降霊術
⋇残酷描写あり
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!!」
「よしよし、やっぱこうでなくちゃね」
僕の目の前で地面に膝をつき、血塗れの両手で自分の顔を覆って絶望の叫びを上げるハニエル。その姿を見て、僕は心の底から満足感を感じた。だって最初の殺しの時は勝手に気絶してたから、じっくり楽しめなかったんだもん。
でも今は気絶や失神を許さない魔法をかけたから、存分にこれが楽しめるわけよ。いやぁ、絶望の叫びを上げる女の子は可愛いなぁ!
「そしてここで更に燃料投下! 命令だ、受け入れろ! 最初の殺しを思い出せ!」
「相も変わらず外道の極みだね、君は……」
もっと絶望させたかったから忘れた記憶を思い出させる魔法を使うと、隣にいたレーンがドン引きした感じの声を零した。もちろん反論できなかったからスルーしたよ。外道なのは事実だしね。
「え……あ、う、嘘っ……私、私っ……嫌ああぁぁぁぁぁっ!!」
そして最初の殺しを思い出したハニエルは、ぼろぼろと涙を零しながらまた絶叫を上げた。更に血塗れの両手で自分の顔を掻きむしりつつ、狂ったように身悶えし始めたね。
うんうん、こういう反応が見たかったんだぁ! 素晴らしいね!
「……ふうっ。満足!」
「そうかい、それは良かったよ……」
ずっと見たかったものが見られて会心の笑みを浮かべたのに、レーンは相変わらず白い目でこっちを見てる。
やめろよなぁ、そんな目で見られるともっと興奮しちゃうじゃないか。これ以上興奮したらおかしくなっちゃうよ。え、もうおかしい? うるせぇ!
「ねーねー、ご主人様ー。この後どうするのー?」
筋肉ダルマが死んで猫を被る必要が無くなったリアが、いつもの調子で聞いてきた。
リアの場合、完全に従順な奴隷を演じてたからアイツに暴力こそ振るわれてなかったけど、ゴミを見るような目は向けられてたんだよね。やっぱ死んで清々してるっぽい。あるいは最初から気にしてないだけか。
「うん。邪魔なのが死んだからもう自重する必要は無いし、魔法使って簡単に国境越えするつもりだよ。消失使えば誰にも気付かれないからね」
「これはどうすんだ? その辺に捨てとくか?」
そう尋ねてきたのはキラ。そして『これ』はクラウンの死体ね。一応さっきまで生きてたとはいえ、今はもう物言わぬ死体なんだから『これ』で良いでしょ。所詮は野郎の死体だし。
「いや、それは持って帰ってもらう予定。できればもっと色んな傷を負わせて、本人だって確認できる程度に壊してね。あ、良ければキラがやってくれる? 燃やしたり刺したり千切ったり色々と」
「別に良いけどよ、何でそんなことすんだ?」
「説得力を出すためだよ。僕はこの森の中で戦死して死体も残らなかったってことにしたいんだけどさ、生きて帰った人と持って帰った死体が綺麗なままじゃ説得力に欠けるでしょ? だから激しい戦いがあったことを演出するために、死体だけでも壊しておこうかなって」
実はクラウンを仲間に入れてたのは最初からこのためだったりする。真の仲間だけで勇者パーティを構築してたら、真っ赤な嘘に説得力を持たせるための小道具が無いからね。クラウンは壊しても良い使い捨ての小道具にちょうど良かったんだよ。
男女比の操作にも役立ってくれたし、クラウンは働き者だなぁ? ハッハッハ。
「そういうことか。了解、んじゃ適当にぶっ壊しておくな」
「よろしくー。あ、目玉は抉り出しちゃ駄目だよ。でも顔の半分消し飛ばせばそっち側の目玉だけなら良いよ?」
「分かってるじゃねぇか。ありがとな、クルス。愛してるぜ?」
「女の子に言われたら嬉しい言葉のはずなのに、微妙に嬉しくないのは何でだろうなぁ……」
キラが殺人鬼だからかな? それともサイコだから? あるいはクラウンの死体を上機嫌で壊していってるからかもしれないね。右肩を切り落とすのにわざわざ指先から少しずつ切り落としてたし。そんな野菜切るみたいにしなくても……。
「クルス、君は先ほど死体を持って帰ると言ったが……まさかその役目を担うのは、私なのかい?」
「うん、察しが良くて助かるよ。だってアレ一人で帰らせるわけにもいかないでしょ? 色々不安だし」
そんな死体の尊厳を冒涜してる光景をバックに、レーンが困惑した様子で話しかけてきた。
別に僕はハニエルを殺すつもりは無いけど、これ以上連れ回すのはかなり面倒だから一回帰ってもらうことに決めてたんだ。そしてそのお供をレーンにやってもらう予定だったわけ。
「確かに、その通りだが……」
「何か歯切れ悪いね。もしかして僕と離れたくないとか?」
可愛い事言ってくれるじゃないか、こいつめ。そんなに僕のことが好きなのかな?
