292話 商談説明会
商談説明会。営業職でもないのに、まれに駆り出されて説明員の用心棒で行きました。
(作品の題名を少し変えました。理由は活動報告をご覧下さい)
「えっ。明日、ここへお父さんが来るの?」
「うん」
館の寝室で、アデルとワインを酌み交わしている。
サロメア歌劇団は10月に始まった白組公演が終わり、彼女は休みに入っている。それで、こちらに泊まりに来たのだ。昨夜も来たが、ダンカン叔父には言えなかった。
「へえ。そうなんだ」
「夕食時だから、アデルとロッテさんもどう?」
「どうって、夕食を食べに来いってこと」
「そうそう」
「あぁ。でもなあ」
なんか悩んでいるな。
「叔父さん、さびしそうだったよ」
途端に、アデルが苦いものでも食べたような顔つきになった。
「いい機会になるかも知れないわ。じゃあ。明日はいったん帰って、また来るね」
機会? この時は、余りその言葉を深く考えなかった。
†
翌日の夕方。
「いらっしゃい。叔父さん」
「いやあ、でかい館だねえ」
辻馬車から、ダンカン叔父とニコラさんが降りてきた。リーアが扉を開けてくれてホールへ入る。
「アデル! ロッテも。なぜ、ここに」
驚いているな。
「へへぇ。お父さんが来るってレオンちゃんが教えてくれて、夕食をどうですかっていうから、そりゃあ、ご近所だから来るわよね」
「そっ、そうか」
おお、叔父さんが少しうれしそうにしている。
アデルは笑っているが、今日はメイド服ではないロッテさんは、微妙な面持ちだ。
「でも、これから少し仕事の話があるんだが」
「うん。それも、一緒に聞こうかと思って」
応接室に、叔父さん達の荷物を置いて、すぐ地下に移動した。
「こんなところまで来て貰って恐縮です。それで、こちらはアーキ茶加工用の熱源の実証機ともなりますが……今の用途は見たままの魔導ボイラーです」
「レオンちゃん。このボイラーって、ウチの館にあるのと同じではないの?」
うしろに控えた、ロッテさんも見たことがあるのだろう、姉の言にうなずいている。
「アデルさんの言った通り、ウチとそちらの館に共通で設置されていたボイラーと外観は同じですが、中身は違います」
「中身……」
「アデルさんは、中を見たことがあります?」
「いや。ないけれど」
「そうですね。蓄魔石を交換する時以外は、開ける必要がないですからね。実際に開けてみましょう」
僕がうなずくと、ボイラーの横に控えて居たエストが、鍵を差し込んで解錠、そして扉を開けた。
「見てお分かりの通り、現状のボイラーの基幹部は棚が二段になっていて、上段が以前から有った魔石群、下段が稼働中の魔石群です」
「レオンさん」
取引先の人になりきった、叔父さんだ。
「上段に比べて、下段は随分魔石が少ないですが、これで館の熱を常時賄えているんですか?」
「エスト、答えてあげて」
皆の視線がメイド頭に集まる。
「主人の申した通り、こちらの館の暖房と給湯に関しては、下段のみで賄えております。実証機ということで、万一の不具合に備え、従前の魔石群を残していただいておりますが、10日余りは切り替わったことはございません」
「まあ、これで冬場は様子を見ますよ」
「うぅむ」
ダンカン叔父があごを手に当てて考え始めた。
「あのう」
「ニコラさん。何でしょう?」
「昨日、維持費は7割減と伺いましたが、それは蓄魔石の数の差に現れると考えて良いですか?」
「んんん。概ねそうですが、厳密には違います。下段で稼働している蓄魔石はひとつですが、その間に自然充填しているので最低ふたつ必要です。したがって、大きな建物であれば、比例していくはずです。その実証の目的でもあります」
「そうすると、切り替えて充填していたはずの魔石が劣化していた場合は、困ることになりませんか?」
「完全に排除はできませんが。ご存じの通り、蓄魔石がいきなり使用不能になる確率は低いのと、劣化の度合いを検知して、異常が出る前に警告を出すようにしてあります。あと切り替えた魔石も、魔力を最大量の3割は残しますので、万一の場合も元に戻します。その間に交換していただけば、支障はでません」
「ふむ。わかりました。魔導ボイラーの水回り部分とその据え付け工事費を除くとして、原価が相当抑えられると思うのですが、どのようにお考えですか?」
ニコラさん、鋭いところを突いてくるなあ。
「いやあ。それは、リオネス商会さんの方がよくお分かりなのではないですか?」
「レオンさんの仰った通りだな。見せてもらった情報と昨日いただいた貴重な資料で、ウチこそが試算すべきだ。それをもって商談をしないとな」
「はい。失礼いたしました」
「いえいえ……あっ!」
「なんです? レオンさん」
「いやっ、すみません。試算してもらうための材料を、まだ一部というか半分紹介していませんでした」
「半分……」
「こちらです」
洗濯室へ続く通路へ歩み寄ると、東側の壁にある扉の前に立つ。
「この中は倉庫です。中はそんなに広くないので、2人ずつ入ってきてもらえますか」
扉を開けて先に中に入る。入って左側の突き当たり、もはや壁に見える木の扉の前に立つ。
お父さんからどうぞと聞こえたと思ったら、ダンカン叔父とニコラさんが入ってきた。
「こちらです」
