ラツィエルVS……
「やあ、大天使様。ご機嫌いかが?」
「っ!? 君は……そうか。やはり君の仕業だったんだな、クルスくん?」
僕が声をかけると、ラツィエルは弾かれたようにこっちを振り向いた。
そして全てを悟ったように一人頷いて、僕に向けて敵意に満ち溢れた鋭い睨みを向けてくる。死体を魔法で調べることが転移のトリガーになってるとはいえ、実は調べること自体を阻害するわけじゃないんだよね。だから調べて分かった内容で誰の仕業か理解したんでしょ。説明の必要が省けて助かるよ。
「うん、そうだよ。ここに一人で転移したってことは、一人でこっそり死体を調べたんでしょ? いけないなぁ、世界を平和に導く勇者様を疑うなんて」
もうへりくだった演技を続ける必要もないから、遠慮なく素の自分で接する。
ぶっちゃけこんなクソ生意気な面したショタガキに丁寧に接するのって、酷く苦痛なんだよね。まあ誰が相手でもまともな自分を演じるのが苦痛なのは変わらないんだけどさ。
「……不思議に思ってはいたんだ。争いの無い平和な世界から召喚される存在である勇者が、顔色一つ変えずに仲間を処刑するなど。だが、元々そういった精神性を持つ者なら納得は行く。まさかブラインドネスとグルだとは思わなかったがね」
「精神性に関しては否定しないよ。でも別に僕の世界も、争いが無い平和な世界ってわけじゃないんだよなぁ……」
「そんなことはどうでもいい。あの死体を調べさせてもらったよ。まさか魔法で偽装した無関係な一般人だったとは思いもしなかった。僕も目が曇ったものだね。歴代最低最悪の勇者を、最高の勇者などと思っていたとは……」
「何言ってるのさ。ほら、僕の顔を見なよ? とっても勇者らしい優しい顔でしょ?」
お得意の余所行きの笑顔を浮かべたのに、ラツィエルは完璧にスルーしてきた。
まあ野郎だから通用しちゃっても困るけどさ。僕にロリコンのケはあってもショタコンのケはないし、短剣の二刀流を使っても性癖まで両刀使いじゃない。
「まあ、いい。人気のない場所に呼び出して貰えたのは、僕としても好都合だ。クルス、ここで貴様を処刑する。民の平和を取り戻すために身を粉にして戦うべき勇者でありながら、殺人鬼と共謀している罪は果てしなく重い。その命を以て贖え」
底冷えした感じの恐ろしい声と共に、ラツィエルは異空間から獲物を取り出した。
どんな獲物が出てくるのかワクワクしながら見てたら、死神の大鎌みたいなとんでもなく物騒なのが出てきてびっくりしたよ。緩いカーブを描く刃が不気味に煌めいてて、何かある種のいわくが宿ってそうな感じ。その鎌で何人殺ってるんです?
というか巨大な武器を使うロリは好きだけど、巨大な武器を使うショタは別に好きじゃないかなぁ……。
「勝手に召喚して洗脳やら何やらで敵意を植え付けて、寿命を削る力を無理やりに与えて、自分たちの思い通りに動かないと分かればすぐに処分する。命を以て償うべきなのはどっちなんだろうねぇ?」
「何とでも言え。大義のためには異世界から呼び出した勇者の命など、取るに足らない犠牲だ――ああ、そうだ。こんな筋書きはどうかな? 勇者は森の中で街に攻め込む準備をしていた魔獣族の集団と遭遇し、民を守るために戦いを挑み、相打ちとなって死んだ。泣ける話だろう?」
「二階級特進かな? お前が生き残れたらどんな美談にして真実を隠蔽しようが構わないよ。生き残れたらね?」
「フッ。半世紀も生きていない赤子同然の犯罪者が、長き時を生きる大天使たるこの僕に勝てるとでも思っているのかな?」
大鎌を肩に担いで、眼鏡の位置を直して余裕を見せてくるラツィエル。やっぱ生意気系ショタだよね、この反応。コイツがロリだったら即座に分からせてやるところなのになぁ……。
「思ってるよ? 別に殺すだけなら難しくないし。ただ――戦うのは僕じゃないんだよね」
「……なに?」
「さあ、出番だよ。二人とも」
呆気にとられた感じのラツィエルを尻目に、僕は背後に声をかけた。正確には後ろにある木の陰にいる奴と、樹上にいる奴に向けて。
「やっとか。待ちくたびれたぜ」
「さすがの私も大天使を相手にするのは初めてだね。だが、相手にとって不足は無い。磨き上げた
力を試すには打ってつけの相手だ」
僕の言葉に応えて、完全武装の二人が出てくる。キラは樹上から飛び降りて音もなく着地して、レーンは藪を掻き分けて悠々と。
そう、今回戦うのは僕じゃなくてこの二人。何故ってこの街に来る前に夜襲にあった時、結局コイツらの本気も連携もろくに見られなかったでしょ? 相手が雑魚だったからそんな結果になっただけで、歴戦の強者である大天使が相手なら今度こそ本気と連携を見られると思うんだ。
