二度目の殺人
⋇残酷描写あり
⋇またハニエル視点
「あ、れ……ここ、は……?」
気が付いた時、私は地面の上に寝転んでいました。目を開けて最初に視界に映ったのは、生い茂った樹々の隙間から覗く綺麗な星空です。
そのまま闇夜に煌めく星々をぼうっと眺めていると、下の方から見知った方の顔がぬっと現れました。
「やあ、気が付いた? おはよう、ハニエル」
「あ……勇者、様……?」
「うん、そう。皆の素敵な勇者様だよ」
勇者様はニッコリと笑い、不安を拭いさってくれるような優しい笑顔を向けてきます。
その曇りの無い笑顔を見て、私は心から安心しました。さっきまでの出来事は、私が見ていた悪い夢に過ぎないと分かりましたので。だってもしさっきまでのことが現実なら、勇者様がこんな風に無邪気に笑えるはずがありませんから。
「良かった……私、悪い夢を見ていたんですね……」
「うん? どんな夢を見たの?」
「えっと……勇者様が実は魔獣族の方々の味方で、キラさんが実は生きていて、リアちゃんとミニスちゃんが、私とクラウンさんを殺そうとして……」
そう、とっても悪い夢でした。最後には私はクラウンさんに盾にされて、リアちゃんにそのまま殺されてしまいました。お腹にぽっかりと穴を開けられた痛みは、夢だと分かった今でも叫びたくなるほどに耐え難かったです。
でも殺されたはずの私が生きていることが、あれが夢であったことの他ならぬ証明です。だから私はほっと胸を撫で下ろしました。ああ、ただの悪夢で良かった……。
「――あ、それ夢じゃないよ。いやまあ、ちょっと間違ってる所はあるけどね」
「え……」
ですが、その安堵を勇者様に打ち砕かれました。
あれが夢じゃない? ということは、全部現実に起こった出来事?
信じたくない私は勇者様の顔から目を背けるようにして、周囲を見回します。
「ちくしょう、テメェら覚えてろ! 絶対に殺してやるからな!」
「うっせぇなぁ。大声で騒ぐんじゃねぇよ、耳に響くだろ」
「ごあっ……!?」
「あ……そ、そんな……!」
ですが目に入ったのは、悪夢が現実になっている光景でした。縛られて地面に転がっているクラウンさんが、死んでしまったはずのキラさんに顔面を執拗に蹴りつけられています。
理解したくはありませんでしたが、理解してしまいました。さっきまでの出来事は間違いなく現実で、依然状況は悪夢のようなままなのだと。そして真の平和を目指していた勇者様は、やはり魔獣族の味方になってしまったということを。
「ど、どうして……どうしてこんなことをするんですか!? 勇者様は、世界の平和を目指しているのではなかったんですか!? 魔獣族と聖人族が手を取り合って、笑いあえる世界を!」
「うん? 今も目指してるよ? あー、でもそのお花畑な脳みそじゃ僕の考えは理解できないか」
縋るように真意を問う私に対して、勇者様は目的は変わっていないとあっさり答えます。ですがもちろん私はそんなことは信じられません。勇者様もそれが分かっているようで、少し困った表情をした後、しゃがんで私と視線を合わせてきました。
「まず最初に断っておくと、僕は魔獣族の味方になったわけじゃないよ? キラを助けたのは、キラが世界の平和を実現するための戦力になってくれる真の仲間だからだし。あと純粋に好みだからだね」
「えっ……?」
キラさんの正体は、実は巷を騒がせていた連続殺人鬼であるブラインドネスでした。鉤爪で命を奪い、遺体から眼球を抉り出すというおぞましい行為を何百件も働いた、平和と言う言葉とは真逆に近い存在です。
そんなキラさんが、真の平和を実現するための仲間? 私は思わず状況も忘れて、目を丸くする他にありませんでした。
「いいかな、ハニエル? この世界の奴らは救いようのない屑ばっかりなんだよ。そんな奴らが仲良しこよしで手を繋ぎ合うには、一度地獄を見せてやるしかないんだ。聖人族と魔獣族、二つの種族を絶滅の瀬戸際にまで追い込んで、手を取り合うしかない状況を作る。そうして二つの種族に二人三脚で必死に生存競争をさせて、絆と信頼関係を結ばせていく。それが僕の考える世界平和の実現方法なのさ」
そんな私に勇者様が語ったのは、何かが酷くずれた恐ろしい計画。
二つの種族が協力して戦えば、絆や信頼関係が芽生えてくるという考えは理解できます。それが世界平和のための一歩となることも理解できます。
力を合わせて苦難を乗り越え、困難を打ち砕き、試練を突破する。きっとその果てに、皆が笑いあうことができる世界が待っていることでしょう。少なくともただ何もせずに待っているだけよりも、よほど平和が実現する可能性は高いと思います。
