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第三章 第一節


虎上青葉(こがみあおば)


「……で、自信満々に任せてくれとか言った割には、大事なことを伝え忘れるってどういうことですか?」

「……悪い」

 似内さんと神社で話した次の日。曜日としては土曜日。

 俺と似内さんは、ある喫茶店の一席にいた。昨日のうちに、この喫茶店で会う約束を取り付けておいたのだ。


 そして現在俺は、テーブルに両手とおでこをつけ、謝罪の気持ちを形で表していた。


 昨日、似内さんとは色々な話をしたが、正義のハーレムに加わって欲しいということは伝えていなかったからだ。

 ただ、似内さんには伝え忘れたと言ったが、当然俺は忘れてなんていなかった。あの場のあの空気で伝えるのは無理だと判断したから言わなかったのだ。物事には順序がある。俺も流石に最初から、正義のハーレムに加わることを了承してくれるとは思っていない。順序よく伝え、説得する必要がある。だから昨日は言わなかった。今が、そのハーレムに加わって欲しいと伝えるタイミングだと判断した。


「そもそも、ハーレムって何ですか?」

 そう聞かれたので、俺は頭だけを上げ、その質問に答える。

「ハーレムというのは、1人の人間に対して、その人間とは異なる性別の複数の人間が……」

「そういうことを聞いてるんじゃないんですっ!」

 質問に対する解釈が間違っていたようだ。俺の言葉を遮り、似内さんが言う。

「お兄さんは、私と伊澄先輩を付き合わせたいって言ってましたよね?」

「その通りです」

 似内さんの目が怖い。迫力に負け、なんとなく丁寧口調で話してしまう。

「私はそれを、私と伊澄先輩をカップルにすることだと思ってたんですけど、お兄さん的には……」

「正義ハーレムに加える1人にしようと思ってました」


「……帰ります」

 似内さんが席を立つ。

「ま、待ってくれ!」

俺は似内さんの腕を掴んで必死に止める。その際、少し大きな音をたててしまったからか、周りの席にいた人達の視線がこちらに向く。

「離してください」

 似内さんが冷たく言う。だが、怯むわけにはいかない。

「いや、離さない。離したら似内さんは帰ってしまうだろう?」

「はい、もちろん」

「なら離さない」

「じゃあ、この人セクハラです、って叫びますよ」

「勘弁して下さい」


 本気で勘弁して欲しい。

 ただでさえ現在、周りの席にいる人達の視線を集めてしまっているのに。その上、この人セクハラです、なんて叫ばれたら、俺はとてもじゃないが居たたまれない。

 それに、この喫茶店は俺のお気に入りなんだ。セクハラ野郎扱いされて出禁になってしまったら、俺はたぶん泣くだろう。


 この喫茶店のコーヒーは美味い。俺はこの喫茶店でコーヒーを飲むまで、コーヒーなんてどこの店で飲んでも味なんてほとんど変わらない、高いか安いかの違いだけだ。と思っていた。

 けれど、この店のコーヒーは違った。コーヒーに関してド素人の俺であっても、味と香りが他とは違うことがはっきり分かった。値段も、大学生やOLに大人気なオシャレ系コーヒーチェーンに比べれば安い。この値段でこれだけのクオリティを発揮している店を、俺は他に知らない。


 だが、俺がこの喫茶店を好いているのは、それだけが理由ではない。俺がこの店に来る理由の本命は、ケーキにある。この店のミルフィーユケーキが、素晴らしく美味いのだ。

 何層にも重ねられた柔らかく薄い生地には、間に生クリームが挟まっていて、ケーキ最上部には、りんごと砂糖を元にして作られた、光沢さのあるソースが掛かっている。見た目だけで言えば、スーパーやコンビニのデザートコーナーにもありそうな、シンプルなミルフィーユケーキ。しかし、味はとんでもなく美味かった。


 あまりにも美味過ぎて、一時期は、毎日のようにこの店に通っていた。月の小遣いと夏休み中にバイトをして貯めた金を、ほぼミルフィーユケーキに費やしたのだ。そのせいか、喫茶店のマスターと一部の店員に顔を覚えられてしまった。まあ流石に現在は、週に1回くらいのペースに抑えてこの店に来るようにしているが、……本当は現在でも、金に余裕さえあれば毎日来たいとは思っている。

