第18話「妖精の村ローアイアイ」
翌朝。案内された場所は、部屋というよりは巨大な胃袋のようだった。
天井が見えないほどの吹き抜け。壁一面を埋め尽くすのは、無数の書物と、石板と、水晶の記録媒体。空中に浮かぶ魔法の灯りが、宙を舞う埃を照らし出す。中央には、巨大な機械仕掛けのアームが鎮座し、一冊の分厚い書物を守るように掲げている。
「この本は――『アーガディア書』だ」
シュテュンプケの声が、音を吸うような静謐のなかで響いた。
「過去から未来に至るまで、この世界の全てが記述された予言書さ」
まさか、封印されていた間にできたもの、というわけでもないだろう。そもそも魔の森はもちろん、グレンツェ川西岸の事情など、当時でさえ何もわかってはいなかった。
ラインツファルトは、引き寄せられるようにして祭壇へ歩み寄る。革の表紙は生温かい。まるで生きているかのように。開かれたページに視線を落とす。
「……空白だ」
文字がない。インクの染み一つない、完全な白紙。
「ふふん。それが重要なんだよ」
シュテュンプケは、悪戯が見つかった子供のように笑った。
「本来なら、未来を記述し続けるはずの機械が、八十年前――王国滅亡と同時に沈黙した。予言のストックはもう尽きかけている」
彼は白紙のページを指先で叩く。
「この書庫に納められている記録は、確認されている限り――約一万年前、古代グラジオラス帝国の建国時代から始まっている。そして予言の終わりは、今日から一か月後までだ」
「……一か月後、ですか? ずいぶん終わりが近いですね」
ラインツファルトがぽつりとつぶやいた。彼の視線が、アーチ状の天井に向けられる。
そこには壮麗なフレスコ画が描かれ、天井のすぐ下まで本棚がぎっしりと並んでいた。まるで知の聖域が、静かに息を潜めているようだった。
シュテュンプケが頷く。
「ふふ。そうだな。百年前、この筆記機械は最後の一行を記して沈黙した。だが、その時点で書かれていた未来ーー八十年分ーーすべてが、誤差一つなく現実になったんだ。その書き溜めた分がいよいよなくなろうとしている」
ラインツファルトは、本に書かれた最後の一文を読んだ。
いわく。
「『グラジオラスが降りてくる』……なんだ、これ」
「意味は、私にも分からん。だから、お前たちなら何か知っているのではないかと思ったが…………。どうやら、空振りだったな」
肩をすくめながらも、シュテュンプケの口元は笑っていた。
「ま、いいさ。後で思い出すこともあるかもしれねえし、写しをとっておいてやるよ。それはそれとして――お前たちはここで、数日過ごすことになる。焦らず、せかせかせず……せいぜい、この終わりかけた世界を楽しんでいくといいさ」