ですが勇者様が語っているのは、そのために人為的に試練を与えるという話です。それも大変な困難と犠牲を強いられる試練を。平和をもたらすために破滅をもたらすという、あまりにも荒唐無稽で矛盾した計画でした。
「そのために僕はこの世界の敵になるんだよ。老若男女、人間に獣人、悪魔に天使、種族も年齢も関係なく、等しく苦痛と絶望を与えて、女神様が創り上げた美しい世界に蔓延る蛆虫共に分からせてあげないといけないんだ。蛆虫同士で共食いしてる場合じゃない、手を取り合わないと未来はない、ってね?」
そして勇者様が与えるつもりの試練は、決して生半可なものではないことがはっきりと分かります。この世界に生きる人々を蛆虫と罵り、苦痛と絶望を与えると宣言していましたから。それも、とても優しい笑顔で。
確かに私は平和を望みながらも、何も行動を起こしてきませんでした。実際に行動に移している勇者様に比べれば、確かに私は偽善者の理想論者なのでしょう。ですが、勇者様の計画はあまりにも、あまりにも――
「く、狂ってる……!」
つい口に出してしまうほど、狂っているとしか思えませんでした。
確かに、平和が実現する可能性が高いことは否定しません。同じ困難を力を合わせて乗り越えれば、それだけで絆が生まれるはずです。
自ら試練を用意する、という方法もそこまで突飛なものではありません。好きな女性を自分に惚れさせたい男性が、悪漢に扮した友人に女性を襲わせ、そこを助けることで好意を抱いてもらおうとした、という話も聞いたことがあります。多少の違いはありますが、勇者様のしようとしていることとほぼ同じと言えるでしょう。
それでも私が狂っていると言ってしまったのは、その規模と試練の内容が問題でした。世界規模で、二つの種族に地獄を見せる? ありえない。そんなことはできるはずがないし、できたとしてもやっていいはずがありません。
「アハハ、これが僕の平常運転なんだよなぁ。いやー、優しい勇者様らしく振舞うのは肩が凝って堪んなかったよ……」
「その割にはだいぶ素が滲み出ていたような気もするんだが」
「うん。リアもそう思う」
「私の前では終始クソ野郎だったし……」
「うっさいなぁ、もうっ。周りが屑ばっかりだったからそれに合わせてただけだよ」
ですが勇者様は何の気負いもなく振舞っていて、むしろ楽しそうにさえ見えました。世界中に苦痛と絶望をばらまき、常軌を逸した不幸を撒き散らすと公言しておきながら、罪の意識が欠片も見えません。
私はずっと勘違いしていました。勇者様は少し嫌らしい所があっても、心は優しく誠実な人だと思っていたのです。けれど実際は正反対の、頭のおかしい狂った人物でした。
今頃になって、やっと気付きました。きっと私は最初から騙されていたのでしょう。ようやくそれに気づいて、怒りや悲しみがふつふつと沸き上がってきます。
「お、お願い、です……どうか、考え直してください……そんなことをしなくても、きっと……きっといつか、平和な世界が……」
ですがそれらは全て脇に置いて、必死に勇者様に懇願します。
両種族を相手に戦争を起こすような真似は、本来なら無謀としか言えません。ですが勇者様にはやると言ったらやる強い意志――いえ、狂気のようなものが感じられました。きっと、何があろうと勇者様は計画を実行に移すのでしょう。手段を問わず、犠牲を厭わず。
そうなってしまえば、正に世界は地獄と化してしまいます。何が何でも、それだけは避けなければいけません。
「きっといつか、平和な世界ぃ? そんな風に楽観的に考えて、一体何千年経ったわけ? それで世界は平和になった? なってないよね? じゃあもう荒療治しかないでしょ? 口で言っても分かんない奴らはぶん殴るしかないんだよ。いつの世も暴力が全てを解決するのさ。ハニエル、暴力は良いぞ?」
「だ、ダメです……やめてください……! そんなこと、してはいけません……!」
ですがやはり予想通り、勇者様は頭がおかしいとしか思えないことを笑顔で口にします。
確かに楽観的に考えて何もしなかった私も問題ですが、だからといって荒療治の暴力に頼るのは行き過ぎです。そもそも暴力で世界が平和になるのなら、この争い続ける世界も平和になっているはずです。暴力では何も解決しないはずなのですから。
「あーもうっ、相変わらずの理想論ばっかり。この世は小奇麗な理想だけじゃ成り立たない腐り切ったヘドロだってこと分かんないの?」
