48 白狐の店
わからなくなっていた。
吸血魔人の連中から話を聞いたが、逆にますます混乱してきたのだ。吸血魔人らを鉄格子から解放したことは、はたして正しかったのか。あるいは間違っていたのか。
いまは深く考えないようにしよう。
太陽は高く昇っていた。そろそろ昼食どきだ。ふと頭に浮かんだのは、きのうディーフィーと入った店だ。ずっと白狐の獣人のことが気になっていたのだ。またあそこで何か食べようか。
店内に客はいなかった。
「軽いものが食べたい。メニューはあるか」
「恐れ入りますが、夕方前は飲み物以外ですとサンドウィッチしかございません」
選択肢がなかったのでそれにした。飲み物を訊かれたので、要らないと答えた。すると驚いた顔をされたので、一番安いのをミニグラスで出してもらうことになった。
出てきたものを飲んで驚いた。一番安い飲み物が酒だったとは。この店はレストランというより、バーだったようだ。
微かに足音が聞こえてきた。
白狐の獣人族だった。
目が不自由だと聞いている。ゆっくりな歩行であるものの、あまりそれを感じさせない。テーブルの位置を正確に把握しているのだろう。そのうえとても優雅だった。
ピタリとオレの真横で彼女の足が止まった。まるで目が見えているようだった。
「昨晩は誠に失礼しました」
「えっ、いまオレが来たことわかったのか」
匂いで察知できたそうだ。つくづくよく利く鼻だ。ただしここで立ち止まったことについては、鼻だけでは正確な位置まで感じ取れないため、オレの息の音で場所を特定したとのことだった。
さすがは獣人族――と言いたいところだが、ミーンミアの聴覚や嗅覚がここまで優れているとは思えない。たぶん白狐の彼女が特別なのだろう。
「実はお客様がいらっしゃってくださるような気がしておりました。誠に幸せを感じております。わたくしを一晩、連れ出すためにお見えになられたのですよね?」
「いや、そんなことは考えてない」
「てっきりわたくしに会いにお越しくださったのだと、勘違いしておりました。それとも知らず浮かれまして、なんとも恥ずかしゅうございます。それではこれで失礼いたします」
立ち去っていこうとする彼女を引き留めた。
「会いにきたというのは間違ってない。アンタのことが気になってた」
「わたくしを買わずとも、会いにきてくださったことだけで、たいへん嬉しゅうございます。いまは無理でも、いつかわたくしを買われる日をお待ちいたします」
「はっきり言うが、買うことはない」
「では、わたくしのことを気にされてくださったというのは?」
「きのうも言ったと思うが、オレには獣人の友人がいる。だからアンタを見てると放っておけないというか、少し胸が痛むというか……」
「お客様はずいぶんと面倒なお方なのですね。あら、これはたいへん失礼いたしました」
「面倒か。そうだよな」
白狐の彼女がオレの胸元でクンクンと鼻を鳴らす。
「ご友人様は女性ですね」
「確かにそうだが、匂いでわかるのか!? その友人にはずっと会えていないのだが」
彼女は小さく笑った。
「申しわけございません。まったく匂いはしませんでした。いまのは単なる勘に過ぎません。ですがそのご友人様を、心から大切になされていらっしゃるのですね。わたくしを買われないのも当然の話でした。そのご友人様、お客様のように誠実なお方と恋仲になれるとは、なんて幸せなのでしょう!」
「別に付き合ってるわけじゃないけどな」
「はいはい、誰が信じましょうか」
あれ? そういえば付き合ってるって設定にもなってたっけ。獣人を馬鹿にする連中が多いから。
「まあ、どう思ってくれても構わない」
「ご友人様はどんな種類の獣人なのでしょう」
「イイズナ系の獣人だ」
首をかしげる白狐の獣人。
「イイズナ?」
「オコジョみたいなものだ」
「オコジョ?」
「イタチやミンクの仲間だと思ってくれ」
「失礼いたしました。そうですか。きっと可愛らしいのでしょう」
そして会計時。
勘定書には金貨一枚と記載があった。サンドウィッチとミニグラスの一番安い酒だぞ? どういうことだ。何故こんなに高いのだ。ボッタクリ店かっ。
カウンターテーブルに勘定書を叩きつけた。
「納得いかねえ。この金額はなんだ!」
「お客様、無銭飲食は困ります」
店ともめた。
この大声にふたたび白狐の獣人が現れた。店員から話を聞く。
「こちらのお客様は、常連でいらっしゃるディーフィー様のご友人様です。昨晩、ディーフィー様といっしょにいらっしゃいました。きっと何かの誤解があったのでしょう」
「ディーフィー様といえば、あの兵士の……」
店はディーフィーのもとへ使いを送った。
まもなくしてディーフィーが慌てたようにやってきた。
彼はオレの代わりに金貨を払おうとしている。
ちょっと待ってほしい。金貨一枚を手放すのはとんでもなく痛いことだが、別に持っていないわけではない。彼が払うというのなら、オレがちゃんと払う。
ディーフィーによれば、この店での金貨一枚は別にボッタクリではないそうだ。
「ここは超高級店なんだ。店の外観でわかるだろ?」
「いや……。ここまでだったとは思わなかった」
ディーフィーが白狐の獣人に横目を送ってから、オレに視線を戻す。
「きょう、これから時間はあるかな?」
オレが「ある」と答えると、彼は店員にこう尋ねるのだった。
「そこの白狐の……ルルロコ嬢だったね。まだ早い時間だけど、連れ出したいんだが」
「はい。本日は予約がございませんので、一晩、お譲りいたします。ありがとうございました」
ディーフィーはその場でたくさんの金貨を支払った。まったくどういう金銭感覚しているのだ。
オレとルルロコ嬢は、ディーフィーの住まいへと案内されるのだった。
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