後日談
ほぼ会話劇。
あれから、数日。
私とお父様は揃って陛下の応接室を訪れていた。
「アイビー。そして、オーガスト公爵。この度はうちの愚息が誠にあいすまんかった。この通りだ」
入室を許されてすぐ、陛下が頭を下げる。
王妃陛下も隣で頭を下げていた。
「両陛下、頭をお上げください。陛下方に謝罪いただく理由はございません。貴方様はこの国の王であり、公爵家といえども、我が家は一家臣に過ぎませんから」
私は陛下が謝罪をしたことにすごく驚いたのだけれど、お父様は驚いた様子もなく淡々と冷静に返している。
何、なんでそんな冷静なの。お父様。相手は国王陛下よ。
「軽々しく下げてよい頭ではないのは私が一番良く知っておる。が、しかし、アイビーだけではなく、オーガスト家にも大変申し訳なく思っている。歴史を紐解けばわが王家の傍には絶えることなく宰相家としてオーガスト家があった。二心無く、ただ国の為、民のために心を尽くす臣下がどれほどまでに得がたい存在であるのか。あれにはそれが分からなかったのであろうな。
私の代わりはいくらでも用意できようが、オーガスト公爵家に、宰相である公爵には代わりがいない。こんなことになって、私個人としては、ひざまずいて許しを乞いたいくらいだ」
「…………。聞かなかったことにします」
そうしてください、お父様。
心臓に悪いので陛下、決してそんなことしないでください。
「この国の王としてではなく、アルメニアクムの父親として謝罪させてほしい。正式な謝罪ではなく心苦しいが、立場上、申し訳ない。アイビーの払ってきた王妃になるための努力を思えば、アルメニアクムに処罰を与えて、オーガスト家に賠償金を払ってそれで終わりと言うわけにはいくまいて。彼女にはこれからの将来があるのだからな。子の不始末を親が詫びるのは当然であろう。それが例え王族であろうとも、公爵家であろうともな」
真摯な態度の陛下は、疲れたような表情で心配になる。
隣の王妃陛下も、いつもの凛とした姿ではなく、綺麗な白金の髪が少し乱れていた。
「ええ。私も、このような形になって非常に残念です。
アイビーには私の社交界での術を余すところなく伝えてきましたし、私には娘がおりませんので、本当の娘のように思っておりましたのよ。……もうすぐ、本当の娘になるはずでしたのに」
目を伏せまつげをふるわせるその姿に、私もじわりと涙が滲む。
「王妃様。勿体ないお言葉ですわ」
私の、長年の目標だった人。
泰然と微笑む姿が美しく、陛下の後ろを歩みながら、周囲への気配りも忘れない。王妃の鏡のような人。
私への教育も厳しくはあったが、けして上から押さえつけるようなものではなかった。
王妃教育が始まってから、忙しい合間をぬって何くれとなく目を掛けてくれていたのを私は知っている。
共に過ごした時間は、下手をすると実の母親よりも長いかもしれない。
王妃陛下と、手を取り合って少しの間思い出に浸る。この十年、泣きたくなることも何度もあった。
逃げ出したくなったこともある。
王妃だって完璧じゃない。間違えることもあるのに、それの謝罪は許されない。
取るべき責任は多く、期待は大きく、こなして当たり前の毎日を過ごすこと。
高すぎる地位ゆえに生まれる、その苦しみを語ってくれた日があった。
共に立つ王のそれは王妃の比ではない。
しかし、それを分かち合うことの出来る存在として王妃がいて、王に頼られ支えることの喜び。
人間には手は二本しかないが、他ならぬ宰相である父や各大臣に力をかりれば、その手をどこまでも伸ばすことが出来るのだということ。王族というのは辛いだけの生活ではないのだと。
そんな壮大な話や、はたまた最近変わった料理長が作るお菓子が可愛らしくておいしいのだとか、そんな他愛もない話まで。
今後も繰り返されるであろうと思っていたそのお茶会すらも、立場が変われば当たり前ではなくなるのだということに、今更ながら悲しみが寄せてくる。
国王陛下も、そっとハンカチを差し出してくれた。やさしい。
「いえ、陛下。娘にも甘いところがありました。殿下の暴走に気づいていながら、臣下の務めである忠言を怠っておりました。自分のことで手一杯で、殿下の更生のためにやれるべきことはあったはずです」
