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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第3章:白い翼と黒い悪意
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孤軍奮闘する魔術師

⋇レーン視点

 死を迎える度に転生を繰り返し、新たな生を謳歌すること約四百年。魔術の研究と魔獣族の虐殺に明け暮れ、虐殺に虚しさを覚えてからはただ魔術の研究のみに邁進する日々。それが私、レーンカルナの人生だった。

 喜ばせてしまいそうなのでクルスには言っていないことだが、私は転生先の肉体をある程度指定している。具体的には転生先の種族は人間で、性別は女性であることを指定している。種族に関しては過激な思想にどっぷりと浸かっていた頃に作り上げた魔法なのだから、理由の説明の必要はないだろう。

 性別に関しては特に理由はない。強いて言うなら男になってみたいという好奇心が無かったからだね。別に私が特別なわけではなく、別の性別になってみたいという好奇心を持つ者は普通いないと思うが……まあ、今はそんなことは脇に置いておこう。

 私が大天使との正面対決を望んだのは、自分なりの覚悟を示し、同族との決別を示すためだ。クルスがこの世界に来なかったならば、私は世界の平和を願いながらも何も行動を起こさない、ハニエルのような理想論者に成り果てていただろうからね。

 故にこの戦いは、私がついに世界へ敵対することを選んだ決意の証明。真なる平和のため、下劣畜生に身を落とすことへの覚悟を決めた行動だ。キラとの二人がかりなのだから、勝率もそこまで低くはない見積もりだったのだが――


「……危うく二人纏めて一掃されてしまうところだったね」


 私の目の前にあるのは、大天使の急激な魔力の高まりを察知して咄嗟に創り出した分厚い土壁。しかし今その壁には所々焼け爛れてできたような穴が穿たれており、部分的にガラス化さえしている。周囲を見回してみれば、地面や樹々にも同様の穴が築かれていた。やはり先ほどの魔法は無差別な範囲攻撃だったらしい。

 威力を見るに、恐らくこの土壁を防御に使った意味は無かっただろう。私が無傷なのは単純に運が良かっただけに違いない。


「……何だありゃあ、反則だろ」


 二撃目以降への対策を練っていると、滑り込むようにしてキラが土壁の裏側へと入ってきた。大天使の相当近くにいたから間違いなく死んでいたと思ったが、どうやら彼女も運が良いらしい。


「いや、全ての魔力を注ぎ込めばあれくらいは私でもできる。それが魔術師の力というものさ。それで、君は無事かい?」

「ああ。右手と腹と左脚をぶち抜かれた以外は元気だ」

「どこが元気だ、致命傷じゃないか」


 未だ翼で自身の身体を覆っている大天使から隣へ視線を向けると、そこには満身創痍のキラの姿があった。

 本人の申告通り、右手首から先が消滅していて、腹部にぽっかりと穴が開いており、左の大腿部にも風穴が開いている。出血が見られないのはあの光線が焼き貫いたことで、図らずも止血はされたからだろう。そんな状態にも拘わらず、キラは冷や汗一つかいていないのだから呆れるしかないね。さすがに顔は少々青いが。

 何にせよ彼女に倒れられると勝率が大幅に低下してしまう。だからこそ私は数々の魔法陣を収めた書物――<アーカイブ>を異空間より取り出し、それを用いて治癒の魔法をキラへかけた。


「私が時間を稼ぐから、さっさと傷を治してくれ。私一人では荷が重い」

「クソッ、まさかあたしが足を引っ張るなんてな――うおっ!?」


 ついでにキラの足元に深い穴を創り出して、その中へ落とす。これで私が時間を稼いでいれば、キラは安全に回復に専念できるだろう。軽い負傷ならともかく、どうしても致命傷の治療には時間がかかってしまうからね。致命的という死から逃れられない強いイメージを、それを上回るイメージ力で塗り潰し、強引に治癒を行うのだから。

 問題は私が、たった一人で大天使と対峙しなければならないことで――


「……認めよう。君たちは強い。故に、僕も本気でやらせてもらう」


 土壁から様子を窺ってみると、翼を広げたラツィエルの姿が目に入る。翼で身を包んでいた内に回復も終えたようで、外傷はもちろんのこと、衣服の破れから血の汚れに至るまで全てが元通りになっていた。

 尤もそれだけならまだ許容範囲で、予測の範囲内だ。魔法が使えれば治癒を行える以上、確実に相手を無力化するには意識を奪うか息の根を止めるしかない。そのどちらもできていなかったのだから、振り出しに戻されるのは当然のこと。

