第2話 28
いつの間にかベンとクリスは、黒尽くめをロープで縛り終えていたよ。
「――で、そいつはなんだったの?」
「――お嬢様、近づいてはなりません!」
ふたりのそばに行こうとしたんだけど、また後ろからリンダに抱き留められちゃった。
「ふたりがしっかり縛ってるから、平気だよ?」
「それでも万が一ということがありえます!
恐らくあれは、殿下のお命を狙った暗殺者でしょう……」
「――え?」
リンダの言葉が正しいって言うみたいに、ベンもクリスもあたしにうなずいた。
「リオールって王子様なんだよね? なんで狙われるの?」
「いろいろと……本当に複雑な事情があるのですよ……」
あたしの質問に、リンダは震える声で首を振りながらそう応えた。
……あたし、知ってるんだぁ……
大人がこういう言い方をする時は、あたしにはまだ難しい――説明されてもわからない事情があるんだって……
「でも、こんなのってないよ……
リオール、一緒にお月見するの、すっごく楽しみにしてたのに……」
まさかそんな場所で、命を狙われるなんてさ……
勝手に涙が滲んで、目の前がぐにゃってする。
「――だからこそお嬢!」
俯いて指をもじもじさせるあたしに、いつの間にそばに来てたのか、ベンが頭を撫でた。
「アレは見えないトコに片付けておくんで、お嬢はここから殿下を楽しませてやってくだせえ!」
親指で指されたベンの向こうで、クリスが黒尽くめを肩に担いで歩いて行くのが見えた。
「……むぅ……できるかなぁ?」
「ホラ、お嬢はいろいろと変わった魔法を喚起できるじゃねえですか。
こんな良い月夜にお嬢の魔法があれば、殿下だってきっと楽しんでくれまさぁ!」
そう言って乱暴に頭をかき混ぜるベン。
「そう、だね。とっておきのアレなら……」
あたしはうなずいて、両拳を胸の前で握った。
そんなあたしを背後から抱き締めたリンダが――
「あの……殿下やアンネローゼお嬢様は? 先程、調子の悪そうなお嬢様を気遣ってか、通路で先に行くよう殿下に目配せされましたが……襲撃が今の者だけとは限りませんよね?」
ベンにそう尋ねる。
あたしとベンの視線が重なる。
「――仮にそうだったとしても……」
「さっきのヤツ程度なら、五、六人がいっぺんに来てもお姉様が負ける事はないから大丈夫!」
「――へ? あの……ええ!?」
あたしとベンの応えに、変な声で驚くリンダ。
「そういえばアンネローゼ様は、あのでっかい腕から私と殿下を守って……」
昨日の事を思い出しているのか、リンダはブツブツと呟き――
「あの……それでも、殿下の元へ行って頂けませんか……」
「あん? ああ、クリスが戻ってきたらすぐに――」
お姉様の実力を知ってるベンは、頭を掻いて笑いながらリンダに応えようとした。
「――いいえ! いますぐに!!」
でも、その答えはリンダにとって不満だったみたい。
すぐそばで大きな声を出されて、あたし、びっくり。
「――お願いします。ベン様が私達を守る為に――再度の襲撃を警戒して、残っておられるのは承知しております。
ですが、どうかお願いします!
たとえ襲撃があろうと、リリィお嬢様はこの身に代えても守ってみせます! ですからどうかベン様! 殿下の元へ……」
あたしの首元に回されたリンダの両手が、ブルブルと震えてる。
お姉様があたしを大切に思ってくれているように――
あたしがお姉様を大事に想っているように……
リンダにとってリオールは、同じくらいに大切で大事なんだと思う。
だってこの人は、あたしの<帝殻>からリオールを守ろうとしたんだもん。
袖口からはみ出て、リンダの腕に包帯が巻かれてるのが見えた。
……きっと、昨日、リオールを守ろうとした時に怪我をしちゃったんだと思う。
自分が傷ついても、リンダはリオールを助けたかったんだね……
――キャプテンみたいに……
「――ベン、行け!」
お姉様が騎士のみんなに指示する時をマネて、あたしは見晴らし台の出入り口を指差す。
「あーっ、もうわかった!」
ベンは頭を掻きむしりながらも笑ってた。
「――リンダさんよ。昨日の事と言い、アンタ、ホント、イイオンナだな!」
そう言い残して、ベンは駆け出した。
「ベンってば、かっこつけちゃって~」
その後ろ姿に思わず噴き出し、あたしは首に回されたリンダの腕を優しく叩いた。
「大丈夫だよ。もう一回さっきのヤツみたいなのが来ても、今度はあたしが守るからね!」
そう言ってリンダの腕の中から抜け出したあたしは、くるりと回ってリンダの方を振り返る。
「――あたしの力はその為にあるんでしょ?」
そうしてあたしはリンダに笑って見せて。
「……昨日は怖がらせちゃって――リンダの大事なリオールをぶっ飛ばしちゃって、ごめんね。
でも、リンダが教えてくれたから、あたし、もう間違った力の使い方はしないよ!」
一歩、後ろに下がる。
「――これはその証!」
くるりと身を回して、胸の奥の魔道器官を強く強く意識する。
「あたしの力が壊すだけじゃないって、見せてあげる!」
ベンが間に合えば、お姉様やリオールにも見せてあげられるかもしれない。
――急げ、ベン!
