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第二章 第七節


虎上青葉(こがみあおば)


「かっけええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


 俺は叫んだ。先程の恥ずかしさなんてもう微塵も残っていない。正義の行動に胸打たれた俺は、勢いそのままに言う。

「必ず、救って見せる。なんて、どこの主人公だよ! かっこよすぎるだろ、正義! 最高だよ! 最高すぎる決めセリフだよ! 最大級の賛辞を捧げる!」


「あの、落ち着いてもらっていいですか?」


 似内さんがだいぶ引いた感じの目で俺を見ている。

 いかん。テンションがかなり上がってしまったようだ。

 俺は冷静になるように、自分に言い聞かせる。

 落ち着け、俺。

 落ち着くんだ、俺。

 落ち着いてくれ、俺。


「……よし。悪いね、似内さん。取り乱してしまった」

「……ホント、伊澄先輩の事になると、お兄さんはおかしくなりますね」

「そんな、褒めないでくれ」

「褒めてないです」

 似内さんはまだ、俺を引いた感じの目で見ている。おかしい、何がいけなかったんだろうか?


「まあ、それはともかく。正義から刺していいと言われた似内さんは、衝動が抑えきれなくなった日、山奥の小屋で正義を刺したという訳か」

「……はい」

 似内さんが言う。その声は掠れていた。

 さっき写真を見せた時といい、似内さんはやはり……。

「でもそれなら、どうしてその数日後、猫を刺したんだ?」

 聞いといてなんだが、俺にはもうなんとなく、その答えが分かっていた。

 だけど、どうしても俺は、似内さんの口からその答えが聞きたかったのだ。

「刺したいという欲望は正義が受け止めてくれる。猫を刺す理由は無いはずだ。どうして君は……、」


「伊澄先輩が、大好きだから!」


 俺が言葉を言い終わる前に、似内さんが叫ぶように言った。

「大好きだから、もう伊澄先輩を刺したくなかったんです」

 似内さんの目には……、今にもこぼれそうなほど、涙が溜まっていた。

「私は、私を助けてみせると伊澄先輩が言ってくれた時、恋に落ちました。伊澄先輩に、心から惹かれんです」

 涙で頬を濡らしながら、似内さんは続ける。

「山奥の小屋で伊澄先輩を刺していた時、私は確かに快感を感じました。でも刺し終わって衝動が収まった時、私は死ぬほど後悔しました。目の前には、必死で痛みに耐えている伊澄先輩の姿があったからです。私は馬鹿でした。人を刺せばどうなるか既に分かっていたのに、自分の欲望に負けて、自分が大好きな人を苦しめてしまった。私は大馬鹿です」


 つまり、こういうことだろう。

 正義の事が好きだからこそ、もう正義を苦しめるようなことはしたくない。

 だけど、正義を刺さなければ、人を刺したいという欲望を抑えられない。

 正義は刺せない。だからといって、他の人を刺すわけにもいかない。


 となれば、欲望をぶつける対象を、人以外に変えなければならない。


「でも、このままじゃ、また人を刺したくなってしまう。1か月以内に衝動を抑えられなくなる。私は何か方法がないか必死に考えました。けど、有効な手段は見つけられませんでした。そして焦った私は、野良猫を刺してしまいました」

「……効果は、無かったんだろう?」

「はい。人以外を刺しても意味がないことは、自分の超能力を自覚した時に、一緒に理解してたはずなんですけどね。それなのに、猫ちゃんにとても酷い事をしてしまいました。ホント、私は大馬鹿です」

 そう言って似内さんは自嘲気味に笑った。


「正直に言えば、今日お兄さんに呼ばれて助かったんですよ。私はもう、人を刺したくて仕方ない状態でしたから。だけど、伊澄先輩の約束を破ってしまいました。最低ですね、私。また欲望に勝てませんでした。この事を知ったら、伊澄先輩は悲しむと思います」


 そう、似内さんには時間がなかった。

 似内さんは、もう自分を抑えきれないギリギリのところにいたのだ。


 俺は、似内さんが正義を小屋で刺したのを見た日から、似内さんをストーキング……もとい、日常を調べ始めた。似内さんは、正義や涼香と話す時は平静そのものに見えた。が、周りに人がいなくなると、何かから耐えるような苦しい表情をしており、それは日が経つごとに悪化していった。


