黙示録コンプレックス解消
ようやく私は自信が持てたんだ。
人間としての自分に……
鑑賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=eYnO6yZqX1Q
~【アスタルト】のダンジョン~
『この世から粛清されなさい!【魔女】!!』
ジュビアの蹴りにより巨大な衝撃波が放たれる。
マルファは影の闇に潜り、間一髪で衝撃波を躱す。
衝撃波は氷の上を駆け抜け、廃駅を吹き飛ばした。
(……彼女相手に格闘戦は不利)
(攻撃が読まれているのなら尚更ね)
闇の手が四方八方からジュビアへ襲い掛かる。
『【ザドキエルコート】第二段階起動!!』
『《統計回避執行》!!』
彼女は連続で後ろへ宙返りし、闇の手を躱しながら壁面を走り出す。
そして廃墟ビルの壁面を駆け抜け、跳びながら二梃の白いハンドガンを氷に向かって構える。
『【アマンテ・エン・ラ・レイ】起動!』
『《銃弾に当たるは罪ありき》』
二梃のハンドガンから発射された弾は分厚い氷を擦り抜け、その下に潜んでいた闇の手を撃ち抜いた。
『隠れてもムダよ【魔女】』
『私の弾丸は何処までも貴女を追い掛け、その心臓を撃ち抜く』
『……貴女に罪がある限りは』
【あらあら……】
【随分傲慢なアイテムね……一体誰が決めた【法】に基づいて決められた【罪】なのかしら】
マルファは廃墟の屋上からジュビアを見下ろしていた。
マルファは言葉を続ける。
【私は罪なんか無くても、常に心臓を貫かれるような苦しみを味わっているわ】
【貴女に裁定されるまでもなく、ね……】
『……【罪】の基準はベルナルド様』
【……?】
ジュビアの琥珀色の瞳が、狂的な執念に歪み始める。
『そして【法】は私が決める』
『何が白で何が黒か……それは私が決める事』
『そうしないと……』
不快な悪党共が増え過ぎて世の中ままならないわ。
正義は私、私が正義よ。
少なくとも故郷では私のやり方が正解だったから。
拍手の音が水面に反射して響く。
マルファは優しい笑顔で拍手しながら、ジュビアに向かって言う。
【素晴らしいわ……本当に見事よ、貴女……】
【NKVD(※1)すらビックリする程の処刑人ね】
【死神の王子様を頂点へ押し上げる為、一体貴女はどれだけの人間を粛清したのかしら】
『……皮肉を言う悪党は貴女が初めてではないから』
【ふふふ……素直な感想を述べているだけなのだけれど】
【貴女達はさぞかし頑張ったのでしょうね……】
【悪党達から弱者の生活を護り、腐敗した国や政府の干渉からもコミニュティを護って行く……】
【素晴らしいコトよ。全くね。けど……】
今の貴女達は怪物になり掛けているわ。
行き過ぎた善は逆に人を殺すのよ。
ジュビアは【アマンテ・エン・ラ・レイ】をマルファへ向ける。
『悪しか為して来ていない貴女には言われたくない』
『どうせ貴女を放っておけば日本という国が戦禍に巻き込まれる』
『また弱い人間が死ぬ。また悲しむ人が出る……』
『ならここで処刑しておくのが最善であり、組織ナンバー3の私の下した判決でもある!』
【文句のつけようがない程に視野狭窄ね】
【……これだけは覚えておきなさい】
【貴女は処刑人である前に【女】よ】
【いつか貴女の中の【女】が暴走するわ】
銃弾が問答無用でマルファを撃ち抜く。
だが、彼女は黒い霧となって霧散して行く。
【久々に楽しかったわ、ジュビア・アルマス】
【【マグダレナの処刑人】……】
『……!!』
マルファは微笑みながら、廃墟の影に溶け込み消えて行った。
ジュビアは分厚い氷を思い切り踏んづけて割る。
……許せない、あの【魔女】。
絶対に……
