崩れ始めた秩序
命の味……
こんなのもう止められるワケがありません……御爺様……
もっと早くこの味を思い出したかった──
鑑賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=0EQ_1VxK70k
~横須賀港上空~
艦に着地した上杉警視は下界を眺めて言う。
【新潟の海と違ってこっちは割と色が鮮やかですね……】
【あっ】
その時、対空ミサイルが地上から艦目掛けて発射されているのが、彼女の視界に映った。
しかし、灰色の戦闘ロボットによりミサイルは撃ち落とされてしまった。
【アレが噂のアーマード何とかってやつですか!?】
【結構カッコイイですね!斬り合いとかしてくれるんでしょうか!?(ムフー!)】
上杉は戦闘ロボットの方へ走り出す。
しかし、【シュバルツ・シュトルヒ】に幾つかある巨大な出撃ハッチが開き始めた。
【!!】
先程と色違いなものの、同型の戦闘ロボットや小型艇が次々と発艦し始める。
上杉はハッチに飛び込むべく再び走り出す。
【潜り込むなら今がチャンスかもです!!】
【とりゃーーっ!!】
彼女は戦闘ロボットとすれ違い様に格納庫へ滑り込む。
【良し!!成功です!!】
【あっ──】
脱出用の小型艇に乗ろうとしていた少女兵と、彼女は眼が合ってしまった。
『敵襲ー!!』
『格納庫に敵の襲撃!!』
【う、恨みはありません!!】
上杉の神速の刃が少女兵の首を跳ね飛ばした。
血飛沫も無く、恐怖に満ちた幼い顔が彼女の足元に転げ落ちる。
【あわわ……!】
【こ、子供を斬ってしまいました!】
少女兵達も傭兵達も上杉に気付き、一斉に彼女へ向けて銃を乱射する。
【──!】
【ぐ、《軍神一文字斬り》!!】
鋭く煌めく軍神の刀は銃弾や光線を切り裂き、少女兵達と傭兵達の胴体や首を一気に斬り飛ばした。
整備員達は拳銃を彼女へ向けるが、首を斬り飛ばされる。
【ど、どうしましょうか……】
上杉は最初に斬り飛ばした少女兵の頭を持ち上げ、胴体にくっつけようとする。
【あ、アレ?お、おかしいですね……】
【繋がってくれないと、こんなの報告書に書けませんよ……】
【警視正に怒られちゃうじゃないですか……】
首と胴体を一生懸命くっつけようとする上杉を見て、少女兵達から怒声にも似た悲鳴が上がる。
上杉は首をくっつけるのを諦め、少女のポーチから転げ出たチョコレート菓子を拾う。
彼女は血塗れの手で袋を破り、一気に菓子を頬張る。
【甘い……なんて甘いんでしょうか……】
【美味しい……塩味も付いて良い塩梅ですよ……】
【一流の茶屋にも出せる味です、これは……】
泣きながら陶酔とチョコレートの味に浸る上杉を見て、兵士達の脱出が加速する。
上杉は涎を垂らしながら自分の腕を抱き締め、身体をピクピクと震わせながら呟く。
【命の味……】
【こんなのもう止められるワケがありません……御爺様……】
【もっと早くこの味を思い出したかった──】
小型艇の背後から斬撃が飛び、乗員ごと真っ二つにされる。
上杉は血塗れのポーチを漁りながら、菓子を取っては頬張り、そして敵を斬って行く。
【更に美味しい……】
袈裟斬り。
【もっと甘い……】
両断。両断。両断。
【そしてサクサクで、口の中でふんわり溶けて行く感じのを……】
突き。月。突き。月。突き。
上杉はスマホを取り出して写真アプリを開き、ある画像でスワイプを止める。
【嗚呼、身分違いの決して許されぬ恋──】
【でも……なればこそ、身を焼き尽くし溶ける程に燃え上がるのが恋】
【一目見た時から、思う存分殺し愛をしたいとお慕い申し上げていました】
【レイカ殿……】
