第七章 第一節
第三章・第八節で初登場した弟が、この章から再び登場です。
◆虎上青葉
正義が、涼香のことを好きになった。
なんて喜ばしいことなんだろう。
涼香は、正義と一緒になればいいとずっと思っていた。その願いが叶おうとしている。
「嬉しいなあ」
それに、正義が涼香を好きになったということは、正義が涼香に告白する可能性が出てきたということだ。
そうなれば、正義の呪いは解除される。似内さん、静音さん、青柳さんが正義に告白することも可能になる。
恋を自覚した正義の行動力は凄まじく、早速今日、学校で涼香をディナーに誘っていた。そのため、青柳さん達の正義への告白は、方法検討・実行を含め、一時保留となった。
そして現在、涼香はディナーのために外出中だ。
……実を言えば、正直涼香が正義の誘いに乗るとは思わなかった。
自惚れだが、涼香が俺へ恋愛的アピールをしていたことから、誘いに乗る可能性は薄いと思っていた。
(正義が涼香を誘った理由の)名目上は、友好を深めるためのディナーだ。しかし、まだ正義と会ったばかりの状況、かつ、一対一の食事という条件で、その誘いに涼香が乗ったという事は、正義に対して少なからず好意はあると考えられる。
素晴らしい。
本当に、良かった。
と思っていたら、トントンと部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「兄ちゃん、飯はー?」
ああ、そうだ。
今日は俺と龍弥しか家にいないから、俺が料理を作らないと。さて、今日は何を作ろうか?
ちょっと早いが、お祝いに赤飯でも炊こうかな? でもお祝いされる側の涼香が外出中だしなあ。迷うなあ、何を作ろう?
「……兄ちゃん、寝てる? ちょっと入るよー……って、うわ怖っ!?」
俺が返事をする前に、龍弥が部屋に入ってきた。なぜか、怖いというセリフ付きで。
「何で電気もつけずに、体育座りなんてしてんのさ?」
ああ、そういうことか。
「何でって、考え事が捗るからだよ」
「考え事って何の?」
「正義と涼香の今後についてだよ」
「……兄ちゃんが正義先輩の信者だって事は知ってるし、ハーレム計画の事も熱弁されたから知ってるけど、何で正義先輩とセットで、姉ちゃんの名前が出てくるのさ? 兄ちゃんが正義先輩のハーレムに加えようとしてるのは、姉ちゃんじゃないだろ?」
そうだ。龍弥は知らないよな。説明しないと。
「実は今、涼香と正義はデート中なんだ。一緒にディナーを食べに行ってる」
龍弥は信じられないと言わんばかりの表情になった。
「え、マジで!? 嘘でしょ!? なんでまた突然!?」
「この前、たまたま正義と涼香が会う機会があってな。そこで正義が涼香に一目惚れしたらしい。で、今日、正義が涼香をディナーに誘ったんだ」
「へえ……。でもにわかには信じられないよ。だって姉ちゃん、兄ちゃん以外は興味ないって感じだったじゃん。それが、なんで急に正義先輩の誘いに乗ったんだろ?」
「さあ? それは俺も分からない。それでも、正義が涼香を好きなのは事実だ。だから俺は、正義の恋が実るように応援したい。それが、涼香の幸せに繋がるはずだからな」
俺は心からそう思う。
「……そう。まあ、兄ちゃんがそう言うなら良いけどさ。じゃあ、今日の飯は俺が作ろうか?」
「……ん? 珍しい。どういう風の吹き回しだ?」
両親が外出している場合、だいたい食事は俺が作っているため、龍弥から食事を作ることはほぼない。
それだけに、龍弥が自分から食事を作るというのは非常に珍しいことだった。
「だって兄ちゃん。なんか、いつもより顔が疲れ気味に見えるからさ」
疲れ気味? 俺が?
