1-4月影と一組の布団
「ちょっと待ってて」
部屋につくと、そう言い残して沖田は出て行ってしまった。
葵は藤堂にもらった、蒼井直清の手荷物を端に置いた。
ここは部屋というより、本当に最低限の間借りスペースと言ったほうがいいかもしれない。それでも一応襖と障子で区切られてはいた。
大部屋で他の隊士と雑魚寝するよりはよほど安全だと、葵は自分に言い聞かせた。
しばらくすると、盆を手に沖田が戻ってきた。もう残り物しかなかったけど、と言い簡単に食事を済ませる。葵は全然お腹が空いていなかった。
「蒼井さん風呂入る?」
「……あるんですか?」
「うん、ここ出て廊下を……」
沖田は結局ついてきてくれるので、優しいなと思ったが、男同士(ということになっている)だから、このまま一緒に入ると言われたらどうしようかと、葵は緊張のあまり吐き気がしてきた。
(言われる前に回避するしかない……)
葵はぴたっと立ち止まった。
「あ、あの! 私、身体に見られたくない傷があって……なので、お風呂やっぱりいいです!!」
顔が上げられないが、沖田に見られている気がする。苦しい言い訳だったろうか。心臓をばくばくいわせたまま待っていると、
「うん、そうしたら一人で入ったら? 内鍵もあるし。じゃあまた」
沖田はあっさり引き返してくれたので、葵は安堵した。
◇
(はー、生き返った)
お湯で、嫌なことも少しは流れた気がした。
戻ると布団が敷かれてあり、葵は頭を下げた。
「すみません、私がやらなきゃいけないのに」
「別にいいよ。寝ようか」
と、いきなり沖田が袴の紐を解き出す。
(えぇぇ……!)
目を手で覆いたかったが、とりあえず下を向いて布団を見つめる。その間しゅるしゅると紐を解く音がしている。
(ん? 袴を着たまま寝る方がおかしいのか。皺だらけになっちゃうもんね……)
よく考えれば彼が袴を脱いだ所で、下には着物を着ているわけで、恥ずかしがる方が恥ずかしいのだ。
おかしいのはわかっていたが、葵は袴は脱ぎたくなかった。
今着ている蒼井直清の夏用の単は薄い着物で、下に肌着は着るが、合わさる部分を止めるものは男用の細帯だけ。
もしも寝ている間に、合わせがはだけてしまったらと思うと、せっかく風呂に入ったのに冷や汗が出る。
だが沖田は、葵が袴を履いたままでも詮索してこなかった。
(沖田さん人に興味なさそうだもんな……よかった)
葵の方でそんな失礼なことを考えているとは知らず、彼は袴をきちんと畳み、枕元に刀を置くと、
「布団いいよ」
と言って座布団を丸めて畳に横になり始めた。
「えぇ! 私が畳で寝ます」
剣道部では上下関係が厳しい。1年生の頃は先輩の荷物を持ったり、広い体育館の雑巾がけをやるのも当たり前だった。
それが感覚として染み付いている葵は、副長助勤の沖田を差し置いて、自分が畳で眠るなんてとんでもなかった。
五回ほど寝る場所の交換を申し出たが、沖田はため息をつく。
「疲れてるでしょ。布団は明日買いに行けば済むんだから。ほら行灯の火を消して」
「……はい」
仕方なく、沖田の声に返事をして、そろりと行灯まで寄ってみた。
(なにこれ、どうやって火を消すの……)
目の前には、障子でできた四角い細長い箱。上からのぞき込むと、中に火が揺らめいている。
「やろうか」
気付けば隣に沖田がいた。
彼が取っ手をそっと上に引き上げると、一面がすっと開けた。
中にある芯のような部分についた火を、沖田は指で摘む。じゅっという短い音ともに部屋は暗闇になった。
あるのは障子から差し込む、わずかな月明かりだけ。
もう、すぐ近くにいる沖田の表情も見えなかった。
「寝よう」
「はい」
結局沖田は頑として畳で寝ると譲らないので、葵が布団に寝ることになった。
(お父さん、大丈夫かな……。お母さんいないのに、私までいなくなったら……)
熱くなった目頭を指で揉む。
色々ありすぎて考える暇もなかったが、葵は今どういう状態なのだろう。タイムスリップなら、葵はいきなり現代から消えたということになる。
(駄目だ、泣いちゃ駄目……。とりあえず様子を見て、帰る方法を探すんだから)
夜に暗い考え事をしても、ろくなことにならない。
(前向きに、男としてやっていく方法を考えよう……)
下にしていた左腕の痺れが限界になり、息を詰めて、そおっと向きを変えた。
沖田の背中がぼんやり見えた。
葵は、組紐のおかげか剣については沖田と腕力にそこまで差は感じなかった。しかしこうして見ると、彼の背中は広く、葵とは全然違っていた。
(背丈だけなら、私だって屯所の男性に負けないくらいあったけどな。
男性って、筋肉量が女性の1.5倍くらいあるんだっけ……トレーニングしたらどれくらい追いつけるのかな……)
土方に大見得を切ってしまった以上、壬生浪士組で実績も上げなければならない。
まるで羊を数えるように、男性に見せかけるためのコツを思案する。
(えーっと、声は低く、……あぐらで、座る……泣かない、あと……あ、……と――)
眠れるはずないと思っていたのに、深い疲労に強制的に意識を持っていかれ、葵は気絶するように眠りに落ちた。
このころの屯所、八木邸は壬生村きっての旧家さんで、今でも見学できるみたいですね。
このころの浪士組は余裕もなく、実際は幹部と言えど雑魚寝だったようです。




