東京ダウンフォール2026(前編)
今やらなければ、完全に負けますよ!!
鑑賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=GLowH7TwDR0
~イチカがマルティーニと別れた数時間後~
~東京・永田町~
~首相官邸~
背の高い女性が赤い絨毯の上を歩いて行く。
セミロングの髪が強めの冷房で揺れ、光の無い黒目は警備員の像を吸い込んで行く。
「……まさか20代で此処に来るとは思いませんでしたよ」
「上杉警視。山金議員は?」
「総理と一緒にお待ちの様です」
「旭川と帯広で起きた戦闘の件も話し合いたいとか……」
「【魔女】対策でしょうかねぇ」
「マルファ・イリインスカヤ・スタヴローギナ少将……」
「リナト・ヤストレブ大尉……」
「ロシアの裏と表の英雄が、北海道で同時に軍事行動を起こしていた……」
「麻布台のロシア大使館はこの件について、沈黙を続けています」
「通信も含めて監視していますが、今の所動きはありません」
四十万は腕時計を見ながら言う。
「……多分監視の意味は無いしょうけどねぇ」
「でもやらないと臆病者共がうるさいですから、やらざるを得ません」
「マルファは軍事工作や諜報活動に20年以上も携わっているベテランです」
「そんな人物に対し、まともな諜報ノウハウの無いこちらの手管が通用するハズも無い……」
「CIAと長年に渡ってやり合っている、旧ソ連の血を引く怪物……」
「ですが……それがここに来て、些か行動に粗が出て来ています」
「歳のせいでしょうか?」
「それとも何か焦っている、とか……?」
「後者でしょうねぇ」
「カムチャッカの原潜基地から核戦力搭載の原潜が南下している、とCIAから情報もありましたし」
「流石CIAですね……!」
「いや、多分大元はCIAじゃありませんよソレ」
「大方【テラリンク】からの分析情報でしょうし」
上杉はポニーテールを揺らしながら、四十万の方へ振り向いて言う。
「え……!?」
「だとすれば……!」
「【エグレゴール】CEOのラロシェルですよ」
「CIAのスポンサーもやっているみたいですねぇ、あのインテリ長者」
「ラロシェル氏、ですか……」
「私はマルファよりラロシェルの方を警戒しているんですよ」
「マルファはまだ軍事行動という、《形》を取ります」
「しかし、ラロシェルにはそれが無い。多分、気づいたら生活の支配権を握られてますよ」
「……!」
二人は瀟洒な扉の前に辿り着いた。
「彼はこの日本を巨大な実験場にでもする気なんでしょうねぇ」
「いや、もうされているかもです」
警視庁のSPが扉を開ける。
そこには体格の良い老人と議員達、疲れ切った表情をした中年の女性、自衛隊の幹部達、霞が関の官僚が何事か話し合っていた。
そして彼等を護衛していた張本警視が、四十万達と目線を合わす。
「四十万警視正、警視庁より参上しました」
「上杉警視!同じく警視庁より参上致しました!」
中年の女性は二人に言う。
「……忙しい中、良く来てくれました」
「椅子に掛けて……」
「いえ、我々はこのままで結構です。総理」
「事態は急を要すると考えているので」
「……そこまで状況は悪いのですか」
「はい」
「まさに国難です」
「【国境治安維持隊】の発足式は中止した方が良いかもしれません」
「せめて閣議か会見での告知に留めるべきかと」
場が騒めく。
しかし、山金議員が周囲を見渡すや否や、一瞬で静まり返った。
「四十万……」
「航空自衛隊とは渡りを付けられなかった」
「既存の警戒態勢を崩せない、との理由だったが……」
「大方方便でしょうねぇ」
「彼等は誰がこの日本の主人になるか、見極めているフシがあります」
「彼らは特別な専門職ですからねぇ、誰が支配者になっても生きて行けると高を括っているんでしょう」
「私からすれば、甘い認識と言わざるを得ませんが」
海自と陸自の制服を来た将官達が、四十万の意見に同意するかの様に頷く。
しかし、痩せた男性議員の一人が叫ぶ。
「警視正!この日本の主人は民主主義国家である以上、国民!」
「そしてそれを取り纏めるのが総理だ!」
「さらに皇居には陛下がおわす!不遜な発言は慎み給え!」
四十万は総理の方を向く。
「誰ですか、このバカをここに入れたのは」
「危機管理上、指揮中枢に現状認識の足らない無能は必要ありません」
「総理。この人に退出を命じて下さい」
「なっ……!警視正!」
四十万から、強烈な殺気と妖気がその男性議員に向かって放たれる。
バカと無能は必要無い、って言ってるんですがねぇ。
出て行くか黙らないと、この場で殺しますよ?
