第八十八話
夜遅くっても、コンビニはそこそこ賑わっている。
「これと、それと……。よし! オッケーだ」
かごの中に必要なものを放り込んで、にんまりする。
イノリのやつ、きっとびっくりするぞ。
今朝、うまい朝メシご馳走してもらったからな。明日は俺が、驚かせるんだ。
わくわくしながら、レジの最後尾に向かう。そう長く部屋を空けてられないし、早くしねえと。
俺は、勢い良く足を踏み出して。
「おわ!」
「っ!」
陳列棚の陰から出てきた人と、思いっきりぶっつかった。
盛大に尻もちをついた俺の前に、ばらばらとノートやシャーペンの芯入れが落ちてくる。
慌てて、拾おうと手を伸ばした。
「すんません!」
「いや、こちらこそ不注意で――」
そこで、はたと互いに顔を見合わせる。
目の前にいたのは、鳶尾だった。
珍しく目を丸くしたやつと、数瞬見つめ合う。
と、鳶尾は舌打ちをして、こっちに差し出していた手を引っ込めた。
「何だ、お前か。前くらいみて歩けよ、うっとうしい」
「う、ごめん」
鳶尾はさっさと屈んで、落とし物を拾い集め始めた。俺の手にあるノートをひったくると、埃をパンパンと払っている。
俺は拾いこぼしがないか、床に目を走らせた。と、シャーペンの芯入れが一つ、キットカットの網に刺さっている。引き抜いて、鳶尾に渡した。
「これで全部?」
「……ふん、まあね。酷い目にあったよ」
「悪かったってば」
鳶尾はふんと鼻を鳴らすと、レジに並ぶ。俺もかごを掴んで、後に続いた。
「何ついて来てんの?」
「いや、俺も買うし」
「ウザいなあ。あっちの列行けよ」
「やだよ、超並んでんじゃん!」
ケンケン言われて、軽い言い合いになる。パンを補充しに店員さんがやってきて、慌てて口を噤んだ。
そのとき、ドアが開いてまた客がどよどよ入ってくる。
「あれ、佑樹じゃない?」
「……!」
突如聞こえたやわらかい声に、鳶尾は肩をはねさせる。クルッと機敏に振り返り、そっちへ会釈した。
「こんばんは、姫岡先輩」
「うん、こんばんは」
近づいてきたのは、上品な感じの人だった。穏やかそうな笑顔が、ちょっと西浦先輩と雰囲気が似てるかもしれない。
その、姫岡先輩って人は、鳶尾の手元を見て目尻を下げた。
「ああ、ノート買いに来てたのか。努力家だね、佑樹は」
「いえ、大したことありません」
「謙遜しなくたっていいのに」
おお、こんなに肩の力が入ってる鳶尾、初めて見た。意外と上下関係、厳しいんだな。
と、くすくす笑っていた姫岡さんは、ふっと俺の方に視線を投げかけた。
「佑樹、この子はクラスメイトかな?」
「……ええ、まあ」
「へーえ?」
歯切れ悪く答えた鳶尾を面白そうに眺めて、姫岡先輩は俺に笑いかけた。つられてへらっと笑うと、ますます笑みが深くなる。
「僕は三年の姫岡玲人って言うんだ。君は?」
「俺は吉村時生です。鳶尾とはクラスメイトで」
「ふうん」
手を差しだされて、握り返す。
なめらかで、やたら冷たい手だった。撫でるみたいに、手のひらを揉まれて戸惑う。
「あ、あの?」
「ああ、ごめんね」
たじろぎながら手を引くと、ぱっと離された。
姫岡先輩は俺を上から下まで眺めて、楽しそうに笑っている。なんとなく、落ち着かない。足が、勝手にじりじり後退する。
「お次の方―、こちらにどうぞ!」
「あ、はい!――あの、すみません。失礼します」
「はい、さようなら」
天の助けのように、隣のレジから声がかかる。
俺はぺこりと頭を下げると、すたこらさっさと踵を返す。
会計を終えて、一瞬振り返ると。
姫岡先輩は、こっちに背中を向けて飲み物を選んでた。逆にこっちを見ていた鳶尾と目があって。しっしっと追い払うように手を振られた。
ちょっとむっとしたけど、なんか戻る気になれなくて。
一目散に、店を出た。