第三章 第二節
喫茶店を出てから約20分後、俺と似内さんは静音さんの自宅にいた。
玄関で簡単な挨拶をした後、静音さんに案内され、静音さんの自室に入る。
「散らかってるけど、適当にスペース作って座って」
静音さんの言う通り、部屋の中には大量のマンガや雑誌、ゲームソフトが散乱していた。
でも、俺にとってはいつもの事なので気にしない。適当に散乱物を端に寄せ、人1人が座れるスペースを作る。
だが、似内さんとっては初めての事なので、どう動かしたらいいか分からないようだ。戸惑った様子で立ち尽くしている。
確かに、よく知らない先輩の物を勝手に動かすのはやりにくいだろう。
俺はさらに散乱物を端に寄せ、似内さんも一緒に座れる広さのスペースを作る。
「こんな感じでいいか。似内さん、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
無事、場所を確保した俺達は地面に座る。
そんな俺達の様子を、Tシャツにジョガーパンツを合わせたシンプルな格好で、ベッドの上で寝そべりながら、静音さんは見ていた。
「青葉君って割と紳士だよね」
「これくらい普通です。それより、静音さん。たまには掃除をして下さい」
「やだ、めんどくさい。青葉君がやって」
「嫌です」
「けち」
「けちじゃないです」
そんな下らない感じの言い争いをしていたら、
「あ、あの……」
似内さんが遠慮がちに話しかけてきた。
俺は似内さんの方を向いて言う。
「ごめん、似内さん。改めて紹介する。この、見た目は超綺麗だけど、生活が超だらしない人が早間静音さん。俺達の先輩で、今3年生。趣味は散乱物を見ての通り、マンガやゲームなんかの2次元関係」
俺の紹介を受けた静音さんは、ベッドから身を起こす。その際、静音さんの豊満すぎる胸が大きく振動する。……端的に言うと、エロい。俺と似内さんは思わず目を逸らした。
そんな俺達を意に返さず、綺麗な黒のロングヘアを整え、静音さんは言う。
「という訳で、早間です。よろしく、似内ちゃん」
「は、はい。よろしくお願いします。早間先輩」
似内さんは戸惑いと緊張が半々、といった様子をしている。
「うんうん。似内ちゃんは可愛いなあ。なんかこう、初々しい感じが良いよね。まだ高校に入ったばっかりだからかな? 青葉君も似内ちゃんの初々しさを見習ったら?」
と、ニヤケ顔で言われたため、以前似内さんに言われたことを参考に、言い返してみる。
「静音さんが見習った方がいいと思います。あと1年経たずに大学生になるんですから、今のうちに初々しさを身に着けたらどうです?」
「初々しさって身に着けられるもんなの?」
「無理だと思います」
「なら、身に着けろなんて言わないでよ。青葉君の馬鹿」
なら、見習えとか言わないで欲しい。
「はいはい。すみません」
謝罪の気持ちは全くなかったが、一応言葉だけでも謝罪しておかないと、責め続けられるのでそう言った。すると突然、
「早間先輩とお兄さんって、仲が良いんですね」
と似内さんが言った。それに対し先輩は、
「もちろん!」
肯定した。俺はすかさず反論する。
「普通だよ」
悪くはないが、良いとも思えない。いつも静音さんに振り回されてるからだろうか? 友達だとは思っているけど。
「青葉君、つれないこと言わないでよ。私と青葉君の仲じゃない」
「どんな仲ですか?」
静音さんの言う答えは分かっていたが、一応聞いてみた。
俺の問いに対し、静音さんは右手で自分を、左手で俺を指さし、笑顔でこう言った。
「ハーレム主とハーレム要員」
「無いで……」
「ハーレム!?」
無いです。と俺が言いかけた時、似内さんの叫びが部屋に響いた。
「お兄さん、ど、どど、どういうことですか!? お兄さんは、伊澄先輩のハーレムを作るんじゃないんですか!? それなのに、お兄さんがハーレム主って……!?」
静音さんが紛らわしい事を言うから、勘違いされてしまった。俺は急いで弁明する。
「似内さん、勘違いだ。俺は自分のハーレムを作る気は全くないよ。そもそも、俺程度の人間がハーレム主なんて無理だ。俺が作るのは、正義のためのハーレムだけだよ」
「じゃあ、お兄さんがハーレム主で、早間先輩がハーレム要員ってどういうことですか!? 早間先輩が嘘をついているって事ですか!?」
「嘘というか、ものすごく誤解を招く表現はしてる」
俺は肩を落とす。
「???」
と似内さんが疑問符を浮かべたところで、
「あははっ!」
静音さんがこらえきれずに笑った。