 許容範囲外で予測の範囲外なのは、ラツィエルの周囲に浮かんでいる古びた書物の数々だ。合計五冊というその冊数と、そこから放たれる途方もない魔力。十中八九、私の<アーカイブ>と同じ、魔力を込めた魔法陣の集合体だろう。


「これは来るべき決戦の日に備え、長い年月の間に作成を重ね、大切に保管していた魔法陣の数々だ。ここで使うのは実に惜しいが、これ無しで君らを相手にするのは少々骨が折れそうだからね。出し惜しみは無しで行くよ」


 そう口にするラツィエルの表情は、憎き怨敵を睨むような凄まじい表情だ。どうやら彼のプライドを少々傷つけてしまったらしい。

 三千年という膨大な時間の積み重ねに対し、四百年というたった一割程度の積み重ねで、果たしてどこまで抗うことができるか……ああ、是非とも知りたいね。久しぶりに血が滾るよ。


「……来い」


 <アーカイブ>を杖の先端に取り付けた私は、土壁から悠々と身を晒し挑発する。

 試してみようじゃないか。私の長きに渡る努力と想像の積み重ねが、長き時を生きる聖人族の守護者にどこまで通用するのか。私の四百年は決して無駄ではなかったことを、今ここに証明するために。







「――サンド・スモーク」


 先手は思考速度と反射神経を三十倍に加速している私だ。地面の砂を魔法で起こした風によって巻き上げ、土煙を創り上げてラツィエルの周囲に吹かせる。

 茶色のカーテンに遮られて向こうの姿が見えなくなるが、それはあちらにとっても同じこと。光というこの世で最速のものを攻撃に用いてくる以上、ひとまず相手の視界を塞がなければ話にならない。さすがにどれだけ反射神経や思考を加速しようが、光線が放たれてからでは対処が間に合わないからね。


「目くらましか。無駄なことを」

「――アビス・フレイム」


 そして本命はこちら。私は<アーカイブ>の一ページに刻んだ攻撃魔法を発動した。

 上空に巨大な燃え盛る炎の塊を創り出し、そのままラツィエル目掛けて落とす。爆音と共に一気に周囲の気温が上がり、大気中の水蒸気が瞬く間に蒸発していく。

 本来軍勢に対して使用する魔法であり、そもそもこんな近距離で使用するべき魔法でもない。だが相手が相手なので出し惜しみできない。それに私も防御魔法を展開しているし、予めラツィエルを囲うように土煙を漂わせていたため、こちらに伝わってくる熱気は減衰させられ懸念したほどの熱は感じなかった。


「……なるほど。僕の大切な<ノウレッジ>を焼くことが目的か。着眼点は良いが、考えが足りないな。大切なものなのだから、防御をしていないはずがないだろう?」


 熱気が過ぎ去り土煙が晴れると、そこには煮え滾る大地に平然と佇むラツィエルの姿があった。

 なるほど。彼の魔法陣の集合体は<ノウレッジ>と名付けているらしい。あわよくばその<ノウレッジ>を焼くことができればと思っていたんだが、それ以前に当人が無傷で衣服に焦げすら見当たらない。どうやら自身と周囲に浮かぶ<ノウレッジ>に、相当強固な防御魔法を張ったようだ。魔法攻撃で傷を負わせるのは無理かもしれないね。

 かといって絡め手なら通用するかと言うと、どうやらそれもかなり怪しい。アビス・フレイムの持続時間はおよそ十秒ほど。例え防がれたとしても炎は範囲内の酸素を奪い尽くし、対象を呼吸困難に陥れる。しかしラツィエルには呼吸が乱れた様子が一切見当たらなかった。恐らく絡め手への対策も十分に施しているんだろう。これはどう対処するべきか……。


「では次はこちらの番だ。裁きの光に焼かれるがいい」


 その言葉と共に、ラツィエルは鎌を持っていない左手を天に掲げた。同時に一冊の<ノウレッジ>が輝き魔力を放ち、周囲に輝く光球が幾つも生じていく。

 どうやら大技故に発動までに少々時間がかかるようだ。魔法の規模に拘らず光線を一発放っていれば、私は対処できずに貫かれていたんだがね。


「――リフレクション」


 ほんの僅かでも時間があるなら、そして放たれる魔法の性質を一度目にして理解していれば、対処は十分可能だ。故に私は魔法が放たれる直前に杖を前方に突き出し、自らの魔力を用いて魔法を発動した。


