわたしに何を期待してたのかはわからない。

 でも気にかけてくれていたことは間違いない。


 それにやっぱり……山田君が好きだ。

 家に帰ってプリントを見たら、彼がこれを全部作ってくれたんだよなあと。

 小畑君から助けてくれたのもだし、お菓子を美味しく食べてくれるのもだし。

 何より受験当日のことも「彼なら仕方ないか」と結局許しちゃってるし。


 メールの返事しなかったのもあって、あれから口をきいてない。

 でもわたしから話しかけるのはシャクに触る。

 こんな気まずくなったまま、さようならになっちゃうのかな。

 彼は絶対合格してるから同じ学校には行くんだけど。

 いっそ落ちてた方が悩まなくてすんだのに。


「太恵、合格おめでとう」


 えっ、いや、驚くこともないんだけど。

 振り向くとまさに今聞きたくて聞きたくない声の主が。


「ありがとうって、まだ結果教えてないよ」


「落ちてれば、さっさと帰ってるはずだから」


 合ってるけど!

 どうして山田君はそういう物言いしかできないの!


「そだね、じゃあ」


 あ、イラっとした勢いで背を向けてしまった。


 ──しかし、逃げ去ろうとしたわたしの右腕は掴まれていた。


「太恵、僕の話を聞いて」


 再び山田君に体を向ける。


「話って何?」


「入試当日のことだけど……」


「もういいよ。山田君から見て全力を尽くさなかったわたしが悪うございました!」


 どうしてわたしの口からはこんな台詞しか出てこない!


「そうじゃなくて!」


 叫び返された。

 こんな感情むきだしの山田君は初めて。

 びっくりして固まると、気まずそうに続けてくる。


「僕……太恵のことが好きみたいなんだ」


 は?


「里帰りしてた冬休みの間、ぽっかり穴が空いちゃった感じがして。そうか、太恵がいないんだって気づいて。ずっと一緒にいたいなと思って──」


 はあ。


「──H大付属一緒に行きたいから生まれて初めて勉強必死に頑張って、でも迎えた受験当日チョコ作ってたって知って、太恵の方は僕と同じ気持ちでいるわけじゃないんだなって──」


 はあ。


「僕のわがまま押しつけちゃってごめんなさい。仲直りしてください」


 どうして、この人はこんなにずれてる。

 好きな人に好きと告白してもらえたんだよね、これ?

 それなのに全然きゅんきゅんしない。


 ただ……なんか安心する。

 わたし達はこれでいいんだろうなって。

 二人とも妖精が見えるくらいだし、自然に波長が合っちゃってたのかもね。


「こういう時は『仲直りしてください』じゃなくて『つきあってください』だよ」


「それじゃ……」


 今度はわたしから山田君の手を握る。


「一緒に入学書類もらいに行こうか」


「あ、ちょっと待って。これホワイトデーのお返し──」


 山田君がカバンからスケッチブックを取り出す。


「──初めての『山田オリジナル』。もらってくれると嬉しい」


 受け取──る!


「これは……わたし?」


 ぽっちゃりしててマシュマロみたいな女の子。

 でも、かわいい。

 ふんわかほわほわしてて優しそうで。

 見てるだけで心が癒される。


 スウが覗き込む。


「すっごい似てる! しかも上手い!」


「わたし、こんなかわいくないよ」


「あたしから見た太恵ちゃんって、こんな感じだよ。妖精の目には長所が引き出されて映るんだ」


「そうなんだ」


「きっと、山田君の目にも同じように映ってるんじゃないかな?」


「えーっ!?」


「それより、ほら。山田君が感想待ってるよ」


 スウが山田君を指差す。


「どう……かな」


 こんな自信なさげな彼は初めて。

 そっか、テストと違って正解なんてないものね。


「わたしがわたしを好きになれそうなイラストありがとう! 額に入れて飾るね!」


 山田君の顔がどことなく緩む。


「気に入ってもらえてよかった。次は話作りの練習したいから、これからもまんが図書館付き合ってくれる?」


 うん、とだけ返すのもな。

 ちょっと意地悪そうな笑顔を作ってみせる。


「お菓子もたっぷり作ってきてあげるからね。山田君が食べきれないくらい!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 算数の妖精、実際にいたら私も算数を頑張れたかも……そんな風に思わせて頂ける作品でした。 個人的にすごく良いなぁと思ったのが、魔法ではなくきちんと本人達が頑張って努力することが結果に結びついて…
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