299話 日常が支える革新
日常の積み上げがないと、閃きも起きない……そうあってもらいたいですね。
「それで、アデレードさんを、アーキ茶の広告に使えと。オーナーのところにも来ましたか」
「うん」
代表が、ベネディクテさんの手紙をテーブルに置いた。ウーゼル・クランからも事務的ではあるが正式な書面がきているそうだ。
後援会長としては、月刊歌劇界が取り上げた女優に、アーキ茶の印象が固まってしまうのが嫌なのだろう。
あれ。代表は微妙な顔だな。
商会の僕の部屋に居るのは、もうひとり。
「いかがでしょうか?」
状況を予め知っていたようで、ティーラさんが迫ってきた。
「歌劇団としても、内々ですが是非にということです」
彼女は歌劇団側の代弁者のようだ。
「もちろん。アデレードさんは、ウチの顧客ですし、印象はこの上なく良いのですが……」
「代表! なんですか? 何が駄目なんですか?!」
普段は冷めているのに、スイッチが入ると別人になるよな。
「駄目ってわけじゃないのよ。まだ茶葉の供給体制が整っていないし、あとは、逆にアデレードさんを起用しても良いのかなと……」
「良いに決まっているじゃないですか。なんでしたら、クランが広告費用を出すって言っているんですよ!」
そうだな。まあ、代表の感覚は大体分かるが。それにしても、ティーラさんは煽るのがうまいな。
「それよ。なんというか、ごり押しよね」
「ごり押し、上等ですよ。芸能界なんて常識じゃないですか」
「芸能界って言われても……」
どっちが上司で部下かわからなくなってきた。
「芸能人を顧客に持つってことがどういうことか。代表にもそろそろお分かりいただきたいですね。最初はどうだったか知りませんが、わが商会は、もうオーナーのためだけにあるわけじゃ……ああ!」
「何よ……」
「わかりました。代表は、嫉妬しているんですね」
おっと、気づいたか。
「何を言っているの? 私が、アデレードさんに嫉妬する訳がないじゃない」
「違いますよ。代表は、オーナーの手柄が減っていくから嫌なんです。アデルさんの手柄になるのが嫌なんでしょう!」
「なっ、なんてことを言うのよ!」
「間違っていますか?! 私が言っていることは」
うわぁ。
代表の眦が上がった。
ティーラさんは、言ってやったという満足そうな顔だ。この人も得難い人物だが、人事権を持つ相手によく言うよな。
でも、奇貨居くべしか。
「あぁ、誰の手柄でも良いんじゃないか? 正直、成果が出るならどうでも良い」
2人は僕を睨むと、互いを見合った。
「なんというか。ときどき支え甲斐が消えていく気がするわ」
「そうですね。オーナーの美点であり、大きな欠点ですね」
大きなねえ。
「わかりました。オーナーがそうおっしゃるのであれば、他の出資者へ同意の回答を回します」
代表は眼を伏せ、ティーラさんは胡散臭そうな眼で見下ろしてきた。
†
「ここに填めるのか?」
「ああ、はい。そうです。こんな感じです、増幅魔石を3本です」
さっき出力した(もちろんカバンから出したように偽装)組立指示図の該当部分を指す。
なんというか、雰囲気が。
あれが増幅魔石と、微かに聞こえてくる。
僕とミドカンさんで魔導具を組み立て始めたのだが、すっかり研究室の作業場と化した61号1階でやっているのがいけないらしい。
ぐるっと、女学生に囲まれている。しかも、作業台から1メトばかり離れてびっしり。その外が見えないぐらいだ。中には、ノートに何か記録している子もいる。
興味津々のようだが、ミドガンさんのおかげで手は出してこないからいいけれど。
しかし、さっき1人でやっていたときは、遠巻きに見ていただけだったのに、ミドガンさんが手伝うと言ってくれた途端に、自分たちもと至近まで寄ってきた。
ところで、ふたりで何をやっているか。新型純粋光発振用魔道具の組立だ。
機密は魔石の方に集約してあるから、組立時点で見られても困らない。
「そうか。良くもまあ、こんな綺麗に図を描けるよな」
3次元CADの斜視図表示に、わざわざ劣化処理を掛けている。
「ありがとうございます」
「それにしても。このガワ、武骨というか重くなったよな」
バルタム鉄工所で、最近作ってもらった鋳物だ。
「ミドガンさんは、前の方が好きですか?」
「そうだな。あれは、リヒャルト先生の傑作だと思う。最高かどうかまでは言えないが」
確かに優美な形である上に軽い。黄銅の板金物だからな。
「そうなんですけどね。これはいろんなところで使う前提なので、荷馬車で運んでもビクともしないことを目指すと、こうせざるをえないんですよね」
