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第32話「不可視の一撃」

「ふ、そんな短い剣でどうしようというのかね?」


 炎を纏う両手剣を構えながら、エリックは鋭い眼光で相手を射抜いた。ハロルドの両手に握られているのは、果物ナイフにも見えるほどの短剣。成人男性の上半身ほどもある長剣を操るエリックとは、間合いそのものが違いすぎる。


 だが、ハロルドは怯まなかった。


 ハロルドは両手剣を正面に構え直し、全身を駆け巡る魔力を凝縮させる。刹那、彼の纏う気配が一気に膨れ上がる。


「短いかどうかは、切りあうまではわかりませんよっ!」


 ハロルドの剣は刃そのものではなく、その延長線上に風の魔術で凝縮された不可視の刃を生み出していた。空間を断ち切る鋭利な斬撃がエリックを襲う。


「ほう……風を凝縮させて刃に変えたか」


 その一撃は目に映らず、ただ舞うように閃くだけ。反応の早いエリックでさえ、全てを捉えることは叶わなかった。後退しながら受け流すたび、衣服は裂け、血が滲んでいく。


「まだだ。二十年以上の研鑽は、そう容易く崩れはしない」


 低く唸る声とともに、炎が両手剣に収束した。次の瞬間、焔の奔流が剣閃となって迸り、鞭のようにうねりながら空間を薙ぐ。轟、と大気が爆ぜ、庭の花々は一瞬で炭に変わり、噴水は蒸気を上げて白煙に包まれた。


 しかしその中を、ハロルドは一陣の風のように切り裂いて切り抜ける。彼は炎の鞭に呑まれる寸前、風をまとった体を紙一重でその中にねじ込んだ。


「一筋縄ではいきませんね」


 吐き捨てるように告げ、彼は交差させた短剣を振り抜いた。不可視の斬撃が十字に走り、エリックの魔力の鎧を裂き、胴に鮮烈な傷を刻む。


 やじ馬たちが息をのむ。共和国最後の七大貴族、最強の剣士の一角に傷を作ったのだ。


 だが、エリックも怯まない。逆に口端を吊り上げ、笑みさえ浮かべた。


「よくぞここまで辿り着いた。その若さで、これほどの域に至るとは……だが、それほどの魔術を使い続けていては、いずれ自らを削ることになるぞ」


 その言葉の通り、幾度となく刃を交わすうちに、ハロルドの動きは精彩を欠いていった。 


 再び轟、という音とともに、エリックは大きな炎を振りぬく。その大きさはハロルドとは打って変わって、徐々に大きくなっているようにさえ見えた。


 ハロルドはバックステップで距離をとる。


「聞かせてくれ。なぜ私の娘をそんなに求める? 彼女に見た目以上の魅力があると思うか?」


 エリックはいたって神妙に尋ねた。


「彼女には十分なポテンシャルがありますよ」


「私にはそうは思えないが」


 目の前に振られた大ぶりの剣を、ハロルドはすんでのところでよける。顔の間近の高温に目を細めた。形勢を立て直すためにバックステップで後退する。


「それはあなたが彼女のことをよく見ていないからです。彼女にはあなた二人分に匹敵する魔力を感じます。魔力が強ければ強いほど操るのが難しくなるのに、彼女はそれをものにしかけているんです。少なめに見積もっても、あなたと同程度は魔力を扱えてますよ」


 エリックの瞳がわずかに揺らいだ。次の瞬間、ハロルドの不可視の連撃が押し寄せ、観衆から再びどよめきが上がる。炎の剣をもってしても追いきれない速さ――。


 エリックは押されながらも必死に隙を探した。だが、右へ左へ、上へ下へと舞う斬撃に突破口は見えない。


「このまま戦い続けても、じり貧になって終わるだけだ」


 エリックは斬撃をよけながら、絞り出すように訴えた。


「試してみますか? あなたが出血多量で倒れなければいいですが」


 今度はエリックがバックステップで後ろに下がる。足をついた拍子に肩口に開いた傷口がずきりと傷んで顔をしかめた。動けば動くほど出血の量は増えていく。もはやエリックとしても長期戦は避けなければいけない。


 エリックは肩で息をしながらハロルドを見据える。


「しかし驚いたな。風の魔力で剣を構築するなんて話は聞いたことがない。おそらく七大貴族でなければそんな芸当はできないはずだ……」


「ご明察です。私はレナトゥス王国の七大貴族の血を受け継いでいるんです。七大貴族の一角、アイオロス家の末裔なんですよ」


「……はは。アイオロス家も帝国へ追放されたはずだが?」


 エリックは乾いた笑いを漏らした。ハロルドが七大貴族の末裔とはにわかには信じがたい話だが、そうでなければこの強さは説明がつかない。


「僕の両親が、僕らを逃がしてくれたんですよ。結局、僕以外は共和国にはたどり着けませんでしたが。何か証拠でも出しましょうか?」


「いや、いい。もう疑ってはいない。だが、そう思うと胸が躍るな。七大貴族の末裔とこうして剣を交えることができるとは。ここで、風と炎のどちらが優れているか、いま一度、決めなおそうじゃないか」

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