NO.2 Born to Ride
プロローグ
部屋のベッドの上。自国は12時を回っただろうか。新たな1日の始まりは夜中だ。昼に会った子とは12時半集合になっている。日本で引きこもりのゲーマーだった俺からすれば、こんな時間まで暇を潰すなど朝飯前だった。余裕を持って、家を出る。ただ、ドアから行けば怪しまれる気もしたので、思い切って窓から失礼することにした。
『下を見るな!』
心の中でそう唱えながら飛び降りた。庭の茂みに落ちることが出来、心底安心した。
夜。町は昼間の明るさや賑やかさを失い、灯り一つさえなくなっていた。アランはとっくに寝息を立てており、一人窓から抜け出した。昼に会った子と合流すべく、パークへと向かった。わずかに揺れる椰子の木。噴水の水は出なくなっており、空の水盤だけが夜の闇に浮かぶ。より一層恐怖心を掻き立てる。
建物の前に着くとすでにあの子が待機していた。闇の中に佇む彼女はこちらに気がつくと手を振ってきた。
「こんばんは!来てくれたんだね!」
「……夜遊びじゃないよな?」
「違うよ!」
というか、顔をよくみると見覚えがあることに気がついた。昼間は急なお願いでそれどこじゃなく、顔もよく見れなかった。だが今なら分かる。おそらく相手も気がついてないようだ。
「もしかしてさ、レナ?」
「えぇ!なんでわかったの!?その声、もしかして、稔くん!?」
そこには中学で秀馬と同じくクラスにいたレナがいた。学校中で問題を起こし、それでいて成績は学年トップという噂を持つ、とんでもない経歴の持ち主だ。教師は彼女の名前を聞くだけでため息が出たという話すらある。そんな頭のおかしいやつが今、目の前にいる。
「なんでいるの?」
「それはこっちのセリフなんだけど!稔くん、なんでいるの?」
「質問を質問で返す癖、なおってないのな。」
「いや、そんなことはどうでもよくて。今夜キミを呼んだのは…。」
「夜遊びだろ?カジノか?スロットか?」
「しつこいな!夜遊びじゃないよ!てか、ここにそんなのないし。今日呼んだのは、任務を手伝って欲しいからなんだ。」
いつになく真剣な表情で話すレナ。とても中学の時に奇行を繰り返していたやつと、同一人物とは思えなかった。
「任務って?」
「えーと。」
少し考え込んでからレナは衝撃的なことを言い出した。
「盗み。」
「来るとこ間違えました。おやすみなさい。」
「ちょっと!?待ってよ!違うよ!いい盗みだよ!」
「お前、何言ってんの?」
我ながら冷静なことを話してると思う。だって、レナは俺に犯罪の肩代わりをしろと言っているのだ。それ以前に、いい盗みとはなんだ?義賊ごっこでもしているのだろうか。
「それってさ、俺じゃなきゃだめ?」
「えと、その。こっちきて1ヶ月とかで。信用できる人とか少なくて。」
なるほど。全てが一致した。こいつは、この世界で頼る人もいない。つまり、ぼっちってわけだ。思わず哀愁の目を向けると、
「…ねぇ?稔くん?なんでそんな可哀想な人を見る目であたしを見るの?……ねぇ!怖いから返事してよ!」
俺は、可哀想なこいつに泣く泣く協力してやることにした。
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話を聞けば、ただ金品を盗むのではなく一度盗まれたものを盗み返すのだという。それから元の持ち主に返すということだった。普通に交渉すればいいじゃんと言えば、人のものを盗むやつが、ろくに話をできると思う?と返された。それは確かにもっともだ。しかし、犯罪は犯罪だ。慎重に行かねばならないことは、素人の自分でもわかる。
暫く進んでいくと、一軒の家の前についた。
「ここが今日の目的地か。」
「了解です。親方。」
「……今なんて?」
「いや、普通に親方って。」
そんな呑気な会話をしながら、俺たちは目的の家の前に立ち尽くしている。よく見るタイプの普通の一軒家。そこまで広くなく、1人で住むにはもってこいの物件だ。
「行くよ。」
レナの合図で家の庭に入ろうと塀に登ろうとするレナ。ただ、登るのに苦戦している様子。
「手伝おうか?」
「ごめん。やっぱ窓から行こっか。そっちなら塀がないはず。」
そう言ってあと少しで登れそうだったところを飛び降り、窓の方へと回る。その時、ふと目に入った表札を見ると。