彼女は割れた氷に映る自分を睨みながら、その場を去って行った。
~根室本線~
~【冥急エクスプレス】の上~
【冥急エクスプレス】は猛スピードでカーブに差し掛かり、大きく遠心力を掛けて行く。
ベルナルドとハルカは体勢を僅かにも崩さずに、ジッとマルファを見据える。
【まさか……北海道で人生の清算をするとは思わなかったわ】
【これも私が業を積み重ねて来た結果なのかしら、ナスターシャ……】
なんと、マルファは【魔勇剣グラデニェッツ】を持たずに二人へ向かって行く。
「ベルナルド君!」
「任せろ!ハルカ!」
「【終末機甲アポカリュプシス】第二段階起動!」
「《新天加速》!」
ベルナルドは剣を構え、静止した時の世界に突入した。
時速200kmの列車がまるでスローモーションのように流れてゆく。
いや、彼が何よりも加速していた。
彼は剣を振りかぶりながら叫ぶ。
『【ソード・オブ・ミカエル】!!』
『天に仇名す魔を断ち伏せろ!!』
【【バーバ・ヤーガの盛装】第三段階起動】
【《魔女の写し鏡》】
ベルナルドは驚愕する。
マルファが自分と同じ、静止した世界へ侵入して来たからだった。
『──!!』
『だが俺は完璧に勝つ!!』
『もう失わない為に!!』
【ふふふ……ベルナルド坊や……】
【勝つ為には何かを失わないといけないのよ!!】
彼女は素早くベルナルドの手首を掴むと、彼の足を払って投げ飛ばそうとする。
しかし彼は空中で身体を捻って着地し、振り向きざまに斬り抜いた。
【──!】
マルファは咄嗟に飛び退いた。
だが彼女のミリタリーコートは切り裂かれ、腕から僅かに血が噴き出る。
【なんて鋭さ……】
【でもその鋭さはきっと周りの人間……そして貴方をも傷つけて行くわ】
『戯言だ!!』
『家族に対し、俺は絶対に傷つけたりなどしない!!』
【やはり危ういわ……】
【そう、イーチカ以上に……】
【戦いが無くなった世界では、貴方は脅威そのものよ】
それが分からなくて?
平和になった世界で貴方は不要な存在なの。
『……!!』
『俺は信じている!!仲間を……!!家族を……!!』
『そして人間の善性を……!!』
マルファは右足をベルナルドの背後に入れ、側面に回り込む。
【ウソよ】
【貴方は人間の悪性に誰よりも苦しめられて来た】
【だから疑似家族を作ってそこに逃げ込んでいるのよ……】
黙れ!!!
強烈な殺意に燃える灰色の瞳が、マルファの雪の様に美しい顔を射抜く。
【俺は本当の家族を手に入れた!!】
【そして愛もだ!!】
【これらを俺から奪おうと言うのなら、例え神だって許しはしない!!!】
【……!】
【それが貴方の本音……!】
【貴方は敬虔な【天使】達の司令官じゃない……】
【愛と家族に飢えた征服者……!!】
【愛する者の為なら、神をも殺す反逆者……!!】
マルファはベルナルドの手首を捻り、剣をはたき落とす。
【そんな貴方がハリュカと結婚する……】
【余りにも危険すぎるわ!!】
ベルナルドは逆にマルファの懐に入り込み、彼女の首に腕を回す。
【黙れと言った筈だ、魔女!】
【ハルカは俺の運命の妻……そして俺の同志だ!】
【あとは目標に向かって、只管に駆け抜けるのみ……!】
彼はフェイントで交互に足を移動させてマルファの認識を攪乱し、更に足を払って腕で投げ倒した。
【……!】
【(私が教えたコンバットサンボをここまで……!!)】
【俺は飢えが嫌いだ】
【戦いが嫌いだ。金が嫌いだ。病気が嫌いだ】
【思想が嫌いだ。麻薬が嫌いだ。悪党が嫌いだ……】
この世界は平穏かつ平和に生きるのが何故こんなにも難しい?
毎日腹一杯食べ、家族と笑って過ごす事のハードルが何故こんなにも高い?
一体何がそれらを邪魔している?
