第2話 27
「――うっわぁ~!」
あたし、見晴らし台に出た途端、両手を広げながら空に浮かぶ月を見上げて叫んじゃったよ。
雲ひとつない夜空の真ん中に、真ん丸な月が昇ってたんだもん!
前にお姉様と一緒に見た時は半分の丸になってて――アレはアレで綺麗だったけど、その時に月は見る日によって形が変わるって教わっててね。
真ん丸の時は特別綺麗って教えてもらってたから、あたし、ずっと見てみたいと思ってたんだぁ。
半分の時はひとつだけで、うっすらとしか見えなかった虹も、今日はくっきりはっきり、三つも重なってる。
「――お~、殿下は運が良いですね。こんなにはっきりと<天蓋>が見えるなんて、滅多にない事ですよ」
騎士のクリスが目の上に手をかざしながら、そう教えてくれたよ。
「そなの?」
「ええ。気象条件――つってもお嬢さまにゃ難しいか……どう言ったものか……」
「――すっごくすっごく天気が良くないと、ここまで綺麗には見られないという事ですよ」
あたしの質問に困った顔をして首をひねったクリスの代わりに、リオールの侍女のリンダが教えてくれた。
「お、さすがリンダ嬢。殿下の侍女を任されてるだけありますね」
「い、いえっ! 殿下のお世話もそうですが、弟の相手で慣れてるだけですっ」
クリスに褒められて、リンダは驚いたみたいに目をまんまるにして両手を振った。
「――リンダ、気をつけてね。
アールバが言ってたんだよ。クリスは女好きで、巡察で村を回るたびにいろんな女の子に声をかけてるんだって!」
「――お、お嬢さま!? クソ、団長め――余計な事を……」
「あ、でもね、騎士として強いのはホントなんだよ?
アールバやベンには勝てないみたいだけど、本気でやったらあたしやお姉様より強いの!」
けなしてばかりじゃなんだから、あたしはリンダにクリスの良いトコも説明する。
「――お嬢さまぁ……」
途端、クリスは両手を組み合わせて、あたしに笑顔を向けてきたよ。
クリスはおじさんの多いフェルノード騎士団の中では若い方で、たぶんお父様より少しだけ下くらいなんじゃないかな。
女の子にモテたくて騎士になったって前に言ってたっけ。
だから、他の騎士のみんなと違って、ほっそりした身体つきで髪も長く伸ばしてる。
「――おい、クリス! おまえも用意を手伝え!」
そんな声に振り向くと、両脇に長椅子を抱えたベンが、呆れ顔で立っていた。
最上階をぐるっと囲んだ見晴らし台は、入り口の反対側に物置小屋があって、ベンが持ってきた長椅子とかテーブルがしまってあるんだ。
ここでお茶を楽しんだり、今のあたし達みたいにお月見するために用意されたんだって。
「いやいや、ベンさん。
アンタがさっさと行っちまうから、俺がお嬢さま達に付いてたんでしょう?」
クリスはニヤリと笑って、下の方を指差した。
「……動いたのか?」
「この距離を駆け上がってくる力量から言って、それなりの腕はあるはずなのに、ウチの事は知らねえのかな?
――奴さん、やる気まんまんのようで……」
クリスが苦笑しながら、見晴らし台の鉄柵の方に一歩踏み出した。
その瞬間、まるでクリスに合わせたみたいに、黒尽くめの男が鉄柵の下から飛び出してきて――
《第二竜王騎構――》
あたしの中に眠る騎構が目覚めようとする。
「――お嬢、動かねえでくだせえ!」
でも、それより早くベンがあたしの前に出た。
跳び上がった黒尽くめが、月を背後に短剣を抜き放った。
――落ちてくる。
そこに下からクリスが大きく跳ねて――
「――いよぃっしょっとおッ!」
短剣を抜いて外に広げられた右手に飛びついたクリスは、そのまま大きな掛け声で黒尽くめを床に叩きつけた。
「カハ――――ッ!?」
砂埃を舞い上げて一度跳ねた黒尽くめは、たったそれだけで動かなくなった。
「……やり過ぎだ、あほうめ」
ベンが肩をすくめる。
「――やっべ! まさか受け身すら取れないとは……」
慌てて黒尽くめに駆け寄ったクリスは、黒尽くめの首筋に手を当てて、それから安心したみたいにため息をついた。
「よかった。ベンさん、生きてますよ!」
嬉しそうにベンに笑顔を向けるクリス。
だからあたしも腕組みして、大きくうなずいて見せたんだ。
「うんうん、ぶっ殺しちゃったりしたら、その人を大切に思ってる人が悲しいになるからね」
そこまで言って、あたしは目を回してピクリとも動かない黒尽くめを見下ろす。
「あれ? でも、ぶっ飛ばすのは良いの?」
「あー……こいつは今、あっしらを殺そうとしてやしたでしょう?
そういうどうしようもない時に、なるべく相手を殺さずに済ませられるように、あっしらは鍛えてるんでさぁ」
首を傾げるあたしに、ベンが頭を撫でながら教えてくれた。
「ん~、よくわかんないなぁ……
ぶっ殺すのがダメで、ぶっ飛ばすのは良い時もあるってこと?」
「……そうではなく――」
ふわりといい香りがして、リンダがあたしを後ろから抱き締めた。
「どんな時であれ、基本的に暴力はよくない事なのです。
ですが……例えばリリィお嬢様が戦わなければ、他の――そうですね、フェルノード家のみなさんや、アンネローゼお嬢様が傷つけられるという……そんな時は、悲しいことですが立ち向かうしかないと――リンダはそう思います」
「お姉様が負けるトコなんて想像できないけど……
ジャックやレベッカは、まだまだ弱いもんね」
訓練でもハクの玩具にされてるくらいだし。
「そうです。お嬢様はお強いのですから、どうか、そういう方々を守る為にお力を振るってくださいまし」
「――守る為! キャプテン・セーバーも言ってた!」
まだお母さんと一緒に<廃棄谷>で暮らしてた頃に観せてもらってた、大好きなアニメだよ!
「――彼は声にならない『助けて』を聞き逃さない!
彼は報われなくても助けるのを止めない!
彼はあらゆるなげきを越えて、誰かにその手を差し伸べる!」
あたしはキャプテンをマネて、リンダにポーズを取って見せる。
「――すべては『誰か』を守る為!」
じゃ~ん!
脳内に響く効果音に、あたしは鼻息荒くキメポーズ。
リンダはあたしに向けて、惜しみない拍手を送ってくれたよ。
「むふ~! そっかぁ。あたしはキャプテンをお手本にすれば良いんだね」
「そうですね。リンダはそのキャプテン? という方を存じ上げませんが、今の口上を伺う限り、素晴らしい理念をお持ちのご様子……
どうぞ、お嬢様も彼のお方のように気高くあられませ」
「――うんっ!」
あたしはリンダに大きくうなずき、それからクリスとベンの方を見る。
いつの間にかふたりは黒尽くめをロープで縛り終えていたよ。