静音さんは、似内さんが「ハーレム!?」と叫んだ後、ニヤニヤと俺達の会話を眺めていたのだ。眺めてないで早く誤解を解いて欲しかった。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、静音さんは笑いながら言う。
「ごめん、似内ちゃん。私が早く説明してあげれば良かったんだけど、青葉君の困り顔が面白くて……あははっ」
俺は全然面白くない。何で静音さんといい涼香といい、俺をからかってくるんだ。俺ってそんなにからかいやすいのだろうか。
そんな俺の気持ちを知らずに、静音さんは続けて言う。
「ハーレム主っていうのは、青葉君じゃなくて、私」
「……はい? それってつまり……」
「うん。私がハーレム主で、青葉君がハーレム要員ってこと」
「えええええええええええええええええっ!?」
本日二回目の、似内さんの絶叫が響き渡る。
それにしても、昨日今日と似内さんと行動してて思ったけど、似内さんって結構ノリが良いな。リアクションが割と派手だ。そう思いつつ、俺は言う。
「似内さん、騙されないでくれ。俺がハーレム要員っていうのは、静音さんが勝手に言ってるだけだから。俺は、静音さんのハーレムに加わるつもりは全くない」
「駄目。青葉君が私のハーレムに加わることは確定事項」
静音さんが口を尖らせて言った。すかさず反論する。
「確定してません。そして永遠に確定しません。諦めて下さい」
「嫌」
「嫌と言われても困ります。諦めて下さい」
「どうしても駄目?」
「駄目です。諦めて下さい」
「おっぱい、好きなだけ触らせてあげるのに」
「………………………………………………………………………………諦めて下さい」
「お兄さん。今、結構考えましたよね?」
そう言って、似内さんが白い目で俺を見てくる。
なんてことだ。恐ろしい誤解を受けている。俺は、確固たる意志を持って反論する。
「考えてない、よ」
「なんか、ものすごく棒読みな感じに聞こえるんですが」
そんな馬鹿な。
「……気のせい、だよ?」
これ以上変な方向にこじれるのを防ぐために、極めて冷静に、そう言ったつもりだ。が、しかし。
「お兄さんの変態」
「ごふっ……!?」
昨日に続き、今日も変態扱いされてしまった。
気分的には、今日の変態扱いの方が、昨日よりも遥かに精神的ダメージが大きい。
思わず、誰かに思いっきり腹パンされたかのような声を出してしまった。そんな俺の様子を、にこやかに見ながら、静音さんは言う。
「似内ちゃん。青葉君は変態じゃないよ?」
まさかの助け舟。だが、嫌な予感しかしない。
「ただ、おっぱいが大好きなだけだから」
「全くフォローになってない!」
俺は叫ぶ。それに対し、静音さんがきょとんとした表情で言う。
「えっ? おっぱい嫌いなの?」
その質問はズルいと思う。
「……嫌いではないです」
「じゃあ、好きか嫌いかで言えばどっち?」
その質問はズルすぎると思う。そんなの、こう答えるしかない。
「……好きです」
「うわぁ、認めた……」
本日一番の白い目で俺を見ながら、似内さんはそう言った。
「ま、待ってくれ、似内さん! 俺は、回避不可能な誘導尋問に嵌められただけなんだ!」
「でも、好きなんですよね?」
「……はい」
「ド変態」
「頼むから、俺が凄く変態みたいな扱いをしないでくれ! 男だったら、皆おっぱいは好きなんだから!」
だってそうだろう?
まあ、巨乳が良いとか、貧乳じゃなきゃ駄目だとか、普通サイズの乳こそが至高とか、好みの差はあるだろう。
しかし、おっぱいが好きという気持ちは、男なら皆、同じはずだ。
俺がおっぱいを好きと答えることに、何の問題もない!
「あ、もしもし、虎上さん。突然ごめんね。実はお兄さんが、虎上さんの胸を……」
「やめてえええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
俺は似内さんから携帯を奪い、通話を切った。さらに、すぐにまた似内さんが電話を掛け直さないように、携帯の電源を切った。
「何するんですか!」
「それはこっちのセリフだよ! 涼香に何を伝えようとしてたんだ!?」
「えっと、お兄さんは胸が大好きらしいから、これからはお兄さんの行動に気を付けた方がいいよ。隙あらば胸を触ってくるかも。って、伝えようかと」
「触らないよ!? それに、妹に手を出すわけないだろう!?」
「私ならいつでもいいよ?」
「話がこじれるので静音さんは少し黙ってて下さい!」
俺は泣きそうになった。