彼女はレイカが映っている画面に、血塗れの笑顔で頬ずりした。
そこへ乾いた拍手が鳴り響く。
【素晴らしい……】
【これ程までの《異常者》……見た事がありません】
【まさに《血》が為せる……】
拍手の元へ複数の斬撃が飛ぶ。
しかし、斬撃は擦り抜けて整備ドッグを切り刻むだけに終わった。
【私はラロシェル】
【貴女もご存じかと思いますが、【エグレゴール】のCEOです】
【傭兵達を見逃して頂ければ、この国で一番尊き血には手を出さない事、約束致します】
返答代わりに斬撃が飛ぶ。
しかし、またも斬撃はすり抜けて行く。
上杉は刀を仕舞いながら言う。
【見え透いた時間稼ぎに付き合う積りはございません、紅毛人!】
【私はこの甘い味を一秒でも忘れていたくは無いのです……!】
上杉から猛烈な殺気が放たれ始める。
恍惚とした彼女の背後から後光が差す。
青銅色の古代剣が現れて宙を舞い、ラロシェルに刃先が向く。
【【草薙の凶剣】起動】
【夷狄の首魁……どんな命の味がするんでしょうか!】
【おっと、魂を斬られては堪らない】
【【セムヤザの仮面】第二段階起動】
【《意思なき操り人形》】
上杉の身体は糸を付けられた様に自由が効かなくなり、古代剣は空中で静止する。
愛らしさすらあった彼女の顔が、妖艶な殺気を帯びて行く。
【……当初、司令官はミス四十万ではなく、貴女になるかと思ってはいました】
【彼女も公家の血を引く名家の出身ですが……】
【貴女はその更に上……】
【本来ならば、この国の頂点に居てもおかしくはない】
【──この国の未来は既に大和の民に委ねられています!】
【それが幾度もの戦と時を経て下されたご聖断です!】
【そして私は忌み子……表に出ればそれだけで国が揺らぐ】
【故に自分を抑えつけて生きて来ました!】
【ですが……もうその必要は無いんです!】
【それどころか、この国と民が私という剣を必要としている──】
上杉は横目で、最後の小型艇が脱出していくのを眺める。
【もう私は自分を偽る必要がありません……】
【北海道である方と剣を交えた時、心から感じたのです!】
【あの方になら、身が溶ける程熱くなったこの想いをぶつけられる、と……】
ラロシェルは指で正方形を描き、投影映像を出す。
そこにはベルトランに救出されるレイカが映っていた。
【貴女の想い人とは……】
【剣崎麗華】
【彼女で間違いありませんか?】
【──面妖極まりないですね、夷狄!】
【西洋では人の恋路に立ち入るのが礼儀なのですか!?】
【いえいえ……】
【貴女に持ち掛けたい取引がある。それだけです】
【……】
上杉の目が仮面の4つ目を捉える。
ラロシェルは言葉を続ける。
【貴女が私の条件を受け入れてくれれば……】
【彼女との死合いをセッティング致しましょう】
【心ゆくまで殺し合って頂けます】
【不要です!】
【運命は……必ずレイカ殿と私を然るべき場所に導いてくれる筈……】
【それにこの戦が終わったら、四十万司令官に北征の提案をすると決めています!】
【然るべき時期に、北海道は大和の地に戻りますから!】
仮面の4つ目が紫色に光る。
【──北征】
【おらんだ出身の貴方には分かり易いかもしれないですが……この列島は元々一つではありませんでした】
【それを一つにして今の大和を形作ったのが、かの《ヤマトタケル》の東征……】
【私の遠い遠いご先祖様です】
【私は先祖の偉業を再現します!あくまでもレイカ殿と殺し愛う為の通過点ですが!】
【成る程……】
【私の思想とは正反対です】
【私は国や民族共同体すらも最早必要無いと考えています】
【必要な機構は賢明な経済主体である【企業】、そして【個人】だけ……】
