略式処刑
⋇残酷描写あり
⋇グロ描写あり
「……フフフ。いいね、権力に屈さず自らの正義を貫き通すその姿。君は正に勇者だよ」
張り詰めた空気が数秒続いたかと思えば、ラツィエルはあっさり威圧を解いて一人満足気に頷いた。
まあ今のところ勇者と大天使で争う理由は無いもんね。キラがブラインドネスだって証拠があるなら見せればいいだけだし、よほどの戦闘狂でもない限りは意味のない戦いなんてしないでしょ。
「安心してくれ。証拠なら今から見せてあげよう――メモリー・プロジェクション」
そう口にして、ラツィエルは大仰に腕を振ったかと思えば魔法を発動する。
魔法はたぶん記憶を他人に見せる感じの魔法かな。僕らの前に霧みたいな不定形のスクリーンが現れて、そこに何か映ってるし。何でも良いけど映像写すなら角がきっちり九十度の長方形のスクリーンにしてくれない? 正直ちょっと見にくいです。
「これは……?」
「記憶投影魔法さ。実は君たちが魔獣族の討伐に向かった時、僕の部下を一人監視につけていたんだ。これは数時間ほど前の、その報告を聞いている時の僕の記憶だよ」
映像に映ってるのは、豪華な机に向かいつつ手の平大の水晶玉っぽいアレ――コレス・スフィアだったかな? を弄るラツィエルの手と思しきショタの右手。本人目線だから今は手しか見えなくてね。
『ラツィエル様、勇者の奴隷の魔獣族が一匹の魔獣族を追って森の中へ走って行きます。魔術師の少女もそれを追って森の中へ行きました。追いますか?』
『いや、放っておいて構わない。それよりフードの少女の動向を注意深く観察してくれ』
『はっ、了解です』
映像の中からそんな会話が聞こえてくる。
二手に分かれてた時に何があったかはざっくりとしか聞いてないけど、考えるにサキュバスをリアが追って、それをレーンが追いかけたってところかな? あのとんでもない憎悪と殺意を内に秘めてるリアが、サキュバスを見つけたら一体どうなるか……あんまり想像したくないからやめとこう。うん。
「実は君たちがこの街を訪れる前から、僕はそこの女に対して強い疑いを持っていた。理由は簡単だ。クルスくん、君が勇者として旅立った直後から、首都ではブラインドネスによる殺人がピタリと止んだのさ。更に君が次の街に着いた途端、そこでブラインドネスによる殺人が発生している。タイミングを考えるに君たち勇者一行の中に、ブラインドネスが紛れていると考えるのが自然だろう?」
映像の中でキラによる魔獣族の殺戮実況中継が行われてるのを尻目に、ラツィエルによる得意げな説明が行われる。
昨日ちょっと首都の方に転移して殺人欲求を発散させてきたんだけど、この説明からすると昨日の件はまだ伝わってないのかな? いや、伝わっててもキラが怪しいのは変わんないか。元々この国の奴じゃないから、過去を調べられたら何も出て来ないっていう怪しさ抜群の結果になるはずだしね。
「確かに、その通りかもしれませんが……」
「もちろんこれだけでは断定できないのは分かっている。だからこそ監視をつけたんだ。尊い犠牲を出してしまったが、おかげでそれに見合う情報を得られたよ」
ニヤリと笑ったラツィエルが空中の霧状モニターに目を向けると、場面が一気に移り変わった。まあ実況中継が終わったってだけで、映像自体は水晶玉弄ってるショタの手から変わんないけどね。何が悲しくてショタの手を眺めてなきゃいけないんだか……ロリのちっちゃなお手々を見せろ。
『ラツィエル様、やはりあのフードの少女がブラインドネスに間違いありません。今、殺した魔獣族たちの目玉を抉り出し、瓶に詰めて――っ!? こっちを見た!? マズイ、気付かれ――』
声を潜めた感じの報告が途中で焦りに塗れたかと思えば、唐突にブツリと何も聞こえなくなる。
何があったかは、まあ……考えなくても分かるよね? 目撃者は死体も残さず消さなきゃね!
