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3年越し③


「眠くない?」


 沖田とばっちり目が合った。

 葵はすぐにまぶたを閉じた。


「眠い……です」


 答えてから、むむ……と考え直してみる。


(待って。せっかく二人っきりなんだから練習を……すべきでは。慣れれば出来るかもって思ったんだから)


 もう一度目を開けたが、沖田はもうまぶたを瞑っている。


(残念)

 せっかくなのでじっくり見てみることにした。


(まつ毛長い。量も多いからちょっと分けてほしい。鼻筋すっきりしてるし、唇も)


 薄くて形がいい――


 葵は赤面した。

 除夜の鐘で煩悩を払いきれていなかったようだ。


 目を離さないでいた唇が近づく。

 不意打ちだったのに、予感していたかのように受け入れていた。


 熱い口づけに呼吸を塞がれ、息が浅く乱れていく。


 葵の手が彼の首に回った。

 そのとき、ぴくっと沖田が反応して身体が離れた。


「いや、もっと――」

 

 無意識なのか、離れる唇を追うような仕草をした葵に、

 彼は手の甲で自身の口元を隠し、意地悪な眼差しを作った。


「今日は終わり」


 葵ははっとした。自分が考えてしまったことが信じられなかった。 


(私、「もっと」って……なにを)

 あとに続く言葉は、何回頭で言い直しても、彼を求めるものしか出てこない。


――もっと、欲しい


 取り繕っても、自分に灯った欲情を認めざるを得なかった。


(本当に終わり?)


 じっと目で訴えるのに、わかっているくせに、

 彼は応えてくれない。


「疲れてるから休んで」


 葵は唇を結んで、(かす)かに頷いた。

 恥ずかしさと寂しさで、本当は背を向けて寝たいくらいだったが、

 露骨すぎるか、と胸に顔を隠して眠った。


 こんなことを考えてしまったのは、久しぶりだから気の所為だ、と言い聞かせて。





 


(将軍警護って……思ってたのと違う……)


 その響きから葵は、将軍の傍とはいかなくともそれなりの場所で警護をするのかと思っていたのだが――


 葵達は元旦も無く大阪入りし、今日、約二週間かけて京都まで戻ってきた。

 厳しい寒さの中、野宿同然の日もあった。

 

 しかし現実は、将軍は新選組には目もくれない。

 というか、将軍は駕籠(かご)に乗っていて、周りは位の高い武士や重臣でびっちり固められている。

 目どころか顔すら見えないのだ。


 新選組はただの会津藩のお預かりの身分であり、将軍から見たら下働きの警護集団。


 きっとそれが当たり前のことなのだろう。

 しかし、ここまで身を削って働いた後だとちょっとした衝撃だった。


 それでも。


「いよいよだな」 

 沖田の言葉に、葵は頷いた。

 

 今まさに二条城に入城しようとしている三千人規模の華々しい行列は、幕府の白地に黒の葵紋が風にはためいている。


 これも警備の傍らに眺めるだけしか許されない。

 距離も遠くて、人々が小さくさざ波のように見える。

 

 だけど、熱い想いが身体を貫く。


(徳川への忠義なんて、全くないのに不思議だな……)

 

 地道な警備ではあったが、実際に賊徒や、上洛に乗じて盗みを働く不届き者を捕らえていた。

 自分達の働きが京都の治安を守り、将軍上洛という一大イベントの一端を担った。


 そして隣りにいる沖田が。

 彼の横顔が、将軍の乗る金の駕籠(かご)より、なによりも眩しかった。


 ときに沖田が話してくれる報国の志。

 傷だらけの背中。

 それらを知っているだけに、彼がどんな思いでこの行列を瞳に映しているか、少しはわかるつもりだった。


 行列が入り終え、門が低い音を轟かせて閉まる。(かんぬき)が下りる音が残響した。


 周囲の見物人が去っても、しばらく立ち尽くしていた。

 やがて沖田は、閉じた門からゆっくり葵へ顔を移した。 


「お疲れ様、と言いたいけどまだ忙しいよ」

 

「……はい。市中警備、頑張ります」


 何日かぶりかで、彼の笑顔にえくぼを見た。


(お疲れ様でした、総司さん……)

  

 沖田は葵の肩に手を置いた。

 恋人としてではなく、同志として労うような触れ方だったから、「あぁ頑張ったな」と、珍しく素直に自分を褒めた。


 それから、(はし)り抜けた年末年始に、ひとときだけの息をつく。


 激動の幕末。

 歩きすぎて痛みもなくなった足で、葵は確かにそこに立っていた。





「新選組武運長久(ぶうんちょうきゅう)! 乾杯!」

 

 ここは島原の角屋(すみや)

 将軍も無事に京都入りした。二月に入り少し落ち着き、新選組の遅めの新年会が盛大に催されていた。


「葵ちゃ……葵君は何が食べたい? 数の子とかどう?」

 

 酔いで頬が上気した藤堂が、豪華なお重を覗き込みながら尋ねる。

 

「……」

 横から斎藤が、目にも止まらぬ早さで昆布巻きが乗った皿を差し出す。


「ありがとうございます」


 葵が礼を言うと、横にいた遊女が朱塗りの盃を傾け、鼻にかかった声を上げる。


「あおいはん、色男やねえ。もう卓がいっぱいですわ」


 遊女が言う通り、永倉や原田まで「食え食え」と料理を運ぶので、葵の前はごちそうがこぼれ落ちそうになっていた。


「ほんま美丈夫やから、みなさんに可愛がられて妬けますえ」


「皆さんのほうがよほどお綺麗ですよ」


 葵の微笑みに、ある遊女はほうっとため息を吐き、ある遊女は目の色が変わった。


「葵君って……本当罪作りだよね」

 藤堂が黒豆を突いている。


 葵は内心穏やかでなかった。

 原因は沖田だ。


 彼は近藤や土方と座敷の奥に座しており、ひときわ華やかに卓を囲んでいる。


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