【私にはいち早く、人類を次のステージへと導く仕事がある……】
上杉の目が暗い炎で燃え出す。
だが、彼女は明るい笑みを浮かべていた。
【酷い欺瞞ですね!】
【その舞台に辿り着くまで、どれだけの犠牲をお出しになる御積りで!?】
ラロシェルは即座に答える。
【40億6500万3496人】
【試算ではこれだけの人間が犠牲になる予定です】
【しかし、これはあくまで試算】
【それに私が動かなければ、更に多くの人間が死に至るでしょう】
【これから訪れる変化はそれ程までに厳しい】
【ご参考にまでお聞かせ願えますか!!】
【貴殿に支配されなければ、大和の民は一体どれだけ犠牲になるのでしょうか!?】
【概算で9800万人】
【私が日本の経済支配を完成させれば、4000万人弱で済みます】
【ミス四十万で6000万人……】
【ですが、貴女が支配すれば1000万も残らない】
上杉の目が丸くなる。
ラロシェルは指を鳴らす。
立体グラフが投影され、彼は艦内に向かって歩き出す。
【ですがこれでも……】
【貴女は相当にマシな部類だと言っておきましょう】
【もしベルナルドやアーデルハイドと敵対すれば、この国の生き残りはゼロです】
【特に後者は有色人種などゴミ以下だと思っているナチです】
上杉は自分が動けるようになった事に気付き、グラフの後ろのラロシェルに向かって剣を振る。
しかし、彼の姿は既に無かった。
彼女は立体投影されたままの棒グラフの前へ立つ。
【……このグラフはある期間までに人物ごとに出す、人的犠牲予想の数を表しているようです!】
【顔写真まで付けるなんてヒマなんですかね?あの紅毛人】
【実に羨ましい事です!茶屋へ行き放題じゃないですか!】
上杉はグラフの前を横切りながら、読み上げて行く。
【《ベルナルド・エル・コルテス》……《72億8972万人》】
【《アーデルハイド・ルーティフェルト・サクラスブルグ》……《64億7893万人》】
【《ジュビア・アルマス》……《62億4875万人》】
【うわぁ、この方達は間違いなく私以上ですね!】
【このジュビアさんってのは元同業者でしょうか!?そんなカンジがします!】
彼女は血のついた飴を舐め始める。
【《市原春香》……《28億9605万人》】
【《ヴィットーリオ・マルティーニ》……《24億7830万人》】
【にしても……一体どんな仮定と条件で出した数字なんでしょうか?】
【マルティーニは兎も角、こんな可愛らしいまるたぬきがそんな所業、出来るとは思えません】
彼女は更にグラフ群を追って行く。
【《ヘイリー・クリステンセン》……《12億2658万人》】
【《平良義国》……《9億8354万人》】
【そういえば、北部方面隊は最近大人しいような……】
【このヘイリーって人、明日のお金も無さそうな感じに見えますけど……】
上杉は一際低いグラフの前でしゃがみ込む。
【──!これは……】
【《香坂・クリスティナ・一夏》……《5726人》……】
【この赤い瞳はレイカ殿と一緒に居たあの──】
上杉の目に怒りが宿り、息が詰まったように彼女の呼吸が激しくなる。
【そう言えば彼女でしたね──レイカ殿を誑かしているのは──】
【全く忌々しい混じり物です】
彼女は飴を噛み砕き、息を落ち着かせる。
そして彼女は足に力を籠め、立体グラフを一文字斬りで切り払った。
~艦内~
「……これで終わりですかね?」
四十万は倒れた兵士の山に腰掛け、酢昆布を噛み始める。
『ば、化物……!』
『い、息も切れていないなんて……!』
少女兵は折れた腕を垂らしながらも、四十万を睨んで言った。
『強化選手達との乱取りに比べたら、こんなモノウォーミングアップにもなりません』
