294話 あずかり知らぬ
知らなかったことも、後で考えると、実は手掛かりをくれていた場合もあって。小生は大概気が付きません。
「ふう。だめかぁ」
大学61号棟の、高出力光実習室。
ねらった純粋光は発振しなかった。シムコネでも、発動確率が低いからな。
鐘が鳴った。ああ、もう昼か。
落ち込みながら学食へ行くと、ディアとベルが居た。
なんだろう、ベルが意味ありげに笑っている。
「やあ、ディア、ベル」
トレイを置いて座る。
「ああ、レオン。久しぶり」
「そうだね」
「今日は1人なのか?」
代表とナタリアのことを言っているのだろう。そういえば、あれ以来か。何度か大学には来ているが、あまり一日中も居ることはなく、この2人には会っていない。
「ああ、あの日は仕事だったからね」
「そうか。それはともかく」
ん?
「レオンは、私たちに話すことがあるんじゃないか?」
「はっ?」
野菜を刺そうとしていたフォークが止まる。
ふたりに話していないことは、数々あるが……。
「いやあ。今のところ、話すべきことはないよ」
杖のことかな。それでも聞きたくなることはあってもなあ。
「ほぉ、とぼけるかぁ」
なんだ? ベルが僕を睥睨してくる。ディアは目をつぶって、首を振っている。
どうやら後者は関わっていないようだ。
「では、情報提供者!」
「はい」
えっ、誰?
隣のテーブルの女学生が立ち上がって、ベルに本を渡した。結構背が高い。
「協力に感謝する」
雑誌?
読み古したように表紙が折れ曲がって結構劣化している。ベルが、それを僕に向かって突き出した。
「ふふふ。レオン! ネタは挙がっているんだぜ」
「あっ! 12月号」
思い出した。月刊歌劇界、アデルのメモのヤツだ。
「ほら見ろ。やっぱり隠していただろう! レオン」
「読もうと思っていただけだ。別に隠していたことはない」
「この期に及んで、見苦しいぞ」
「見苦しいかどうかわからないが。何が載っているか知らないんだけど」
「むぅ」
「ベル。レオンは、本当に知らないと思う、私たちにうそは吐かん」
悪いが、時と場合によるぞ、ディア。
「えっ? 本当に?」
うなずく。
「なんだよ、騒ぎ損かよ」
そんな言葉が存在するのか?
ディアは、雑誌をテーブルに置くと、ページをめくり始めた。
この雑誌は、サロメア歌劇団だけではなく、3大歌劇団の話題を中心に誌面が作られる。おだやかな部類だろう。
「ここ、ここ」
僕に見せる。
「サロメア歌劇団白組に流行るもの? この女優さんはよく知らないけれど」
お茶を喫する姿が描かれている。衣装としては娘役だろう。
似顔絵だからか、なんか見たことがあるような、ないような。ともかく、アデルのことじゃないのか。
しかし、歌劇団内での流行って、好きな人はこういうことにまで興味があるのかねえ。
「よく読め。トードウ商会って書いてあるだろう」
「えっ? どこに……本当だ」
少し戻って読み直す。
最近、白組の俳優の中で、新しいアーキ茶を喫することが流行っている。
「へえ……」
アーキはいわゆるチャノキではなく、ルートナス伝来の植物だ。アーキといえば、一部の品種では橙色の実が食用であり、知っている読者もいることだろう。しかし、これは実でなく、乾燥した葉で淹れた茶だ。
私、お茶より好きになったわ。すっきりと爽やかで苦くはないの。夜遅くに飲んでもすぐ眠りにつけるし、そのせいか化粧士の子達も、なんだか肌艶が良くなっていると言ってくれるし。何人も飲んでおいしいし、好きになったと聞いているもの……。
この状況を遡っていくと、希代の男役、白組のとある女優が開いた茶会で出された物であることがわかった。
「おおぅ」
ただ、編集部が調べた限り、王都東西南北の各市場では流通しておらず、取材した茶の卸売店でも八百屋でも、存在すら知らないという。まさに幻のお茶と言えそうだ。
そこで、食品ギルドに照会したところ、王都南区にあるトードウ商会から販売申請が出ていることが分かった。
ただ、申し訳ない!
この情報は締め切り寸前に得られたもので、未だ主宰の白組女優とトードウ商会への取材は間に合っていない。次号の1月号では、特集を組んで詳細を報告する。
乞う。ご期待!
