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ケチなおっさん、転生して異世界を最弱教団で制覇しに行く。  作者: むちゃうまご飯


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ゴーレム

教団へ戻った頃には、空はすでに夕暮れへ染まり始めていた。アクセルの街を照らしていた太陽の光も徐々に弱まり、赤く染まった雲の隙間から差し込む光が、古びたノクス教団の建物を静かに照らしている。


俺は新しく手に入れた黒鋼の軽鎧の感触を何度も確かめながら歩いていた。正直なところ、この防具について考えるたびに胸の奥から込み上げてくるのは、「格好いい」とか「強そう」といった冒険者らしい感想だけではない。「これを店で買ったら一体いくらしたんだろう」という現実的な金銭計算だった。


前世から変わらない性格なのだが、どれだけ珍しい物でも、どれだけ価値のある物でも、まず最初に考えてしまうのは値段だ。もしこの黒鋼の軽鎧を普通の店で購入するなら、材料費だけでも銀貨数十枚、加工費や鍛冶師の技術料まで考えれば、下手をすると金貨単位の値段になっていてもおかしくない。


そう考えると、改めてゴルドの行動は異常だった。

普通なら冒険者になったばかりの新人へ、そんな高級素材を使った防具を無料で渡すなんてありえない。ましてや俺は、まだ大した成果を上げていない新人冒険者だ。教団へ加入してから日も浅く、ゴルドからすれば信用できるかも分からない相手のはずだった。それなのに、あのドワーフは迷うことなく防具を作ってくれた。


「……この世界、意外と良い奴が多いな」


そんなことを考えながら鍛冶場へ近付くと、いつものように中から巨大な金属音が響いてきた。


ガァン!!

ガァン!!


一定のリズムで響く音は、ただ金属を叩いているだけではない。長い年月をかけて技術を磨いてきた職人の意思そのものが込められているようで、扉越しでもゴルドがどれほど鍛冶という仕事に誇りを持っているかが伝わってくる。


俺が扉を開けると、熱気と共に大量の火花が飛び散る光景が目に入った。

巨大な炉では魔石を燃料にした青白い炎が揺らめき、壁際には何本もの武器や防具が並べられている。普通の人間なら一生見ることすらない未知の金属や魔法素材が、当たり前のように棚へ置かれていた。


その中心で、ゴルドは大きなハンマーを片手に作業をしている。俺の存在に気付くとゴルドは手を止め、こちらへ振り返った。


「おう、新入り」


その声は相変わらず低くぶっきらぼうだったが、どこか親しみのようなものが混ざっていた。


「その防具、少し改造しておいたぞ」

「改造?」


俺が胸当てを見ると、昨日受け取った時とは明らかに違う部分が存在していた。黒鋼で作られた胸当ての中央には、昨日まではなかった紫色の小さな宝石が埋め込まれている。ただの装飾ではなく、内部から淡い光を放ちながら、まるで呼吸するように小さく明滅していた。


「それは聖石だ」

「聖石?」

「森で倒したブックの聖石を加工した」


俺は思わず胸当てへ手を伸ばす。あの時、ブックを倒した後に拾った白い石が、こんな形で自分の装備になるとは思っていなかった。冒険者にとって魔物の素材とは単なる討伐証明ではない。倒した敵の力を、自分自身の力へ変換するための重要な資源なのだ。


「そんな加工までできるのか?」


俺が聞くと、ゴルドは鼻で笑った。


「鍛冶師を舐めんな」


その言葉には、自分の技術に対する絶対的な自信が込められていた。


「聖石は魔力と神力を通しやすい。だから防具に組み込めば、魔法や聖法の効率を少し上げられる」


俺は改めて装備を見る。魔術師として魔法を使い、ノクスの信者として神力も扱う自分にとって、それはまさに理想的な改造だった。


しかも無料。ここが一番重要だ。

もし店で頼んでいたら、加工費だけで銀貨数枚は取られていた可能性が高い。材料費、職人の技術料、特殊加工費……全部合わせれば、俺の財布では絶対に払えない金額になっていたはずだ。