ついでに大問題児に自分で尻拭いもさせられるし、僕はゆっくり大天使の力量を観察できるしで良いことづくめだよ。二人ともこの提案には結構乗り気だったしね。
「なるほど、君もグルだったか。そして……やはり生きていたか、ブラインドネス……!」
並んで前に出る二人、特にキラに向けて憎々し気な目を向けるラツィエル。キラにかけた消失はもう解除してるから普通に見えてるよ。
というかコイツ親の仇でも見るような目をしてるけど、キラが魔獣族だってことにはまだ気付いてないんだろうなぁ。偽装した死体は猫耳とか生やさなかったし、たぶん知ってたらこんな風に呑気にお話もせず殺しにくると思うし。
「せっかく今まで正体バレずに楽しんでたってのに、テメェのせいでバレちまったじゃねぇか。責任取って死にやがれ、クソガキが」
「君に恨みは無い。むしろ長きに渡る戦いを生き延びていることに、尊敬の念すら覚えている。だが、君が思い描く平和と私たちの思い描く平和は相容れない。故に争いは不可欠だ」
そうして二人は構えを取って、いつでも戦いに移れる状態へ移行する。キラは鉤爪を装着した両腕を交差させて、深く腰を落とした状態に。レーンは長い杖を両手で握りしめながら。
ちなみにレーンの杖はいつもの木製のやつかと思ったら、どうも微妙に違うっぽい。槍みたいに綺麗な形状の一本の杖で、光り方からして素材はたぶん金属だね。あと持ち手に当たる部分が四角くなってるのが不思議。こう、ちょうど大きめの書物でも嵌りそうな感じの大きさで――あっ、なるほど。とどのつまり本気用の杖ってことか。この野郎、僕との決闘では手加減してやがったな?
「フフ、フフフ――ハハハハハハハハハ!! ああ、これは信じられないな。まさか勇者の一行に、勇者を含め三人もの反逆者が紛れているとは。未だかつてない不祥事だよ、全く。これが民に知れ渡ったら、一体どれほどの混乱が巻き起こるか想像さえできないね」
さも愉快だって言いた気に笑ったラツィエルだけど、その小さい身体から放たれるプレッシャーはどんどん圧力を増してた。心なしか周りの空気が冷たくなったような気がするね。一応ここ、穏やかな春の日差しがポカポカ射してるのになぁ。
「……だからこそ、君たちにはここで死んでもらう。覚悟しろ、平和を乱す反逆者共」
そう僕らを断じたラツィエルは、かけていた眼鏡を取るとそれを無造作に放り捨てた。それ伊達眼鏡だったんすね……。
何にせよ、ついに戦いの火ぶたは切って落とされた。さあ、レーンとキラの本気、そして大天使様の実力を見せて貰おうかな。
えっ、お前は何やってるのかって? 僕は木の幹に背中を預けて、ミニスのウサ耳弄りながら見学してるよ。せっかく盛り上がってきたんだから邪魔しちゃ悪いでしょ?
「足引っ張んなよ、レーン!」
「それはこちらの台詞だ、問題児の殺人鬼」
最初に動いたのは敏捷性に定評のあるキラ。レーンと仲の良いかけ合いをしてから、ラツィエル目指して一直線に疾走する。
ついに戦いが始まったわけだけど、実はこれかなり危険な状況なんだよね。だってレーンとキラに対する防御魔法は解除してあるもん。一度ラツィエルに転移させてもらうために解除して、張り直した後にまた今回解除したんだ。普通に傷を負う状態だし、心臓抉り出されたり首切り落とされたりしたらすぐ死んじゃう状態だよ。
何で解除したのかって言うと、それは二人から強い要望があったから。理由はキラの方が面白さの追求とかそういう感じので、レーンの方は決意の現われとかそういう感じ。というかキラの奴、僕に殺されるのは拒否った癖に……。
さすがに真の仲間の二人に死なれちゃうかもしれないのは寂しいけど、この周囲に張った結界は魂を逃がさないようにもしてあるから問題なし。まあ万一死んだら僕がしっかり蘇生させてあげるから、二人とも好きなようにやりなよ。
「フッ、悪いが地上で戦う気はない」
キラの素早さを目にして地上戦は不利だって即座に悟ったみたいで、ラツィエルは四枚の翼をはためかせて空に上がろうとした。
「地に堕ちよ、翼持つ者。祖は大地へ縛り付ける鎖なり――グラビティ!」
「――ぐうっ!?」
でもその身体が宙に浮きあがった途端、レーンの魔法がラツィエルを襲う。浮かび上がったはずの身体は地面に逆戻りして、膝すら付きそうになってる。
詠唱と魔法名から察するに、たぶん強化した重力とかによる妨害かな? というかレーンの詠唱は初めて聞いた気がする。詠唱でイメージを強化した上で魔法を繰り出す必要がある相手ってことで、それだけ本気ってことかな?
