第六章 第二節
◆青柳彩矢
「私、正義君が好きなんだ」
あたしがまだ中学生だった時のある日。
通っていた塾の先輩に、そう告白された。
「彩矢ちゃんはどう?」
「べ、別に正義のことなんて好きじゃないし!」
あたしはそう強がった。恥ずかしかったのだ。
「そうなの? てっきり、彩矢ちゃんも、正義君が好きなんだと思ってた」
当たってる。もうこの頃からあたしは、正義が大好きだった。
「……ちなみに、正義のどこが好きなんですか?」
興味本位で聞いてみた。
すると先輩は、
「真面目そうなのに、意外とお茶目なトコ!」
と、笑顔で言った。
その顔は、今までに見た先輩の表情の中で、一番素敵な笑顔だった。
「実は私ね。お父さんの仕事の関係で、もうすぐ引っ越すんだ。
だから、最後に正義君に告白しようと思って。それで、彩矢ちゃんに声をかけたの。一応確認しておこうと思って。じゃないと、抜け駆けみたいで悪いしね」
先輩は美人だ。とても綺麗だった。
あたしと同じ中学生のはずなのに、不思議な色気があった。それに加えて、すごく優しい。
あたしや正義が勉強で困っていると、嫌な顔をせずに、問題の解き方を教えてくれた。
学校でも、あたし達を見かけると、向こうから近づいてきて、笑顔で話しかけてくれた。
そんな優しくて綺麗な、素敵な先輩。
あたしは、そんな先輩が大好きだった。
「明日の放課後、学校近くの川の土手に、正義君を呼んでるの。そこで告白するために」
その先輩が、正義に告白しようとしている。
心臓の鼓動が速まっているのが分かる。あたしは、恐怖していた。このままだと、先輩に正義を取られてしまう。
「だからね。もしも、本当は、彩矢ちゃんも正義君のことが好きなら、そこに来て欲しいの。
17時までは告白せずに待ってるから、それまでに来て。そこで一緒に告白しよう。勝っても負けても恨みっこ無しだよ?」
そう言い残して、先輩は去っていった。あたしはしばらく、その場に立ち尽くしていた。
翌日の放課後。
あたしは川の土手にいた。でもそれは、先輩と正義からは離れた場所だった。
ギリギリ二人の声が聞こえる場所に、あたしは隠れていた。そう、あたしは当日になっても、覚悟を決められていなかった。
二人が楽しそうに談笑しているのを、こっそりと見ていることしか出来なかったのだ。
そして、運命の時が来た。17時になったのだ。
先輩の顔から笑みが消える。普段の先輩からは想像できないくらい固い表情をしていた。緊張している様子がよく分かる。顔もほんのりと赤くなっている。
「あのね、正義君。実は私……!」
間違いない。告白をする気だ。
どうしよう。このままじゃ、本当に正義が取られてしまう。先輩よりも、あたしの方がずっと前から、正義の事が好きだったのに。
でも、身体が動かない。この期に及んで、あたしには、動く勇気が無かった。
出来ることはただ、祈ることだけだった。どうか、先輩が振られますように、と。
そんな最低な事を考えたからだろう。
「君の事が……!」
呪いが、降りかかった。
◆虎上青葉
「……それで、その先輩はどうなったんですか?」
似内さんが青柳さんに問いかけた。
「告白しなかった。正義の事が好きだって気持ちが無くなった訳だから。その後もしばらく正義と談笑したあと、土手から去ってったよ。
そして次の日に引っ越した。な? 最低だろ? あたし。大好きだった先輩の恋を、ぶっ壊しちまったんだから」
青柳さんは目を虚ろにして言った。目元からは涙が流れていた。
「でもそれは、わざとじゃないよね? 偶然、超能力が発現しちゃったんだから。青柳ちゃんがそこまで思い詰めることないよ」
フォローするように静音さんが言った。
俺も静音さんと同じ意見だった。
確かに青柳さんが原因ではあるのだろう。
でもそれはわざとではない。事故だ。青柳さんが悪いと責める気にはなれない。
ただ、俺には、少し引っかかることがあった。
偶然、超能力が発現。