「……この後、彼とは連絡が取れなくなった。君たちが街に帰還した後、森の中を調査させてみたが、遺体は発見できなかったよ。しかし、ここまで証拠が揃っていれば十分ではないかな?」
うん。できれば異議を唱えたいところだけど、ぐうの音も出ないね。
実際の裁判ならこんな不確かな音声データだけじゃ証拠になるかどうかも怪しいとはいえ、目の前にいるのはたぶん国王に次ぐ権力の持ち主。偉い人が白を黒って言えば、全ての白は黒になるのさ。とどのつまり、コイツに疑われた時点でもう終わりだね。
「……なるほど。確かにこれは、言い逃れできない状況ですね」
だけどまあ、こんな展開も予測の範囲内。むしろ悲観的に考えて備えてた身としては、連帯責任で処分されないだけありがたいよ。
そんなわけで当初の予定通り、信頼していた仲間の正体にショックを受けた誠実な勇者様は、一縷の希望をかけて当人の方に向き直りました。
「キラ、正直に答えて欲しい。君が……ブラインドネスなのかな?」
「……………………」
キラは何も言わない。身動き一つしない。
でも確かに、誰が見てもそれと分かるくらい、はっきりと冷たい笑みを口元に浮かべた。それを見てこの場でキラが白だって思う奴は、絶対一人もいないよね。
「……そっか。よく分かったよ」
だから僕は一瞬で剣を抜き放って、キラの首を刎ね飛ばした。赤い血が尾を引く頭部は、くるくると回りながら飛んで高そうな絨毯にボトリと落ちる。
略式処刑なんて司法の充実した国の出身らしからぬ行動だけど、ここは異世界だし問題なし。何よりこのクソ世界に召喚されて敵意を擦りこまれてる傀儡勇者としては、同族を殺すイカれた猟奇殺人鬼なんて殺すべき対象でしかないだろうしね。むしろこうした方が聖人族からの受けがいいはず。
「僕たちの敵は魔獣族だっていうのに、よりにもよって同族である聖人族を獲物にする殺人鬼なんて、生きる価値はゴミほども無いよ。むしろ聖人族の結束を内側から崩すような反乱分子は万死に値するね。死んで償え。殺した人たちにあの世で詫びろ」
「うっ……!」
パフォーマンスとしてついでにグシャリ! 身体強化の魔法をかけて、頭を思いっきり踏み潰した。周囲に血やら骨片やら脳漿やら何やらがぶちまけられて、兵士の何人かがその光景に口元を押さえて呻いてたよ。
兵士の癖にグロ耐性低くない? そんなんで戦争できるの? いや、でもレーンもちょっと目を逸らしてるし、まともな人ならこれくらいの反応が正常なのかな?
「申し訳ありませんでした、ラツィエル様。平和を乱す害虫が仲間に紛れ込んでいたにも拘わらず、今の今までそれに気が付くことができませんでした。全て私の不徳の致すところです。本当に、申し訳ありませんでした……」
「頭を上げたまえ。まさか勇者の仲間に殺人鬼が紛れ込んでいるなど、一体誰が予想できた? 君のせいではないし、君は今誠意を見せてくれた。我ら聖人族の鋼の結束を乱す反乱分子を、その手で片付けてくれたじゃないか。欲を言えば余罪に関する尋問を終えてからにして欲しかったが……まあいい。何にせよ、悪は滅びた。ほんの僅かだが、この世界が綺麗になったとは思わないかい?」
「そうですね。薄汚いゴミを片付けたので、その分綺麗になったような気がします。ああ、ゴミと言えば森でのゴミ掃除が終わったことを報告させて頂きます。大体七割ほどは片付けたので、今あの森にはとても澄んだ空気が漂っていますよ」
「素晴らしい。仕事は完璧、責任感も強く、意思も強固。君こそ正に僕らが求めていた真の勇者だね」
軟弱な兵士たちと違って、大天使様は凄いメンタルが強かった。絨毯の赤い染みや僕の右足を汚してる血肉を見ても顔色一つ変えてないよ。むしろ何か嬉しそうに見えるのは気のせいなんですかね……?
「これは報酬だ。受け取ってくれたまえ」
そう言って、呼びつけたメイドさんに報酬を渡させるラツィエル。
メイドさんからの手渡しの方が嬉しいから別に良いんだけど、メイドさん大丈夫? 今にも吐きそうな青い顔してるよ? やっぱりすぐ近くにスプラッタな死体があるせいかな?
「ありがとうございます。ああ、そのゴミは私が片付けましょうか?」
「いや、そこまで君の手を煩わせはしないさ。メイドたちにやらせるから心配はいらないよ」
「っ!?」
あっ、今ちょっとメイドさんがビクッとしましたね。お仕事増やしてごめんね?
「分かりました。それでは御前失礼いたします、ラツィエル様」
「ああ。幸運を祈っているよ、クルスくん。君が魔王を討伐し、世界に平和をもたらしてくれることを」
とりあえず自分の脚とか服についた汚れだけ魔法で綺麗にして、僕はニコニコ笑顔のショタ大天使に見送られて屋敷を出たよ。
メイドさんにだいぶ迷惑かけちゃったけど、無事ミッションコンプリートだね!