『《兵士》と《戦士》は似ているようで全く違うんですよ』
『《戦士》は24時間365日……相手を打ち倒す為に心技体を磨いています』
『《兵士》にはそんなヒマありませんからねぇ……』
『量産品と特注品の違いですよ、端的に言えば』
『……!わ、私達を侮辱するな……!』
『事実ですよ』
『侮辱する気は一切ありません』
『進化の方向が違う生物みたいなモノです』
『お宅の司令官も似たような存在です。無駄に死にたくなければ大人しくしていて下さい』
少女は四十万に折れていない方の手でナイフを持ち、襲い掛かる。
だが、あっさりナイフを叩き落とされ、リアネイキッドチョークを決められる。
『もう寝る時間です』
『貴女達は兵士ですら無いの子供なのだから』
少女の眼から涙が流れ、そのまま崩れ落ちた。
そして場違いな拍手が響き渡る。
【素晴らしい……】
【行動と言動の一つ一つから愛から感じられる……】
「……」
「愛が無いクセに、良くもそんな浮ついた事が言えますねぇ」
「あ。自己紹介は良いですよ。朝のニュースで見ましたから」
四十万の変形した右手から伸びた爪が、黒く変色していく。
ラロシェルは仮面を取り、頭を下げる。
【なら話は早い】
【即刻部隊を退いて頂けますでしょうか?】
【私はなるべくなら、人を殺すなどと言う野蛮な真似は避けたいので】
【犠牲は最小限に、です】
「そして成果は最大限に、ですかねぇ」
「一見人道主義的に見えるんでしょうねぇ、コレが」
「単にコストと利益の計算結果から出た発言なのに……」
【残念ながら私は経営者でもあるので、株主達にも利益を還元しないといけない訳です】
【しかし、戦災孤児や難民に……】
四十万は手を立て、彼の言葉を止める。
「……もう良いですよ」
「貴方の言葉は聞けば聞く程、頭がおかしくなりそうですから」
「ですが、ここでノコノコ出て来てくれたのは幸いです」
「ラロシェル・ファン・デーフェンテル」
「貴方を戦争犯罪及び人体実験、そして不法入国と建造物破壊、テロリズムの容疑で逮捕します」
【おやおやおや……】
【それならば、無実を証明する為に私も抵抗しなければなりません】
【【セムヤザの仮面】第二段階起動。《近接戦闘プログラム起動》】
彼女はラロシェルの懐に素早く飛び込み、右手で彼の肩を貫こうとする。
だが、ラロシェルは素早く四十万の腕を押して攻撃を流した。
(──!?)
(こ、これは──)
四十万は素早く右手で突きを何回も繰り出す。
しかし、力が乗る前に全て軌道を逸らされてしまった。
「合気……ですか!」
「いや、中国拳法やシステマも混じってますねぇ……!」
【残念ですミス四十万】
【貴女程の人がその程度の知見とは】
攻防の最中、ラロシェルの掌底が四十万の鳩尾に命中してしまう。
「は……!この程度……」
四十万はラロシェルの腕を掴んで投げようとする。
【発勁】
彼女の腕がラロシェルの発勁に弾き飛ばされ、身体も捻れながら吹き飛ばされた。
「な──」
四十万は壁に叩き付けられ、壁にめり込む。
彼女は肺から込み上げて来た血を吐き出して、倒れた。
【私が放った技……】
【嘗てこれ等はインチキ武術などと揶揄されて来ましたが──】
【【血魂】による身体能力向上の影響で、再び日の目を見るコトでしょう】
四十万はフラつきながらも立ち上がる。
「……虚構や仮想が現実に……」
「それが貴方の目指す所ですか……」
【──理解が早くて助かります】
【そして虚構や仮想は人類を月にまで連れて行った】
【ツィオルコフスキーの夢に今の人類は生きています】
【これからは私の夢が人類を先導します】