誘導すると、扉のところからアデルの顔も覗いた。
「これは、冷蔵魔導具と、冷凍魔導具です」
「冷蔵と冷凍……」
叔父さんとニコラさんが顔を見合わせて、首を傾げた。
「見て貰った方が早いかな」
取っ手を捻って引っ張る。トタンを内張りされた木の扉を開けると、魔灯が点いた。
「野菜……と瓶詰めですね」
「はい。こっちの包みは肉が入っています」
「食品保管庫ということですか……なんかちょっと寒くなったような」
「触ってみてください」
瓶を取り出して渡す。
「うわっ、冷た!」
いつも落ち着き払っているニコラさんが、あわてている。初めて見たかも。
「そんなに冷たいのか」
「はい、支店長。持てない程ではありませんが。どっ、どうぞ」
ダンカン叔父に渡る。
「おおぅ、本当だ。これは……氷室ですか」
「えっ、なになに? ヒムロって何?」
「ああ、アデル。すぐ代わるから、ちょっと待ってくれ」
瓶詰めを、中に戻す。
「その通り、これは魔導で作る氷室です。ただし氷で冷やす物ではありません。一旦閉めますね」
「氷室というと、氷を保存したり食料を冷やしたりするものですか」
そう。この世界にもいわゆる、魔術によるいわゆる氷室は存在する。しかし、冷やすしくみは異なる。魔術士が冷却魔術を行使して氷を作り、断熱材の箱の上段に入れて、同梱した食品を冷やす物だ。
しかし、冷却魔術の難度は高く、魔力効率も悪い。魔術士の中でも行使できる者は少ないと言われている。箱自体は、それほど高価ではないが、なにしろ維持費が高い。他に仕事もあるだろうが、魔術士を雇っておく必要があるからな。それぐらいなら、食材を頻繁に買った方が安い。そのため、これを設置しているのは余程裕福な家、あるいは大貴族に限られる。エミリアの実家にもなかったほどだ。
「あっ、レオンさんが昨日仰った、氷を作る魔術を並列で行使する方が、消費魔力量が下がるとはこのことなのですか」
おお、ちゃんと覚えていたか、ニコラさん。
「待て、待て。ということは、もしかして、さっきの魔導ボイラーと同じ熱源で、これを実現しているんじゃ……そっ、そういうことですか?」
「その通りです。叔父さん」
察しが良い。
「むぅ。あれだけの魔石で……」
「えぇ。お父さん。それってすごいの?」
「ああ、アデル。これはすごいぞ。代わろう」
「ちょっと待ってください、叔父さん。こちらも見て下さい」
下段の扉を開けると、白い凍気が床に漂った。
「氷だ!」
「鍋もありますが、凍っていますね」
「ああ、一昨日の余ったスープですね。温めればすぐ食べられますよ」
「うっ、ううう。落ちついて考えたい。外に出よう」
ダンカン叔父とニコラさんが出ていき、代わりにアデルとロッテさんが倉庫に入ってきた。
「なんか聞こえたけれど。レオンちゃん。氷ができるの?」
「ええ、この通りです」
冷蔵より冷凍に興味がねえ……。
「うわぁあ。ロッテも見てみなさい」
「本当だ。凍っているわ」
「ええと。レオンちゃんが、魔術で冷やしたわけではなく、魔導具で冷やしている。これがあれば、レオンちゃんが、毎日来なくても……いや、来て貰っても良いけれど、ともかく冷えるんだ」
「はい。そうですよ」
うれしそうに笑うなあ。
「じゃあ、シャーベットも焼かないプリンも、冷製のお菓子が作り放題じゃない! うわぁあ」
むっ!
アデルに抱き付かれた。
「これ、欲しい、欲しいわ。とっても欲しいの」
「ちょっ、ちょっと、お姉ちゃん。何をやっているのよ!!」
「バカね。寒いからよ。ロッテもレオンちゃんに頼みなさい」
「えぇぇ……」
ロッテさんは、眉を顰めて口を曲げた。呆れているな。
「どっ、どうかなあ? お金なら払うから。レオンちゃん」
「ああ、いや。ボイラーは届けが必要なので」
「えぇぇええ」
「でも、アデルさんの館もトードウ商会の物ですから、自家用の実証実験ということで、様子を見て、設置しましょうか」
「うわぁ、本当! うれしい」
おおう。唇には来ないけれど、顔に何度もキスされた。
「ちょっと! このバカ姉! レオン君から離れなさい。離れろ、このぉ……」
倉庫の外に出てきた。
ダンカン叔父が、こっちを見ている。アデルの口紅が乱れているから、僕の顔は紅く着色されていることだろう。
「ええと。お騒がせしましたが、ここで見せたい物は以上です。どうですか、叔父さん」
「いやあ、とても貴重なものを見せていただいた。あれだけの魔石で、暖房と冷蔵・冷凍ができるとは、思っても見ませんでした。本店に諮りまして、是非取引をさせていただきたく考えます。よろしくお願いします」
「ああ、叔父さん。そんなに謙らないでください」
ん? アデルの挙動が。
「あのう。言いたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「うん。ここの倉庫と1階の厨房が離れているじゃない。ちょっと不便かなあと思って」
「アデレード様。厨房の中にも小振りなものを設置していただいております」
代わりにエストが答えてくれた。
「うわぁ、本当?! いいなあ。うちにも早くできるといいなあ」
アデルがウインクした。
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