そんな感傷をきっぱりと切って捨てたお父様。きびしい。
鬼の宰相のあだ名は伊達ではない。出来れば少し陛下の優しさを見習ってほしい。わが父ながら。
私の王妃教育やら学院での煩雑なあれこれを、自分のこととはっきり言い切った。殿下の一連も、暴走だとはっきりと。
噂によると少しでも甘い施策を提案しようものなら無表情で質問責めにされるらしい。
お父様の部下の方が嘆いているのを聞いたことがある。
その苛烈さは私の侍女であるカロライナによく似ている。
いや、カロライナの手厳しさが私のお父様に似ている。我が家の使用人たちにはその傾向が強いのだけれど、カロライナの鉄壁ぷりは随一で。まさにこの主にしてこの従ありといった感じだ。お父様とカロライナの過ごす時間はそう多くないはずなのにこうまでお父様の教えが浸透しているのは何故。
まあ何はともあれ、非公式とはいえ、陛下の心からの謝罪を我が家は受け入れた。
一方的に婚約を破棄したこと、不当に貶めようとしたことへの賠償はおいおい話し合っていくようだ。
その後、陛下に促され、両陛下と向かい合って皮張りのソファに腰を下ろす。
当事者であるからと、殿下たちの顛末をみずから語って下さった。
正式な調査により、ユリオプス殿下の言っていた通りエリカ嬢は隣国を賑わした令嬢であったことが判明し、この国においては男爵家に潜り込んだだけの一般市民でありながら王家を惑わし、次期王妃であり公爵家の令嬢を貶めようとした罪で、一年をほぼ雪に閉ざされる規律の厳しい北の修道院にて一生祈りの日々を過ごすことになった。休日はなく、友人や家族に会うことも許されない。まあ、彼女にそんな存在が居るのかどうか定かではないが、当然今後も作ることは許されない。
(隣国にも一応連絡は取ったが、関わりたくないとの返答があった。まだその後のごたごたが収束してないらしい。心中お察しする。なんせ人事じゃない)
殿下は王妃陛下の言葉通り、王家の籍から外れ一般市民に。暑さの厳しい南の辺境の地で農地を開墾する労働者のまとめ役として任に就くことになった。
開墾者たちは一様に逞しく。みな肉体言語を駆使する方々なので、権力には滅法強い。殿下自身が心底成長しなければ話も聞いてもらえないだろう。一応王妃の縁戚のものがお目付け役としてついていくので逃走は不可。根っからの温室育ちの殿下に耐えられるだろうか。甚だ疑問である。
想定以上に罰が重くて驚いたが、エリカ譲は国外追放くらいではへこたれず、また別の国で問題が起きても困る為に、捨て置くわけにはいかず。
殿下は私への狼藉だけでなく学院での傍若無人な振る舞いを鑑みて、性根を叩き直すための意味合いもあるのだという。
殿下には現状告げられていないが、開墾が成功すれば、王家へこそ戻れない物のそのまま辺境伯への就任も視野には入れられているらしいので今後はそれこそ本人次第。悪い条件ではないのではないだろうかと思う。
王妃陛下からは甘い対応かもしれないと謝られたが、我が家としては、社交界での噂も我が家は完全に被害者であり、殿下とエリカ嬢がひそやかに笑われるくらいであったので被害はない。ユリオプス殿下が上手くあの場を納めたので、王家の評判の急落もアルメニアクム元殿下のみに留まっている。これを機に国が発展するのであれば否はない。
二人はそれぞれ書状一枚で、あの騒動の翌日には強制的に出発したらしい。
おそらく二人は二度と会うこともないだろう。あんなにもぴったりと思いあった二人だったのにあーあーかわいそはいはいと、二人それぞれ苦労の絶えないであろう今後を思うと、今日もお紅茶おいしい。
いえ、なんでもないですおほほ。
騒動の渦中にあっても、私の平素の評判と王妃陛下の擁護もあり、私自身の評判も概ね変わらなかった。
ましてや三大公爵家の一家、清廉潔白と名高いオーガスト家の令嬢だ。
少々の瑕疵で傷つくような私ではない。
とはいえ、結婚適齢期だ。
アルメニアクム殿下とは婚約を破棄してしまったので早々に次の婚約者を見つけなければいけない。
「国王陛下。ユリオプス殿下が入室を求めております」
会話がひと段落ついたタイミングで陛下に侍従から耳打ちがあった。
「それでは、私はこれで。御前失礼致します」
