第15話 私だけはなにがあっても味方だから
「湊、個別の授業はどうだ?」
「おかげさまでめっちゃ助かってます。授業も凄くわかりやすくて。まあ、授業速度が速すぎる事だけがアレですけど」
「それは仕方がないさ。一週間分の遅れを取り戻さないといけないからね。もう少ししたら授業スピードも落ち着くはずだよ」
「ならいいんですけどね」
もう少しで落ち着くというのならありがたい。
正直、かなりしんどかったし。
わかりやすくはあるんだけど、どうしても吸収が追い付かない。
「それはそうと、生徒会も今回の件についての介入を決めたらしいね。凄く心強い」
「そうですね。神凪会長たちが力になってくれるんなら噂の払拭はかなり早い段階で済みそうですね」
「それはどうかな。いくら彼女が優秀でも今回の噂は既に学内に広がりすぎている。長期戦になりそうだから心を病まないようにね」
「大丈夫です。日向が隣に居てくれるので」
日向が隣に居てくれるだけで、自然と力が湧いてくるんだ。
だから、僕は折れずにいられる。
腐らずに、前を向いて一歩ずる歩いて行けるんだ。
「そうか。それならいい。これからも学校で困ったことがあれば何でも相談してくれ。私は君の担任でもあるけど、昔から知っている姉代理みたいな存在でもあるんだからね」
「はい。何かあったら遠慮なく相談させてもらいますね。何から何まで本当にありがとうございます。小雪さん」
「良いって事さ。最近は日向と一緒にこの家の家事もしてくれてるらしいし。凄く助かってるよ」
「居候させてもらってるんですから。それくらい当然ですよ」
夏休みが明けてからも、僕は小雪さんたちの家に泊めてもらっている。
自分の家は隣だから、帰ろうと思えばすぐに帰れるんだけど。
なんだか一人になると、とてつもない不安感を感じるんだ。
「相変わらず君は謙虚だね。まあ、そこが君の美点かな」
「ありがとうございます。それじゃあ、僕は部屋に戻りますね」
「ああ。わざわざ部屋に呼んでわるかったね。おやすみ。湊」
「おやすみなさい。小雪さん」
小雪さんに一礼をしてから、僕は彼女の部屋を後にする。
この部屋で暮らしてからまだ一ヶ月も経っていないのに、なんだか見慣れた景色になった。
物が増えたとか、そういうことは全くないんだけど。
「そう言えば、父さんと母さんは元気にしてるのかな」
二人の事だから元気だとは思うけど。
あっちで仕事に没頭している姿が目に浮かぶ。
昔から仕事人間な二人だったけど、最近ではきっと更に拍車がかかってるんだろうな。
「湊くん、ちょっといい?」
「日向? 全然入ってくれて大丈夫だよ」
「それじゃあ、お邪魔して。もう寝ようとしてた?」
「うん。ちょっと考え事をして、もう少ししたら寝ようかなって思ってたけど。どうかしたの?」
日向もお風呂上がりのようで、見慣れたパジャマを着ていた。
白くて少し大きなサイズのTシャツに黒色の短いホットパンツを穿いている。
長くてスベスベそうな足が惜しげもなくさらされていた。
なんか、色っぽいな。
「ちょっと話がしたくて。隣に座ってもいい?」
「もちろん」
日向はニコッと笑うと、隣に腰を下ろしてくる。
その瞬間に女の子特有の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
なんだか、ドキドキしてきた。
「湊くんは今の生活を気に入ってる?」
「どうしたの? いきなり」
「いや、ふと気になってさ。学校であんな扱いを受けて、周りからは酷い扱いを受けて。そんな生活で満足してるのかなって」
「ああ、そう言う」
日向の考えていることは大体想像がつく。
僕が学校の人間から蔑まれている現状に納得しているのか。
もっと言えば、日向や小雪さんくらいしか話せる相手がいない現状をよしとしているのか。
そういうことを聞きたいんだろう。
本当に、昔から変なところを気にする子だな。
「それで、どうなの?」
不安そうに、視線を下に向けながら。
日向は泣きそうな表情をしていた。
そんな顔をして欲しくない。
笑顔にしてあげたい。
ふと、僕はそう思った。
「不満なんて何一つない。確かに学校での扱いに不満がないのかと聞かれれば嘘になるね。だけど、隣に日向がいてくれるだけで僕は満足なんだ。君が隣で笑いかけてくれるから、学校でどんなふうに蔑まれてもそこまで気にならないんだ」
確かに、最初の方は辛かったし死にたくもなった。
だから僕はあの時、屋上に行ったんだ。
でも、日向に助けられてからは一度もそんなことを考えたことは無い。
「そ、そっか」
「そうだよ。だから変な事を気にしなくていいんだよ」
優しく、僕は彼女の頭を撫でる。
普段なら自制をしていると思うけど、今はそれが出来なかった。
安心させてあげた。
笑顔にさせたい。
そう思った時には、僕の左手は彼女の頭の上に置かれていた。
「そうやって、すぐに子供扱いして」
「子供扱いなんてしてない。僕は日向に救われてるよ」
「そっか。んふふ。そう言ってもらえて嬉しいな」
「本当の事だからね。それよりも、用件はそれだけ?」
「違う……けど。う~ん」
少し顔を赤くしたかと思ったら日向はすぐに俯いて何も言わなくなってしまった。
一体何を考えてるんだろう。
「何かあるんなら遠慮なく言ってくれていいんだよ? 僕に出来ることなら何でもするからさ」
「な、何でも? 本当に!?」
「嘘なんかつかないよ。まあ、僕にできる事ならだけどね」
出来ないことを出来るとは言えない。
不老不死にして欲しいとか、空を飛ばせて欲しいとか。
そう言った願いを叶えるのは僕が人間である以上不可能だ。
「じゃあ、添い寝してほしい……です」
「なんで敬語? というか、添い寝?」
「うん。ダメ……かな」
「ダメじゃないけど。むしろ、僕なんかと添い寝をして嬉しいかな」
そこまでの魅力が僕にあるとは思えない。
それも、日向みたいに可愛い女の子なら誰だって添い寝をしたいと考えるはず。
「嬉しいから言ってるんだけど。引いた?」
「まさか。僕なんかでよければいいよ。僕の部屋にする? それとも日向の部屋にする?」
「じゃあ、湊くんの部屋で」
そう言われたので、僕は立ち上がって部屋の電気を消した。
シングルベッドに二人で寝るのは少し狭かったけど、寝られない程じゃない。
「ねえ、湊くん」
「どうした?」
僕の胸辺りに日向の顔がある。
表情はうかがえないけど、かなり機嫌がよさそうな声色をしていた。
「私、湊くんとこうするの結構好き。抱き着いてもいい?」
「日向が良ければ」
すぐに彼女が僕の体に手を回して抱き着いてくる。
むにゅうっと柔らかい何かがお腹らへんで潰れていた。
凄くドキドキするのに、安心する。
不思議な気分だった。
「絶対に学校での噂を無くして見せるから。私だけはなにがあっても味方だから。お願いだから、私から離れないでね」
その言葉はいつになく真剣で、懇願するかのような言葉に聞こえた。
これじゃあ、まるで僕が死んでしまうみたいじゃないか。
少しおかしくなって笑いながら、僕は日向の頭を撫でて囁くように告げる。
「日向が望まない限り、僕は離れるつもりはないよ。だから、変な不安を感じなくても大丈夫だよ」
安心させるように、落ち着かせるように。
僕は日向の頭を撫で続ける。
そして、いつの間にか僕たちは眠りに落ちていた。




