303話 オデット離宮
離宮相当の場所は、東京周辺しか訪れたことがないですが、都会の中のまとまった緑地としても良いですよね。
11月も終わりが見えてきた日の午後。トードウ商会の会議室。
「オーナー。こちらが、王宮庁から届きました」
「ああ、さっき大学で、学科長に呼び付けられて、概要は聞いた」
オデット離宮公演の件だ。
時間帯と場所について、夜間かつ屋外は可。小雨は決行となった。
そして、実地の下見を差し許すだそうだ。
「しかし、一カ月あまり判断に時間を掛けて、下見は来週というのは何とも」
こちらの都合をなんだと思っているのかという、憤りだろう。
「代表。私は気にしていないから。それで、平服でと書いてあるけれど。フロックで良いのかな? どう……」
あれ?
「ナタリア?」
「はい」
「はい、じゃなくて。下見での服装のことよ」
「あっ、ああ、すみません。今回は貴人と顔を合わせることはありません。フロック姿でよろしいかと」
「わかった。ナタリアも、さすがに離宮は緊張するかぁ」
「それは……そうです」
彼女も同行するからな。
「オーナーは、平気のようですね」
「ああ、王太子殿下がいらっしゃるならわからないけれど。離宮というだけならね。2人の方が、財団の拠点で慣れているんじゃないの?」
「それはそうですが、あそこは職場でしたので」
†
「おはようございます。ターレス先生」
「やあ、レオン君。おはよう」
北区はオデット離宮の東側、通用門前にやって来ると、既に待ち合わせの先生方がいらっしゃった。
おはようございますと、後に居た代表とナタリアとも挨拶している。
あれ? もう1人の先生が、挙動不審だ。
「おはようございます。リヒャルト先生?」
「あぁぁ。おはよう。レオン君」
離宮に入るので緊張されているのかな。
それにしても、王宮ほど高くはないが、城壁と塀の上に感知魔術の結界が張り巡らされている。なかなかの強度だ。物理的に跳ね返されることはないが、あれに接触した瞬間に感知される。
「では、詰所に……」
「いや。少し待ってください。もう1人来ますので」
誰なのだろう? 今日来られるのは、この2人だと思っていたのだが。
「しかし、ここは北区でも比較的北の方だけど、馬車鉄路線があるんだねえ」
「そうですね」
ターレス先生のいう通りで、北区はここ含めて離宮ややんごとなき方々のお住まいが多いせいか、この辺りはほぼ路線がないと思っていた。が、目の前に停車場があって、そのこちら側でゆるやかに弧を描いて折り返している。馬車鉄の路線は環状線が多いが、この路線はここが終点のようだ。辻馬車で来たけれど、知っていたら乗ってきたかな。そういえば2人は何も言わなかったが。
「そうですね。離宮職員の通勤用と聞いています」
「ふぅん」
知ってはいたのか。
「へえ。ナタリアさん。よくご存じで。さっき乗って来ましたが、すごく混雑していました」
それで避けたのか。まあ、2人はこの比較的近い所に勤めていたし。
「あれに乗っているかな?」
すると蹄の音が響いて馬車鉄が目の前の停車場に停まり、人が降りてきた。
横に居たターレス先生が手を挙げると、男が1人近付いてきた。
「課長さん」
意外な人物だった。
「先生方おはようございます。おお、レオンさん、お久しぶり」
「おはようございます」
大学南キャンパスの営繕課の課長さんだ。
「ええと」
「私は、魔術のことはわかりやせんが、会場の設営で何か助言できるんじゃないかと、学科長が皆さんに同行するようにと」
おお。良く気が付くなあ。
「なるほど。頼りにしています」
「いやあ、私ゃ、離宮なんて初めてですよ」
「それは、我々も同じさ」
「違えねえ」
ナタリアが警備の詰所に行くと、職員らしい人を連れて戻って来た。
「お待ちしておりました。どうぞ」
そう言われたが、すぐ入れたわけではなく、詰所で身体検査された上、住所氏名を署名させられた。
ふむ。離宮にふさわしい警備だ。
やっぱり、ここへアデルをもぐり込ませるのは無理だな。不正をするつもりは毛頭ないが。
工学迷彩魔術と飛行魔術を組み合わせて高高度から垂直に降下すれば、侵入だけならできるかもしれない。が、外周以外にも感知魔術は施されているだろうから意味がない。
詰所を出て、案内にしたがって中に入っていくとちょっとした広場がある。こうやってみると門の中に入ったんだな。
「それでは、候補区画2箇所をご案内します。これに乗ってください」
乗合馬車。4頭立ての結構でかい馬車が停まっている。なるほど広いからな。外見は立派な客車だったが。中に入るとなんというか、武骨というか、木の板が剥き出しの座面だ。
でもまあ。これは、これでいいのか。乗っている時間は短いだろうし。皆が乗り込む。