お父様が陛下にそう告げて立ち上がろうとしたので私もそれに倣おうと腰を浮かせた所で、陛下から止められた。
「ああ、ちょっと待ってくれ。おそらく、二人にも関係のある話なのだ」
「聞きましょう」
「両陛下、失礼致します」
再度腰を落ち着けると、ユリオプス殿下が部屋に現れた。
長い手足で颯爽と歩く殿下は今日もかっこいい。首に巻いた新緑色のスカーフが実にさわやか。
ユリオプス殿下に会うのは実はあのパーティ以来だ。
忙しい殿下がなぜあのタイミングで帰国していたのか、なぜ私を欠片も疑うことなく信じてくれていたのか。
ちゃんと話が出来ていないのでそこの所もよくわからないままだ。
まだ、殿下への気持ちも、心の奥にしまったまま。
ちらりと視線を送れば、にっこりと微笑んでくれた。
今日はいつにもまして機嫌がよさそうに見える。
「ユリオプス王太子殿下。このたびは王太子へのご就任誠におめでとうございます」
「ああ、オーガスト公爵。ありがとう。これから帝王学を改めて学んでいくので、宰相である公爵には政務に関して何かと伺うこともあると思う。宜しく頼むよ」
「お任せ下さい。ユリオプス殿下は非常に優秀であらせられる。周辺国のこともよくご存知でいらっしゃるのですぐに問題なく執務をこなせるようになるでしょう」
「はは、公爵にそこまでいわれると期待を裏切るわけにはいかないな」
「いえ、事実を申し上げたのみです」
笑顔の殿下とは裏腹に、にこりともしないお父様。
しかしいつもよりも声に険がない。殿下に期待しているのは本当なんだと思う。
心なしか言葉の端々に アルメニアクム元殿下と違って アルメニアクム元殿下と違って という副音声が聞こえた気がする。
殿下も絶対それに気づいているはずなので、さわやかに笑っていたが、内心プレッシャーを感じているに違いない。
それにしても、アルメニウム殿下が王家から抜かれて、ユリオプス殿下にとっては良かったのだろうか。
王位についてしまえばおちおち外交になど行けはしない。
それは自由を愛する殿下にとって不本意なことではないのだろうか。
「それで、陛下。あの件は公爵に打診していただけたのでしょうか」
和やかだった雰囲気が、固まった。
両陛下は殿下から目線を逸らし、お父様はため息をついた。
お父様が陛下の前でため息をつく所なんてはじめて見た。
それにしても、お父様がため息をつくような話ってなんなのだろう。
「陛下、まだなのですか?」
「う、いや、大事な話しだし、すこし機会を伺っていたんだ」
あんなことがあって、こちらからさすがにそう簡単に切り出せる話でもあるまいよ、と陛下がぐちゃぐちゃ言っている。
殿下の眉間にしわが寄った。たじたじになる陛下もまた珍しい。
前王妃と同じ灰色の瞳でにらまれると蛇に睨まれた気分になるのだと陛下は後で語ってくれた。
「では、自分で言います。公爵、」
「お断り致します」
「おや、まだ何もいって無かったと思ったが」
「言われることは大体予想が付きます」
え、な、なにこれ。
ぽんぽん軽快に交わされる言葉。決定的なことは何一つ言っていないのに二人にはそれで十分伝わっているらしい。
そして次の殿下の言葉でお父様は言葉に詰まってついに黙り込んだ。
「アイビーを私にくれないか」
「え……」
思いもよらない言葉だった。今までそんな話は全く出てこなかったのに。知らない間に私はお父様に殿下の求婚を断られていたらしい。
え、これ、求婚? ユリオプス様が? 誰に? 私に?
「アイビー、初めに伝えておくが、改めて婚約者選びが面倒だとか王妃教育が大変だとかそういった話ではないんだ。それだけは誤解しないでくれるとありがたい。公爵も、これがアルメニアクムの尻拭いで責任をとるとかそういった気持ちは一切ない」
「…………そうですか。ユリオプス殿下はアルメニアクム様が婚約を破棄なさった責任を取られるおつもりかと。そうであれば娘のためにはなりえません。娘には家の都合で望まぬ政略を押し付け、失敗させてしまった。次の社交シーズンまでは娘の意向を汲んで動こうと考えていたのですが……」
ぜ、ぜんぜん知らなかった。
お父様は本当に何も話して下さらないから考えていることがさっぱり分からない。昔から!
