第30話「エリックvsハルトマン」
野次馬たちが傘の下から見守る中、二人は迷いなく臨戦態勢に入った。濡れた石畳が鈍い光を反射し、空には暗雲が垂れ込めている。
普段であれば、炎を自在に操るエリックの前に立つ者は、たちまち白旗を掲げる。旧七大貴族家が共和国を去った現代において、それは半ば当然の結末だった。
だが、ハルトマンは違った。
相対した瞬間、エリックは悟る。眼前の女は学生にしては異様に鍛えられている。アンデッドを幾度も葬ったという噂は虚構ではない。ならばどうだ――こちらとて、七大貴族唯一の後継者。簡単には負けない。
先に動いたのはエリックだった。地面を強く蹴り、瞬きの間に間合いを詰め、燃える剣を振り上げる。燃え盛る刃は唸りをあげ、ハルトマンを呑み込もうとする。
だが彼女は剣を抜かない。ただ身をわずかに捻り、目前の炎を受け止めるかのように手を伸ばす。
「剣を抜くまでもないと言うのかッ!」
振り下ろされた炎刃を、ハルトマンは側面から叩き、軌道を僅かに逸らした。平然と素手で魔炎に触れながら。
「正気か……!」
呆然とする間に、閃きが走った。気づけばエリックの肩口から血が噴き、焼けたような痛みが全身を貫く。いつの間にか彼女の剣が抜かれ、鋭く刻み込んでいたのだ。
彼は跳ねるように後ろ向きに距離を取る。
「はっ……はっ……」
激しく動いたうえにひどく興奮しているせいで息が早まる。学院のやんちゃな生徒たちが声をあげて盛り上がっていた。
ーー学年二位だろ、もっと食らいつけよ!
無茶を言うな、とエリックは内心で吐き捨てる。
魔剣士相手に戦ってきたことは何度もある。魔術を使える人間にとって、剣の扱いは二の次三の次になるものだ。その逆もしかりで、大抵は剣か魔術のどちらかに能力が偏る。自然と得意な方に依存するものだ。
その、はずなのに。
エリックは息を荒げつつ、剣を構え直した。
「ハルトマン、一撃勝負といこう。私も剣に生きた人間だ。剣を数回交わせば大体のことは分かる。旧七大貴族唯一の後継者の私でも、到底かなわないことも。だから、お前が攻めてこい。望み通り手短かに終わらせてやる」
ハルトマンは小さく息を吐き、安堵のように呟いた。
「カウンター狙いか……賢い選択だ」
エリックは舌打ちして剣を構えた。奴の動きは途方もなく早い。だが目で追えないわけじゃない。確実に決めてやる。
次の瞬間、彼女の影が揺れる。
踏み込み、鋭い一閃が迫る。
「はぁッ!」
エリックは狙い澄まし、迎撃の刃を振るった――が。
斬り裂さかれたのは敵の剣ではなく、自らの剣だった。
轟音とともに鋼が砕け、手にした武器は無惨に断片となって散る。
「んなッ!? なぜ……!」
気づけば、ハルトマンの剣はすでに鞘へと戻されていた。観衆は一瞬呆然とし、やがて割れるような歓声を上げる。
「そんな力を持ちながら……なぜ表舞台に出てこなかった! いや、この魔力、この気配。まさか……」
「…………」
問いかけに、彼女は答えない。沈黙のまま背を向け、去っていく。
残されたエリックは膝を折り、乾いた笑いを漏らした。
「ハハハッ……」
エリックは投げやりになってその場に倒れた。力が出ない。マメをすり潰した手の平が震えている。全力で剣を握りしめた反動か、あるいはあの女への畏怖のせいか。
本気で切り捨てに行ったのに、まるで感慨を抱いていない彼女に手も足も出なかった。
「……あんなの、勝てるわけがない。さすがだ……国王。王の帰還ってわけか」
雨が地面を打つ音が、耳元で鳴り響いていた。




