301話 商談
知らない人より、知って居る人相手の商談の方が緊張するのはなぜだろう。
「では、レオン殿。この仕様とお預かりしました魔石にて筐体と合わせてみます」
「よろしくお願いします。僕の方でもいただきました配置案を吟味します」
胸に手を当てて敬意を示す。
リオネス商会お抱えの魔導匠一行に商会へ来て貰って、製造前の最終打ち合わせをしている。
ガライザーの工場建屋を実際に見て来たそうだ。古いが丈夫な建築で、既存設備がないほぼ空っぽの状態だったそうで、配置の自由度が高くて良かったとおっしゃっていた。物は言い様とも思えるけれど。ともかく僕も、一度行ってこないとな。
すでに、製造見積もりはリオネス商会から出してもらって、事業体の実務者会議で了承が得られた。ウーゼル・クランがしばらく微妙な動きを見せていたが、このまえモルタントホテルへ行ってから、沈静化して言うことを聞いてくれるようになったとは、代表とナタリアの所感だ。
「それから、魔導匠にお願いがあるんだけど」
「何でしょう?」
「投光魔道具……魔導具に改造するつもりだから、申し訳ありませんが魔石以外の部分を発注したいのだけど。受けてくれますか」
我ながら、失礼な話だ。
聞きようによれば、あなた方の作る製品の中核は、要らないと言っているようなものだ。もちろん、完成品を入手して魔石を外すことはできる。魔導具の改良とはそういうものだが。
胸に手を当てる。
「はあ」
魔導匠は同席している、ニコラさんを見て、こちらに向きなおった。
「そのように、恐縮されることはありません。もとより魔石は、あなたが考案されたもの、それを外せとおっしゃるなら、したがいます。なに、器具もウチの工房が作った製品です。レオン殿のお役に立てるのであれば光栄です」
「ありがとう。今は使い途が言えないんだけれど。実現性が増してきた段階で話しますので、ぜひお願いしたい」
「ほう、なにやら面白そうですなあ」
もう一度、魔導匠がニコラさんを見てうなずいた。
「魔導匠の感じでは、技術的にはご用意できそうですが、支店長もこの件は承知しておりません。計画中とのことですが、私どもにも心積もりがあります。どういった規模なのでしょうか。例えば何基必要なのか、現段階でお分かりなのでしょうか?」
「そうですね。今のところ8基を考えています」
「8基!」
「それは、また多いですね。レオン殿といえど対価をいただくことになりますが」
「もちろんです。決定したら、正式に発注します」
原価は知っているが、利益を乗せて1万セシル(一千万円見当)といったところだろう。
「わかりました。戻りましたら、支店長に申し伝えます」
1階玄関へ降りる。
「それでは、我々はエミリアに戻ります」
「お気を付けて。(リオネス商会)本店の皆さんに、よろしくお伝えください」
「はい。副会頭に、レオン様はお元気でしたと伝えます」
魔導匠とお弟子さんにニコラさんが車中の人となり、手を振って見送った。
階段を上って、商会に戻る。
「じゃあ、部屋にいるから」
「すぐにお茶をお持ちします」
「ゆっくりでいいよ」
「えっ? なに?」
自分の部屋に戻ろうと廊下を奥に進むと、代表が付いてきた。
「まだ他があったっけ?」
代表は微妙な面持ちを浮かべる。
「はい。イザベラさんの件なんですが」
「そうだったね。展示会の件、進展があったの?」
「それが……」
イザベラさんの新作絵画が溜まってきたので、展示即売会をやりたいという話になった。しかしながら、彼女が後見人を断った、ボルヴィス画廊と折り合いが悪くなった。
「嫌がらせが続いているの?」
「ええ、王都中の手頃な会場と画廊ギルドに手を回して、イザベラさんの展示会を断るように触れて回っていまして」
「むぅ」
「思ったよりも深刻だね」
代表は眉根を寄せた。
「それがまた、ちょっと賞を獲ったぐらいで、鼻持ちならない小娘が! とまあ……」
「困った物だね。画家の人間性と絵の評価をつなげて考えるなんて」
「はい?」
彼女は目を瞬かせた。
「善人が描こうと、悪人が描こうと絵は変わらないじゃない」
あれ? 代表は不同意だったようで、側頭を指で押さえた。
「それはともかく。協賛していただける他、中央区の展示会場を1週間に渡って貸してくれるという、奇特な商会が現れまして」
「おお、それは良かったじゃ……」
あれ?