議員はたちまち四十万の背後に見える何かに怯え始める。
山金議員はため息を付き、男性議員に目線で退出を促す。
「……議員宿舎に戻っていろ」
「……!」
「こ、後悔するなよ、警視正……!」
男性議員は逃げる様に扉から出て行く。
四十万は山金に向かって言う。
「なんですかこの寸劇は」
「私を使うのは止めて下さいませんかねぇ、山金議員」
「私はヘイトタンクじゃないんですよ?」
「済まなかったな、警視正」
「だが今の政局は極めて微妙なバランスで成り立っている」
「【国境治安維持隊】関連の法案を通す為には、ああいう人間でも必要だったのだ」
「そして使い終わったら、理由を付けて失脚に追い込む……」
「流石の手際ですねぇ」
「おお、怖い怖い……私も使い捨てられない様にしませんとねぇ……」
上杉警視はネクタイの位置を直す。
(か、完全に……よ、妖怪同士のやりとり……!)
(早く家に帰って「POPOCATE」のチョコプリンが食べたい……!)
(さっさと家に帰ってプリン食べたいとか考えてますねぇ、コイツ)
その時、内閣府の職員がパソコンを持って大部屋に駆け込んで来る。
「た、大変です皆様!!」
「こちらの映像をご覧下さい!」
四十万は職員に言う。
「何があったんですか?」
「八丈島付近に所属不明の空中艦隊が出現しました!」
「そして、その中継映像が動画サイトで流れているんです!!」
「……やっぱり発足式はやらなくて正解だったみたいですねぇ」
職員達はパソコンをプロジェクターに繋ぎ、映像が映し出され始める。
山金は腕を組み、映像を睨む。
「……東京が戦場になるぞ」
「総理。【国境治安維持隊】と航空自衛隊に治安出動命令を」
(先生……貴方の恐れていた事が遂に……)
しかし、総理は身体が硬直し手が震えていた。
「も、もう暫く様子を……」
「も、もしかしたら、フェイク動画かもしれませんし……」
山金議員は憤然と立ち上がり、総理に詰め寄る。
「総理!!」
「今!出動しなければ万の命が失われる!!」
「被害は東京大空襲の比じゃない!!」
「東京が焼け野原になるぞ!!焼け野原だ!!」
「し、しかし……」
山金は腑抜けを擁立した自分の選択を後悔し、苦虫を潰した様な顔をする。
(……!この愚図め……!!)
(選挙の時の威勢の良さは何処へ行った!!)
(日本の為に命を賭けて居るのでは無かったのか!!)
陸自の制服を着た将官がスマホを置いて叫ぶ。
「第一空挺団、何時でも出動可能です!!」
続いて海自の制服を着た将官も言う。
「護衛艦隊、何時でも横須賀から出撃可能です!!」
「それと米海軍司令部から連絡が入っています!」
しかし、お神輿の総理には軍事行動の指示など全く出来なかった。
四十万は総理を押し退けて言う。
「繋いで下さい」
海自のスタッフは米海軍との回線を慌てて繋ぎ、ウェブカメラを総理と四十万の方へ向ける。
映像の壮年の白人男性は敬礼していた。
《こちら在日米国海軍司令部》
《司令官のマクレガー中将だ》
《現在所属不明の空中艦隊が警告を無視し、東京湾に向かって北上している》
《既に機動部隊と航空隊には出撃を命じた》
《そちらの対応はどうなっている?》
四十万は肩を竦めながら言う。
『ご覧の有様です』
『まだ出動するかどうかすら、お決めになられないようで』
『だから何も進んでませんよ』
《そんなバカな……》
『まぁ、これが今の一般的な日本人の現状です』
『いざ責任を伴う様な重要な決断をするとなると、ブルってしまうんでしょう』
『それと荒事から離れすぎて、まるでケンカ慣れしてないんですよ』
『申し訳ないですねぇ、本当に』
《……それなら、こちらとしては単独作戦を取らざるを得ないが……》
『私としてはそちらと早く協力したいんですけどねぇ』
『如何せん、最高指揮官がコレなもので』
四十万の漆黒の瞳が、総理を上から見下していた。
そして、彼女は憤慨している山金議員に向かって言う。
「山金のお爺さん」
「私が総理の代わりに出動命令を出します」
「国会や委員会ではオフレコでお願いしますよ」
「……了解した」
「皆、これからは四十万警視正の言葉が、即ち総理の言葉となる」
「申し訳ないが、彼女の指揮命令に従ってくれ」
「「「承知しました!!」」」
四十万は映像先のマクレガー中将へ向き直る。
『……と言う事で、作戦を練りましょうか』
『恐らく相手はアイテム使いの集団です。むやみやたらに掛かっても犠牲が増えるだけ』
『まずは空自に出動命令を下し、肉眼で偵察させましょうか』
『近づかれるまで気づけなかったのなら、何らかのステルス機能はありそうですから』
《……まだ向こうはこちらが近づいても無視するだけで、攻撃はして来ない》
