表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/37

第七章 第二節


「違っ……」

 俺は否定しようとするが、それを遮って龍弥は言う。


「違わない。だからこそ、兄ちゃんはここまで落ち込んでるんだよ。姉ちゃんが、正義先輩と付き合うことで、もう自分には手の届かない存在になってしまうから。

 でもここで言いたいのは、一般的な男女の恋愛のように、男1人女1人の関係が絶対だから、という訳じゃないよ。兄ちゃんが主張してる、ハーレム制度に当てはめて言ってるんだ。

 兄ちゃんの主張では一夫多妻だろうが、多夫一妻だろうが、とある条件を満たせば問題ないって言ってるよね? さて、それは何だったっけ?」


「……ハーレム主が、優秀である事」

 ハーレム主。つまり、養う側が優秀である必要がある。


「そう、その通り。その条件さえ満たせば……、まああとは、お互いがハーレムを容認していれば、姉ちゃんが正義先輩と付き合おうが、兄ちゃんも姉ちゃんと付き合えるはずなんだよ。

 にも拘わらず、兄ちゃんは落ち込んだ。兄ちゃんはハーレム制度を容認しているのに。

 正義先輩と姉ちゃんが付き合う事も良しとしているのに。

 それってつまり、兄ちゃんは……」

 そこまで言われれば俺でも分かる。

 俺は常日頃から、自分に対して思っていることを言う。

「……そうだな。俺が涼香の事を恋愛的な意味で好きかどうかは別としても、俺は、優秀な人間じゃない。駄目人間だから無理だ」


 仮に、龍弥が言うように、正義、涼香、俺の3人でハーレムを構築するとすれば、形としては多夫一妻ハーレムとなる。

 そして、その多夫一妻ハーレムの主は正義になる。正義が超優秀な訳だから。それに対するハーレムメンバーは涼香となる。

 では俺も正義のハーレムメンバーなのかといえば、それは違う。俺は正義を心の底から尊敬しているが、恋愛対象ではないからだ。

 なので、多夫一妻のハーレムを構築するのなら、俺もハーレム主になり、ハーレムメンバーを涼香としなければならないが、俺は駄目人間なのでハーレム主にはなれない。(さらに言えば、涼香が、正義と俺をハーレムメンバーとした、ハーレム主を目指している訳でもない。)

 つまり、多夫一妻ハーレムの構築は不可能。

 俺は独り身で生きていく……と思ったところで、


「兄ちゃん」


 再び、龍弥が俺の言葉に割り込む。でも今度は、どこか優しげな口調だった。


「あのさ。兄ちゃんは、俺と姉ちゃんと母ちゃんが、この家に来た日の事、覚えてる?」


「もちろん」


 それは断言出来る。忘れる訳がない。大事な家族が増えた日なのだから。


「昔の俺と姉ちゃんは、だいぶ内向的でさ。あの日も、自分達から話しかけることなんてしなくて、ずっと口を閉ざしてた。

 だけど、兄ちゃんは自分から率先して話しかけてきてくれたろ? 俺、あれすごく嬉しかったんだ。たぶん、姉ちゃんもそうだったと思う」

「……俺、滅茶苦茶言葉を噛んでたけどな」


 そう。今はマシになったが、俺も昔は、龍弥や涼香と同じ……、いや、もっとひどく内向的な人間だった。

 それでも、新しい家族と仲良くなりたいと思って、慣れないながらも何とか話しかけた。


「趣味とか、好きな食べ物とか、聞いてくれたよね」

「俺のトークレベルだと、そういう、定番の質問しか浮かばなかっただけだよ。外向的な人間なら、ウケを狙って喋ることが出来たんだろうけどな。俺には無理だった」

 話しかけても、会話を発展させることが出来ず、会話が途切れてしまうことが常だった。


「でも兄ちゃん。次の日には、俺が好きな小説家や芸能人の本を図書館で借りてきて読んで、俺に感想を教えてくれたじゃん。その次の日には別の本、そのまた次の日には別の本って、何日も続けてさ。

 あれって、本の感想を教えるのをきっかけにすることで、俺とコミュニケーションを取ってくれたんだろ? 