「……最高だな」


思わず本音が漏れる。性能面はもちろん嬉しい。だがそれ以上に、金銭面での恩恵が大きすぎるのだ。今の俺にとって、無料で強力な装備を手に入れることは、どんな宝石を拾うより価値があった。


ゴルドは続けて俺の籠手を指差した。


「それと、こっちにも手を入れた」


見ると、籠手の内側には細かな魔法陣が刻まれていた。一見すると装飾のようにも見えるが、よく見ると複数の魔力回路が複雑に組み合わさっており、専門知識がなければ絶対に理解できない高度な加工だとわかる。


「これは?」

「暴走防止だ」


ゴルドは真剣な顔になった。


「お前は珍しい。普通の奴は、魔力か気力か神力、どれか一つに偏る。だが、お前は全部持っている」


俺はその言葉を聞いて、少しだけ自分の手を見る。確かに俺は魔法を使えるし、今は神力も扱える。まだ使えないが、気力の適性もあるらしい。ゲームなら全属性持ちは最強キャラのように思えるが、現実では力が多いほど危険も増えるのだ。


「力同士がぶつかれば、身体に負担が掛かる。だから、この魔法陣で流れを整える」


ゴルドの説明を聞いて、俺は深く納得した。これはただ強い防具ではない。俺という特殊な存在に合わせて作られた、専用装備なのだ。


「ありがとうございます」


自然と頭が下がる。するとゴルドは少し照れたように顔を逸らし、再び炉へ向き直った。


「礼はいらねぇ。強くなれ。それだけだ」


俺は装備へ手を触れる。無料、高性能、自分専用、そして仲間の想いが込められている。金銭的価値だけで考えてもとんでもない代物だ。だがそれ以上に、この装備を託してくれたゴルドの期待を裏切りたくないと思った。


「絶対に大切に使います」


そう言うと、ゴルドは小さく笑った。


「なら、その防具に見合う男になれ」


鍛冶場へ再び大きな音が響き始める。


ガァン!!


その音を聞きながら、俺は拳を握った。この世界で生き残るための力は、少しずつ増えている。魔法、神力、仲間、そしてこの黒鋼の装備。ただ一つ問題があるとすれば――。


(……修理費も無料だと嬉しいんだけどな)


そんなことを考えてしまう、自分の守銭奴ぶりだった。


---


夕方。赤く染まり始めた太陽の光がアクセルの街を包み込み、長い影が地面へ伸びていく時間帯になると、俺はノクス教団の裏手にある訓練場へ向かって歩いていた。


昨日までの俺なら、こんな場所で鍛錬をするなんて想像すらしていなかった。転生する前はただ普通に生活していただけの人間で、剣を握った経験もなければ、命を懸けて戦った経験もない。


それなのに今では魔物が存在する世界で冒険者となり、魔力や神力という力を扱い、さらには神を信仰する教団の一員になっている。状況の変化があまりにも急すぎて、時々本当に現実なのか疑いたくなるほどだった。


しかし、目の前に広がる光景はそんな疑問を一瞬で吹き飛ばしてくれる。

石畳で作られた広場は、長年使われてきたことで所々が欠けていた。木製の人形や魔法訓練用の的、武器を置くための台。決して豪華とは言えない。むしろ大教団の訓練場と比べれば明らかに小さく、設備も古い。


だが、その場所には不思議な熱気があふれていた。ここで何百年もの間、ノクス教団の人間たちが力を磨き続けてきたという歴史が、空気そのものに染み付いているようだった。


「今日からここがお前の訓練場だ、新入り」


そう声を掛けてきたのはレオンだった。金髪を後ろで束ね、いつものように軽そうな笑みを浮かべながら木剣を肩に乗せている。一見するとただの気楽な青年に見えるが、その立ち姿には一切の隙がない。冒険者として何度も戦場を経験してきた人間だけが持つ、独特の緊張感があった。


