1年越し①
文久三年(1863年)大晦日。
深夜二時。
年の瀬はゆっくり団らん――とはいきそうもなく。
新選組は、芹沢鴨の残党である野口の処分を終え、一層組織としての地盤を固めていた。
斎藤が言っていた通り、大阪から帰った葵はまさに馬車馬のごとく働かされている。
今日も朝8時から働いて帰宅が深夜2時。
部屋の襖をそーっと開けるも沖田は不在。
葵は布団も敷かずに畳に倒れ込んだ。
「……ブラック企業過ぎる」
年が明ければ将軍が来るとかで、京都全体がぴりぴりしている。
前準備で偉い人が京都に続々集まるため、その警護が、普段の任務にプラスオンされているのだ。
ただ、身体は辛くても、泥のように眠れるから余計なことを考えなくて済む。
意外と精神は楽であり、自分は動いている方が向いているかもなと思う。
「年が明けたらまた大阪か。総司さん、身体大丈夫かな」
"総司さん"と意味なくもう一度呟くと、張っていた肩や脚が楽になったような気がした。
「布団、敷か……なきゃ……」
◇
「――ったく、布団も敷かねえで」
誰かがばさばさと布団を敷いている音がする。
(……そうじ……さんじゃ、ない?)
煙草の匂いでなんとなく土方だとわかった。起きなきゃと思うものの身体が動かない。
気配が近づいてくる。
「……触るわけにもいかねえしな」
ぼふんと布団がかけられた。
布の冷たさにかえって頭がはっきりした。
ぱちっと目を開けると、土方と視線がかち合う。
次の瞬間、起き上がりざまに頭突きしていた。
「てめっ……いってえな……」
「すみません!」
葵は頭を押さえつつ謝罪する。
土方は赤くなった額を擦りながら憮然としている。
「総司に言われて様子を見に来たんだよ」
「沖田さんはまだ帰ってないんですか?」
人前だと"総司"から"沖田"に自動で切り替わってしまう。
「ああ、近藤さんとこだ。もうすぐ戻るが、すぐ次がある」
(えー、まだ働くの? 過労死しちゃうよ総司さん……)
「次ってなんですか?」
「明け六ツに市中警備だ。欠員の穴埋めだからお前でもいいぞ」
葵が代わったとて、沖田の方が圧倒的に稼働時間が長いことには変わりはないが、少しでも彼が休めるなら御の字だ。
「私が出ます」
言い終える前に立ち上がり、きょろきょろと刀を探す。
土方が葵の腰元を指差した。
「差してあるぞ」
刀も外さずに寝ていたのか。だらしないところがばれて恥ずかしかった。
外を見ると薄っすら明るい。もう時間のようだ。
「行って参ります」
お辞儀をして出ていくと、ちょうど沖田と鉢合わせた。
「総司さん……!」
ぱっと顔が明るくなる葵を見て、沖田も頬を緩めた。しかしすぐに怪訝な顔をする。
「どこ行くの?」
「市中警備です。総司さん寝てくださいね、行ってきます!」
「ちょっと待って……!」
背中に声が聞こえたが、ごちゃごちゃ言われる前にと駆け出した。
葵が行ってしまうと、沖田はむっとした顔で部屋に入った。
「俺は葵が休んでるか見てきてくださいって頼んだんですよ? 土方さん」
土方の前では"私"と言っている一人称が咄嗟に崩れた。彼は涼しい顔をしている。
「あいつが自分で行くって言ったんだよ。にしてもすごい体力だな。本当に女なのか?」
「ええ、れっきとした」
沖田はつっけんどんに言って、刀を外して腰を下ろす。
葵はここに来てから、一度食あたりになったくらいで後はぴんぴんしている。「身体が丈夫で滅多に風邪をひかない」と本人が言っていた。
女の身でよくやると、褒めたいような腹が立つような。
「土方さんの思惑はわかりますけど、彼女は自分からは降りませんよ。無駄にこき使うのはやめてください」
「何の話だ?」
あくまでとぼける土方にため息を吐く。
「大方音を上げさせて、安全な裏方に回そうっていうんでしょう?」
土方は、葵の沖田への想いを利用して隊務を増やすのだから、たちが悪い。
「片桐左京の話を聞いて心配になってな。お前の話を聞くに、生け捕りするなんて甘い相手じゃねえだろう」
沖田は頷いた。
さらに、片桐の動機や背景が読めないことが不気味だった。
土方は重くなりかけた空気を軽くいなす。
「まあ、人手が足りないのも本当だ。葵は使い勝手がいいんだよ」
「鬼ですね」
沖田が呪わんばかりの目を向けるので、土方は立ち上がった。退散することにしたらしい。
「まあ、このままじゃ本当に倒れかねないからな。隊の編成自体を見直す。
せっかくあいつが代わりに出たんだ。お前はちゃんと寝ろよ」
「言われなくとも」
はあっと布団に横になる。
襖が閉まる音を聞いて目を閉じた。
「そんなに頼りないのか……?」
女に庇われるほどやわに出来ているつもりはないが。葵がやたらと自分の体調を気にするのは――
久々の布団から葵の匂いがする。
(甘い……)
気づけば沖田は、抱かれるように深い眠りに落ちていた。