【……ベルナルド……】
静止した世界がまた動き出す。
ベルナルドは倒れたマルファに剣を突きつけていた。
「……!ベルナルド君……」
「ハルカ……」
「俺が何をしても付いて来てくれるか……?」
「勿論だよ!」
ハルカは笑顔で即答した。
彼女は言葉を続ける。
「けど、私は君の妻になったんだ」
「妻ってどういう存在か……分かる?」
ベルナルドは沈黙する。
ハルカは穏やかな笑顔で言う。
「妻っていうのは……」
「その人を見たら、夫が戦わなくなる人のコトだと思うんだ」
「……!!」
「外で戦って来た夫の為にご飯を用意して、お風呂を焚いて……」
「そしてソファーで膝枕して、額を撫でながらこう言うんだ」
「『今日も良く頑張ったね』って……」
「ハルカ……」
「そうだ……俺は……」
ハルカはベルナルドの手首を握り、剣を下げさせる。
「この人はここで殺したらダメ」
「敢えて君に殺されに行くコトで全てから解放されて、楽になろうとしたんだ」
「呪いまで掛けてね……卑怯なヒトだよ」
マルファは気の抜けたように、流れる空を見つめていた。
ハルカは彼女へ言う。
「さっきの台詞、改変してお返しするよ」
『貴女一人を楽になんかさせない』
【……!】
【案外サディスティックなのね、ハリュカ……】
「そうかなぁ?」
「でもさ、超々負けず嫌いのイチカなら自分から殺されに行く、なんてコト絶対にしないよ」
「きっとギリギリまで抗うハズだから」
【……確かにそうね】
【でも私を生かして帰したら、イーチカがロシアに連れて行かれるかもしれないわよ……?】
ハルカは前髪を弄りながら答える。
「もうそんな簡単なコトじゃないと思うよ、イチカを無理やり連れて行くのは……」
「貴女が思うより、イチカはずっと成長しているハズだから」
「ま、やってみれば良いんじゃない?無理だと思うけどね」
【成長……】
「……うん」
「それにアイカやあのバカ王子達も居るハズだしね」
「あの全裸王子はきっと手強いと思うな~(個人的にはあの金髪デカヴァルキリーが一番ヤバい気がするけど……)」
マルファの身体に闇が纏わり付いて行く。
ハルカはベルナルドの手を握りながら言う。
「今度は本気で来てよ」
「そん時はこっちも大歓迎会開くからさ」
「あ。でも無賃乗車はもう勘弁して」
「5分後には冥界の車庫に行くから、それまでには降りてよね」
【……分かったわ】
【まさか貴女に諭されるとは思っても無かった】
【……成長したわね、ハリュカ……】
ハルカは首を傾げる。
「確かに私も自分で成長したとは思うけどさ……」
「なんて言うか……貴女が私の所まで堕ちて来たというか……」
「もう最初に会った時のイメージは無いっていうか……」
【……私が……後退している……?】
「うん」
「もうレイやんのメンヘラモードと大差無いし」
「……イチカを攫うのなら、もっと前にやっておくべきだったね」
「でも……」
ハルカはシュシュの位置を直す。
「人生って何時でもやり直せるもんでしょ?」
「ほら、私のように……」
【……参考にならないわ、ハリュカ】
【貴女の重ねた罪は多すぎる】
【この私も……】
「……そうだね」
「私はもう二度とお上品な現代日本には戻れない」
「戻る気も無い」
「けどさ……」
ハルカとベルナルドは闇に包まれてゆくマルファへ背を向け、先頭へ歩き出す。
ようやく私は自信が持てたんだ。
人間としての自分に……
彼女は涙を掬うマルファへ満面の笑顔を向けると、ベルナルドと共に静止した世界へと姿を消して行った。
※1 内務人民委員部。KGBの前身で、主に秘密警察として「反革命分子」とみなした人物の逮捕、尋問、処刑やスパイの摘発などを行っていた。
国内外の諜報事情に精通した、ソ連生まれのマルファお姉さんがそう評するって事は……
ジュビアさんは中距離戦闘なら最強レベルかもしれない。
何より攻撃が当たらないのに、相手には距離を取りながらバンバン攻撃を当てられる。
マルファが近接戦闘を避けるのは余程です。
結局、分体で遊ばれてましたが。【盛装】は能力の応用幅が余りにも広い&便利過ぎる。
※以下ちょっと難解な話になるけど聞いてくれ給う。
第二部のタイトル、『黙示録コンプレックス・in・北海道』の意味とその背景についてから。
北海道についてはもう説明不要だと思うんで、飛ばします。
コンプレックスには二つの意味合いがあります。
日本語的なニュアンスであれば、『劣等感』。
心理学的ニュアンスであれば、『複合体』『複雑さ』。
『黙示録』とは作中でベルナルドの事を指します。
彼はハルカの理想の象徴でありながら、決して手の届く事の無い存在としての象徴でもありました。
しかし、彼の取った行動はハルカのコンプレックスが極めて精神的なモノ、だという事を明らかにした。
彼女に取っては終末的衝撃だったに違いない。
それによって彼女は自覚します。『自分はもう劣った存在ではあり得ない』と。
あとは現実を想いに追いつかせて行くだけでした。
