ヲタサー王と心のダム ~OHKUNINUSHI~
心の余裕。某ドラマのキメ台詞。意味不明なキメ台詞。その意味が明らかに?
ウカノの腰に凍える腕でしがみつき、空を進むこと小一時間。ヤソ8と合流を果たす。
全員が生気のない目をして、全方位の警戒にあたっている。ニゲジョーズを緩やかに降下させながら、
「お、伯父御さまッ? う、ウカノはなにを?」
ウカノは我を取り戻す。デートのドタキャンで気分を悪くしたのは事実だが、それを理由にクロを空に振り回すのはやり過ぎだ。ウカノの表情から血の気が引いて蒼くなる。
地面に身を大の字に投げ出し、泣き笑いに生を噛み締めることに夢中なクロに答えることはできない。吐息をひとつ、クロの代わりにエベっさん。
「言霊の反動だよ。対価も無しに言葉だけで他人を操れたら無敵じゃんか」
ウカノの行動がクロの禁厭による副反応であると告げてやる。
「コトダマとは?」
神器の発展した社会で過ごし、神の爪の力を操れるウカノには馴染みのない言葉である。
「七代の術式かな。神の爪を使えない状況を想定した術式さ」
荒い息で呼吸を整えながら、仰向けのまま、喘ぐようにクロは答える。
「セーフティは設定しているさ。対価が俺の生命を脅かすようなものなら言霊は発動しない。他人事に身体張ってやれるほど正義マンじゃないからね――死ぬかと思ったけど。死ぬかと思ったけれども」
大事なことなのかクロは感想を二回言う。まだ、フワフワした浮遊感が拭えない。
「JIN7の術式ですか?」
「最近は、そんな呼び方するんだね。俺にとっちゃ近所のジジババ感覚だよ。よく見舞いにきてくれた」
ヒルコだった時に、唯一の楽しみは外部との接触だった。その時だけは、クロも良い子でいられた。普通に話す事が出来ていた。両親たちと。
「そんな御大層なもんじゃない。近所の残念でポンコツで、めんどくさくて、だけど憎めない――小母ちゃんや小父ちゃんたちだ」
懐かしむように、そしてどこか楽しげに、クロは語り、一息に身体を起こすとパチンと手をひと叩き。
「ここは…」
ヤソ8の連中が我を取り戻す。
支えるように左手を頭に添えて、かぶりを振るヤカミに目を向け、
――子孫かな?
そんな事をクロは思う。ヒルコの頃に会った子供はふたりだけ。弟のカグッちとヤカミによく似た女の子だ。弟のカグっちは兎も角、その子の事をよく覚えているのには理由があった。
――綺麗な小母さんだったな…
女の子の母親が美人だった事と、女の子が哀しそうだったこと。そればかり印象に残っている。
「伯父御さま。お下知の前に…」
過去への物思いに沈むクロをウカノがサルベージ。着任の挨拶を促される。すると、
「全員整列ッ! 駆け足だッ! さっさとせんか。このグズどもッ!」
エベっさん。シタタカ声を張り上げる。どこから取り出したのか、あるいは自身の異能で造り出したのか、騎兵隊帽子の紐を首にかけて背中に背負い、右目には眼帯を着けている。
「え、なにあの生き物?」
「やだ、ちょっとカワイー」
ヤソ8の軽口に、エベっさん超高速移動の、乾ききっていない水をふんだんに含んだ右足で、高速回転のヌイグルミソバット。頬桁にクリーンヒットを食らったアナムチは三間ほども飛ばされる。
「貴様らに許された言葉はイエスかイエスだ。言葉の始めと終わりには『イエス、エベっさん、イエス』をつけることを怠るなッ! わかったかグズどもぉッ!」
「「「い、イエス、エベっさん、イエス」」」
ヤソ8は釣られ、
「声が小さいッ! その口と格好は見せ掛けかぁ?」
エベっさんは釣る。
「「「イエスッ! エベっさんッ! イエスッ!」」」
「そうだグズども。その意気だ。今日から貴様らグズどもを預かることになったエベっさんだ。目玉焼きの好みはターンオーバーだ。ハードボイルドなナイスエベっさんだ」
ヤソ8は困惑。ナイスエベっさんってなんだ?
