女神様からのお叱り
「この大バカ者がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぐはあっ!?」
突然頬にとんでもない衝撃を感じて、僕は一気に目が覚めた。
あれ、そもそも僕は寝てたんだっけ? 駄目だ、ちょっと頭がぼんやりしてて分かんないや。頬に走った衝撃が、どちらかと言えば下から顎を突き抜ける感じのアッパーみたいな感じだったから、脳がぐらんぐらんしてるし。ていうか吐きそう……誰だよ、こんなボクサーみたいな一撃かましてくる不届き者は……。
脳の揺れが収まってから顔を上げると、周囲に広がっていたのはいつもの真っ白な空間。そして神々しくもロリロリしい金髪幼女の女神様の姿。あー、これは夢の中での逢瀬の時間ですね。何か女神様が憤怒の形相で息を荒げてるのが気になるけど。一体どうしたんだろうね?
「おはよう、女神様。モーニングコールにしてはちょっと刺激が強すぎじゃない?」
「たわけ! わらわは怒っているのじゃぞ! ふざけるのも大概にせんか!」
「えー、何か理不尽……」
とりあえず挨拶をしたらガッツリ怒られる。別にふざけてはいないのになぁ。挨拶は大事でしょ?
「何をそんなに怒ってるの? 女の子の日?」
「わらわと約束をしたであろう!? みだりに殺人を犯すな、と! お主、新たな街に着いてから一体何人その手にかけた!? 申し開きがあるのなら言ってみよ!」
あっ、ヤバい。キラとの夜の殺人デートで何か忘れてるような気がしてたけど、女神様との約束だったか。そういえば理由も無く人を殺すなって約束させられてたね。
それにしても申し開きかぁ。別に理由も無く殺したわけじゃないとはいえ、それを正直に言っても怒るだろうしなぁ。よし、じゃあこれだ。
「口約束とか一番信用しちゃいけない類の契約だよ? 次からはちゃんと契約書類を作ろうね? できれば二部」
「貴様ああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ひえっ!? 女神様がキレた!」
せっかくアドバイスをしてあげたのに、女神様は途端にブチ切れて僕の胸倉掴み上げてきたよ。一体何が気に入らなかったんだろうね?
というか僕の七割くらいしか身長ないのに、僕を軽々持ち上げるこの怪力よ。パワーのある幼女って何かいいよね。無駄にでかい武器とか持たせてあげたい。
「はあっ、はあ……まあ、よい。お主がそういう人間なのは知った上で、お主を選び送り込んだのだからな。人間性を理解しておきながら、この展開を予想していなかったわらわの責任じゃ。お主を責めるのは筋違いじゃろう」
女神様はドジっ子だけど根っからの良い子だから、すぐに怒りを鎮めて僕を降ろしてくれた。
自己完結してくれるのは説明とかの必要が無くて嬉しいんだけど、正直良い子ちゃん過ぎて心配になるレベルだよね。これは誰かに騙されたりしないように僕が保護してあげなきゃ!
「じゃが、お主は良い事を教えてくれたな? 口約束は信用できない、と。ではわらわと魔法で以て契約を結ぼうではないか。それならば強制的に約束を守らせることができるぞ? クックック……」
おや、女神様もそこそこ黒い事を考えるようになってきたみたい。何やら邪悪な笑いを浮かべて僕を見てるよ。僕の女神様が悪い子になってしまった。これはお尻叩いて更生させてあげなくちゃね!
「別にいいけど、神様と人間の間で契約なんてできるの? できたとしても一方的なものだったりしない?」
「うむ。契約は可能じゃし、一方的なものにもならんぞ。何せわらわが創り上げた世界の魔法は、わらわたち創世の女神が用いる魔法と全く同じものじゃからな。決定的に違うのは使う者の魔力の量くらいじゃろう」
おっと、何気にとんでもない情報が明らかになったぞ。あの世界の魔法って女神様たちが使う魔法の劣化版とか、ダウングレード版とかじゃなくて、丸っきり同じものなのか。
いいのかな、そんなもん自分の創造物にホイホイ使わせて? その気になれば神と戦うこともできるのでは……?
「あっ、そうだ。そういえば女神様に聞きたいことがあったんだ」
「うん? なんじゃ?」
「レーン――僕の仲間が言ってたんだけど、魔力って魂から生産されるエネルギーなんだよね? 僕の場合はそれを無尽蔵にしてもらったわけだけど、どういう原理で無尽蔵にしてるの? まさか僕の魂に負荷をかけて無理やり絞り出してるとか、そういうヤバいのじゃないよね?」
女神様の発言でそれを思い出した僕は、思い切って尋ねてみた。
もしも本当に魂に負荷をかけて無理やりに生産させてるなら、僕の命は長くないだろうからね。いきなり死んだら色々悔いが残るし、せめて残りの寿命くらいは知っておきたい。残りの短い命、欲望のままに生きるためにな!
「安心せい。お主の無尽蔵の魔力の出所はお主の魂ではない。わらわの持つ正真正銘の無限の魔力を、お主へと流しているのじゃ」
「な、何だって!?」
なんてこった! そいつはつまり、女神様が僕の中に流れ込んできているということでは!?
