第2話 22
「……悪役、令嬢?」
呻くように、わたくしが言った言葉を繰り返すリオール。
そうよね。きっと初めて聞く言葉よね。
「ええとね……」
だから、わたくしは前世で遊んでいた乙女ゲームの概念から、説明することになったわ。
幸いだったのはリオールが年齢の割に賢く、柔軟な理解力があったということね。
「――つまりは読み手が主人公の代わりに選択を委ねられ、その選択肢によって物語の展開が変わっていくということか?」
「ゲーム自体には、他にもいろんなジャンルがあるんだけど、今から説明する乙女ゲームに関してはそういう理解で合ってるわ」
すべてのゲームの説明をしていたら、時間がいくらあっても足りないもの。
そうしてわたくしは決定的なことをリオールに告げる。
「そしてこの世界はね……どうやら前世でわたくしが遊んでいた『ほしみこ』――『星竜の巫女と祝福の国』というゲームそっくりなのよ」
「……待て。理解が追いつかん。
つまり君はこの世界を外側から観測したことがあると、そういうことか?」
なまじ魔道知識がある為に、リオールはわたくしの言葉をそう理解したみたいね。
「物理的にではなく……概念的な意味なら――そうなるわね」
「あー、フェルノード公やここの長命種が、なぜムリを通してまで<能力検査>を強行しようとしたのか、僕にも理解できた……」
と、リオールは呻き、前髪をくしゃりと握る。
「……察するに君、未来がわかるんだろう?
いつからいつまでだ?」
「学園ニ年からの一年間ね」
ほしみこの主人公は聖女として貴族に見いだされて、令嬢として学園に編入するのよ。
「――認識できた物理的な範囲は?」
「主な舞台は学園ね。休日だけは王都の一部を散策できたけど……」
「確認なんだが、その乙女ゲームの中では、おまえは聖女――主人公として行動していたんだな?」
わたくしはうなずきを返したわ。
「……ふむ。聖女がなにか魔道的な基点になっている……という可能性もあるわけか。
決めつけるのは早計だとは思うが……その可能性を見過ごすのもまた危険か……」
「……リオール?」
なにやらブツブツ呟き始めたリオールに、わたくしは首をひねる。
「――いや、可能性のひとつと思って聞いてくれ」
リオールはそう言って、わたくしの目を指差したわ。
「君の話を聞いて、僕が考えたのは君が魔眼持ち――<未来視>なんじゃないかってことだ」
その言葉に、わたくしは特に驚きはなかったわ。
すでにお父様達にも言われていたことだもの。
むしろ、お父様達と同じ結論に辿り着いたリオールを純粋にすごいと思う。
「……母上から教えてもらったんだ。
始祖女帝がその……<未来視>の魔眼持ちだったってな。
――彼女には、こう……いくつもの枠の中に未来が浮かんで観えたらしい」
なるほど。<未来視>について知っていたから、わたくしの話を聞いてそこに関連付けられたのね。
「――お父様達も言っていたわね。
前世の記憶とごっちゃになって、それで乙女ゲームという形で未来を観た整合性を取ろうとしてるんじゃないかって……」
<未来視>の魔眼を持った人は、歴史上何人か現れているわ。
数秒先が分かる程度の人から、数十年先の事まで見通せる人まで――その能力は様々で、観え方もまた人によって違うことが、残された数少ない記録からわかってる。
逆に共通しているのは、その異能を使うとひどい倦怠感と精神的負荷に襲われることだそうで、わたくしの場合は――それが<未来視>の異能によるものであったなら――、五年後近くから始まって六年後まで先を観たことになる。
当然、反動は大きくて――それでお父様達は、その負荷を軽くする為の<魂>の自衛反応として、前世の中での出来事――つまり乙女ゲームの記憶として顕れたんじゃないかと考えたみたいね。
「まあ、その辺りは<能力検査>を受けてみないと、確かなことは言えないわ。
ただ、<未来視>にせよ、乙女ゲームの世界だったにせよ、わたくしが未来を知っているという事実は変わらない。そうでしょう?」
「ああ。その前提で聞こう」
わたくしの言葉に、リオールはうなずいてくれたわ。
「さっきも言ったけど、『ほしみこ』の主人公は聖女として貴族に引き取られた女の子。
そしてわたくしは事あるごとに彼女の邪魔をする……敵役として登場する悪役キャラなの」
「――聖女の名は?」
「あら、気になるのはそっち? わたくし、あなたに自分が悪役キャラなのを教えるのが怖かったんだけど……」
「御家の名誉と妹の為に、腹までかっさばけるようなヤツが悪役ならば、我が国の貴族の大半は悪役だろう?」
そう言って笑って見せるリオールを、わたくしは良い男だと思ったわ。
……このままリリィの婿に来ないかしら?
そう思える程度には――
「――それで、聖女の名は?」
「名前はプレイヤーが自由に付けられるから、たぶん聞いても意味ないわ」
「む……なるほど。その方が操り手にとって、感情移入しやすいということか……
――では、引き取った貴族家というのは?」
その問いにも、わたくしは首を横に振る。
「いずれ聖女となることが決定づけられているから、作中で家名は名乗らなかったの。舞台も主に学園だったしね。
登場人物達とは名前呼びでやり取りしてたわ。
だから、引き取ったという貴族家のこともわからないのよ……」
「ふぅむ……」
と、リオールは再びアゴに手を当てて嘆息する。
「ごめんなさい。お話の中でも、主人公のことが語られてることって本当に少ないの……」
あくまでゲームの主題は、主人公とヒーローの恋愛を楽しむものだったから、主人公の背景はプレイヤーが感情移入しやすいよう、あえてボカすよう配慮されていたのかもしれないわね。
「数少ない主人公自身の話でわかってるのは……お話の終盤で、光の繭に包まれて生まれたって――彼女の両親が語るくらいで……」
「――お、その情報は助かるな。
帰城したら父上に伝えておこう。
それで、君はなにをあんなに恐れていたんだ?
主人公の邪魔をする悪役と言っても、命がかかっているワケじゃないだろう?」
不思議そうにわたくしに問いかけてくるリオールに、わたくしは表情が引きつるのを隠すためにそっと微笑みを返す。
「……そう、だったらよかったのだけどね……」
そうして深く吐息。
……大丈夫。わたくしと『ほしみこ』のアンネローゼは別人よ。
目を閉じて、そう心の中で自分に言い聞かせ、わたくしはリオールに視線を向けた。
「――順を追って、メインストーリーを説明するとね……」