それにしても、失敗とか望まぬとか、陛下の前で思いっきりアルメニアクム元殿下けなすようなこと言っているけれど、大丈夫なのだろうか。
ちらりと陛下に目をやれば苦笑していた。まあ確かに元殿下がやったことを考えれば何にもいえないだろうな。
「それに、この娘は殿下にとってはとても都合が良いでしょう」
「……ああ、確かにそうだな」
「アイビー。お前はどうだ」
「え、あの、お父様」
「大丈夫だからはっきり言いなさい」
お父様に意思を問われることもなかなか珍しい。
今日は珍しいことばかりでなんだか楽しくなってきた。
「アイビー。私はあまり国には居なかったけれど、お嫁さんにするならばアイビーがいいと思っていたんだ」
「会うたびに美しく成長しているアイビーを見るのが楽しみで、国に帰るたびに真っ先に君に会いに行っていた」
「確かに私のところに挨拶に来るのは、公爵家でアイビーにお土産を渡した後だったな」
「まあ、そうなんですの」
陛下の漏らしたつぶやきに、笑いがこぼれる。
じっと殿下を見つめれば、いつものようにやさしく微笑んでくれた。
ああ、やっぱりかっこいい。私はこの、目を細めて大事な宝物を見るような瞳をするユリオプス殿下が大好きだ。
そう、大好きなのだ。ユリオプス様のことが。
私には今、婚約者は居ない。破棄されてしまったから。
何も、問題はないのではないだろうか。
大事な物とこの気持ちを天秤に掛ける必要は全くないのではないのだろうか。
気持ちを奥底にしまっておかなくてはいけない、理由など、もうない。
「殿下は、自由がお好きではなかったのですか? その、王位に就かざるを得ない原因になってしまった私のことを怒っていらっしゃるのでは?」
「ああ、それは誤解だ。確かに自由に周辺国を回るのは楽しかったし、勉強になった。でもそもそも、それはいずれ自分が王になるために必要なことだと思っていたからやっていたことだ。私はこの国の第一王子だ。アルメニアクムに王位も、アイビーも譲ったままでいるつもりはなかったんだが」
「え?」
両陛下も、お父様ですらもぎょっと目をむいた。
誰も、何も、知らされていなかったらしい。
「おや、王位をアルメニアクムに譲るとの意思を明確にしたことは無かったはずだけどね」
「アイビーがアルメニアクムの婚約者に取られてしまったときは流石に私も悔しく感じたものだけど、アルメニアクムは母が違うとはいえ私の可愛い弟だったから、まっすぐに育ってくれるのならば、国の為になるのならば、王になるのは私でも、アルメニアクムでもどちらでもいいと思っていた。しかし、成長するにつれだんだんとアルメニアクムは傲慢になってしまった。あれはいただけない」
「あのパーティで陛下も仰っていたように、王とは、常に選択を強いられるものだ。アルメニアクムは、私やアイビーへの劣等感で一杯になって考えることを止めてしまっていた。私たちとは元々の才能が違うと。私たちが行っていた努力を一番隣で見ていたのはあの子だったはずだったのだが……。
周囲に誉めそやされ楽な方に流されるばかりで、いつしか何でも思い通りになると思っていたようだね。
頭が鈍れば、体は腐る。腐った体で動き回れば国は滅びる」
「そんなわけで、学院でエリカ嬢がアルメニアクムに接近しているのを見たとき、あいつの最後の猶予だと思った。目を覚ましてエリカ嬢を退け、原点に立ち返って王になるために必要なことを思い出したのならば良し、そうでなければエリカ嬢共々表から消えてもらうしかないと」
まあ、結果はあの通りだったわけだけど……と視線を外して呟く殿下。
なる、ほど。通りで諸外国を飛び回っているはずの殿下がタイミング良くあの場に現れた訳だ。
「で、では、もう、放浪には参りませんの?」
「放浪って。外交にはもう別の者を立てても問題ないかと思ってるよ」
「ずっと、この国に居てくださるの?」
「ああ。……アイビーは私と共に立ってくれるんだろう?」
「ええ。私は王妃陛下のお墨付きですもの。最高の王妃になりますわ!」
殿下が、私の好きないつもの笑顔で立ち上がって私の前にひざまずいた。
きれいな指先がそっと手をとり、そこに口づけながら言う。
「アイビー、君が良い。私は君だけがいいんだ。どうか、私と結婚してくれないか」
私だけの、特別な笑顔。
思わず席を立って殿下の広げた大きな腕の中に飛び込む。
嬉しい。私の頑張ってきた十年も、全てはこのためだったと思えばなんの悔しさもない。
「ずっと、子供の頃からユリオプス様をお慕いしておりましたの。元殿下との婚約で一度は諦めておりましたけれど、私、諦めなくていいのですわね」
「私も、子供の頃からアイビーが好きだった。子供の頃の夢が叶うよ」
何の苦もなく抱き止めた腕は、旅が多かったせいか少し日に焼けていた。
顔を上げて見上げれば、甘さの滲む灰色と目があう。
そのまま殿下の長い指が私の顎にかかり、顔がほんの少し上を向いたところで、殿下の長いまつげが伏せられて、整ったかんばせが段々と近づいてーー
「んん! んんん!」
お父様が喉を痛める勢いで咳払いをした。
そ、そうだった。お父様どころか両陛下もいらっしゃるのだった。陛下の生暖かい視線が恥ずかしい!