そういうことか。
このことをアデルは知っていたのか。
「この雑誌って、いつ発刊されたものなの?」
情報提供者とやらに訊いてみる。
「あっ、えっ。3日前だと思います」
何か知らないが、あからさまにどぎまぎしているな。3日前か。
「ありがとう」
「どっ、どういたしまして」
背丈の割に高い声だな。
「ふん! トードウ商会って、レオンの商会だよな」
「うん」
理工学科の先生の間では、アーキ茶のことを知られているようだが、他科の学生にはそうでもないようだ。まあ研究項目ではないしな。
「じゃあ、レオンは、アーキ茶を持って……」
私たちに飲ませる気はないのか、その他、いくつか訊かれたような気もするが、良く覚えていない。上の空で生返事をしながら、代表へ脳内システムで撮影した画像をファクシミリ魔術で送信した。
この件は、トードウ商会の発信ではない、弁明の連絡をするようにと添え書きはしておいた。外部に何か発表や告知する場合は、事前にそれぞれの出資者候補へ諮ることになっている。
大学の工学部と医薬学部が出資者に加わるという件も、リオネスとレナード両商会から、意見は寄せられなかった。しかし、ウーゼル・クランは反対をしなかったものの、微妙に不満のようだったらしい。バルドスさんとは連絡は取れなかったので、その意図まではよく分からない。とりあえず、最終的には了承してくれたので、事なきを得たが。
ふう。
高出力光実習室に戻って考える。
これは外部への対応に苦慮するかもしれない。取り上げられたこと自体は悪いことばかりではないが……。
ん?
振り返ると、入口に人影が見える。今日は気配を消していないようだ。
「こんにちは。レオン君。ちょっといいかしら?」
「はい」
ルイーダ先生だ。このところ寒くなってきたせいか、胸元の露出が少ない。まあどうでも良いけれど。
「お昼を、(工学部教授)ヴェカ先生とご一緒したのだけど」
仲が良いなあ。
「月刊歌劇界っていう雑誌、何か心当たりはない?」
「あります。さっき技能学科の友人が見せてくれました」
「へえ。友人ね」
「はい」
「その件で、ヴェカ先生が、君を呼んで来てほしいって、2時までは空き時間だそうよ」
「わかりました。今から向かいます」
「ところで」
「はい」
「私に渡す茶葉はなくても、歌劇団の女優さんに渡す茶葉はあるのね」
うわっ。
「すみません。向こうが先約だったので」
嘘だが、本当のことを言っても角が立つだけだ。
申し訳ないが、僕の中の優先順位をアデルと競わないでほしいとは言えないし。
「そうなの。次は頼むわよ」
「善処します」
外交辞令と理解したらしく、あからさまに顔を顰めたものの、何も言わずに去っていった。片付けのあと実験室の戸締まりをして、41号棟へ向かう。
「魔導理工学科駐在レオンです」
教授室に入る。
「ああ、レオン君」
「なんでも雑誌の件で、ご用だそうで」
「そうなのよ。医薬学部の……さる人がお怒りでね」
やっぱりな。
「レオン君は、掲載されることを知っていたの?」
「いいえ。ついさっき学食で、友人から雑誌を見せてもらって驚きました」
「そんなことだと思った。君のことは信用しているから、教授には、悪いことばかりではない、知名度が上がるのだから、ものは考えようと諭しておいたから大丈夫よ」
怒っているのは、教授なんだな。
それはそれとして、ヴェカ先生は肌艶だけでなく性格も良くなっていないか?
「ありがとうございます。速やかに商会からあずかり知らなかったことだと、出資者候補の方々へ連絡いたします」
「そうね。そうしてくれると助かるわ。ところで……」
「はい」
「なぜ、アーキ茶が、サロメア歌劇団の女優さんに渡っているのかしら? その理由を教えてほしいのだけれど」
そう来たか。
「はい。このとある女優、アデレードですが、私の従姉でして」
「従姉! ああ、アデレードって名前を聞いたことがある気がする」
「ええ。その縁で、現在はトードウ商会に財務委託をいただいている、つまり顧客です。こちらに成分分析をお願いする前に、彼女には試飲を依頼しました。もちろん、アーキ茶の事業計画のことは知りません」
「ふーん。そういうことだったのね。わかった。報告しておくわ」
報告ね。
「よろしくお願いします」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
GAノベル殿より書籍が発売されます。
https://www.sbcr.jp/product/4815636500/





