第九話 「お母さんの実家? みたいな?」
わたし達に初めて会った人は必ず、そっくりねって言う。けど、ちょっとでも中身を知ると誰もがさっきと正反対のことを言う。似てない双子ね、って。
夢見がちで自由奔放、マイペース。絵本を信じちゃって、妖精に会いたがったりお姫様になりたがったり、動物だって大人だって怖いものなしの、とっても子どもらしい性格だった妹の歌鈴。可愛げの無いほど現実的で、絵本は好きでも信じてはいない、けどそれを堂々と大人に言える度胸は全くないような、引っ込み思案で臆病で主張の弱い姉の鈴花。
二人一緒にいたのはほんの幼い頃。朧な記憶しかないけれど……今でも変わっていないみたい。
「リンちゃんて前からそうだったよねー、何て言うか、派手好き?」
「スーちゃんこそ。人見知りは全然治ってないみたいね。」
ちょっとだけ言い合いみたいになったけど、喧嘩にはならずそこで終わってしまった。だって言い返せないんだもん、お互いに。
三つ子の魂百までとはよく言ったもの。二十歳になった今も変わらないんじゃ、きっと一生変わらない。
『二十歳になった今』……そうだった。思い出してしまった。がくっと肩を落としたら、気付いた歌鈴に「どしたの?」と聞かれた。けどそれをそのまま言うのも何となく気が引けたので、わたしは言葉を変えた。
「……リンちゃん。」
「何よ。」
「お誕生日おめでとう。」
「……あ。」
わたしがここに呼ばれたのは五月三十日の午後二時すぎ頃。たぶん、歌鈴も同じ。この日は、わたしと歌鈴の二十歳の誕生日だった。
「とんだプレゼントもあったもんね。」
皮肉っぽく言ってみたつもりだけど溜め息の方が多くなった。今更誕生日が嬉しい年でもないけどさ、一応、節目だもん。今日はバイト入れないで、父さんも定時で帰るって言ってくれたから、ちょっと晩酌なんかしちゃったりして……って、なる筈だったのになあ。
「あたしも、おばあちゃんに連絡くらいしたかったな。」
わたしが言うと、歌鈴もぼやく。お母さんの実家で暮らしてたって言ったもんね、お母さんが亡くなってからはおばあちゃんに育てられたようなものだ。
「連絡しようにもしょうがないよね、ここは異世界なんだし、ケータイ圏外だし。あ、そもそも電気無いんだ! メールもネットも出来なくて、しかもテレビも無いとか、辛いー。」
歌鈴のぼやきは続く。まったく、現代っ子め。まあ咄嗟に携帯持ってきちゃったわたしも同類か。そんな風に苦笑して何気なく自分の携帯をちらっと見たわたしは、驚いて叫んだ。
「リンちゃん! アンテナ立ってる!」
「うっそぉ!?」
わたしは自分の携帯を開いて――何を隠そう、わたしは未だにガラケーを使っている――歌鈴に示す。画面の右上のアンテナマークには、縦線が2本しっかりと表示されていた。
「なんで!? さっきあたしの見たときは圏外だったのに!」
歌鈴は叫んで、さらに画面を自分に近付けようと携帯をわたしの手ごと掴んだ。その瞬間
「スーちゃん! 今、あたしが掴んだ瞬間、アンテナ全部出た!」
「えっ、見せて!」
自分のほうに向けた画面のマークは、一瞬、確かに電波が最良の状態であることを示していた。しかし、二人で変な持ち方をしていた上に無理やり向きを変えた所為か携帯は二人の手を離れて床に落ち……その表示は圏外に変わっていた。
「どういう事?」
わたし達は、思わず顔を見合わせた。
それからわたし達は色々試してみた。どうすれば電波状態が変わるのか、実験……というより殆ど遊んでいるような感じで。結果わかったのは、電波が一番良いのは二人の手が同時に触れている時、という事。わたしだけで持つと弱まり、歌鈴が持つとさらに弱くなる。二人の立ち位置が近い方が強く、部屋の端まで離れてみたら歌鈴が持っていても圏外になった。そしてこれは、わたしのガラケーでも歌鈴が持っていたスマホでも同じだった。
どうしてこんなことが起こるのか……なんて原因は後まわし! 遊んでる場合じゃない。電波が入るかどうかも大事だけど、一回電源切れたら充電できないんだから温存しとかなきゃ。
けど、これだけは……。
わたし達はぴったり寄り添って、二人でわたしの携帯を握った。電話帳から一つの番号を選び、通話ボタンを押す。携帯を耳に当てて呼び出し音を聞く間、ずっと考えてた。このこと、どう伝えたらいいんだろう。
呼び出し音が止まった。
「もしもし? 鈴花、どうした?」
「父さん……。」
声聞いた瞬間、なんか急に胸の奥が締め付けられる感じがした。やだ。今まで何ともなかったのに。涙出てきそう。
「何かあったのか。」
滅多にしない時間の電話、それにわたしの声の調子がおかしいのにも気付いたのかも知れない。父さんが真剣な声で聞いてくる。
「あ……あのね! わたし今ちょっと色々あって、遠くにいるの。帰り遅くなっても心配しないで。ごめんね。あ、振り込め詐欺とかじゃないよ、お金は大丈夫。」
沈黙。そりゃそうだよね。客観的に考えて、今のわたしの言葉は意味が分からない。
「……事情があることは分かった。無事なんだな。」
「うん。」
「事情は話せないのか。今何処にいるかだけでも教えなさい。」
訳わかんない筈なのに父さんってば理路整然……もしやわたしの醒めた性格はこの人からの遺伝か。
「事情は、話すと長くなる。今いるところは……お母さんの実家? みたいな?」
「おばあちゃん家か?」
「ううん、違う……。」
さて、どうしたものか。どこまでなら言える? そんなことを考えていたら、父さんは何故か呆れたように溜め息ひとつ。そして、呟いた。
「カロリアか。」
えっ?