そんなはずがない。色々な事が順調で、むしろ俺のコンディションは最高のはず。
なので俺は、龍弥の心配そうな表情を吹き飛ばすためにも、笑顔で言う。
「いやそんなことはないよ。大丈夫、いつも通り俺が作るから、龍弥は飯が出来るまで待っててくれ」
俺は腰を上げ、リビングに向かった。
「しょっぱあっー!」
俺が作ったミートソーススパゲッティを食べた瞬間、龍弥はそう叫んだ。
「麺が超しょっぱいよ! これ、茹でる時に入れる塩の量を間違えたでしょ!」
「……本当だ。すごく、しょっぱい」
まさかこんな凡ミスをしてしまうとは。
「珍しい。いつもの兄ちゃんなら、こんなミスしないのに」
「……悪い。龍弥の言ってた通り、疲れてるのかもしれない」
実感は無いが、もしかすると疲れているのかもしれない。ここ数日の間に色々な事が起きてそれに対応していたから、疲れが溜まっていたのかもしれない。
そう思っていたら、龍弥は首を振り、
「いや、違うよ。さっきはあえてそう言ったけど、本当に言いたかったことは違うんだ」
と言った。どういうことだと思い、俺は尋ねる。
「だったら、さっき本当は何て言いたかったんだ?」
俺の問いかけに対し、龍弥はほんの少しだけ、ためらうような表情を浮かべた。
だが、意を決し、言葉を発した。
「兄ちゃん、本当はさ。姉ちゃんが正義先輩に取られちゃいそうで、それで落ち込んでるんじゃないの?」
「…………………………………………は?」
しばらくの間、俺は言葉を発することが出来なかった。龍弥の言葉の意味が、理解出来なかったからだ。
だって、龍弥が言った事はつまり、
「俺が涼香を、恋愛対象として好きだったから、悲恋しそうで落ちこんでる、って言いたいのか?」
「うん」
即答された。
「いや、いやいやいや。それはない。確かに涼香の事は好きだ。でもそれは妹としてだ。断じて恋愛対象としてじゃない」
現に、どれだけ涼香から恋愛的アプローチを受けても、それにノーを突きつけてきたじゃないか。
「……じゃあ兄ちゃん。先週の土曜日、姉ちゃんが玄関口で兄ちゃんに詰め寄ってた時、姉ちゃんから見えないように、自分の顔を隠したタイミングがあったよね? それは何で?」
自分の顔を隠したタイミング?
俺は先週の土曜日の事を思い返す。俺はあの時、突然キャミソール姿に着替えてきた涼香に詰め寄られていた。恋愛的なアプローチを受けていたからだ。
でも顔を隠したタイミングなんてあっただろうか?
俺はさらに記憶を探る。涼香の行動だけではなく、言動も思い出す。
ああ、そうだ。そう言えば、詰め寄られた時、俺は涼香に、ふざけてこう聞いたんだ。
『涼香さん、俺の事好きすぎない!?』
それに対し涼香は笑顔で、
『うん! 大好き!』
と言った。それを聞いて俺は、…………あれ?
「思い出した?」
龍弥が問いかけてくる。
ちょっと待ってくれ。思いだしたが、記憶が間違っているようだ。
俺はあきれた表情を浮かべたはずなんだ。俺は断じてそんな……。
「すごく嬉しそうな顔をしていたよね」
言われてしまった。
間違っているはずの、俺の記憶通りの事を、言われてしまった。
「にやけていたと言ってもいいけど。まあ何にしても、兄ちゃんはそんな顔を姉ちゃんに見られないようにするために、顔を隠していたんだよ。まあ、俺からは丸見えだったけどさ」
「いや違う! 違うんだ! そんな訳がない! 俺はあきれて、」
と言い掛けた所で、
「兄ちゃん」
龍弥は席を立って俺に近づき、両手で俺の両肩を掴んだ。
龍弥は中学生でありながら、174センチの身長であり、俺の身長とほぼ同じだった。
両肩を掴んだまま龍弥は、真っ直ぐに俺の方を見て言う。
「兄ちゃんはさ。自分の気持ちを偽っているんだよ。本当に思ったことを、口に出さずに飲み込んで、別の思いや言葉にしているんだ」