全く表情が好転しない。
「それが、申し出てくれたのがラケン商会でして」
「そういうことか」
「純粋光の件で、当商会と詰めてきていたのですが、先月から一方的に保留にされていまして。今回は何が狙いなのかと」
ラケン商会は、魔導具を主な商品とするわが国屈指の商会だ。刻印魔導装置の市場占有率が1位であることは有名だ。
そして、何よりラケーシス財団の傘下企業である。
「それで、代表は気に入らないと」
「はい」
ふむ。立腹しているようだ。
「ふーん。でも、金に色は付いていないのだから、違法ではないのなら援助してもらえば良いんじゃない?」
汗水を垂らして稼いだ1セシルも、不労所得の1セシルも同じ価値だ。そう子供の頃に教わった。人情として前者に重きを置きたくなるし、何かを買ってもらえばありがたがりたくなるが。商人としては、それではいけないというのが、教えだ。
「それはそうなのですが。それが、ラケン商会の会頭が、ぜひオーナーに会いたいとのことで」
「ふむ。じゃあ、日程を調整してもらえれば、合わせるよ」
「よろしいのですか?」
「別に。問題ないよ」
あれ? そっちの方が嫌だったのかな。
「会ったからといって、純粋光魔導具に無理矢理絡めてくるなら、申し訳ないけれど破談になるかもしれない」
「承りました」
ノックだ。
「お茶をお持ちしました」
†
「レオン」
「やあ、ベル」
学食でパンを千切っていたら、やって来た。
「ディアは?」
珍しく1人だ。
「むう。いつでも2人で一緒にいるわけじゃないさ」
そうだねとうなずく。
「まあ、レオンに他意がないのはわかっているさ。それがディアの辛いところだな」
「意味がわからん」
「もう少ししたら来るよ。それより、アーキ茶だ」
「ふむ」
「アデレードさんのでっかい看板を見たぞ。トードウ商会も関わっているんだよな」
「まあね」
「レオン」
「やあ、ディア」
「ディアも飲みたいよな?」
座ったディアが、目を瞬かせる。
「えっ、何の話?」
ふむ。この2人は長年の相棒のようだが、何でも分かりあっているわけじゃないらしい。当然といえば当然だが。
「アーキ茶よ、アーキ茶!」
「そりゃあ、飲みたいけどさ……レオーネのあの列を見たろ」
「2時間待ちは、さすがに辛いよな。だからこその、レオンだろ」
ふむ。
モルタントホテルでもアーキ茶は提供されているよ……とは言わない。
「おまえ。レオンに無理を言って、割り込むつもりじゃないだろうな!」
はっ? 怖っ。
ディアの美しい眉が吊り上がった。
そうだ。彼女はそういうのがきらいだった。初めて会った時もそうだった。
先日割り込んだとは言わないようにしよう。割り込んだのは、ダンカン叔父だけど。
「いっ、いや。でも」
「あぁ。ディアとベル」
「なっ、なによ。ベルを庇う気じゃないわよね?」
「庇うわけじゃないけれど。別にアーキ茶が飲めるのは、レオーネだけじゃないぞ」
「知っているわよ。でも、あそこは……はっ? 何、その指?」
僕は、自分を指している。
「ウチの館にも茶葉ならあるよ。今なら、黄金トーストも」
そう。大半はレナード商会に回っているはずだが、ウチにもガライザークランから結構な量の茶葉が届いた。
ギィー、ギギギギ……
はっ? なんだ。周りのテーブルの椅子が一斉に鳴った。しかも、こっちを睨んでいる。
「バカ、レオン!」
2人がそろって、口を立てた指で押さえている。
こんなどうでも良いことまで、聞き耳を立てているのか。
「それで、来るのか? 明日の昼で、どうだ?」
土曜日だからな。
「えっ、行くに決まっているだろう」
「行く!」
「ああ、じゃあ、エストに言っておくよ」
教室に行く前に、魔導ファクシミリを打っておこう。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
GAノベル殿より書籍が発売されます。
https://www.sbcr.jp/product/4815636500/
訂正履歴
2026/03/24 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)





