最強生命のレシピ
⋇引き続き三人称
「あの女――アルカは、一言で表すならイカれた研究者。最強の生命体を作り出す事に人生を捧げてる異常者よ」
ルキフグスを落ち着かせザドキエルの隣に座らせた後、執務机に戻ったニアは神妙な面持ちで話の続きを始めた。
「あの女自身は昔から身体が弱くて、獣人なのに身体能力は聖人族並みだったらしいわ。あと魔法は得意な方だけど魔力が多いわけでもなかったし、そのせいで強さに執着があったのかもしれないわね」
「ふぅん? だからって自分を強くするんじゃなくて強い人間を作る方向に行く辺り、確かにぶっ飛んじゃってるわねぇ……」
強さを求める気持ちはザドキエルにも分かる。何せ目の前には世界最強の存在がちょこんと座っているのだ。追いつきたい、追い越したいと思うのは極めて自然な反応だろう。尤もザドキエルの場合は目標が尋常でなく遠すぎるのが問題である。
「そう。アイツはぶっ飛んでたわ。倫理観なんて最初から持ってなかったんでしょうね。最初は動物を使って色々実験してたけど、途中からは聖人族の奴隷を使って実験を進めてたわ」
「じ、実験って、どんな事、ですか……?」
恐る恐る、という様子でルキフグスが口を開く。
蒼褪めた表情や震えた様子からして明らかに知りたくないようだが、他ならぬニアの身に拘わる事。知らぬわけにはいかないのだろう。怯えながらも瞳には確かな覚悟と決意が浮かんでいた。
「そりゃあもう色々よ。薬物投与は基本として、皮を剥いで骨に魔法陣を刻んでみたり、脳みそ弄ってみたりしてたわね。あと動物や魔物の内臓と人の内臓を入れ替えてみたり、飢えや渇きで極限状況にまで追い込んで身体の反応を観察したり、どの程度までの苦痛に耐えられるか拷問したりとかね。ヤバい所だと魔物と人を交尾させたりとかもね。とにかく強さに繋がりそうな事は何もかもやってたらしいわ」
「うっ……!」
「えげつないわねぇ……」
とはいえ予想を数段越える残酷非道な実験の数々には耐えられなかったらしい。吐き気を催したように口に手を当て、席を立ちかけていた。
普段ならその様をからかってやる所だが、さすがに今回ばかりは空気を呼んだ。そもそも表面上は何とか平静を保っているものの、ザドキエルもちょっとした吐き気を催したくらいなのだから。
「ん? 内臓を入れ替え……?」
しかし同時にとある事実に気が付き、思わずぽつりと呟く。
ニアが述べた実験の内容は、恐らく彼女自身の体験も含まれている。そしてイカれた研究者であるアルカが狙っているのは、ニアの身体の中に存在する何か。だとすればアルカの狙いはそういう事だろう。
「それで大量の犠牲と失敗を積み重ねて色々やった結果、あの女は遂に最強の生命体を作り出す禁断の方法に辿り着いたのよ」
「そ、それって、何ですか……?」
「母親の腹の中にいる胎児の段階から、魔法的な強化を施す事。そして生まれたら身体を切り開いて、体内に強化の魔法陣を刻む。薬物を投与しながら成長させて、ある程度大きくなったら内臓を徐々に強力な魔物のものに置き換える。あとはそのまま十年ほど成長させて内臓を適応させれば、最強の生命体が完成するらしいわ。途中で死ななきゃね」
「っ……!」
「大体の事に寛容な私でも、さすがに虫唾が走るレベルねぇ……」
残虐非道という言葉でもなお足りないレベルの行為に、ルキフグスは完全に血の気を失い絶句していた。ザドキエルも思わず拳を握ってしまう程度には、倫理観や尊厳を踏みにじった下劣な行為である。
何より許せないのは、恐らくこの行為はニアが受けた処置であるという事。今よりも幼い時分にそんな悪夢の如き拷問を受けたと考えると、はらわたが煮えくり返りそうになるザドキエルだった。
「ともかく、あの女はそれを実行した。でも最強の生命体を作るにしても、この方法だと父と母が必要になる。だからアイツは自分を母体にして、最強の生命体に近い男の種を得たのよ。どうやって手に入れたのかは知らないし、知りたくも無いけどね」
「最強の生命体に近い男……?」
その言葉にザドキエルは首を捻って考え込む。
最強の男と言えば、思い浮かぶのはたった一人。聖人族の守護者の一人にして、意思の力で全てを切り開く化物――大天使ミカエルだ。武力には自信のあるザドキエルでも、あれに勝てるとは到底思えない。ニアでも絶対に勝てるとは断言できないほどだ。
とはいえその強さは個人の精神から成り立っているものであり、子に受け継がれるものではない。そもそも一魔獣族が大天使の、それも性欲が存在するのかどうかも怪しかった男の子種を手に入れる事は不可能だろう。なので少なくとも種はミカエルのものではないはずだ。
だとすると最強の生命体に近い男とは一体何者なのか。
「……あっ!? ま、まさか、バールさん……?」
頭を悩ませていると、唐突に隣で声が弾けた。
そして零れた名前でザドキエルも思い至る。求められているのは肉体的、生物的な強さなのだ。ならば彼以上に相応しい存在は思いつかなかった。
「そう。魔将バール。始まりの吸血鬼。最強の生命体を作るならこれ以上ないほど相応しい血でしょ?」
「確かに、その通りね。日の光に弱いって所を除けば、非の打ちどころがない強さの種族だもの」
これにはザドキエルも納得した。