王妃陛下は何も見てない振りをして優雅にお紅茶に手をかけていらっしゃるけど、横目でちらちらこちらを伺っているので意味ない。
全然意味ない。とても居たたまれない。
「我々はそっと席を外すべきだったのではないか、公爵」
「いえ。未だ婚約の済んでない二人です。陛下。二度目の婚約破棄はなりませぬよう」
「ああ、それは私もよくよく気を付けよう」
「アイビー。ああアイビー。よかったですわ。よかったですわね。これでまたあなたは私の娘ね」
「王妃様……」
「では公爵、結婚式の日取りの件だが。準備は済んでいるんだろう。明日でもよいな?」
「ユリオプス殿下、僭越ながらこの国の宰相として言わせていただきますがそれは無茶です。アルメニアクム元殿下の立太式と結婚式を同時に行うはずだったのを結婚式のみ取り止めたのです。それをこのタイミングで相手を変えて再度執り行うとなったら準備に動く者が混乱します。
そもそも、アイビーの済んでいる準備とはアルメニアクム元殿下との式の準備です。アルメニアクム殿下の瞳の色に揃えた宝石。髪の色に揃えたドレスの刺繍。まあ殿下が構わないのであればそのまま挙げますか?」
「よし、では慣例に乗っ取って半年後だな」
「ええ、結構です」
「ああ、王妃。私達早く隠居できそうだな」
「ええ、跡継ぎがこんなにも頼もしければそうですわね、陛下。私、アイビーに後を任せたら色んな所へ外交に行きたいですわ」
「おお、二人で旅行に行くか」
「まあ、あくまでも公務ですわよ。公務。国内と周辺国の視察ですわ」
「おお、国内と外国を回る旅行だな」
「陛下、公務ですわ」
「ああ、そうだな、公務だな」
「南の方も、行きましょうね」
「…………ああ、そうだな」
半年後、エイプリール国では予定通り、王太子の結婚式が盛大に執り行われた。
王太子をよく知る周辺国の王族達、王太子に縁のある者たちがこぞって祝いに駆けつけたと言う。
榛色の髪に橙色の瞳の王太子妃は美しく。
長身痩躯で顔立ちの整った王太子と並ぶとまるでひとつの絵画のようであった。二人は大層仲睦まじい様子で、幸せに溢れた二人の姿は見るものを幸せな気持ちにさせた。その後、民衆の間では二人の並んだ絵姿を幸運のお守りにするのが流行ったという。
特に若い娘の間では、絵姿のなかの王太子妃の白いドレス部分を擦ると特にご利益があるとの噂がまことしやかに流れたが、真偽の程は定かではない。
参列者達の目を引いたのは、王太子の外国で培った縁で手にいれた布を大胆に使ったドレス。
上品な光沢の白で、ユリオプス王太子の色の灰銀と水色の刺繍がよく映えた。
全てが絹でできたそのドレスは歩く度に絹の擦れる絹鳴りの音が優しく、美しく鳴り響いたという。
まあ、鳴り響く訳ないですけどね!
鐘の音じゃあるまいし!笑
ちなみに、蛇足の蛇足として、アルメニアクムとユリオプスのどちらをアイビーの婚約者にするかの話し合いの際、今は亡き、現王妃の父親のごり押しでアルメニアクムがアイビーの婚約者となり、必然的にオーガスト公爵家と王妃の実家の伯爵家を後ろ楯として得たアルメニアクムが王太子に内定することになりました。
ユリオプスは母親が外国から嫁いで来た姫であり、もう亡くなっているので国内に有力な後ろ楯がなく、また本人も未だ子供だったため泣く泣く諦めたという背景があります。
いや、諦めて無かったようでそこから自分がアイビーと王位を手にいれるためにはどうしたら良いかと考えて勉強をしだしたようです。
ちなみに王妃は箱入りのお嬢様だったためユリオプスも血は繋がらないものの自分の子供として認識しており、特にそこらへんの確執はありません。
さて、これにて婚約破棄は最後になります。
間がかなり空いてしまったのにも関わらず、最後までお付き合い頂いてありがとうございました。
最後までエタらずなんとか書ききる事が出来たのはひとえに読んでくださる皆様のお陰です。
実力不足は痛感いたしましたので、これからもっともっと精進していけたらと思います。