彼女はいつも通りの憎たらしい笑みを浮かべる。
「……皆が皆、宇宙やロケットの事を考えて生きていけるワケじゃないんですよ」
「明日の飯を得る為にしたくない仕事ばかりさせられる……」
「私だって警官なんかやりたくは無かったんですよ」
「給料は安いし、文句は言われたい放題ですしねぇ……」
「でも……それでも私はこの道を敢えて選びました」
【……香坂一夏の為、ですか】
【余程彼女に執着していると見えます】
「【クリスティナ】を忘れてますよ、陰謀仮面」
「クリスティナと私の楽園を創る。私はその為に生きています」
「その為に全てを捧げて来ました」
四十万は銃を取り出す。
そしてラロシェルへ向ける。
「……私はクリスティナとの付き合いは12歳の時からです」
「彼女が引き籠もってからも……」
「母親の妨害で逢えませんでしたが、何時かは逢えると信じてプリントやノートを持って行きました」
【貴女は彼女を虐めて居たのでは?】
【しかし、それにしては彼女に対して献身的です】
「……性格悪いって言われませんか?」
「既に答えが分かっているのに聞かないで下さいよ」
ラロシェルは手を広げる。
【慈善事業へ多額の寄付をしている身としては心外です】
【ですが、当ててみせましょう】
【彼女の意識を母親から切り離す、その為に貴女は彼女を虐めた】
【少々強引で荒っぽい方法ですが、12歳の少女に取れる精神医学的手段なぞその程度でしょう】
【ショック療法の一種としては合理的ですが】
「クリスティナは母親の存在に苦しめられていました……」
「だから私で埋め尽くして、忘れてさせてあげたい」
「方法は出来るだけ強烈な方が良い……」
「ですが……私は加減と方法を間違った、いや想像以上に私と同級生達は愚かだった」
【結果、彼女は更に追い詰められたと】
【そして、香坂陶冶氏の不審死で彼女は更に追い詰められる】
四十万の眼が大きく見開かれる。
「何故それを……!」
【彼に世界銀行の構造計算を依頼されましたからね】
【私が確か13歳の時……丁度、数理論理学の博士号を取った頃でしたか】
【教授が伝手で紹介してくれたんですよ、計算の仕事を】
ラロシェルは何処からかティーカップを取り出し、角砂糖を転がし始める。
【ですが、彼の死によって後任の人物に成果物を送った記憶があります】
【娘が居たとは聞いていましたが……】
【運命とは数奇なモノです】
「……何か知ってる事あるんじゃ無いんですか?」
「クリスティナの事を調べた時に……」
【答える気はありません】
【ただ一つ……ヒントを出しておきましょう】
【彼は触れてはならない存在へ触れてしまった。仕事熱心が故に……】
【親子で全く似ている。触れてはならないモノへまで触れる真面目さが……】
ラロシェルが持っていたティーカップには、いつの間にか紅茶が満たされていた。
そして彼が指を鳴らすと、四十万の持っていた銃が砂になっていく。
「……!!」
【それにしてもミス香坂の人生は面白い】
【願わくば彼女と紅茶を飲みながら、過去を探ってみたいです】
電撃がラロシェルへ飛ぶ。
しかし、彼の目の前で掻き消されてしまった。
【この艦は既に私の仮想実験室です】
【全ての物理法則は私が支配しています】
彼は紅茶の湯気を嗅ぐと、飲まずにテーブルの上へ置く。
【そしてミス四十万】
【貴女の底を魅せて欲しい】
ラロシェルはいきなり四十万の目の前に移動した。
それは最早、移動というよりは転写だった。
彼は手刀を四十万の胸に置き、そのまま掌底を放った。
「ぁが……っ……!?」
彼女は身体全体を突き抜けるような衝撃によって、両膝を付いて倒れる。
(……浸透勁……!?)