「いや、別にそれはどうでもいいんだ。だが、彼女と二人きりで首都まで帰るというのは、さすがの私も少々キツイものがありそうだからね……」
「うん、気持ちは分かる。でもごめん、頼めるのはレーンしかいないんだよ……」
頭お花畑の理想論者、それも今は心が壊れたように虚ろな目をし始めたハニエルを連れて、二人きりで首都まで戻る。ぶっちゃけそれってかなりの苦行だよね。意識が明瞭なら色々うるさそうだし、意識が無いなら世話しないといけないし。
でもこの役目を任せられるのはマジでレーンしかいないんだ。だって他のメンバーって首都立ち入り禁止の魔獣族だし、聖人族として振舞ってたキラは連続殺人鬼だってバレたから処刑されたことにしてるし。不憫だけど消去法でレーンしかいないんだよなぁ。
「はあっ……仕方ない。適材適所だ、引き受けよう」
「ありがとう。マジで助かるよ……」
レーンもその辺は理解してるみたいで、渋々って感じだけど頷いてくれた。僕なら絶対断固拒否するのにね。とりあえず両手を合わせてレーンを拝んでおこう。
「礼よりも魔石をくれないか? 君は忘れているかもしれないが、決闘の時に約束をしたはずだろう? 私の望む時に望むだけ魔石をくれると」
「あっ、ごめん。完全に忘れてたわ。それは後で振り込んでおくから、今はこれで我慢してくれる?」
利子とかそういう感じのものじゃないけど、僕は代わりに空間収納からとある物体を取り出してレーンに手渡した。
見た目は魔術師が持ってそうなよくある杖。煌びやかな金色が目にちょっと眩しい、僕お手製の魔術師の杖だ。
デザインに関しては杖の頭の方はちょっと拘ってる。金色の二匹の蛇が螺旋を描くように絡み合って、その中心に拳大の真っ赤な魔石を嵌めてみた。何かちょっと中二臭くなったけど、僕が使うわけじゃないしセーフかな?
「これは……巨大な魔石ではあるが、あくまでもただの魔石だね。本質はどうやら杖そのもののようだ。何やら膨大な魔力を杖そのものから感じるよ」
「正解。魔石はオマケで、それは人の魂を使った武器の試作品だよ。その杖そのものに魂を三十個くらい封じ込めて、魔力を生み出す電池にしてあるんだ」
漏れ出る魔力を感じたみたいで、瞳を鋭く細めたレーンが杖をじっくりと眺めてる。
前にレーンとリアが話してた『魂を封じ込めて燃料にする』っていうおぞましい実験を、せっかくだから実際にやってみたんだ。夜営の時の見張りとか暇だったしね。
まあ作ること自体は難しくなかったよ? これこれこういう杖を思い浮かべて、これこれこういう機能がついてるのを思い浮かべて、魔法でポンっと出すだけだし。難しかったのは魂を集める事の方だね。魂が逃げないように封じ込めた上で人を殺さないと回収できないし。
でもこの前、木っ端みじんに砕け散ったショタ大天使の魂を修復して元に戻した時、ふと思ったんだ。砕け散って消えた魂を修復して元に戻せるなら、すでにこの世から離れて消滅した魂も強引に呼び寄せられるんじゃないか、って。
冷静に考えてみるとレーンみたいな例外を除けば、この世界に輪廻転生の概念は無い。だから魂は転生せずに消えていってるって考えるのが妥当だと思う。それならショタ大天使の魂を復活させられた以上、できない道理はないよね?
そんなわけでアリオトを出発した日の夜営の時、墓を荒らして死体を手に入れて、魂蘇生の実験をしたってわけ。あの世に行った魂を強制的に呼び戻すんだから、名称的には降霊術って言った方が近いかもね。結果はもちろん大成功! 大量の電池……じゃなくて魂をゲットできたぞ!
ちなみにこの世に魂が残ってるかどうかとかは関係ないみたいで、死後何年の死体でも変わらず降霊術を成功させられたよ。実験に協力してくれた被検体に感謝だね。
契約魔術を施して記憶も弄った死体に魂をぶち込めば従順な兵士も作れそうだし、地味に僕の計画が進んだ気がするね。でもまだ派手に動くつもりも無いし、並行して幾つもの計画を進められるほど器用でも無いし、ひとまずは呪いの武器作りの方に精を出そうかな。もっと電池……じゃなくて魂が欲しくなったらまた墓でも暴こうっと。
「ふむ……その魂をどこから調達したのか気になる所だが、そこは触れない方が良さそうだね。封じ込めた魂が三十なのは、何か理由があるのかい?」
「いや、何も? 強いて言えばちょうど集めた数がそれくらいだっただけで、個数の限界は無いんじゃないかな? あくまでも試作品だからそれくらいの数にしただけで、完成品の時はもっと入れる予定だよ」
レーンたちの理論通りなら、この武器は魔石と同じ魔力供給体になってくれる。それも魔力は封じ込めた魂がいつまでも健気に生産してくれるから、僕と同じ疑似的な無限魔力を実現できるんだよね。分かりやすく言うと回復量の高いMPリジェネ付きの武器。
まあ僕の無限の魔力とは違って魔力の最大量とか回復速度はカスみたいなもんだけど、どっちも詰め込む魂の数を増やせば上がるはず。真の仲間たちに持たせる武器としてこれ以上相応しいものはないね。
「ただ僕としても初めて作ったものだから何か問題があるかもしれないし、レーンが使ってみて感想を教えて欲しいな? 何か不具合とかあれば順次改良していくからさ。気が向いたら」
「なるほど……了解した。ではしばらくこれを使わせてもらおう」
口調はいつも通りの淡白な感じで頷くレーン。でも微妙に唇の端が上がって見える辺り、結構上機嫌っぽい。魔法バカとしては好き放題に魔法を使える可能性があることに期待と喜びを隠せないみたいですね。
というか、ある意味では三十人の人間の命を杖の形に無理やり押し込めたようなもんなんだけど、忌避感とかは特に無いんです……?