300話 顧客とは
祝! 本編300話! まあうれしいのは、小生だけだと思いますが。
あと1筋で正面公園という場所。
なっ!
「ゲッホ、ゴフ、ゴホッ……」
むせた。
「まあ、大丈夫? お嬢さん」
視線を下ろすと、座席に座ったお婆さんが、僕を心配そうに見あげていた。
「大丈夫です。奥様」
なぜか、高音で返事していた。
別に僕の義祖母に少し似ていたからではない。
「そうぉ。なら、いいけれど」
笑顔を浮かべてうなずくと、彼女は満足したようだ。
馬車鉄の車窓に視線を戻す。
そこには、僕を咳き込ませた元凶、アデルの大きい肖像画がレンガ造りの最上階に架かっていた。しかも、あれは僕が撮ったブロマイドの画像を引き伸して描き、さらに着彩をしたのだろう。しかも、ちゃっかりとカップを持っていた。
そう。あれは、アーキ茶の広告画だ。
馬車鉄を降りると、停車場に代表とナタリアが待っていてくれた。
「やあ、おつかれ」
「おつかれさまです」
「行こうか」
行き先はモルタントホテル内にある、ウーゼル・クランの本拠だ。
建物に入り、会議室に通されると、既に打ち合わせ相手である、ダンカン叔父とリオネス商会の人たちが居た。
「こんにちは」
「おお。レオン殿」
「お元気そうで。さっき、アデルさんの大きな広告を見ましたよ」
ダンカン叔父も微妙な笑顔だ。
アデルによる広告についてトードウ商会が同意した後は、ウーゼル・クランとリオネス、レナード両商会で進めてもらったと聞いている。ウチも広告代理店と伝手を持った方が良いのかなあ。
我々が座るべき席は……この机の向きは、いつもと違うな。
ウチとリオネス商会は奥向き、ウーゼル・クランは奥からこちらへ向かっている。
嫌な予感を抱きながら席に着くと、すぐお茶を出してくれた。喫していると、正面の扉が開いた。
ん? 誰だ?
服装から見て、ウーゼル・クランの重役もしくは、共同経営者かな。
30歳代後半から40歳代前半の男性だ。肩幅が広く、がっしりとした体型。立ち上がって出迎えると、扉が閉まった。
「お待たせした」
そう。今日は、この3者の打ち合わせだ。レナード商会とサロメア大学、それにガライザーのクランも呼ばれていない。ただ、相手がバルドスさんでないとは聞いていなかった。ダンカン叔父も無表情だが、知らなかったようだな。
「どうぞ、着席されよ。リチャード・ウーゼルだ。伯父であるバルドスとともに、当クランを経営している」
言われて見れば、どことなくバルドスさんの目元と眉毛の辺りが似ている。
「本日、来てもらったのは、先日トードウ商会より送られてきた、熱源魔導具の件だ」
これは……。
「特許明細書の内容が正しければ、我がクランのホテル群にて導入を検討してやっても良いと考えている」
ふむ。
「ついては、開発中のことゆえ、詳細でなくともよい。ホテルの暖房魔導具として見積もりを出してくれ」
「失礼ながら、リチャード殿」
ダンカン叔父だ。やや右頬がこわばっている。
「何かな?」
「今の発言は、誰に向けて発せられたものなのか? 訊きたいのですが」
「誰?」
叔父はゆっくりとうなずいた。
「ふふふ……君たちにだが。そう聞こえなかったかね?」
「そうですか、我々でしたか。では、レオン殿を差し置いて恐縮ながら、リオネス商会としては、ガライザークラン向け茶葉製造魔導具の中核として熱源魔導具の製造の前準備に取りかかっていることは、先にお知らせした通り」
僕の方へ、目を向ける。
「それを越える事業についての決定事項はありませんので、見積もりのご用命に関してはお請け致しかねる」
おお、言うなあ。叔父さん。
「ふん」
リチャードと名乗った男は顔を顰めつつ、こちらに向きなおった。
誘い水が効き過ぎたか。思ったより性急に来たな。
しかたない……
「トードウ商会としては、製造部門を持っておりません。他の案件と同じように、製造販売の許諾を考えてはいるものの、見積もりは許諾対象が出されるものと承知しています」
あからさまに、表情が険しくなった。
むっ。
突如、出入口の扉が開いた。
「これは失礼。場所を間違えたようだ」
入ってきたのは、バルドスさんだ。
ここに居る全ての人が、わざとだなと思っているに違いない。
「おお、なんだ。トードウ商会殿に、リオネス商会殿ではないか。この集まりはどのような趣旨なのかな? リチャード」
呼ばれた甥は立ち上がった。
「打ち合わせは、ただいま終わりました。では」
すたすたと歩いて随行とともに会議室を出ていった。
再び、扉が閉ざされた。
「なんだ。この配置は」
バルドスさんが見ているのは机の配置だ。まあ、明らかに対等とは見なしていないことが伝わってくる。
「お気遣いなく。バルドス殿」
「そうかね。すまんな」
甥が座っていた椅子に掛けた。
