穢れる大天使
⋇残酷描写あり
「無理です無理です! 選ぶことなんてできません! どうして殺さなければいけないんですか!?」
僕が選択を命令したせいで短剣を手放せないまま、ハニエルは泣きそうになりながらも必死に問いを投げかけてくる。
頭お花畑のハニエルでも、僕と契約魔術を結んだっていうのが取り返しのつかない失敗だってこと、そろそろ理解できたかな? ぶっちゃけあんな簡単に自分の尊厳を差し出してくるなんて思わなかったんだよなぁ。あんな騙されやすくて、よく三千年も処女を保てましたね?
「どうして? 生きる価値のない害虫を殺すことに何か特別な理由が必要なの? 目障りだから、気に入らないから、殺したいから、理由としてはそれで十分だよね? 君らもそう思うでしょ?」
「ああ、その通りだ! 魔獣族なんかみんな殺しちまえば良いんだ!」
「あんな獣みたいな奴ら、気持ち悪くて堪らないわ! みんな滅ぼしてしまえばいいのよ!」
周りで事の成り行きを見守ってる一般聖人族に声をかけると、それはもう救いようのない答えが返ってくる。
傀儡勇者として振舞うために僕もコイツらの思想にどっぷり染まってる振りをしてるんだけど、これずっと続けてたらマジで汚染されそう。それくらいこの世界の奴らの思想は狂ってると思う。
おっと? 今お前が言うなとか聞こえた気がするぞ?
「ほら、皆もこう言ってる。だからハニエルも頑張って殺そう? 大丈夫、胸をブスっと刺すだけで済むから。何ならコイツは殺さずに、明日魔獣族狩りに行くってのでも良いよ?」
「嫌っ! いやぁ……!」
わがままなハニエルは泣きながら首を横に振って、どっちを選ぶのも拒否してくる。
全くもう、聞き分けの無い子にはお仕置きしちゃうぞ?
「……どうして? 何で、私を殺さないの? 私は魔獣族なのに。あんたたちからすれば、何の価値も無いただのゴミなのに……」
ハニエルの反応は予想外だったみたいで、ミニスは酷く不思議そうに尋ねてる。
そりゃ聖人族が屑揃いなのは周りを見れば分かるからね。今も周りで『こ・ろ・せ! こ・ろ・せ!』っていう物騒なシュプレヒコールが起こってるし。
ていうかさりげなくキラの声も混じって聞こえるのは……まあ、うん。アイツは別方向で屑だから……。
「あなたはゴミなんかじゃないです! この世界に生まれて、立派に生きている一つの命なんです! 種族なんて関係ありません!」
「……そんなこという奴、初めて見た……変な奴……」
うーん。ハニエルが涙ながらに語る道徳的に素晴らしい台詞に、驚きが混じったどこか嬉しそうなミニスの台詞。敵も味方も無く、種族を越えて親愛の情を示す愛情深い人と、その愛の深さに胸を打たれる人。いやぁ、感動的な展開に涙が溢れそうですねぇ!
あ、余談だけど僕は感動で泣いたことなんて一回も無いよ。まあさすがにもうわざわざ言わなくても分かるか。
「……いいよ。私を、殺して」
「な、何を言うんですか!?」
「だって、どうせ私はもう奴隷だもん。生きていたって碌なことが無いのは、ここまでの日々でもう嫌ってほど分かったから……もう、終わりにしたいなって……」
おや? これは予想外の展開だ。魔獣族が聖人族のために、自分の命を捧げようとしてるぞ。
本人は奴隷の日々から解放されたいからとか言ってるけど、ぎゅっと握った拳が震えてる辺り、やっぱり死ぬのは怖いみたい。これは苦悩してるハニエルを助けようとしてるのかな? それとも怖い怖い死を受け入れてでも、僕の奴隷でいたくないとかそういうアレ?
「そ、そんなことありません! 生きていればきっと……きっといつか、幸せなことがあります!」
「無理よ。だって主人がこんな命令下すような奴だもん……だからお願い、もう私を楽にして?」
「そ、そんな、こと……!」
本人に介錯を頼まれても頷けないみたいで、ハニエルは泣きながら首を横に振る。ああ、絶望に打ちひしがれて泣いてる女の子って、どうしてこんなに可愛いのかなぁ?
僕がちょっと興奮を覚えてると、ミニスがこっちを振り向いてぺこりと頭を下げてきた。
「……ご主人様、お願いします。彼女に命令をしてください。私を、殺すように」
「ふぅん……?」
そして口にしてきたのは、自分を殺すように命令して欲しいっていうお願い。
確かに奴隷の日々から解放されたいって思いはあると思う。でも僕の知るこの世界の屑共なら、敵種族を苦しめられるなら喜んでそっちを選ぶから、わざわざこんなやり方はしないと思う。この場合はもっと詰って罪を掻き立てて、精神崩壊するまで言葉攻めするのが普通だろうしね。
だからもしかして、今のコイツは――解析。
聖人族への敵意:中
うーん、やっぱり。前に調べた時は敵意が【大】だったのに、今は【中】になってた。さっき自分で何か好意的な発言してたし、ハニエルって例外を目にして敵への考えが少し改まったのかもしれないね。
更生不能で真の仲間にはなれない奴だと思ってたけど、これやりようによっては仲間にできるんじゃないかな? それに更生のためのモデルケースっていうか、実験体にできそうな感じだし。
ふむ。せっかくだからここは実験を兼ねて、魔法でちょちょいと細工をして――っと。うん、これで良し。
「良いね、その自己犠牲の精神。気に入ったよ。それじゃあお望み通り――ハニエル、命令だ。その短剣でコイツの心臓を突き刺せ」
「――っ! あ、い、嫌っ、待って、やだ、ダメっ、止まってぇ……!」
お望みどおりに僕が決定的な命令を下すと、ハニエルは口では嫌がりながらも鞘から短剣を抜いて構える。契約魔術のせいで僕の命令は嫌でも実行しちゃうようになってるからね。
さあ、ここからは見物だぞ? 三千年間誰も手にかけた事のない大天使様による、記念すべき初の人殺しのシーンだ!