「――で、どんな気分だった? 僕が自分そっくりの頭を踏み潰す光景は?」
「不愉快だ。つーか、もっと他にやりようなかったのかよ?」
宿屋に戻ってきた僕は、早速さっきの茶番の感想をキラに求めた。返ってきたのは酷く不機嫌な答えだったね。
えっ? 何で殺して死体も置いてきたはずのキラがここにいるのかって? そりゃ殺してないからに決まってるでしょ。心優しい勇者であるこの僕が、仲間を無残に殺したりするわけないじゃん?
「仕方ないじゃん。だってキラは死にたくないって言うし、仲間に殺人鬼がいるせいで勇者に対する信頼が落ちてそうだし、両方解決するにはああするしかなかったんだよ。説明したでしょ?」
「………………」
キラはむすっとしてて、何か納得行かないみたい。
それはともかく、僕が取った手法は凄く単純。簡単に言うなら、コレクションしてる死体の一つを使った偽装工作だね。死体の外見を魔法でキラそっくりにして、生命活動を再開させて、身代わり人形にしたってわけ。冴えてるでしょ?
ただ魂抜けてて自我が無いから、ずっと僕が魔法で動かしてたんだよね。ラジコン動かすみたいに。気を抜くとすぐ倒れたり転んだりするから、神経使って本当に大変だったよ。森の中でしばらく練習したから良かったとはいえ……。
何にせよこれで、蘇生されるとしても死にたくないっていうキラのわがままを叶えつつ、真の仲間であるキラを失わずに済んだってこと。コレクションが一つ無くなったけど、まあ野郎の死体を使ったし別に惜しくは無いかなぁ。
あとしばらくの間、キラには消失をかけて姿を隠してもらうことになるんだが……まあ、それくらいは我慢してもらおう。
ちなみに同じように死を偽装したどっかのウサギ奴隷を消失で隠してないのは、単純にどうでも良い存在だから。それに屑な聖人族が魔獣族の個体識別が出来てるとは思えないし、興味を抱くとも思えないしね。たぶん双子とか言えば簡単に納得してくれると思うよ?
「ていうかあの大天使、ヤバくない? 目の前で人の頭踏み潰して脳みそぶちまけたってのに、顔色一つ変えなかったよ?」
「ヤバいのは踏み潰した君自身だと思うんだが。本人ではないとはいえ、仲間そっくりの頭をよくも躊躇いなく踏み潰せるものだね、君は」
「えー? そんなこと言ったって、お前らだって僕の頭を踏み潰せる機会があるならやるでしょ?」
「やるかよ。んなことしたら綺麗に目玉が取れねぇだろ」
「多少思う所はあるが、別に君を殺したいとは思っていないし、特に恨みも無いよ」
「あ、そうなんだ……」
別にやらないのか、コイツら。結構意外だ。
というかキラはともかく、レーンもその気は無いっていうのがびっくりだね。自分で言うのも何だけど、下着を漁ったり胸をがっつり揉んだり、エロい悪戯しまくってるのに。ちょっと優しすぎない? この包容力はやっぱりママでは?
「まあいっか。さて、それじゃあ次の行動を――」
「――勇者様ー、お留守ですかぁ? 勇者様ー?」
「おっと、うちの大天使様のお帰りだ」
計画通りに次の行動を起こそうとしたら、そんな気の抜けた感じの声と一緒に部屋の扉がノックされた。どうもミニスと一緒にショッピングに行ってたハニエルが帰ってきたみたいだね。
しかしラツィエルは肝が据わってて殺意もキマってたのに、うちの大天使様は魔獣族と仲良く買い物とは本当にねぇ……いや、買い物は僕が頼んだんだけどさ。
「じゃあそこの寝てるロリサキュバスはハニエルに任せて、ミニスを一緒に連れて行こうかな。たぶん待ってる間暇だし、暇つぶし道具に丁度良さそう」
「じゃああたしも使っていいか? 切り刻んでストレス発散したいぜ」
「本当に君らはミニスを道具のようにしか見ていないね……」
レーンが何かジトっとした目つきで言ってるけど、僕は別にミニスを道具として見てるわけじゃないよ? ちゃんと生き物として見てるからね? モルモットっていう、実験体にピッタリな生き物として。
それはともかく、まずは帰ってきたハニエルを出迎えないとね。三千歳のハニエルおばさんは、ミニスに一体どんなコーディネイトを施したんだろうなぁ?
「えへへ……血がいっぱい……あったかい……」
ちなみにリアはまたしても猟奇的な寝言を零してたよ。そんな天使みたいな安らかな寝顔で口にする台詞? それ……。