「ちなみにエベっさんのバックには、このウカノがついている。エベっさんへの発言と態度には気を遣えよ小僧ども」
ウカノはエベっさんの背後で獰猛に嗤う。嗤われた小僧どもはシャキリと居住まいを正すと、声を揃えて、
「「「イエスッ! エベっさんッ! イエスッ!」」」
アフターリピート。ヤソ8にとって、ウカノは子供時代を知られている大人であり、逆らえばどんな仕置きをしてくるかわからない存在だ。つまり頭が上がらない。
「それではエベっさんの副官を紹介する」
「えぇ~。俺がふく…」
ぶつぶつと不満を口にするクロの額に、エベっさんはヌイグルミチョップ。
「いっ痛ぁッ! 地味に痛いよエベっさんッ!」
「自己紹介」
エベっさんは促し、
「エベっさんの副官を務めるクロ――」
「彼は若輩者だから、ビシバシ鍛えてやってくれ。年もみんなより下だから遠慮はいらない。エベっさんが約束しよう」
クロの言葉をエベっさんは被せてくる。ウソは言っていない精神年齢なら確かにずっと下だろう。エベっさんが提示してきた方針に、クロは不承不承に嘆息な承諾。
「クロと申します。まだ大人に成りきれてない若輩者ですので、御指導のほどよろしくお願いいたします」
クロは綺麗に恭しく御辞儀し自己紹介を完結させ、
「ヤカミ小隊長、アナムチ副官――通称ビッグボアに、どのようにあたるおつもりでしたか? 若輩者に御教示していただけますようお願いいたします」
恭しい自己紹介とは打って変わった、冷たな声音と、冷たで鋭い眼差しに問う。
「最精鋭を集結させて、一点集中突破で説得するつもりだったよ総副官殿。スサさまの故事は知っているだろう?」
呆れた無策に三人は嘆息。
「エベっさん」
クロは舌打ち、
「スピニングバードソバットッ!」
エベっさんはアナムチの顔面の前で身体を高速回転。脱水よろしく足をゲシゲシとアナムチの鼻に叩き付け、
「ちょぉぉッ! やめてください。ムナゲの脂が髪につくッ! お嫁にいけなくなるぅ?」
付着したであろう脂をヤカミの髪でゴシゴシ拭く。
「いや、おまえ嫁じゃん。ムナゲの」
ここで外野。名をハラシコ。正式名称はアシワラシコオ。醜男の名に反して、なかなかの美形な優男だ。
「ミイちゃん元気?」
また外野。名はモノモチ。細目で優しげな目をした小肥りな男だ。
「「娘に近づいたら撃つからね。本気だからウチら」」
どうやら、彼にも癖がありそうだ。そしてヤカミとアナムチは夫婦であって、一児の両親なのだろう。
眩暈がする。
「ミイちゃん――お子さんですか?」
とクロ。抑揚のない音を紡ぐ。腰の剣を鞘ぐるみに引き抜きウカノに預ける。
「あぁ、可愛いぞ。ウチのミイは世界一のカワイー女の子だ」
アナムチの言葉から、モノモチがペドであることが確定し、
「その子を独りにするところだった――ご自覚はありますか?」
「大袈裟だな。総副官殿は。俺たちは諍いを善しとはせん。土地神殿に協力を要請するだけだ。その為には話し合いが必要だ。その為には接近を試みんとならん」
アナムチから紡がれる言葉に、
――もうヤだ。この脳筋ッ!
クロは心底に泣く。と言うか、
「おまえどこの姫ネエサマ気取りだよッ! 『大丈夫』じゃねぇわッ! 大丈夫ねぇわッ! 『恐くない』じゃねぇわッ! 恐いわッ! 武装集団に急接近されりゃ備えるわッ! 異能を使って迎え討つわッ!」
心のダムでは、キツく堰をしても抑えきれずにツッコミが口から溢れ出す――心のダム――あれは、こうゆう時の為にある言葉なんやなぁ。深い言葉だったんやなぁ~。
「確かにムナゲやモノモチが、武装して近づいたら警戒しますね。ならば、あたしやハラシコが武装解除して接近するのはどうでしょう?」
そこで、ヤカミが予想通りのアンポンタン。クロは、
「エベっさ~ん」
要請。エベっさんはヤカミの頬の手前に滞空。
「鶏唐くるくるラリアットッ!」
鶏唐揚げなクルクルラリアットを叩き付ける。
「痛い痛いッ! お、夫の前で辱しめるつもり? ね、NTRね? う、受けて立つわよ?」
と、瞳を潤ませヤカミ。吐息をひとつ、
「それ以上は、あたしのエベっさんが穢れる。お黙ろうな? な?」
ウカノは、ヤカミの髪を鷲掴んで自身の顔に近づけ真顔で恫喝。
「こ、怖い怖い。ご、ごめんなさいウカノさん。だ、黙るからぁ、黙るから許してぇ」
髪を鷲掴みされたヤカミは、早々に完全降伏。こうなったウカノに対処する方法を他に知らない。
「ウカノさんや総副官殿はそう言うが、他に方策が無いのが現状だ」
アナムチはアンポンタンにごもっとも。剣をウカノに預けておいて正解だ――クロは自身のファインプレーを賞賛する。棒状の物が手もとにあれば、無言でシバいてしまう自信があった。
「そうだよぉ。対案出してくれよ批判するならさぁ~」
ハラシコの丸投げな言葉に忍耐の糸が一本キレる。
――それ考えるのおまえらの仕事ですからッ!