「死ねっ、反逆者め!」


 瞬間、ラツィエルの周囲の光球から無数の光線が私目掛けて放たれた。致死の威力を持つ光の帯が、絶え間なく空間を走り抜けていく。

 だがそれらは私には一切当たらない。何故なら私が向けた杖の先で、光線は屈折して見当違いの方向へ走り抜けていくからだ。

 それも当然。私が発動したのは限定空間の光の屈折率を大幅に増大させる魔法。いかに強力かつ最速の魔法攻撃とはいえ、光として具現化されている以上は光としての性質を持つ。その性質を利用すれば、こうして対処することも難しくはない。尤も<アーカイブ>には無い魔法だから、私自身の魔力を多少削ってしまったが。

 幸いラツィエル自身も断続して放たれる光線の眩しさに状況が良く見えていないらしい。仕掛けるなら今か。


「――トレンチ」


 足元に深い穴を創り出し、そのまま地面の下へと潜る。この時点でリフレクションの維持は打ち切り、穴を掘るのに魔力を使う。人一人が走れるほどの空間を地下に創るには、掘るだけではなく周囲が崩落しないよう固定にも気を遣わなければいけないからね。

 そのまま地下に横穴を創りながら、一直線に駆けていく。目指すはラツィエルの背後。地上から未だ断続して光線の走り抜ける音が聞こえてくるあたり、攻撃はまだ止んでいないようだ。少々過剰ではないかな?

 何にせよ、準備をする時間を与えてくれるのは喜ばしい。その間に私は杖の石突きの形状を剣の如く変化させ、<アーカイブ>より身体能力を強化する魔法を発動させた。


「ふん、塵も残さず消え去ったか。反逆者にはお似合いの末路――何っ!?」


 そうして光線の音が聞こえなくなった瞬間、地上への穴を創り出してそこから飛び上がり、同時にラツィエルへ背後から斬りかかった。タイミング的に間違いなく首を落とせていたはずだが、私の振るった刃はその首筋で硬質な音を響かせ弾かれてしまった。

 その一撃で気付かれ、反射的に振るわれた鎌を背後に飛んで避ける。驚愕の表情を浮かべているのはあの魔法を凌いだことに対する驚きか、それとも背後に回っていたことに対してか。


「……やはり駄目か。だが今ので君の防御魔法の効力は理解した。どうやら魔法に純粋物理、更に間接的な攻撃すら無効化する非常に強力な防護のようだね」

「フッ、その通りだ。これこそあらゆる攻撃を無効化する最強の防御結界。僕の魔法を凌いだことは称賛に値するが、貴様らはもう僕に手も足も出ないまま――惨めに処刑されるのさ!」

「っ――!」


 驚愕からすぐに立ち直ったラツィエルは凄まじい速度で大鎌を振るい、私の首を刈り取ろうとしてきた。

 まだ反応できる速度なので何とか躱せたが、一拍遅れて背後にそびえる大木が切り飛ばされる。どうやら身体強化だけでなく、斬撃を飛ばす魔法まで付与されているようだ。この分だと打ち合った時にも何か起こりそうだ。杖で捌くのは止めておいた方が賢明かもしれない。


「これを躱すか! ならば、これならどうだ!?」

「ぐっ、うぅっ!?」


 <ノウレッジ>が魔力を放ったと感じた次の瞬間、私のあらゆる感覚が無茶苦茶にかき乱された。視覚も聴覚も消え去り、強烈な眠気と身体の痺れに襲われ、挙句の果てには自分が大地に足を付けている感覚さえも消失する。

 恐らく私の身体に直接魔法を作用させたのだろう。自身の魔力では難しいほどに魔力を要求される事だが、魔法陣に長年蓄えた魔力があるなら別だ。

 本来ならば即座に昏倒させられているはずだが、私の魔力量は大天使ほどではないとはいえ膨大だ。防御魔法も展開しているため、辛うじて抵抗できているようだね。


「――リカバー!」


 そして意識が残っているなら、用意してある対抗手段を用いることが出来る。故に私は<アーカイブ>から治療のための魔法を用いて、即座に自らの異常を回復した。すぐに視覚と聴覚が戻り、眠気と身体の痺れが吹き飛び、地に足をつけている感覚が戻って来る。

 だがほんの僅かな時間であろうと、身体の感覚を乱されたことによる意識の乱れは明確に隙として表れていたらしい。気が付けばラツィエルの振るった大鎌は私の胴を薙ぎ払わんと、脇腹に触れる直前にまで迫っていた。

 幾ら反射神経を加速していようと、私自身の動きが速くなったわけではない。魔法を用いるにも魔法が現象として具現化するまでには、ほんの僅かに時間を要する。私の胴が両断される前に魔法を用いて対処することは不可能だろう。これは、避けられない。


「臓物を撒き散らし、惨たらしい死を迎えるが良い! 反逆者め!」


 防御や回避が間に合わなかった私は、そのまま大鎌の一撃で胴を両断された。


 


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