(しかも霊体化が無効化された……!)
四十万は大量の血を吐き、震える膝で立ち上がろうとする。
【妖怪をモチーフにした人工アイテム……】
【中々のベストセラーになりそうです】
【ミス四十万。貴女はその開発の基礎となって頂きたい】
【それには貴女と香坂一夏の過去が──】
【黙って下さい】
四十万は吸い込まれそうな黒目を曲げ、ラロシェルに向かって微笑み掛ける。
血塗れになった桃色の唇が上下する。
【……私とクリスティナの過去は二人だけのモノです】
【そこにある痛みと苦しみ、そして辛さは最早彼女と私だけのモノ……】
【第三者が立ち入る余地なんて、最初から無い……】
【それが貴女の弱味になる、としても?】
四十万は肩で息をしながら、右手で銃の形を作る。
【それは私の弱味なんかじゃありません──】
【私がこの果てなき闘争を闘い抜く……その為の武器です】
【そして、私の永遠の愛を証明している……】
【【ぬらりひょんの巻物】第三段階起動】
【《霊弾》】
四十万の人差し指が光り、ラロシェルを至近距離から青白い閃光が包んだ。
登場人物表更新:
https://docs.google.com/spreadsheets/d/18yCj9B-CZEpJGIDICTLBSG4K3ASfzvPI7MeKN9sNjkY/edit?usp=sharing
純愛を超えた純愛……
もう素晴らしい、そうとしか言いようが無い……(拍手)
ラロシェルの気持ちが理解出来てしまう。
彼の最大の収穫、それは四十万と話せた事ではないでしょうか。
あと上杉ちゃん。
クレイエル達はまだ戦っていますが、ラロシェルは撤退命令を下すでしょう。
既に日本側の航空戦力・防空戦力・海上戦力は壊滅状態で、これ以上の戦いは蛇足と彼は判断しています。
後は各地方や各企業に仕掛けている調略を一斉に発動させ、日本という国家を解体するだけです。
ただ、彼は試合に勝って勝負に負けた、そういう感じがします。
四十万の闘いはこれからが本番です。
戦力を再編・再構築し、叛徒を鎮圧し、不届き者達に奪われた領域を取り戻す。
それは最早彼女にしか出来ない事業です。
そして上杉ちゃんの管理と制御が一番大変かも。
何故なら、人斬りデビューしましたし。
しかも相当ヤバい感じの人斬り兼軍神になりました。
というか、人斬りとかいう次元超えてる。彼女は誰かに言われて人を斬ってるワケでは無いから。
まさに夷狄を討伐し、反逆者を始末する最終装置です。
そして、彼女はレイやんの事を好いています。恋しちゃってます。
何故なら、彼女のポニテはレイやんの言葉がきっかけだからです。
どういう理由で好きかまでは判明してませんが。
更に、ラロシェルから直々に《異常者》のお墨付きをゲットしました。
彼は単に人を何人も斬った程度で、そのようなラベリングはしません。
彼女の持つ人外なポテンシャルと、異常な能力と性格に目を付けているからです。
実際、剣を扱う人物としては最高クラスの能力とアイテムを持っています。
因みに彼女は国際法にも刑法にも違反してません。
自衛官でも無いので、軍法会議の対象にもなりません。
寧ろ侵攻軍の傭兵が相手だという事で、英雄視される可能性すらあります。
言うなれば官軍側です。てか人斬りって大抵官軍側なんだよね。
加えて、彼女はキャリア警官。現行法の問題点が分かっていないハズは無い……
彼女の理性と良心は、血塗れ&涙塗れのチョコレート菓子を食べた瞬間に崩壊したように見えます。
が、実は彼女の理性や良心なんてモノはとっくに無くなっていたか、元から無かった可能性が高い。
若しくはずっと今回の様な機会を待っていたかも。