「ほう。何かはわからないが、明確な用途が決まっているってことだ。じゃあ、四角い(直方体)のは?」
「木箱に入れる時に収まりが良いようにですね」
収まりが良いように……。いや、メモを取るのは良いけれど、微かな声で復唱するのは気が散る。
「おわっ!」
この声は。人垣で見えないが、外に居るのは誰かはわかる。
「なんだ、この人だかりは」
ダン、ダンと床が鳴ったと思ったら、ターレス先生の顔が上に飛びだした。
「ああ。やっぱり、レオン君か。大丈夫か? 何をやっているんだ?」
「いや、はい。大丈夫です。魔導具の組立を」
本当は解散してほしいが、言いづらい。
「なんだと。はーい。みんな一歩ずつ外側に移動して。あまり、密集すると空気が悪くなるだろう。はい、はい、文句を言わない」
おお、広くなった。そこへ、ターレス先生が割り込んで作業台に取り付いた。
「あぁ。みんなに言っておくことがある」
作業場が静まった。
「レオン君は文句を言わないと思うが、騒いで負担を掛けると、あまり大学へ来なくなるぞ」
「「「えぇぇぇ……」」」
いや、来ますけど。
「研究員だからな。無理をして大学へ来る必要はないんだ。でも来なくなったら、嫌だろう。嫌だったら彼の迷惑にならないように、考えて接してくれ」
「「「はい!」」」
「良い返事だ」
日曜学校の司祭様みたいだな。
人垣を作っていた人の何割かが、こちらを気にしつつも散っていった。
「なんだ、これ? んー、容器か。えらく、変えてきたな。あっ、バルタム鉄工所で作ってもらったのか」
「鋳造は、あそこです。切削工程は別の工場ですね」
「しかし、まあたくさん作ったもんだな」
「これくらいは、数がないと」
8個並べている。
「そうなのか?」
「ええ」
「そこまで言われると、訊きたいんですが。これの用途はなんですか?」
ターレス先生と顔を見合わせる。
ミドガンさん、口元は笑っているけれど、目は笑っていないよ。
「いやあ、訊かない方がいいと思うけどな」
「は?」
「世の中、知らない方がよいこともある。秘密を黙っていることは辛いぞ。最近とみにそう思う」
最近……か。
講師と准教授では違う。聞きたくないことまで知りうる立場になったということか。
そう。僕も、小なりといえども商会の経営者だからなあ。わからないでもない。
「ここに居たんですか、ターレス先生。学科長が探してましたよ」
リヒャルト先生が入ってきた。
「うっ。へいへい」
「学科長室ですよ。ああ、レオン君」
「こんにちは」
「何、これ?」
「んんん。いやあ、新しい容器です」
「えっ! あっ、ああ……」
肩を落として、眉を下げた。
「あれでは駄目でしたか」
「そうですね。先生に作っていただいたのは、軽くて格好いいんですが。蹴ったり落としたりされたらいやだからですね。あと数が必要だったので」
「数だったら作るけど……確かに蹴られるのはなあ。それで、ミドガン君は何をやっているんだ?」
「レオン君の助手です。用途は教えてくれませんが」
すこし、むっとした表情だ。
「ふむ。それで、まわりの皆さんは?」
1人が進み出た。
「さっき、私たちもお手伝いしたいって言ったんですけど。ミドガンさんが……」
「ミドガン君が?」
「魔導具の組立は、魔導技師の資格を持っていない、私たちは遠慮してもらいたいって」
「なるほど」
そう。きっぱりと、ミドガンさんは断った。
「法律では、魔導技師が取扱主任となって立ち会うのであれば、作業員自体には資格が不要です。しかし、学内では内規として、規程の研修と検定に合格しないと、加工機を使用しない組立作業についても許可していません」
そうそう、僕も検定を受けた。入学して数ヶ月ぐらいの時期だったかな。
「それは、いつ受けられるんですか?」
「えっ」
「1番早いヤツで」
勢いに押されている。先生が懐から手帳を取りだして、めくりはじめた。
「えっと、1番早いのは、12月の上旬ですね」
「受けます」
「私も」
続々と手が挙がった。
「じゃ、じゃあ、学生課で手続きを」
8割方の女学生が、実験場を出て行った。
「おおう。あと何台あるんだ?」
「ええと、5台ですね」
「よし。僕も手伝うよ」
「リヒャルト先生!」
「なあに。3限目は空き時間なんだ。僕だって、魔導技師の資格を持っているからね」
先生が、片目をつぶってみせた。
「では、申し訳ありませんが、お願いできますか」
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2026/03/17 誤字訂正 (げろるどさん ありがとうございます)