「やだ! やだ! やだ! ダメ、許して、勇者様っ!」
短剣を手にゆらゆらとミニスに近づいていくハニエルが、絶望と恐怖に瞳を見開きながら子供のように泣きじゃくって僕に懇願してくる。
ああ、最高。本当に素晴らしい光景だ。これを見たかったんだよ、これを!
「……ありがとう。私を殺すのが、あんたみたいな奴で良かった……」
これから殺されるって割には穏やかな声音で、ぽつりと呟くミニス。
やっぱハニエルのおかげで聖人族に対する印象が多少変わったみたい。ハニエルも嬉しいだろうねぇ?
でもそれを喜ぶ暇も無く――ブスリ!
「ぁ……」
「嫌ああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ハニエルが構えた短剣の切っ先が、ミニスの胸に深く沈む。刺された方は小さく喘いで、刺した方は耳をつんざく悲鳴を上げた。どっちかっていうと普通逆じゃない?
それはともかく見事に心臓を一突きされたミニスは、一拍置いてふらりと倒れるように崩れ落ちた。当然ナイフが胸から抜けて、噴き出した返り血がハニエルの身体にべしゃっとかかる。顔やら翼やらが赤く汚れて、実に色っぽい姿になりましたね。
「あ、あっ、あぁっ! 私、わた、し……!」
ナイフを手から取り落として、血に塗れた自分の両手を絶望の面持ちで眺めるハニエル。
ここからどんな風に僕を楽しませてくれるのか期待してたんだけど、次の瞬間いきなりその場に崩れ落ちたよ。どうも気絶したみたいだね。自らの手で殺人を犯したっていう罪の意識に耐えられなかったのかな? 白けさせてくれるなぁ。発狂して顔面を掻きむしるくらいの反応見せて欲しかったのに……。
「ご安心ください、皆さん! 大天使ハニエル様も我々と正義を共にしていることが、今ここに証明されました! 皆で力を合わせ、いつの日かこの世界に平和をもたらしましょう!」
「おおっ!!」
とりあえず倒れたハニエルを抱え起こしてあげながら、勇者らしい適当な言葉を周りに叫んでおいた。帰ってきたのは幾つもの力強い同意の声。さっきのパフォーマンスで何とか周りの人たちも納得してくれたみたいだ。
全く。こんな公衆の面前で異端としか思われない意見を口にしなければ、まだ殺人を経験させるつもりはなかったのに。ハニエルにはもう少しTPOってものを考えて欲しいよね?
「よいしょ、っと……お待たせ。それじゃあ僕たちも宿に行こうか?」
「ご主人様、頭おかしい……」
「馬鹿だな、リア。これがコイツの良いところだろうが? あたしはさっきからゾクゾクしっぱなしだったぜ? いやぁ、面白れぇ見世物だったな?」
気絶したままのハニエルを背負ってキラ達の所に行くと、ドン引きした感じのリアとニッコニコ笑顔のキラが迎えてくれる。
頭おかしいのは別に否定しないけど、リアも十分おかしいからね?
「ねえ、ご主人様。ミニスちゃんはどうするの?」
「おっと、忘れてた。ちゃんと持って帰らないとね。後でやることがあるし」
「おっ、目玉か?」
「何でもそこに繋げるな、殺人鬼」
何かを抉り出すような物騒な手つきをするキラを尻目に、物言わぬミニスの死体を足で引っ繰り返す。
当然もう死んでるから悲鳴の一つも上がらない。目は光を失って、肌は血の気が抜けて完全に青白くなってる。僕に命令された結果とはいえ、これをハニエルがやったんだと思うと、感慨深いものがあるね。
さて、ここで死体に解析。
魔力:あり
うーん……そういえば、死んだからって肉体から魔力が無くなるわけじゃないのかな? まあいいや。続きは宿屋でゆっくりやろう。
そんなわけで僕はミニスの死体を異空間にポイした。ついでにその辺に飛び散った血とか血だまりも魔法で綺麗にしておいたよ。さっきの場面を見てない人が血痕を見つけたら何事かと驚くだろうしね。
「よし、じゃあ行こうか。全く、ハニエルのせいでとんだ道草食ったよ……」
「そう言って、お前も結構楽しんでただろ? 正直に言えよ、この変態?」
「あーあ。ミニスちゃん、せっかくリアたちの中で一番まともな子だったのになー」
何かやたら楽しそうに絡んでくる殺人鬼と、まともに見えてかなりドライな復讐鬼。やっぱ僕の真の仲間になるには、これくらいイカれてないと駄目なのかなぁ? あーあ、まともな真の仲間が欲しいなぁ。
後始末を終えた僕は、そんなことを考えながら狂人たちと宿への道を歩いて行った。それと背中に広がるハニエルの胸の柔らかさを、じっくりと楽しみながら、ね? 羨ましいだろぉ?