「隙だらけだぜ、大天使ぃ! スラッシュ!」
「舐めるなっ、三下が!」
その隙にキラが武装術で斬りかかるけど、ラツィエルは即座に体勢を立て直して大鎌の柄でそれを受けた。即座に反撃が繰り出されて、キラは危ういところでそれを躱して一気に後退する。
クソ速いキラの一撃を凌いだのも驚きだし、斬撃の概念を纏った武装術で大鎌が切れないのも驚きだね。あの鎌、一体どんな素材で出来てるんです? ア●マン●ウム?
「チッ。さすがに初撃で殺れるほど甘くはねぇか」
「当然だ。彼は長き時を生きる大天使。私たちとは戦闘経験も桁違いだ。本気で行かなければ殺られるのはこちらの方だよ」
「みてぇだな。なら、見せてやるよ。あたしの本気をな!」
威勢よく言い放ったかと思えば、またしてもキラは真正面から突撃した。見た感じ何の工夫も無いね。さあ、どんな風に本気を見せてくれるのかな?
「クイック、アクセル、ハイクイック――アクセラレイト!」
「何っ!?」
おっ、スゲェ。身体能力強化の重ねがけ、加速に次ぐ加速の四重強化だよ。あまりにも速すぎて動体視力三倍程度じゃ残像すらも見えんし、ラツィエルも見失ったっぽい。ただ地面を踏みしめた時に起こる砂煙で、かろうじてラツィエルを中心にグルグル回ってるのが分かるくらい。ていうかコイツも僕との殺しあいの時はまだ手加減してたのか。
でもこれ、身体に相当負担かかりそうだな。僕みたいに時間を弄って速度そのものを加速してるわけじゃないから、筋肉とかへの反動が凄そう。だとしたら確かに本気を出す時以外は使わないのは納得だね。
「……速いな。未だかつて、これほどの速さの敵は見たことが無い。その力を聖人族の平和のために使えば、多くの民の笑顔を守れたというのに……」
「わりぃがあたしは平和なんてもんには興味がねぇんだ。あるのは殺しと――それによる快感だけだ!」
動体視力と思考速度を十倍くらいに強化すると、何とかキラの動きを認識できるようになった。見ればラツィエルの背後から飛びかかって、鉤爪で首を掻っ切ろうとしてる暗殺者か何かみたいな姿が目に入る。
さすがにこれは決まったかな? と思ったらラツィエルはしっかり直前で反応して、逆に大鎌を振るって迎撃しようとしてた。あの速度が仇になって、下手するとキラは避けられずにバッサリ行くかもね、これ。
「風よ吹け――ウインド」
「くっ!? おのれまたしても――ぐあっ!?」
でもアシストに定評のあるレーンが軽い風を吹かせて、ラツィエルのバランスを崩した。その程度でバランス崩すとか体幹がクソザコ過ぎるって一瞬思ったけど、冷静に考えてみるとデカい翼が四枚もあるんだし、そこに風を受ければそりゃバランス崩れるわな。賢い。
レーンのアシストのおかげで鎌の軌道が変化して、キラの一撃は脇腹を抉り、ラツィエルの一撃は空を切る。大天使様の尊い赤い血が飛び散る光景は壮観だぜ。
思いのほかコンビネーションが良いとはいえ、これどっちかっていうとレーンが頑張って合わせてる感じだね。さすがは僕らのママ。子供の扱いは手馴れてるね。
「そらそらそら! どうしたぁ、大天使様!? このままじゃミンチになっちまうぜ!」
一撃を入れたキラは、そこから更に怒涛の勢いで斬撃を叩き込んでく。もちろん速度の利を殺さないよう、周囲を駆けながら何度も何度もすれ違いざまに斬り刻む方式で。そういえば僕もこの前似たような事をされたような気がする……。
さすがにこれにはラツィエルも翻弄されて、あれよあれよと白い法衣が破れて赤く染まってく。服がビリビリになったロリは興奮するけど、ショタは正直興味ないです。
でも強いて言うなら、傷がかなり浅めなのが気になるね。あの速度で斬りつければもっと深く抉りそうなもんなのに。たぶんこれはラツィエルが防御力を上げる感じの魔法を使ってたんじゃないかな。脇腹は結構ごっそり抉れてたし。
「調子に乗るなよ、貴様……」
冷たい声で言い放ったかと思うと、ラツィエルはその場に蹲るようにして大きな翼で自分の身体を包み込んだ。何か翼でできた球体みたいになってるよ。ちなみにキラは何も気にせず斬り刻んでました。
一種の防御体勢かな? と思ったのも束の間、魔力の高まりを感じると共に、羽の生えた球体が光り輝いて――
「マズイ! 下がれ、キラ!」
「――ジャッジメント・レイ」
レーンの警告が飛んだ次の瞬間、羽の生えた球体から眩い光が四方八方に振りまかれて、射線上のあらゆる物を貫いていった。