左の手袋を外して量子転換炉を出して、あたしはその手を胸の前に。
《第二竜王騎構――喚起》
騎構があたしを補助する為に目覚めた。
《量子転換炉……喚起
周辺大気を空想感応物質へ転換します》
あたしの魔道器官だけじゃ足りないから、回りの空気を精霊に転換して補う!
金色の燐光が瞬いて、見晴らし台はもう、星の海が降りてきたみたい。
「……それでぇ――」
《――騎構による動作補助開始》
あたしの身体が踊り始めた。
ステップを踏むたびに床に幾何学模様が刻まれて、手を振るたびに精霊が魔芒陣へと変わっていく。
《――霊脈へ接続。
<世界樹>を中継として――本機への接続を確認》
――行けたみたいだね!
思わず笑みがこぼれる。
「――うわっ!? なんだコレ?」
「――リ、リリィ!?」
タイミングよく、お姉様達も来たみたい。
「むふ~! ふたりも見てて! あたしが覚えた、正しいあたしの使い方!」
《――魔道器官臨界!》
高鳴る鼓動に魔動を乗せて、周囲に集めた精霊達に伝えて魔力に変える。
辺りに鈴の音が響き渡った。
《――事象改変……喚起》
胸の奥に唄が湧き上がる。
「――それは誰かの悲しさや痛みを癒やす為の吐息で……」
回りの燐光がゆっくりと回転を始める。
「……リリィ、目が……」
お姉様が驚いているけど、騎構に身を任せて大魔法の真っ最中だから答えらんない!
「――それが誰かの救いになると……きっとずっと信じてる……」
まるで噴き上がるみたいに、精霊達が螺旋を描いて月目がけて昇っていく。
「――目覚めてもたらせ、<月華竜騎>……」
喚起詞を謳うのと同時に、あたしの左手が頭上へと掲げられて――先を行く精霊の渦を貫くように、あたしの量子転換炉から金色の光が流れ星を逆さまにしたように昇って行った。
「――おいおいおい……」
リオールがうっさい。
「ア、アレって……」
あれ? お姉様まで驚いてる?
見上げた先のまん丸い月に、ゆっくりと立ち上がる大きな影。
「――竜だとぉッ!?」
「――リリィ! あなた、なにしようとしてるの!?」
リオールはともかく、お姉様まで驚いてるのは、ちょっと意外だなぁ。
絵本でアレの事を教えてくれたのは、他でもないお姉様なのに。
そんな事を考えてる間にも、騎構はさらなる喚起詞を紡ぎあげる。
「響け……<希望創造器>!」
見上げた先のまん丸い月で、竜が持ち上げた首を振るった。
その口から虹色の輝きが真っ直ぐ、あたし達がいる尖塔に降り注いで――
「――――ッ!?」
お姉様達が息を呑むのがわかった。
それも一瞬の事で。
まるで夢みたいな綺麗な光景の後には、元通りの満天の星空と三重の虹がかかったまん丸い月だけ。
竜の影なんて、もう何処にも見えない。
「――うまくできたかな? ね、リンダ、腕はどう? もう痛くない?」
「へ? あ……」
あたしに訊かれて、リンダは袖口を捲くりあげて、それから不思議そうな顔をして、包帯をほどいた。
「傷が……」
きっと控え目なリンダは、リオールが使ったようなマツリちゃんお手製の霊薬を使わずにいたんだよね。
あたし、お姉様と一緒に城下町に行くようになったから知ってるんだ。
貴族じゃない人にとって、お薬はすっごく高価で、なるべくなら使わずに済ませたいものなんだって。
リンダは貴族みたいだけど、それでもお薬を使いたくないって人だったみたいで。
だから、あたしが大魔法で治す事にしたんだ!
「んふ~、すごいでしょ……」
ああ、でもなんだかすっごく眠いや。
アレだよ……魔力切れってやつ。
「――ああもう! このバカはっ!!」
リオール、バカって言う方がバカなんだよ?
そう言いたいのに、身体に力が入らないよ。
「――アンネ、リリィが心配だろうが、このバカ娘はオレが部屋まで運ぶ!
君は今の出来事をフェルノード公に伝えてくれ!」
「え、ええ……そうね! 月であんな……とんでもないことになったわね……」
お姉様達のやり取りが、ひどく遠くから聞こえてる……
「――で、殿下! 私が背負います!」
「いや、こいつくらい背負ってみせるさ」
ぼんやりとした視界の中、あたしはリオールに背負われたみたい。
「――なにせオレは、いずれはこいつの兄貴になるかもしれないんだからな」
ん?
「……殿下、いまなんと!?」
「なんでもない! 行くぞ!」
なんでもなくないよ……あたし、今、たしかに聞いたよ?
――そう心の中で呟きながらも……あたしは眠気に負けて、暗闇に包まれていった。
以上で2話終了となります。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
想定以上に長くなってしまった2話ですが、お楽しみ頂けたなら幸いです。
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