 俺、それに気づいた時、兄ちゃんの事、本当にすげーと思ったんだ。この人、すごくアクティブだな、かっこいいな、って。俺もこういう風になりたいな、って心から思った」

「買いかぶりすぎだよ」

 そうしないと、龍弥に話しかけることが出来ない臆病者だっただけだ。


「でも、そういう風に思ったのは事実だよ。それから少しずつでもアクティブな人間になろうと思って、行動するようになったんだ」

「その結果、年上の美人大学生を恋人にすることが出来たんだから、龍弥はホントすごいと思う」

 心からそう思う。俺なんかよりずっと立派だ。


「うん。それについては、ものすごく頑張りました」

 そう言って、龍弥はおどけた。


「まあ、そういう訳で、兄ちゃんは俺に多大な影響を与えた訳さ。兄ちゃんが正義先輩から受けた影響並に、俺は兄ちゃんに影響を受けてる。

 そういう意味では、俺は兄ちゃんの信者と言ってもいいかもしれない」

 龍弥が俺の信者? 何だそれ? それじゃ、俺は龍弥の教祖ってことか? 無い。ありえない。

「俺はそんな器じゃないぞ。大した影響力なんてない」

「あはは。そうは言うけどさ、影響力が大きいのは事実だと思うよ。特に、姉ちゃんに与えた影響は、すごく大きかった」

「?」

 訳が分からず、俺は首を傾げる。


 そんな俺を見て、龍弥は笑って言う。

「だって、姉ちゃんの場合は、精神面に対してだけじゃなく、肉体面にまで影響を与えてるんだから。

 姉ちゃん、アクティブかつスレンダーになったじゃん」

 ……ああ、そういうことか。龍弥の言う意味が分かった。


 涼香はこの家に来たばかりの頃、今よりも少し太っていた。いわゆる、ぽっちゃり系女子ってやつだ。

 しかし、この家で過ごすうちに痩せていき、今ではスレンダー(ただし、胸のサイズはダウンしなかった)になり、性格もアクティブになっていった。


 けれど。


「それは間違ってる。性格については分からないが、体型についてはむしろ、俺は涼香の邪魔をしていたと言ってもいい」

 なぜなら、俺は涼香が家に来た日に、涼香の好きな食べ物を聞きだし、それを日々を作って、涼香に食べてもらっていたからだ。


 涼香は、ケーキとかアイスといった、甘いデザートが好きだと言っていた。だから俺は、ネットや本でデザートの作り方について調べ、それらを実際に作り、涼香に食べてもらった。


 今では月に1回か2回程度しか作っていないが、涼香がこの家に来てから数週間は、2日に一度は何かしらデザートを作っていた。

 デザートを作ると、涼香は喜んで食べてくれた。でも、俺は1つ勘違いをしていた。


「俺は涼香が痩せようとしていたことに気づかなかった。俺のデザートは、涼香のダイエットの邪魔だったに違いない。でも、涼香はそうにも関わらず、俺のデザートを食べてくれたんだ」


「……あれ? もしかして兄ちゃん、姉ちゃんが痩せた理由、というか前提について、全然分かってない?」

「前提?」

「そう。兄ちゃんは、姉ちゃんが最初から痩せようとしていたって思ってるけど、それは違う。

 姉ちゃんが痩せようと思ったのは、兄ちゃんのデザートを食べた後なんだよ」


 それってつまり。

「涼香は、俺のデザートを食べるようになったことでで、体重を気にするようになった、ということか?」

「うん、そうだよ」


 それを聞いて、俺はうなだれる。

「俺は、なんてことを。俺がデザートを毎日作ってしまったことで、涼香の毎日のカロリー摂取量が許容量を超えてしまっていたのか……。

 で、優しい涼香はそれを言い出せず、増えてしまった体重を減らすためにダイエットを始めた。そういうことだろう?」

 と、俺が確認のための問いを投げたら、今度は龍弥がうなだれた。


「……マジかー。兄ちゃん、女心が全然分かってないね」

「? なにか間違ってたか?」

 そう言うと、珍しく龍弥は溜め息をついた。


「あのさ、兄ちゃん。学生の女の子が、ダイエットをする理由の1位って知ってる?」


「……知らない」

「だろうね。ちなみに答えはね、好きな男の子に振り向いてもらうため、もしくは、つりあうようになるため、だよ。

 そして姉ちゃんも、それと同じだった訳。

 兄ちゃんを好きになったから、兄ちゃんに振り向いてもらいたくて、痩せる決心をしたんだよ。

 まあ、好きになったタイミングについては、本人に聞かないとさすがに分からないけどね」


 それを聞いて、俺はしばし呆然とした。


 ……言葉が出てこない。

 なんと言葉を返せばいいのか分からない。


 涼香が俺をすごく好いてくれているのは分かった。


 だが俺は、それに応えることが出来ないのだ。


 ようやく口に出来た言葉は、普段から考えている事であり、心の底から思っている事だった。

「……涼香は、俺みたいな駄目人間を好きになるべきじゃない」


 そう。涼香の想いに応えることが出来ない理由。それは、俺が最低の、とんでもない駄目人間だからだ。


 自分の実の母親を追いつめ、不幸にしてしまった。 

 そんな人間が、人に好いてもらえるなんて幸福を、得ていいはずがない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