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ミセリコルディアと罪の星  作者: 芦多羽 雲璃矢
デンドロビウム編
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第39話「アグライア」

「落ち着いてください……、アナ」


 アグライアはその女に寄り添って背中をなでてやる。


「子供たちに例の発作が! また侵食がっ! 私、どうしたらっ!?」


「そうですか。しばらくないと思っていましたが、やはり……。わかりました。その子供のところへ案内してください」




 寮へ向かうと、何人かの子供が寝かされていた。熱にうなされているようで、アウアウと声にならないうわ言をつぶやいている。


「アンデッド化っすか……?」


 しかしヴェイスの問いに、アグライアは首を振る。


「そうではありません。東にある魔の森と同じで、このデンドロビウムも地脈が歪んでいるのです。そのせいで、時おりこうして飲まれてしまう子供が出てきてしまうのです。アナ、他の子どもたちは?」


 アナと呼ばれた先ほど駆け寄ってきた女は、ビクッと肩を震わせる。気が小さいようですっかり縮こまっていた。


「は、はい。ほとんどの子供たちは寮の中に待機させていますが、何人かはまだ外に出たままみたいですっ!」


「わかりました。では、あなたは外にいる子供たちを探してきてください」


「で、でも外は侵食が始まるんじゃぁ……」


「すぐには始まりません、すぐに探し出してください」


「ひゃ、ひゃい!」


 真剣なアグライアの眼差しに気押されたアナは、バタバタとつんのめりながら外へ出て行った。


 アグライアは意識朦朧とした子供の一人に向き直る。


「大丈夫ですよ。もうすぐ楽になりますからね」


 彼女は子供に語り掛けると、目を閉じて手をかざした。


 ヴェイスは固唾を飲んで見守る。手をかざすだけの動作で治るのだろうか。ヴェイスは内心いぶかしんだ。


 だがその心配は杞憂だった。一瞬部屋全体がひんやりとしたかと思うと、その子供はうわ言をやめて寝息を立てていた。


「おぉ……」


 ヴェイスが驚きに声をあげている横で、アグライアは額に脂汗を浮かべていた。


「いわゆる古代魔術の一つです。現代魔術は人体に介入することを禁じていますから、こういった真似はできないでしょう……」


 それから二人目、三人目とアグライアは次々にうなされる子供を治癒していく。その姿はまるで奇跡を施す聖人のようだった。


 だが彼女は、五人目で力を使いすぎてその場にくずおれてしまった。一人目の時点で息をあげていたのだから無理もない。


「しっかり! あと少しっすよ!」


 ところが、残りの二人を回復させたタイミングで、また新たに二人の子供が運び込まれてきた。


 アグライアはとうとう力尽きて卒倒してしまう。


「聖女さま!」


「お気をたしかに!」


 二人の修道女に励まされるが、アグライアは薄く目を開けたまま朦朧としていた。息も絶え絶えで、もう反応する余裕がないのだった。


 ヴェイスはその横で悩んでいた。果たして自分たちの敵を支えるべきか……。


「…………」


 拳を握りしめ、彼は魔力を注いだ。デンドロビウムの肩を持つようなことをすれば自分たちが不幸になるのはわかっている。それでも、見殺しにするのは気が引けた。


 ヴェイスは彼女の手を強く握り、魔力を送り込む。今は急速に魔力を失ってショック状態にあるだけ。魔力を補えば、それなりの回復が可能だ。


「あわわ!」


「アグライア様の魔力を埋め合わせるなんて無茶です! 私たちよりも魔力が途方もなく大きい方なんですから……ッ!」


 介抱する二人の修道女が慌てるのを横目に、ヴェイスは魔力を送り続ける。


 たしかに、底なし沼に入り込んでいくような感覚がする。ずぶずぶと深みへ落ち込んでいく気が。だが、底がないわけではない。


 持てる魔力を半分ほど流し込んだところで、ようやくアグライアは目を覚ました。


「はわわわ……」


「そんな、簡単に目を覚まさせるなんて」


 修道女の二人は腰を抜かした。


 ヴェイスは深く吸って息を整える。簡単だったわけではない。


 アグライアにじっと見つめられて、思わず彼は目をそらす。


「ありがとう、ございます」


「うん、もう一息っすよ」

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