「はぁ……考えるに熱源魔導具について、ホテルで買いたいとでも言ったかね?」
「ははは。ご明察」
ダンカン叔父が頭を搔いた。
「ふむ。あれにも困ったものだが。レオン殿、貴殿も悪いのだぞ」
「先程少々後悔しました」
「とはいえ、例の魔導具のおかげで、我らクラン内の方向性がそろってきたのは認める。私が助けられたのも事実だ。礼を言う」
「いえ。申し訳ないです」
二の足を踏んでいたウーゼル・クランを促すために、新型熱源魔導具の特許明細書を回付したのだ。無論、事業で知り得たことは共有するという申し合わせにはしたがっている。とはいえ権利自体は共有しないので、特許明細書を添付したのはやり過ぎという感はあるだろう。
「せっかくここまでご足労いただいたのだ、少し話をさせていただこう」
†
バルドスさんには、大学で実施予定となっている熱源魔導具の評価結果を送るなど、いくつか申し合わせをして、モルタントホテルを後にした。予定が大幅に繰り上がったので、早めの昼食をしようとの話となり、ほど近い執事喫茶レオーネにやって来た。
正面入口は結構な行列ができていたので、通用口から入って個室に案内してもらった。
「大勢が並んでいらっしゃるのに、申し訳ないです」
「いえ、王子に、お越しいただき、うれしい限りです」
「そうだな。レオーネとしては、レオン様々だ。アーキ茶と黄金トーストで、今では王都の名店と言われ始めているからなあ」
「へえ。そうなんですか」
「ありがたいことです。最近は客単価も上がりまして」
ほう。
「黄金トーストの後に、エルボラーヌ・ケーキを食されるお嬢様方が増えまして」
「はっ?」
いくらなんでも、食べ過ぎだろう。
「そのため、おふたりで来られ、トーストを半分に分け合われることが増えまして。はじめから切って盛り付けるようにいたしました」
なるほど。いや、それでも多い気がする。
「それでは」
執事長が部屋から下がっていった。
「叔父さん。そんなに笑わなくても良いじゃないですか」
「いやあ、レオンはどこに行っても、慕われているなあと思ってな」
「そうだといいんですが。まあ、少しは、コナン兄さんの力になれてうれしいです」
あれ。また叔父さんが笑い出した。
「レオンが、次男だったら大変なことになっているだろうが。3男で良かったですな、アリエス殿」
「誠に」
「あはっはは。まあ、次男は長男を脅かすようでは、失格ということだ」
「叔父さん」
「いやいや。ハイン君は優秀だし、別に私が会頭に遠慮しているわけではないさ」
「そうですか。さっき、リチャード殿の依頼をきっぱり断ったところを見て、感心しましたが」
おっと。叔父さんの顔つきが素に戻った。
「ふむ。レオンも知っているだろう。わが商会の会訓にしたがったまでだ。“顧客を損なうことなかれ”」
「そうでした」
顧客に損をさせて儲けてはならない。それは皮相な解釈で、もっと深い意味があると支配人に教わった。リオネス商会は、主に商売人同士の取引だ。だから金を払ってくれるのは、当然取引先だが、そこだけを顧客と考えてはいけない。最終顧客を見誤ることなく、顧客全体を見て商売をしろという意味だそうだ。
そこまで、曾爺様のリオネスが考えていたのか、怪しいとは思っているが、悪くはない会訓だ。
金を直接払ってくれる客……例えば問屋が1次顧客ならば、小売店が2次顧客ときて実際に使ってくれる人(消費者)が最終顧客とすれば、問屋のいうことだけを聞いて商売をするなよという戒めだ。
製造者と消費者の意識の乖離は厳然とあって、それも問題だが。同じように顧客の段階でも、利益が対立することがあるのだ。
翻って、さっきの会議だ。
熱源魔導具については、ダンカン叔父が言ったとおり、申し合わせとしては、ガライザークラン向けの案件のみが決まっている。
もちろん。ウチとしては、それ以後もリオネス商会とは良い取引を続けたいとは思っているが。
そういう状況で、バルトスさんを蔑ろにして、会ったばかりのリチャード氏に与しろというのは信義に悖るよな。
しかし、そういう判断を瞬時にできるのは、我が叔父ながら大したものだ。
「会訓を古くさいと思わず、指針にしないと駄目ですね」
「ははは……若いときは、何でも古くさいと思うものさ。そのうえで、リオネス商会の会訓ではない、レオン自身の拠って立つところを見付けていけばいいさ」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
GAノベル殿より書籍が発売されます。
https://www.sbcr.jp/product/4815636500/
訂正履歴
2026/03/20 名前間違え バルサム→バルドス (市村さん ありがとうございます)





