三度目の遭遇
ずいぶんお待たせをいたしました。いよいよ、ご対面ということで。
温かいお茶を飲むでもなく、ビスケットをかじるでもないままに、一時間ばかりが過ぎた。さすがに一度くらいは休憩を挟んだ方がいいかもしれない、と思った矢先。並んで腰を下ろし、僕の隣で縮こまっていたガスパールが前触れもなく立ち上がった。
「――来た!」
指さす先へ、ほかのみんなの視線が集まる。見ればたしかに、対岸の方であの独特の淡い輝きを持った群れがちらりちらりと瞬いているのがわかる。
「――ルドーヌ、ランプをみんなに!」
「わかったわ。みんな、リレーするから持っててね」
少し走った先にある自分の家へ戻ると、ルドーヌさんは帆布で出来た、大ぶりの肩掛け鞄を持って戻ってきた。そして、中から比較的小型のカーバイトランプを人数分出してリレーさせると、
「いい? そこにある小さなつまみを回して……そうそう。じゃあ、火をつけるわね」
片足立ちになり、靴底で擦ったロウマッチの火をルドーヌさんは自分のランプの火口へあてがう。静かにシュウシュウと湧き出していたカーバイトのガスへ火が付き、ゆらゆらとした温かい色味が暗がりになれた目へゆっくりと沁みだす。
それぞれのランプからランプへと火が行き渡ると、耳がつんとするような静けさがその場を支配した。
息を呑み込む音がやたらに大きく響き、視界の向こうでまたたく水精たちのほのかな光だけに意識を集中させる。いったい、どのくらい時間が過ぎたのはわからない。
けれども、まるでその場から動こうとしないあのオンディーヌたちの輝きの前では、一分でも一時間でも同じこと、時間の重さに優劣のないのだけは確かだった。
「……来た!」
唇が渇いているのか、いやにぎこちないガスパールの声に思わず目のピントがぼやける。そっと目線が対岸へ戻ると、長らく視界のど真ん中を占領していたオンディーヌたちがゆっくりとこちらへ近づいてくるのが分かった。
「みんな、荷台へ上がるんだ。そっとだよ、そっと……」
足音一つとってもデリケートな扱いになるのは、静寂を好むオンディーヌへのガスパールなりの計らいのようだった。どうにか全員が荷台へ上がると、その頃にはもう、オンディーヌの大群は平原で星を見るような距離まで迫っていた。見ようと思えば、あの日写真に捉えたような可憐で神秘的なその肢体を見ることも出来る距離である。
けれども、なんだかそれは好きな相手のウィークポイントを覗くようないやらしさがあって、結局僕はそのまばゆい輝きの中へ視線を合わせないまま、そっと手にしたカーバイトランプを振りつづけた。
ガラス越しにぼんやりと見えるランプの明かりを仲間だと思っているのか、彼女たちはゆっくりと瓶の中へ入り、炎めがけてわらわらと寄って来る。水の中で見えないけれど、ルアーに飛びつく魚は間近ならこんな具合に拝めるのかもしれない。
「――ガスパール、ブロムソンっ、蓋をお願いっ」
「あいよっ」
ルドーヌさんのささやき声に、ブロムソンさんは荷台から飛び降り――ようとして慌てて身をひるがえし、そっと地面へ降り立った。ここで慌てて逃がしては苦労が台無しである。どうにか二人がかりであの巨大な蓋を持ち上げると、最後の一匹が静かに瓶の中へ飛び込んだのを見て、降りる時の数倍の慎重さでもってまた荷台へと戻った。そして、決して軽くはないあの蓋をねじこみ口の上へそっと乗せると、ガスパールとブロムソンさんはくるり、くるりと慎重な手つきで蓋を回し、抵抗がかかったところでそっと両の手を離したのだった。
「――終わった。あとは向こうへ運ぶだけだ」
ガスパールの言葉に、僕を含めた全員の口から盛大に息が漏れる。知らず知らずのうちに息を止めかけていたらしく、吸い込んだ空気の旨さが肺の中一杯に染み渡るのがわかった。瓶を抑える荒縄やクッション代わりの毛布の状態を確認すると、ガスパールと僕はふたたび蓋の上から防水布をかけた。そして、端についたゴムベルトを荷台のフックへかけると、来た時と入れ替わりに、僕と小見が瓶と相乗り、ということになった。
「じゃあ、出発するよ。二人とも、しっかり捕まってて!」
キャビンの後部ガラス越しにガスパールの声が上がり、静けさに満ちた耳の中をかき回すようなエンジン音が響く。
「『妖精特急』、いよいよ出発っすね」
「ほんとだなあ……」
そこから多少は愚痴の一つも出るかと思ったが、さすがにそれどころではなかった。行きよりは多少マシ、という程度のローギヤでトラックが動き出すと、僕と小見は荷台へ結わえた即席のつり革をぎゅっと握りしめた。
キャビンの中でもすさまじかった振動が、荷台の上では容赦なく襲い掛かる。その凄まじさ樽や、話の最中にひどい段差などにぶちあたったら、舌を噛みきっても不思議ではないぐらいである。かくして、ぶすっとしたまま黙り込んだ中学生二人、そして妖精入りの瓶を乗せたトラックは一路、嘉木へ向けて刻々とその速力を増してゆくのだった。
どんなに乗り心地の悪い車でも、座席の方が荷台よりははるかにマシなようです。