『レイ』
と書かれていた。
「……。」
「どうしたの?」
「いや、ここ…。」
レイの家じゃん!?よりによって今レイじゃん!声も出せずにいると、心配そうなにレナが顔を覗き込んできた。
「本当に大丈夫?お腹痛い?」
「どっちかって言うと、頭痛い。」
どうしよう。バレたらおしまいだ。だが、報酬は欲しいし今更断れない。どうすれば――
いや、逆に正体を隠したままならバレないのではないだろうか?見たところ明かりもなく、暗い。そんな中でそう簡単にバレるとも思えない。大丈夫だ。あいつは見たところ鈍感な感じもあるし、いけるはず。そう自分に言い聞かせ窓に梯子をかけ、上に上がる。
「稔くん、大丈夫そう?」
窓の外から部屋を覗くが、レイは今日の戦いで疲れたのか、ぐっすり寝ている。好都合だ。
「こっちは大丈夫です!登ってきてください!親方。」
「そろそろその呼び方やめないと怒るよ?」
レナが梯子を軽々しく登ってきた。そして俺たちはベランダに登った。流石に窓には鍵かかっている。
「おやか……レナ、この窓鍵がかかってるんだけど解ける?」
「えぇっと、あぁ。このタイプの鍵か。これなら解けるな。」
そう言ってレナはポケットから針金を取り出す。
「じゃん!」
「……ふざけてんの?」
「大真面目ですけど?」
「そんなんで開くの?」
「ふふん!これがね、開くんですよ。」
自信満々に答えるレナ。そして慣れた手つきで窓の鍵を解こうと試みる。暗い夜。風音ひとつしない。聞こえるのは鍵を操作する金属音だけだ。やがてガチャリと鈍い音が聞こえた。
「空いた!」
小声でガッツポーズをするレナ。まさか本当に開くとは思えなかった。
「よし、入るよ!弟子くん!」
さっきまで親方と読んだことを根に持ってるのか、弟子と呼ばれた。弟子入りした記憶なんてないのだが……部屋に一歩踏み出すレナ。とその時。
「……?え、人?この時間に?…え?」
運悪く、レイが起きてしまった。レイの顔がさぁっと青ざめていくのがわかった。
(マズイ!)
そう思った時には遅く、レイが飛び起きた。
「ししし、侵入者!強盗!?え!?こういうときってどうすれば……。」
あれ?思ってた反応と違う。もっと、敵対心を見せると思ったのだが、慌てふためいている。おそらくまだ正体はバレていない。なら……。レナと2人で顔を見合わせ、頷く。
「ふはははは。我らは夜を駆ける盗賊団。汝、何者からか盗みを働いたな?我らはそれを取り返しに来たのだ。」
「はっ!うぅ。バレてしまいましたか。…でも、そんなとこにいても危ないので、とりあえず上がってください。」
なぜか冷静なレイ。後ろを振り返ると、真っ青になりながら震えるレナが何故か笑いながら、呟いた。
「…はは、今日が初犯なのに…盗賊団て……はは。」
(もう二度と即興で名乗るのやめたげよ)
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「それで、お前は何を盗んだんだよ?」
「うぅ。それは…。その。これ、です。」
レイに正体を明かし、驚かれたのも束の間。事情を話すと観念したように、盗ったものを出してくれた。レイが取り出したのは青い宝石のついた指輪。特徴的な宝石の形は暗闇の部屋の中で燦然と輝いていた。
「…!これ、1年前から行方不明になってた限定品じゃん!」
驚きながら声を上げたのはレナだった。何やら不穏な匂いがする。
「アランの家に入った時に思わず見惚れてしまい、つい…。」
悪い予感的中。通りでアランが慌ててたわけだ。
「やっぱり、アランの家から盗んだんだな。薄々気付いてたよ。」
「ふぇ!?なんで!?どこで!?」
「さっきアランが慌ててたからさ。てか、それでよく平然と朝飯食えたな?」
「それ……でも!お金が必要だったんです!綺麗だから高く売れるかなと。」
「もう少しまともに稼ごうと思わないのか?」
レイは完全に負けたという表情でワナワナと力なく座り込んだ。ただ、さっきのレナの言葉。1年前から行方不明。その指輪がアランの家にあった。もしアランがそれを購入していたなら、行方不明なんて言われないはずだ。仮にそうなら、アランが盗んだものをレイが盗んだ。ということになる。つまり、ことの発端はアランになる?