心のダムは決壊寸前。
「だって、ヤソ隊の第8小隊って言えばイズモのヒーローじゃん。スサさまっぽく振る舞わないと示しがつかんでしょ?」
得物の鉾を肩に担う、如何にも好戦的な眼差しの男の名をヤチホコ。クロは忍耐の糸がまた一本。プツンと音を立てキレるのを感ずる。
「今回はワニの性能も飛躍的に向上させています。行かせてください総副官殿」
そう言うのは、如何にもなインドア派な雰囲気を銀縁眼鏡に醸すミモロと言う色白な男だ。
「罠があれば噛み砕く。ここに居るのはイズモの猛者揃いだし、なんとでも」
イワノと言う如何にも勝ち気そうな女の言葉に被せるように、
「波風立てなきゃ順調か? お行儀よろしい模範解答なんかじゃご不満か?」
クロは口を開く。即席麺の煮卵を愛おしげに頬張るニタマは懐から取り出した財布の札の絵姿とクロを見比べギョっとする。
「なあ、おまえ――親に会えなくなった子供は、どんな気持ちで帰りを待って居ると思う?」
アナムチ、ヤカミのふたりに鋭い眦で問う。
「「ウチのミイは、万が一」」
「質問を摩り替えんなよ――まぁ、いいや。教えてやる。呪うんだよ。大好きだった者たちのことを呪うんだ。怨嗟を吐いて待ち続けるのさ。最低だと自分のことを蔑みながらな」
クロは獰猛に嗤う。ヤソ8は、ピリリと肌を撫で付ける殺気に怯えて震える。
「イズモヤヱガキ長官代行として厳命する。身の丈に合わないストレッチアクションの行使を禁ずる」
代行委任状を翳してクロは命じ、
「それにおまえらは勘違いしている。あいつは準備もなしに、ことにあたるようなことはしない。トライアンドエラーは安全圏でしか行わない」
無計画過ぎるヤソ8へと、忌々しげに吐き捨て、
「装備を整えるのも、戦力を整えることも重要さ――ただし最重要は争いを避けること。おまえらが生まれる前はそうしてたんだろ。ウカノ。違いますか?」
答え合わせをするように尋ねるクロにウカノはコクり。
「総副官殿――ウカノさんは」
アナムチが噛みつくように言いかけるが、ヤカミとニタマが慌てて止める。ヤカミはクロの素性を知っており、ニタマはウケイ札の絵姿で気づいたようだ。
「これを見なよアナムチッ!」
「なんだ? 記念ウケイ札がどうしたッ? 俺のウカノさんを――」
ここでヤカミは、アナムチの頭に強めのチョップ。
「あんたッ!」
「お、俺たちのウカノさんを…うん?」
記念ウケイ札に描かれていたのは、アシワラノナカツクニ長官殿。その絵姿とクロの姿は酷似する。
「えっ、マジ?」
「「マジ!」」
ヤカミ、ニタマはコクコク頷き首肯する。
「す、スライディング土下座しとく?」
届いた言葉に、
「そんなもん要らねえ。撤収して体勢立て直すぞムナゲ」
クロは苛立ちを鼻息に捨てて下知。
「ヤカミ。先日の四畳半みたいな移動手段があればお願いします」
そして、懇願。が、
「伯父御さま。ウカノのニゲジョーズで戻りましょう」
それはウカノに阻まれる。
「えっ、スライディング土下座要るよね?」
アナムチは困惑。
「要らねえからッ! 誰ぞある! 長官代理殿の危急ぞ! 長官代理殿は安定した移動を御所望です!」
クロは再度、懇願のマジ泣き。
「ウカノ。ニゲジョーズ。行きまぁ~すッ!」
ニゲジョーズは急上昇の急発進。その顔は少しばかり軽やかだ。クロが、ウカノにはまだ出来ない大人をしてくれたからだ。
「様式美はいいから、安全対策してくださいお願いします」
クロはウカノの腰にギュッとしがみつき、諦観を涙に捨て去った。その顔は死にそうな程に沈んでいる。これから、小一時間も命がけの地獄が待っているのだから当然か。
迦具土って、アダ名だと思う。