ダンジョンに潜ったのは、半ば自分が劣った存在で無い事を証明する為でした。
レイカもそれが分かっていた為、付き合ってあげた感じです。
今回は逆に、イチカが女としてのコンプレックスを抱いてしまいました。
ゲオルグはそれを感じ取り、彼女の自信を取り戻させようとしています。
こういう所あるから好きなんだゲオルグは。
フェルゼンもそれが分かっている為、イチカへ友好的に接しています。
ハルカは字面だけなら、『顔が良くて背が高くて巨乳でオタク趣味に理解があり、尽くすタイプ』なんだよね。でも内心はコンプの塊だったと言う……
箇条書きマジックって怖ぇなぁ。
ベルナルドは箇条書き以外のマジックに引っ掛かった感じですが。
総括すると……
イチカとハルカ、二人の行動がアイカやレイカを始めとした周辺の人物達を巻き込んで複雑に絡み合って、今の状況があります。
ハッキリ言ってしまうと、第二編はイチカとハルカのダブル主人公体制です。
ハルカの抑圧された感情や観念の複合体が、現実の行動や世界に影響を与えて行く物語でした。
無論イチカも主人公のままなのですが、登場人物達にもたらした影響の大きさはハルカが一番だと思っています。
お陰で、ストーリーラインが分かりにくくなってしまったのは本当に申し訳ない。
ハルカの感情ブレーキを取っ払ったのは、他らなぬベルナルドでした。
そしてそのベルナルドを呼び寄せたのは、アーデルハイドと四十万です。
この二人もイチカとハルカに多大な影響を受けた人間達です。
実は、今回マルファお姉さんが自分からあらゆる物を巻き込んで暴走しているのではなく、
イチカとハルカ、この二人が色んな人間を巻き込んで暴走して、お姉さんに誘爆してしまった形です。
この状況を客観的に見れているのはレイカだけですが、彼女もまた新たなスタートを切ろうとしています。
しかし、レイカの敵は過去最強かつ最凶になるかもです。
この敵はマルファお姉さん程優しくない。本当に恐ろしい。
そして、もう作中に出て来ています。
現時点で言えるのはそこまでか。お姉さんはマジで優しい部類なんだって。
この第二部で一番成長したのは無論二人の主人公、イチカとハルカです。
次に成長したのは、アイカとレイカです。
逆に一番後退してしまったのは、マルファお姉さんです。
ドンドン業の深みにハマり、もう脱け出せなくなっています。
一方、停滞し続けている連中も居ます。
まず四十万です。
コイツは懲りずにまた昔と同じ過ちを、それもより巨大な規模で繰り返そうとしている。
ただ、今度は成長したイチカにしっぺ返しを食らう可能性大です。
次はマルティーニ。
彼は今と過去の区別すらついていない。いや、夢と現実の区別すらもないかもしれない。
同じ場所をグルグルと回り続けてる。
その次はクエイドです。
意外な人選かもしれませんが彼は目の前の仕事に没頭し続ける事で、敢えて変化そのものから目を逸らして距離を取っています。
彼があまり変化を好まない性格になってしまった話は何処かでやる予定です。
第三部ではレイカに少しずつ焦点を当てて行きます。
彼女はイチカやハルカより更にめんどくさい人なので、また一悶着あるかと。
高っちゃんも大括約筋します。もう居るだけで安心感凄い。
そしてラロシェルの野望が北海道……いや、世界を飲み込んで行きます。
この男はマルファお姉さんやアーデルハイド程、直接的で分かり易い真似はしない。
【アスタルト】や【ベリアルナインドライ】の言っていた事が、ひしと実感出来て行くと思います。
美しさや人間の可能性を求めるとか言いながら、この男の感性はグロテスク極まりない所がある。
愛。愛ですよ皆さん。
だが、身体は闘争を求める。
けど知ってるか?灰からでもダイヤモンドみたいなシンデレラは造れるんだぜ?
端的に言えば、第三部はそんな感じの章になる。
ワケわかんねー事やって燃え尽きる可能性は限りなく大。
でもやるぜ。
燃え尽きた後の灰から出て来る、絶世のシンデレラが観たいだろ?
第二部もあと少しです。
希望の種が蒔かれましたが、同時に絶望の種も蒔かれています。
何が咲くかは芽が出てからのお楽しみです。
読んでくれてありがとう、皆。
次回も楽しんで見てよね。
「面白かった」「なんだこの人強すぎる」「スタイリッシュでカッコいいな、ジュビアさん」
「でもこの人なんだか怖い……」
「お姉さん……」「ハルカは最高にタフだな……」「精神攻撃は基本」「ベルナルドってこれ勇者じゃん」「確かに危うさは感じる……」「お姉さんを格闘戦で圧倒するのはスゲェ」「ベルナルドの叫びが心に来た」
「確かに運賃を払わない客ばかりだ」「もう自棄起こしてないか?お姉さん……」
「ハルカに諭されるお姉さんを見るとは思わなかった」「遂に超有能イケメンと幸せ掴みやがったなこのデカタヌキ」「チクショウ、先が気になる」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します。