 そして5月22日。俺はついに、似内さんが猫を刺すのを目撃する。

 快楽など全く感じさせない、苦悶に満ちた表情のまま、似内さんは猫を刺していた。

 その時の、絶望に囚われた瞳と同じものを、俺は過去にも見たことがあった。俺は確信する。

 

 ……ああ、母さんと同じだ、と。


 このまま放っておけば、近いうちに確実に悲劇が起きる。


 だから俺は今日、似内さんになんとしても会って話そうと、涼香に紹介を頼んだのだ。

「……次は、どうするんだ? 次、また衝動に襲われたら、どうするつもりなんだ?」

 俺の問いに対し、似内さんは虚ろな目をしながら言う。


「次は無いですね。死にますから」


「……それこそ、正義が悲しむぞ」

 俺の言葉に、似内さんの何かが抑えられなくなったのか、今までで一番の大きさの声で、似内さんは叫ぶように言う。

「じゃあ、どうすればいいんですか!? 私が衝動を抑えるには、人を刺すしかないんです! だけど私は、伊澄先輩を刺したくない! 他の人も刺したくない! なら、もう死ぬしかないじゃないですか!」

 その言葉に対し、俺ははっきりとこう言った。


「俺を刺せばいい」


「……え?」

 似内さんが驚きの表情を浮かべた。

「……やっぱりマゾ?」

「だから違うよ!?」

 俺ははっきりと言う。

「刺されるのは死ぬほど痛い。出来ればもう二度と刺されたくはない」

「だったら何で……」

「正義も他の人も刺したくないんだろう? であるなら、俺を刺すほかに選択肢はない。君はもう俺を刺したんだから、俺は他の人じゃない。君は俺の事を気持ち悪がっているし、俺を刺しても精神的なダメージはあまり無いんじゃないか?」


「お、お兄さんの事は確かに気持ち悪く思ってますけど、だからって、私が生き延びるために刺そうとは思いません!」

「でも、さっきは刺したじゃないか」

「それは……」

 似内さんは気まずそうに目を逸らした。

「別にいいんだよ。好きに刺してくれて構わない。頼むから生きてくれ。君に死なれると、俺も困るんだ」

「な、なんでお兄さんが困るんですか?」


「そうだな、困る理由は3つある。

 1つ目は、君が死ぬと、妹が悲しむから。正義が、君が泣く姿や悲しむ姿を見たくないように、俺も妹が泣く姿や悲しむ姿を見たくない。妹は優しい子だから、君が死んだらすごく悲しむし、すごく泣くと思う」

「虎上さんが……」

「2つ目は、君が死ぬと、正義の意思に反することになるから。正義が、君が泣く姿や悲しむ姿を見たくないというのなら、俺はそうさせないための手伝いをしたい。君が、正義や他の人を刺すと悲しむというのなら、俺が代わりに喜んで刺されよう」

「……」

「そして3つ目は、君が死ぬと、正義が君と付き合えなくなるからだ。さっきも言った通り、俺は正義と君を幸せにしたいと思っている。そのためなら、俺はどんな協力も惜しまない」


 似内さんはしばらく沈黙した後、こう呟いた。

「……お兄さんはどうして、そんなに伊澄先輩に尽くすんですか?」

「言っただろう。俺が正義の信者だからだ」

「やっぱり、お兄さんは変ですよ」

「まあ、普通じゃないことは分かってるよ。だけど、俺は俺の命を救ってくれた正義のために、行動したいんだ」

「……命を救われた、と来ましたか。ホント、伊澄先輩は主人公みたいですね」

 似内さんは、ほんの少しだが口元を緩めた。


「そうなんだよ。信者になるのも仕方ないだろう?」

「そうかもしれないですね」

「俺は信者として誓うよ。俺が必ず、似内さんを救ってみせる。だから、俺を刺してくれ」

「……そのセリフ、伊澄先輩の決めセリフのパクリですか?」

「パクリじゃない。リスペクトだよ」

 俺の言葉を聞いた似内さんが笑う。そして、ひとしきり笑った後こう言った。

「分かりました。お願いします、お兄さん。どうか私を救って下さい」


 俺は胸を張ってそれに応える。

「ああ。任せてくれ」


長くなりましたが、これで第二章は終了です。

次回からは第三章が始まりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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