峰打ち出来る技量が彼女にはあるハズだけど、出会い頭にいきなり斬ったのがその証拠です。
レイやんにも問答無用で即座に斬り掛かって行ったし。
だから彼女の涙をどう解釈するか。それが問題です。
涙には感動の嬉し涙もあるのですから。
作者には彼女が上っ面や、しがらみから一時的に解放された様に見えました。
解放です。彼女が求めている事は基本的にそこにあります。
何にしろ、上杉ちゃんは他の面子が敢えて避けた少年兵殺しを自分から進んでやっています。
四十万ですら再起不能にする程度に留めているのに、です。
取り押さえる程度で済ませた藤原とは非常に対照的だと思う。
藤原が本来戦うべき相手は上杉ちゃんかも……
でも今戦っても100%負ける。それぐらい、今の上杉ちゃんはただならぬ仕上がりに見える。
大人の傭兵相手ならまだ大丈夫(これも余り良くはない)だけど、少年兵に対する虐殺が明らかになったら、組織的にも対外的にもかなりヤバい。
けど、上杉ちゃんを治安組織から追放するのは、余りにもリスキーな選択過ぎる……
更に厄介なのが、警察上層部や議員達には四十万よりもウケが良い、という事です。
パッと見は超優秀で美人で、明るく元気が良い大和撫子……というだけじゃない。
彼女の生まれ持った背景から滲み出るモノが、老人達には効くのです。
こればかりは彼女にしか持ち得ないモノです。他の誰にもマネ出来ない。
もしかしたら、上杉ちゃんは四十万が可愛く見える程のあくらつな女かもしれない。
彼女は有給休暇中、本当に茶屋に居るだけなのでしょうか?
四十万も把握していない裏の顔がある、とだけは断言しておきます。
いや、あの四十万が彼女に騙されている……
しかし、上杉ちゃんの上っ面を取り繕う努力は、遂に限界を迎えてしまった。
ありもしない報告書の心配を口にしたり、くっつく筈の無い首をくっつけようとしたりしたのがその証拠です。
彼女が完全に暴走したら誰にも手が付けられない。少なくとも日本社会に止められる人間は居ない。
彼女の居る所、即ち官軍になってしまう可能性がある。
イチカにはレイやんが居るように、四十万には上杉ちゃんが居ます。
作者はレイやんと対になる人物だと思っています。
対極の人生を送って来たという意味でも。
レイやんにまた逢うまで、どれだけの屍が積み重なるのか……
ちなみに横須賀港からほど近い走水神社は、あの《ヤマトタケル》ゆかりの神社です。
そのエピソードはこの歌に凝縮されています。
【さねさし さがむのをぬにも ゆるひの】
【ほなかにたちて とひしきみはも】
意味は……
【かつて燃え盛る炎の中で、私の身を案じて声をかけてくれたあなたの愛情を、私は決して忘れません。】
です。
迂闊に声かけたらアカン相手やったな、レイやん。優しさが完全に裏目に出てる。
お読み下さり有難う御座いました、読者殿……
今日も月が綺麗ですね。
「面白かった」「次回が楽しみ」「いきなりなんだこれ」
「上杉……ちゃん?」「過去最悪レベルの異常者だった……」「まさか上杉ちゃんの親って……」
「こんな相手にも取引を持ちかけるラロシェルすげぇ」「なんだその数字は」「ヒマなんですか?」
「四十万優しすぎるな(当社比)」「ラロシェル、近接戦闘クソ強くてビビった」「【セムヤザの仮面】がチートすぎる」
「イチカと母親の関係性ヤバそう」「引き離しに失敗したのか、四十万……」「家の前で追い返される中学生四十万……」
「何処まで知ってんだよ、この仮面」「ラロシェル優秀過ぎる」「苦しみまでも独占したいとか、本当に……」「四十万の愛が余りにも純粋で捻れ過ぎて……」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します。