(いやいや)
あの真面目そうなアランに限ってそんなことはない。きっと、落ちていた所を拾ったとか。それでたまたまそのまま持ってたとか。そんなもんだろう。
しばらくして、少し考え込んでいたレナが思わぬ提案をしてきた。
「じゃあさ、今からその、アランくんの家に行こうよ!そこで返せば良いって。」
まさかそんなことを言われると思ってなかったのか、レイは黙り込んだ。思わず俺も黙り込む。状況を察したのか、なぜかレナまで黙り込む。なんだろう。この地獄みたいな空気感。
「それは、つまり、今からアランの家に行くってことですか?」
「そう。稔くんはアランくんの家に泊まってるんでしょ?なら、落ちてたって程で返した方が良くない?」
確かにレナの提案は正しいのかもしれない。でも、俺1人ならまだしも、レナとレイまでついてくるとなると色々面倒くさい。なら……
「俺が1人でアランの家に入るから2人は周りから警戒されないように見張っててよ。」
「確かに!それなら安全だね!そのままキミは寝ちゃって、私たちは帰ればオッケーだね!」
こいつら、即帰る気じゃないだろうな。心の中で心配しつつもその案を実行することになった俺たちであった。
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暗闇の中をただひたすらに進む。さっき来た道を辿ってついたのはアランの家。灯りはすっかり消え、部屋は暗かった。風の音すらしない街中に佇む3人の間に緊迫した空気が流れる。
「稔くん。準備はいい?」
レナはこの緊張感をほぐすためか、三度目の確認をする。
「大丈夫だって。日本でルパン見てたから。」
「それ、本当に大丈夫?」
呆れ顔のレナはそう言った。
改めて、アランが眠っているはずの部屋を見る。窓には鍵がかかっている。レナがまたまた針金で器用に窓を開ける。カーテンを退け、部屋の中を覗く。しかし、そこにはアランの姿がなかった。部屋の主はいないはずなのに、部屋の中から冷気が漏れているのを感じた。
「嘘!アランがいないぞ!?」
その言葉を2人とも信じようとしない。
「それこそ嘘ですよね?」
「いい?レイちゃん。稔くんはね、元いた世界でよくを嘘ついてたよ?それで友達から1万くらいむしり取ってたんだ。」
「おい。俺はそんなことしてない。」
さっきまでの緊迫した空気はどこへやら。レイがうっすらと笑っているのが見えた。だが、今は…
「そんなことより、アランがいない。見ればわかる。」
そう言って2人に窓を覗かせる。レナがハッと息を呑み、レイは言葉も出ずに動けないでいる。
「本当です。アランがいません!」
「確かに。部屋にはいないみたいだね。でも、こんな時間に外出ってのも、考えにくいよね。」
レナの言うことにも確かに一理ある。アランが夜に1人で出かけるとは思えない。これは、何か事件の匂いがする。もしかしたら、誘拐でもされたのだろうか。そうなれば大変だ。
外は涼しいはずなのに何故か冷や汗が垂れる。脳裏には最悪の事態が鮮明に映し出されてしまった。2人は何も言えないでいた。レナは苦虫を噛み潰したような顔をしており、レイは理解できないのか、キョトンとしている。
「レナ、レイ、急ぐぞ!アランが大変だ。」
「そうだね。まずは先を急ごう。アランくんが危ない!」
「2人とも!どこへ行くのですか?」
「「あ」」
確かに。まずはアランがいそうな場所を考えないと始まらないことに気がついた。
「アランがいそうな場所か、どこだろう。ってか、何があるんだ?」
「うーん。会ったことないから、見当もつかないよ。」
レナと俺が頭を悩ます中で、レイはボソリと呟いた。
「多分、噴水の所ではないですか?一昨日、アランが夜遅くに噴水に行くのが見えました。そこへまた行っていたのでは?」
「でかした!行くぞ!噴水前まで急ぐぞー!」
「「おおー!」」
意気揚々と駆け出した俺達を陰から見守るものあったような気がしたが、気にせず走り出した。
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エピローグ
3人で噴水前までやってきた。物陰に隠れながら様子を伺う。夜風が肌に染みる噴水周り。噴水の水は止まっていた。一瞬、鳩の石像と目が合った気がする。
噴水周りをぐるりと一周するが、辺りを見回してもアランの姿はどこにもない。
「……いないな。」
「いないね。」
「いませんね。」
目に映るのは水の出ない噴水と風に揺られる椰子の木だけだった。