人の数倍の身体能力を持つ獣人の、更に数倍の身体能力を誇る存在。加えて強力な再生能力をも身に着けている夜の支配者、吸血鬼。その原点にして頂点の、始まりの吸血鬼。物理的な強さでは正に最強と言って差し支えない。アルカと同族である魔将という点から考えても、ミカエルに比べれば子種を得る事は難しくないだろう。
「そういう事。まあ日光が弱点って事を考慮して、本当は別の種族も考えたらしいけど……」
「あー……」
そう口にして、ニアはちらりとルキフグスに視線を向けた。何となく考えてる事を察したザドキエルは言葉少なに頷く。
竜人は恐らく吸血鬼と同等かそれ以上の身体能力を誇る存在だ。再生能力こそ存在しないものの、より強靭で巨大な肉体を持つ竜の姿へ変身できる能力を持っている。最強の生命体の親とするなら、吸血鬼と同じく候補に並ぶのは間違いない。
ただし唯一にして最大の欠点は、その竜人であるルキフグスが女である事。アルカが己の腹の中で育てるのだから、求めているのは子種だ。女であるルキフグス相手ではどう頑張っても子種を得られない。
しかも当人が純潔を保っているため、ルキフグス以外の竜人は存在しない。幾ら優れた候補であろうと問題が多すぎるのだ。
「な、何ですか、ニア様……?」
尤も本人は諸々の問題に気付いていないのか、自身に注がれる視線に困惑を露わにしていたが。
普段なら容赦なくからかう所だが今は話の方が気になるので、ザドキエルもニアに倣い特に何も口にしなかった。
「……それであの女は魔将バールの種を授かって、最強の生命体の因子を孕んだ。生まれてくるその時まで、赤子は『強くなれ』っていう呪い染みた想いを魔法として一身に注がれたわ。自分の腹の中で育ってるんだから、効果はてきめんでしょうね」
気を取り直し、ニアは説明を続けた。
多かれ少なかれ、母親なら腹の中の子に語り掛ける事はある。もちろんザドキエルも例に漏れず、今まで孕んだ子の一人一人に語り掛けた。元気に健やかに、無事に生まれてきますようにと。
一見気休めにも思える行為だが、実は結構な効果がある。魔法とはイメージ力が重要な事象であるため、母の愛を以て子の健康を願えばそれが叶わない道理はない。特に腹の中で育っている時は自分と子の境界が極めて曖昧であるため、己に魔法をかける要領で極めて容易に行えるのだ。
アルカの場合は愛など欠片も存在しないが、異常な域の強さへの渇望が存在する。母の愛にも劣らない狂った想いが、胎児に影響を与えるだろう事は想像に難くなかった。
「そして十月十日後、遂に待望の赤ん坊が生まれたわ。だけどここであの女にとって予想外の事が起きたのよ」
「予想外……?」
「最強の生命体のベースは吸血鬼。父親は原初の吸血鬼。だから生まれてくる子供は吸血鬼だと信じて疑わなかったのね。でも実際に生まれたのは母親と同じ兎人族の女の子だったのよ。皮肉なもんよね?」
「あっ……」
「あら……」
嘲るような笑みを浮かべたニアに対し、ザドキエルはルキフグス共々理解した。英雄ニア、彼女の悲しき出生を。最強の生命体の完成品では無かったという事を。
「吸血鬼じゃない上に、性別は女。これじゃ最強の生命体になんてなれない。当然あの女は生まれた赤子をゴミみたいに廃棄しようとしたわ。でも直前で思い留まったのよ。何でだと思う?」
「あ、愛に、目覚めたから……で、あってください……」
「残念だけど違うわ。魔物の内臓を人間に移植すると、強い拒絶反応が出るのよ。普通は死ぬし万が一耐えられたとしても、適応するまでは高熱や吐き気を始めとした死にたくなるような症状の数々に苦しめられる。そもそも適応率は滅茶苦茶低いし、あの女としてもそこがネックだったらしいわ」
半泣きで震えながら願望を口にするルキフグスだったが、ニアは容赦なくそれを否定した。ザドキエルとしてもそんな都合の良い事はあるわけがないと思ったが、出来ればそちらの方が良かったのは確かだ。
「でもゴミとして廃棄する事を考えてた赤子を見て閃いたのよ。女で兎人族とはいえ、バールと自分の血を継いだ存在。それなら次に作る成功作とも血が近い。内臓を先にこの赤子に馴染ませれば、移植の際の拒絶反応が少なくなるんじゃないか、ってね」
「………………」
「………………」
繰り出される残酷な言葉の数々に、最早言葉を失ってしまう。ルキフグスに至っては顔面蒼白で涙をポロポロ零している有様だ。
しかしそれも仕方がないくらいに、ニアの出生と人生は最低最悪の一言に尽きた。
「そういうわけで、生まれながらに失敗作の赤子は九死に一生を得たわ。でもそこからは地獄の始まり。次に作る成功作に活かすために、最強の生物を作る手順を全て身体に叩き込まれたのよ。ここまで言えばもう分かるでしょ? 私がその失敗作。成功作に移植するための強靭な内臓を抱えた揺りかごよ。あの女が欲してるのは私じゃなくて、その中身なの」
そしてニアは己の小柄で薄い身体に手を置き、遂に全てを明らかにした。最強の生命体を生み出す過程で生まれた出来損ないであり、身体の内に完成品に必要な素材を抱えた存在であるという悲しい事実を。
本当はここも普通に物語風味に書こうかと思いましたが、百パーセント捏造の物語を長々書くのもアレなので止めました……。




