第7話「魔の森へ」
翌朝、ハルトマンは役人から「監督任務遂行」のための誓約魔術を施された。彼女が裏切らないための共和国の首輪だ。だが彼女本人は特に気にするそぶりもなかった。
出発後、馬車は数日間順調に進んだが、魔の森を遠くに捉えたあたりで猛烈な暴風雨に見舞われた。一行は街道を外れ、森のふもとにある小さな村の宿場へと退避を余儀なくされた。
その村には小川が流れ、水車小屋が回り、住居と質素な修道院が建っていた。
村の宿場に着くと、町の宿場にただで泊めさせてもらっていた。共和国の軍人という肩書は伊達ではないらしい。
彼らは、宿のあるじにドン引きされるほどガツガツと食事を平らげてしまい、キッチンの食料はすっかり空っぽになってしまった。制服を着て給仕の手伝いをしていた少女も口を開けていた。
あてがわれた部屋で、ヴェイスとラインツファルトはテーブルを挟んで葡萄酒を傾けていた。ハルトマンは「見回り」と称して暴風雨の中へ出て行った。
琥珀色の液体を揺らしながら、ヴェイスが声を潜める。
「……ここだけの話、隊長とはあんまり深く関わらない方がいいっすよ」
「どういうことだ?」
ラインツファルトが問う。
「隊長の年齢、いくつに見えます?」
「二十代後半、といったところか」
「それが、二十年くらいあの見た目のままらしいんすよ」
ヴェイスは葡萄酒をあおり、一拍置いて続ける。
「俺がガキの頃に見た写真と、今の隊長が全く同じなんす。……計算が合わねえ」
「……若作りの魔術、というわけでもなさそうだな」
ハルトマンがまとう冷たい空気は、単なる美貌とは違う、もっと異質な何かだ。
ヴェイスは、メリッサが山盛りにしたビスケットをつまみながら、さらに畳みかける。
「それに、あの人、全く眠らないんすよ」
「眠らない?」
「あと、時々発作に襲われてる。心臓を押さえて、動けなくなるくらい苦しそうに」
「発作……」
ラインツファルトの脳裏に、エリザがアンデッドと化したときの光景がよぎる。 不老。不眠。そして発作。
「……つまり、隊長はアンデッド、あるいはそれに近い何かだと?」
「ピンポーン」
ヴェイスは指を鳴らす。
「俺たちを『泉』に送る死神が、実は死人かもしれないって話っす」
ラインツファルトは眉をひそめる。
もし彼女がアンデッドなら、なぜエリザをあそこまで冷徹に処分できた? 同族嫌悪か?
いや、自我を保ったアンデッドなど聞いたことがない。
「……辻褄が合わないな。だが、彼女が『普通』じゃないのは確かだ」
「気になるなら聞いてみたらいいじゃない。素直に話してくれるかもよ?」
カードゲームに興じていたメリッサが、にやりと笑いながら口を挟む。
「俺たちはメリッサみたいに隊長と仲良くないんで、そんなこと聞けないっす」
「なんであたしが隊長と仲いいってことになんの!」と、憤慨するメリッサ。
「この前だって、お菓子を没収されたあげくに、罰を与えられてたっすよ。反省文100枚とか」
「あ”! それ言わないでって言ったやつ!」
にやつくヴェイスに、カードを取ろうとしていたハロルドがソファで笑い転げた。
「そこ! 笑うな!」
メリッサは顔を赤らめ、声を荒げる。
あぶれもの同士、死地に向かう道中での奇妙な連帯感。ラインツファルトは、この穏やかな時間が長くは続かないことを予感しながら、グラスを傾けた。
その時。コツコツ、と控えめなノックの音が響いた。
「はい」
ドアが開き、制服を着た給仕の女が入ってきた。銀のプレートの上には、鮮やかに盛られた果物が並んでいる。
「食後のデザートです。よろしければ召し上がってください」
慎ましい声色で告げると、プレートが卓上に置かれる。片耳には、特徴的な「花」をかたどったイヤリングが揺れていた。
「お! いただき~っ!」
メリッサが歓声を上げ、葡萄をひと粒つまみ取る。
だが、ハロルドだけは動かなかった。彼はカードを置く手を止め、鋭い視線で給仕の女を見据えている。
「素敵なイヤリングですね」
給仕の女は、ふ、と微笑んだ。その笑みは、田舎娘のそれではなく、訓練されたそれだった。
「……お目が高いですね。共和国の軍人様」
彼女はゆっくりと顔を上げ、ラインツファルトを見た。
「これからどちらへ向かわれるのですか? ……帝国へ、でしょうか?」
その言葉には、明らかに敵か、あるいはそれ以外の意図が含まれていた。ラインツファルトは、無言で腰の剣に手を伸ばした。