確かに、偶然ではあるんだろう。
普通の人は、自分に超能力が発現するなんて思わない。
俺も、似内さんも、超能力が発現したのはあくまで偶然だった。だから、青柳さんも超能力に目覚めたのは偶然のはずだ。
でもその上で、俺はこう考える。
俺、似内さん、青柳さんの超能力が発現したのは偶然。
けれど、俺と青柳さんについては、超能力の内容がどのようなものになるかは、予めほとんど決まっていたのではないか、と。
そう思った理由は、俺と青柳さんに1つの共通点があるから。
二人とも、危機的な状況に追い込まれていた、ということだ。
俺は、トラックにひかれかけた時。
青柳さんは、正義が告白されそうになった時。
そんな危機的な状況で、俺は危険情報の視覚化という超能力を、青柳さんは正義の告白を防ぐ超能力を身につけた。
効果については個人差があるが、結局は、危機的な状況を回避するために発現したと言っていいだろう。
……なんだよ、これは。これじゃ本当に、ピンチになったらパワーアップする、少年漫画の主人公みたいではないか。
主人公は、正義のような人間がなるべきで、少なくとも俺がなっていいようなものではないのに。
そう、主人公は正義であるべきだ。だからこそ俺は、正義が主人公としてハーレムをつくれるように、これまで行動してきたんだ。
呪いだろうが、何だろうが、俺が解決してみせる。俺は改めてそう決意した。
「青柳さん」
そして、解決のための行動を開始する。
「さっき言ってた、呪いを解く方法、実行してみよう」
「……は? 実行するって言ったってどうすんだよ。呪いを解除するには、正義が誰かに告白しないといけねえんだぞ。あたしが出来ることなんてねえよ」
「正義のほうから青柳さんに、告白させればいい」
「!?」
「自分から告白が出来ないなら、相手の方から告白をさせればいい。そうすれば呪いの問題は解決する。そうだろう?」
「た、確かにそうだけど、どうやって正義に告白をさせるんだよ……。そ、それに、お前らはいいのかよ! お前ら、正義に告白しようとしてたんだろ? それなのに、正義をあたしに告白させていいのか!?」
そう言って青柳さんは、静音さんと似内さんの方を見る。
それに対し静音さんは、
「まあ、私達は正義君のハーレムに入る訳だから、正義君が青柳ちゃんに告白して付き合うことになっても問題ないよ。ね、風子ちゃん?」
と言った。
似内さんもそれに頷き、了承を示した。
信じられないといった表情で青柳さんは言う。
「け、けど、お前ら、ハーレムハーレム言ってるけど、そもそも正義がハーレムを作る保証なんてねえだろ!? なんで正義がハーレムを作るなんて言い切れるんだよ!」
「あ、それについては私も聞きたいです! 静音先輩は理由を知ってるみたいですけど、私にはまだちょっと早いと言って教えてもらえてなかったので」
青柳さんの意見に、似内さんが追随した。
……さて。どうするべきか。話す事自体は問題ない。だが、内容が内容なだけに、話すべきか悩む。今のこの雰囲気をぶっ壊してしまいそうだったからだ。
静音さんに理由……というか、根拠を話した時は、大爆笑されたし。
似内さんと青柳さんに話したら、顔を真っ赤にして照れるか、「何それ?」「ふざけてる?」とか言われそうだ。俺としては、十分根拠になると思っているのだけど。
俺はこの場で話すべきか迷い、静音さんに目で問いかける。
静音さんは少し目を閉じた後、俺の方を見て頷いた。OKのサインだ。
そのため、俺は覚悟を決め、正義ハーレムの根拠を示そうとする。が、
[プルルルッ!]
突然、俺の携帯が鳴り響いた。
「この着信音は……」
俺は着信音を鳴る設定をいくつかに分けている。そしてこの着信音は、正義からの着信であることを意味していた。
俺はすぐに、着信メッセージの内容を確認する。
そこには、
「青葉。僕は、涼香ちゃんに一目惚れをしてしまったみたいだ」
俺の頭の中が真っ白になる文面が書かれていた。