通用門という名前だから、この辺りに貴人は来ないのだろうけど、植栽は綺麗に刈り込まれ、落ち葉以外のごみが、道に落ちていない。
しばらくそのまま進んで居ると、塀に備わった門を潜り抜け、左側の車窓に水堀が見えた。数分堀に沿って進んだあと、左折して堀を渡る斜面を登り始めた。内の郭に入るようだ。
そこを登り切ると、大きな門を潜った。
一々停まらないから、何かしら職員が差配してくれているのだろう。
「離宮と言っても、広いですねえ」
「北区は土地が余っているんでしょう。北キャンパスも広いですものねえ」
ナタリアが僕の方を向く。
「ああ、北キャンパスは、離宮を下賜いただいて大学を建てたんだ」
「そうだったんですね」
ナタリアが微妙に表情をくるくると変えた。
このまえ、北キャンパスは気位が高いと言ったことを思い出したのかもしれない。
それから、木立を切り裂いていくような道に進み、左右が見渡せないほどに迫ってきた。ゆるやかに左右によれたせいで、黄色く色づいた葉の林に背後の窓の景色が阻まれた。
「おっ」
木立が切れたと思ったら、広大な庭園に侵入していた。
右に折れて馬車がゆるゆると止まった。
「降りて下さい」
白い石畳に降り立つと、芝生の広場が視界の大半を埋めていた。寒風が吹いているが、なんとも清々しい。
公園にも見えるが、この馬車以外には誰も居ない。
「うわぁ。こりゃあ、広ぇ。芝を刈るだけでも、えれぇ人工がいるな……」
ふふ。立場によって見方がちがうものだ。
「皆さん。こちらが皆さんに実施していただく場所の第2候補地区である東御苑中央区画です」
ここが候補区画か。東御苑中央区画ね。
「貴賓席は、あの白い建屋」
彼が指した方に、白亜の建物がある。
「あそこで、ご観覧になるのが案です」
「あのう、質問させていただいても」
代表だ。
「はい」
「ご覧になる……方々は、あの建物のどちらで、ご観覧になるのでしょうか?」
一口に建物といっても大きい。1階なのか2階なのかで、見られる角度も変わってくる。
担当官は訊かれて、やや顔が引き攣った。
「警備上の理由で、お答え致しかねます」
「はっ?」
「この、離宮の中にいらっしゃるのにですか?」
1階に屋根の張り出しがある。あの下じゃないかな。
「申し訳ありません。あと測量はお控えください。後程一応の概略値はお伝えしますので。少々お待ち下さい」
担当官が、呼ばれて行った。
「レオンさん」
「課長さん、なんです?」
「純粋光の機材を置くなら、あの辺りでしょう」
芝生間に通路が入り組んだ所を指した。鋭い。
「ならば。観覧席との間に目隠しを作らせることになりますな。おおよその距離を歩測します」
「課長!」
「いや歩くだけなんで」
歩測か。
ん、あれは……。
担当官が戻ってきた。
「あと10分ほどで、第1候補区画へ移動します。質問があれば、できる範囲でお答えします」
手を挙げる。
「あそこの部分は、当日まであのような感じでしょうか?」
建物から見て、正面を指す。
担当官がそちらを見て、一瞬顔を歪めた。
木々が一部枯れている。そこで木立が途切れて、ざっと高さ20メト程度の白い城壁が、差し渡し100メトばかり剥き出しで見えている。
「木々ゆえに短時間では復旧はしない。したがって、そのままとお考えいただきたい」
皆がそちらを見た。
「情報によれば。日が落ちてからの開始と聞いているが、問題があるのかね?」
夜間なら見えないから、問題はないだろうということだろう。
「いいえ」
「他に質問は? では、第1候補区画へ参りましょう」
†
滞りなく、もうひとつの区画を案内してもらい、通用門奥の警備詰所へ戻ってきた。
あとの方の区画も、さほど差がなかったが、木立が枯れているようなところはなかった。
「ご案内ありがとうございました」
「いえ。職務ですので。ついては第1、第2区画のいずれを希望されるか、書面にてご回答ください」
「承りました」
「それと感触を訊いてほしい旨、侍従局より希望が来て居ります。非公式で結構ですが、両区画のでの公演の実現性について、いかがなものですかな?」
ふむ。
両先生を振り返る。
「レオン君が好きな方を、お答えすると良い」
横に居た、リヒャルト先生もうなずいた。
信頼してくれているな。
「ではトードウ商会としては、先にご案内いただいた、第2候補区画を希望します。実現性については追って詰めますが、感触としては悪くないと考えております」
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訂正履歴
2026/03/31 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)