 それくらいお気に入りの店なのだ。出禁にされては困る。


 けれど、似内さんを逃がすわけにもいかない。似内さんは正義のハーレムに加わる、大切な一員なのだから。なんとか説得しなければ。俺は似内さんに言う。

「なあ、似内さん。ちょっと思い出して欲しいことがあるんだけど」

「何をですか?」

「正義を好きな女の子が、似内さんの他にもいるってことをだよ」

「……それがどうしたんですか?」

「似内さんは、正義の事が好きな他の女の子が、誰だか知ってる?」

「……なんとなくですけど、分かります。……青柳先輩、ですよね? よく伊澄先輩と楽しそうに話してるのを見ますし」


 青柳さん。フルネームは、青柳彩矢(あおやぎあや)さん。

 俺や正義と同じ2年生であり、俺が正義ハーレムに加えようとしている1人でもある。

 正義とは幼馴染であり、小学生の時からの付き合いらしい。……ここで言う付き合いとは、友達としてだが。

 正義の事が好きな女の子としては、一番片思い歴が長いと思われる。


 そしておそらく、正義ハーレムを作る際に、一番のネックになる人物だろう。


 だがまあ、それは置いておこう。今現在の話には関係ない。

 俺は似内さんの問いに答える。

「似内さんの言う通り、青柳さんは正義の事が好きだ」

「……やっぱり、そうなんですか」

 似内さんが目を伏せた。見るからに落ち込んでしまう。

 まあ、そうだよな。想い人を好きなのが自分以外にもいたら、普通はそうなるだろう。心中複雑に違いない。それに加え、似内さんは昨日、「私なんかが、伊澄先輩にふさわしいとは思いませんが……」と自虐していた。これはつまり、似内さんは自分への評価が低いと言える。青柳さんと比べ、自身が劣っているとも感じているんだろう。

 追い打ちをかけるようで心苦しいが、俺は続きを述べる。

「でも、正義の事が好きなのは、青柳さんだけではないんだ。似内さんは、早間静音(はやましずね)って人を知っているかな?」

「早間静音さんって……、もしかして、あのものすごく綺麗な、3年の先輩の事ですか!?」

「そう。その、ものすごく綺麗な先輩の事だよ」


「そんな……」


 似内さんがさらに落ち込んでしまった。

 おそらく、恋のライバルとして、相手が悪すぎると思っているのだろう。


 似内さんは美人だ。ウチの高校の美人ランキングでトップ3に入る。

 同じく静音さんも、青柳さんも、美人ランキングでトップ3に入るだろう。

 だが、その中で誰が一番美人かと聞かれれば、多くの人間は静音さんを選ぶに違いない。


 それほどの圧倒的な、顔の美しさとスタイルの良さを備えている。


 だが、しかしだ。

「落ち込むことはないよ、似内さん。確かに、静音さんは恋のライバルとしてなら、君の大きな障害として立ち塞がったかもしれないけど、それはないから」

「……えっ? ……どういうことですか?」

 似内さんが首を横に傾けた。俺は自信を持って言う。

「静音さんは、正義ハーレムに加わる1人なんだよ。似内さんにとってはライバルというより、むしろ仲間だ」

「……またハーレムですか。それってお兄さんも妄想じゃないですか。お兄さんの話だと、伊澄先輩は別にハーレムなんて作ろうとしてないんですよね? それにそもそも、私はもちろん、青柳先輩や早間先輩もハーレムの一員になる訳ないじゃないですか」


 似内さんが冷たい目で俺を見てくるが、俺はそれに動じず言う。

「いや、静音さんはハーレムに入ろうとしているよ。それも率先して」

「……はい?」

 似内さんは困惑の表情を浮かべた。

「あと、そもそもの話を言うなら、ハーレムを作る案を考えたのは俺じゃなく、静音さんなんだよ」

「……冗談ですよね?」

 意味が分からない。信じられない。というか信じたくない。

 そう言いたげな表情で、似内さんが言った。俺は事実と、これからの予定を伝える。


「冗談じゃないよ。静音さんは、ハーレムに加わることを望んでいる。ちなみに、これから似内さんには、俺と一緒に静音さんの家に行ってもらうよ」

「ええええええええええええええええええっ!?」

 店内に、似内さんの悲鳴のような絶叫が響きわたる。

 周りのお客さんには、滅茶苦茶注目された。


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