《先制攻撃の許可を本国に求めているが、何故か許可が出ない》
『……!!』
『まさか……』
『……貴方はハメられてますよ、中将』
《な、何……!?》
四十万は肘掛け椅子を引き出し、座って足を組む。
『首都圏に居る米軍の部隊はトランク大統領派と敵に看做されている、という事です』
『恐らく敵の目標は日本における防空体制の完全な破壊と、大統領派部隊の排除』
『空中艦隊の後ろに居るのは在欧米軍と反大統領派……そしてそれらを操るラロシェルでしょうね』
『三沢も沖縄の米軍も恐らく言う事を聞かないでしょう』
《そ、そんな事をしたら犯人断定からの内戦だ……》
《今の状況で内戦が起きれば、南北戦争どころでは済まなくなる……》
『まんまと踊らされているんですよ、皆』
『糸を付けられてねぇ』
『この傀儡師は途轍もない能力と悪辣さの持ち主ですよ』
『私達には交渉すら出来ない……』
『なら、迅速に敵を破壊する以外に事態を解決する方法がありません』
中継映像が切り替わり、空中戦艦の上に立つ黒い戦闘ロボットが映し出される。
四十万は機体の頭部に光る六つの青い光を睨む。
『……最悪中の最悪ですよ、これは』
『【西側最大の英雄】じゃないですか、コイツ……』
マクレガー中将の顔が青くなって行く。
《まさか……クレイエル……!!》
《そんなバカな……!!》
《あの戦争の英雄が何故……!!》
四十万は自衛官達に向かって叫ぶ。
『空中艦隊に即時総攻撃を!!』
『今やらなければ、完全に負けますよ!!』
『あの黒い鳥に空を飛ばせてはいけません!!』
『りょ、了解致しました!!』
職員と自衛官達は慌てて指示を出して行く。
だが、無情にも映像の中の黒い鳥は飛び立って行った。
ダウンフォール(Downfall) → 人や組織などが突然失墜すること、破滅、没落、崩壊を意味する。
【国境治安維持隊】としての初仕事強制開始です。
もしかしたら、四十万とラロシェルは何処かで対決に及ぶかもです。
今回の彼女はそれだけ覚悟決めてる。
四十万はぱっと見、日本で1番カッコいい美女警官です。
頑張る動機は気持ち悪すぎるけど。
上杉ちゃん出世しました。
出世スピードは四十万に匹敵するか、それ以上です。
彼女は奇跡的に人が良いので、生意気な四十万より上に可愛がられるのだと思います。
多分模範的大和撫子的な見た目も、偉いオジさん達にストライクなんでしょう。
オバちゃん達にも可愛がられるタイプだと思います。
はい。
今の所、総理は役立たずです。
保守派の山金が擁立した辺り普段は愛国的で、威勢の良い事を言っていたのでしょうが、いざ殺し合いが始まりそうになると腰が引けてしまいました。
所詮殴り合いもした事が無いお嬢さんが、そのまま中年になっただけです。
反面、度胸が据わっていて修羅場慣れしている四十万は、強烈なリーダーシップを発揮し始めました。
そんな彼女ですら怯ませたアーデルハイドなら、自ら部下を率いて笑いながら突撃しているでしょう。
バランス感覚的には四十万の方が良いけど。
因みに四十万と上杉ちゃん、山金お爺さんは英語ペラペラです。
張本さんも仕事上、来日した要人と一緒に居る機会が多かったので、ある程度は話せます。
総理はうん……
そしてラロシェルの支配力は本当に高い。
盤面を支配する能力が全登場人物中トップクラスです。
彼が思い通りに出来てないのは現状、マルファ、アーデルハイド、ベルナルド、ミューゼだけです。
あれ?意外と居るな……
あと忘れてはいけませんが、ラロシェルがクレイエル側を電子戦・情報戦でバックアップしています。
つまりレーダー自体が電子妨害・偽情報により、艦隊の接近を感知出来ませんでした。
動画を流しているのも、ラロシェルの仕業です。
日本政府は完全に彼の掌の上です。
このラロシェルの電子戦に対抗出来るのは、現状ミューゼだけです。
レナちゃんはまだ無理ですね。
というか、二人のハッカーや探索者としてのレベルが余りにも高すぎる。
いつもお読み下さりありがとうございます!
「面白かった」「次回が気になる」「四十万節が好き」「上杉警視可愛いな……」
「妖怪同士仲が良いな」「総理だめだめじゃん……」「自衛官達が優秀な感じする」「職員も優秀」
「妖怪共はもう総理を見限ってそう」「中将は完全に被害者だな……」
「四十万マジで有能だな……」「遂に仕掛けて来やがったな、仮面野郎」「ワクワクして来た」
「これってアメリカの内戦にも巻き込まれるのでは……」「飛び立っちゃった……」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します。