いや、それ以前に女神様のお力が僕に流れていると言うことは、僕と女神様には切っても切れない深い繋がりがあるということでは!? やばい、何か興奮してきたぞ!
「……何やら寒気を感じるのじゃが、お主今何か変なことを考えなかったか?」
「いえ、何も。ただ女神様内の取り決めではそういうことしていいのかなーと思いまして」
「問題ないぞ。何故かはよく分からんが、女神が直に自分の力を分け与えることに関しては何一つ禁止されていないからな」
それはたぶん、高次元の存在が自分より遥かに劣った存在に自らの力を与えるなんて、普通やらないし考えもしないからだと思うよ?
というかあの世界の魔法は女神様が使うものと同じなんだから、女神様から魔力を流されてる僕はその気になれば神様のような真似ができるのでは? いや、女神様に怒られそうだからやらんけどさ。こんな力を与えるなんて、本当に女神様は不用心だなぁ……。
いや、ちょっと待った。魔力を流してる? あれ? それってちょっとおかしくない?
「女神様、質問。魔力って特定個人の波長的なものがあって、それが合致してないと使えないんじゃなかったっけ?」
レーンは確かにそう言ってた。そしてその理論を信じるなら、女神様の魔力を流されても僕には全く使えないはず。でも実際はちゃんと使えてるのがまた不思議なんだよね。女神様がだいぶアレだから、レーンが間違ってるとは思えないし。
あ、分かった。さては他人の魔力を使えるようにする術があるんだな? 女神様もなかなかやるじゃない。
「……うん? そうなのか?」
「おい、待て。何故女神様が知らない。世界を創った張本人だろ」
とか感心してたら可愛らしく首を傾げられちゃったよ。
おいおい、まさか本当に知らないとか言わないよね? 自分の創った世界でしょ?
「も、もちろん、知っておるとも! ちょ、ちょっと待っておれ――リチェルカ」
「おい! 今こっそり調べるな!」
女神様は僕に背中を向けて、ぼそりと魔法の名前を口にして調べものをしてる。
ヤバいぞこの人、マジで知らない! ポンコツ女神ここに極まれりだよ! 誰だよこんなのに世界創らせて管理させてる奴は!? 他の女神様は何でこの子放っておいてるの!?
「ふむ、ふむ……む? おお、なるほど……ん? じゃが……んん?」
「………………」
「……まあ、使えておるし大丈夫じゃろ?」
どうやらレーンが正しいみたいで、にっこり笑いながらなあなあで済ませようとしてくる女神様。
うん、その笑顔はとっても可愛いよ? どっかの殺人鬼と違って邪気の一切感じられない純真無垢な笑顔だからね。
「おいこら駄女神、ふざけるな。結果的に使えたから大丈夫なだけで、下手すると使えないのに無限の魔力を持ってるとかいう無駄の極みになってたんだぞ。誠意ある謝罪が必要だよねぇ?」
「ぬわっ!? お、お主、仮にも女神の胸倉を掴み上げるとは何たる不敬! 天罰を下すぞ!」
でもそれとこれとは話は別。確かに魔力は問題なく使えてるけど、それはあくまでも結果論だ。実際には全く使えないゴミ同然の力をチート能力として授かったみたいなもんだよ。万一授かった魔力が使えなかったら、自分の時間を操る力だけで世界を平和に導かなきゃいけないんだぞ? 不可能ではないだろうけどクソ面倒で難しそう。
というか本当に何で女神様の魔力を使えてるんだろ。どうせこの駄女神様に聞いても分からないだろうし、後でレーンに聞いてみようかな?
「一番に天罰を下すべきはこんなクソ世界作った挙句、そのクソ世界を平和にするために送り込んだ僕に使えない力を持たせるとこだった女神様自身じゃない?」
「っ!?」
胸倉掴み上げて視線の高さを合わせて、じっと瞳を覗き込みながら指摘する。
どんな反応をするのか興味があったからあえて酷い言葉をかけたんだけど、さすがは心優しい女神様。突きつけられた言葉に目を見開いて、ショックに綺麗な青い瞳を揺らして素敵な表情を見せてくれたよ。あーもう、そそるなぁ!
でも、何だろう。この気持ち……僕にしては珍しく罪悪感のようなものを感じてるぞ。今にも泣きそうに涙ぐんでる女神様に興奮してるのに、ちょっと胸が痛む気がする。これは随分と新鮮な感情だなぁ。
「ごめん。ちょっと言い過ぎたかな?」
「いや、謝ることなど無い。お主は何も間違ったことは言っておらん。お主の言う通り、天罰を受けるべきなのはわらわ自身ではないか。世界の一つも管理できない駄女神風情が、世界平和実現のため確実に仲間を増やし精力的に活動しているお主に対して、胸倉掴み上げられてわらわの怠慢を指摘しただけで不敬? とんだお笑い草じゃな。ははっ……」
「女神様って結構ネガティブなとこあるよね。神の癖してスケールが小さいっていうか、感性が人間に近いっていうか……」
僕に胸倉掴み上げられたまま特に抵抗もせず、死んだ目で痛々しい笑いを浮かべる女神様。もうこれ身体で慰めちゃってもいいんじゃない? 駄目?