「だったら前みたいにコイツも汚しちまえば良いじゃねぇか。自分も汚れたこと思い出せば、少しはマシになるんじゃねぇの? つーかお前、わざわざコイツらを蘇生させてやったんだし、本当は最初からやる気だったんだろ?」
「バレたか。さすがは僕の愛猫。じゃあ早速やろうか――はい、これ」
「え……」
勇者様はクラウンさんの頭を踏みつけていたキラさんと楽し気に笑いあった後、私の方に何か小さな物体を投げてきました。サクリと地面に突き立ったそれは、細い刀身と鋭く尖った切っ先を持つ短剣――レイピアでした。
何故これを私の手元に投げたのかは分かりません。ですが、何か……何か、叫びだしたくなるほど嫌な予感が私を襲っていました。
「ハニエル、命令だ。クラウンを殺せ」
「なっ……!?」
そしてその予想通り、勇者様が私に恐るべき命令を下します。それもただの命令ではありません。私と勇者様の間で結ばれている契約魔術に乗っ取った、拒絶不可能な命令です。
今更ながらに、私は思い出しました。私は決して、勇者様の命令に逆らうことはできないのだと。
「あ、やっ、ダメ、待って! ダメ、ダメ、止まって!」
身体が勝手に動いて、目の前のレイピアを手に取ります。
必死に逆らおうとしますが、あまりにも強制力が強すぎて抵抗なんてできませんでした。私の身体は私の意志に反して、一歩一歩地面を踏みしめていきます。喋ることができなくなるよう、顎の形が変わるまでキラさんに顔を蹴られ続けたクラウンさんの元へ。
「どうして!? どうして、こんなに酷いことができるんですか!? あなたは私を導いてくれる勇者様ではなかったんですか!?」
「もちろん導いてあげるよ。ただし、お前が考えるようなお気楽能天気な方法じゃないけどね」
「嫌っ! 嫌です! お願いしますやめてくださいっ!」
泣きながら懇願しても、勇者様は楽しそうに笑うだけで決してやめてはくれませんでした。
そればかりか、周りで見ている他の方々も止めようとはしません。キラさん以外は眉を寄せて若干不快気にしていますが、それだけです。きっと彼女たちも、勇者様の考えを支持しているのでしょう。あんな、あまりにもおぞましく狂気的な方法を。
「さあ、その短剣でそいつの心臓を突き刺せ! 目を逸らさずに、死ぬところをしっかり網膜に焼き付けろ!」
「や、やだっ! やだやだやだっ! やめてええぇぇぇぇっ!!」
キラさんに髪を掴まれ、無理やりに身体を起こさせられているクラウンさんの前に立ち、私は手の中の短剣を突き出していきます。
耐え難い恐怖に目を瞑ってしまいたいのに、命令されている私は目を逸らすことはできません。短剣の切っ先がクラウンさんの胸に近付いていく瞬間も、クラウンさんの恐怖と絶望に染まった瞳も、余すところなく見させられていました。
「――ぐっ……!?」
「い、嫌あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして短剣がクラウンさんの胸を貫き、肉を刺すおぞましい感触が私の手に伝わってきました。あまりのおぞましさと自分が命を奪ってしまったという耐え難い罪の意識に、私は喉が張り裂けそうになるほどの叫びを上げます。
クラウンさんの死への恐怖と絶望に染まっていた瞳からゆっくりと光が消えていき、胸から鮮血が迸る光景を、すぐ目の前で見せられました。がっくりと力を失ったクラウンさんの身体を、キラさんはまるでゴミのように打ち捨てます。
その人を人とも思わない所業が、私の顔や手に降りかかった真っ赤な血の暖かさが、鳥肌が立つほどに恐ろしくて……私が命を奪ってしまった事実が、あまりにも耐え難くて……少しずつ意識が遠のいていくのを、ある種の救いのように感じました。
「おっと、今回は失神するのは許さないぞ? 気絶禁止!」
「あ、あぁっ……!?」
ですが勇者様が何らかの魔法を行使して、私の意識を強制的に引き戻しました。遠のいていたはずの意識は極めて明瞭になり、薄れていた命を奪った感覚をはっきりと感じさせてきます。
恐ろしい。気持ち悪い。怖い。耐えきれないほどの負の感情に襲われているのに、意識を失うことができなくて……私にできたのは、顔を覆ってただ泣き叫ぶことだけでした。
「嫌ああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
ごめんなさい、クラウンさん。殺めてしまった彼に、心の中でひたすらに謝りながら。
⋇筋肉ダルマ、二階級特進