「魔法が使えるからって、後ろで火球を撃ってれば勝てるほど甘くないぞ」


レオンは木剣を軽く振りながら続ける。


「魔力が切れた時、敵が近付いてきた時、最後に頼れるのは自分の体だからな」


その言葉には重い説得力があった。確かに俺は魔法を覚え、ファイアボールも使える。聖法も手に入れた。しかし、魔力や神力が無限にあるわけではない。長期戦になれば必ず限界が来る。その時、戦える身体がなければ意味がないのだ。ゲームなら魔法職は後衛で安全に戦うものだが、この世界は現実だ。敵がこちらの都合よく距離を取ってくれる保証なんてどこにもない。


「だから、体も鍛える」


レオンはそう言って木剣を俺へ投げてきた。慌てて受け取る。思ったより軽い。だが、握った瞬間、不思議と背筋が伸びた。武器を持つという行為だけで、冒険者になったという実感がフツフツと湧いてくる。


「みんな最初はここから始めたんだよ!」


明るい声が聞こえ振り返ると、フィーナが弓を構えていた。オレンジ色の髪を揺らしながら、楽しそうな表情で的へ狙いを定めている。


ヒュッ。


放たれた矢は一直線に飛び、的の中心へ深く突き刺さった。


「失敗して、練習して、また失敗して、それで少しずつ強くなるんだから!」


笑顔で語る彼女の姿には迷いがない。弓を扱う才能だけでなく、何度も努力を積み重ねてきた自負があるのだろう。


少し離れた場所では、ガイルが巨大な岩を持ち上げていた。普通なら数人がかりでも苦労しそうな大きさだ。しかしガイルはそれを軽々と持ち上げ、何度も上下させている。


「筋力は裏切らねぇ」


それだけ呟くと、また鍛錬へ戻る。相変わらず無口だが、その背中から伝わる迫力は凄まじかった。


セリスは槍を手に、一人静かに素振りを続けている。一切の無駄がない。槍を振るうたびに風を切る音が響き、まるで舞を見ているようだった。ただ力任せに振っているわけではない。相手との距離、攻撃の角度、回避の動線……全てを計算し尽くしていることが窺える。


そして少し離れた場所では、アイリが魔法の訓練をしていた。驚いたことに、そこには一切の「詠唱」がない。杖を構えただけで、空中に美しい炎が生まれる。


「無詠唱……」


思わず声が漏れた。俺はまだ魔法を使う時、頭の中で呪文を強く意識する必要がある。しかしアイリは違う。魔力操作だけで魔法を発動させているのだ。同じ魔術師でも、ここまで差があるのか。改めて自分の未熟さを思い知らされる。


だが、不思議と悔しさよりも楽しさの方が大きかった。強くなる余地が、まだいくらでもあると思えたからだ。


街で一番小さい教団。信者数も少なく、大きな権力もない。普通なら、この教団を選ぶ理由なんてほとんどないはずだ。俺自身、最初は強い教団へ入った方が得だと思っていた。ゲームなら間違いなく、最強の加護を持つ神を選ぶ。効率を考えれば当然だ。


しかし、今目の前にいる仲間たちは違った。弱いから諦めるのではなく、弱いからこそ努力している。その姿を見ていると、ノクス教団がなぜ途絶えずに残ってきたのか、少しだけ分かった気がした。


俺は胸元の黒鋼の防具へ手を触れる。軽い、丈夫、そして聖石の補助付き。

(改めて考えても、これって奇跡レベルの儲けものだよな……)

無料という言葉ほど美しいものはない。俺の極小な財布事情を考えれば、これは数ヶ月分の生活費を救ってくれた奇跡の一品だった。ゴルドへの感謝を胸に、俺はこの防具を絶対に無駄にはしないと誓う。


俺はゆっくり息を吸い、右手へ魔力を集めた。赤い炎が掌に宿る。

次に左手へ意識を向けた。胸の奥から温かな力が流れ込み、黄金色の光が静かに輝き出す。


右手には魔力。左手には神力。二つの力が同時に存在している。


「……面白い」


自然と笑みがこぼれた。この世界でも、魔力と神力を両方扱える人間は珍しい。普通なら一つの力を極めるものだ。魔術師なら魔力、聖職者なら神力、武闘家なら気。しかし俺には、その全てへ進む可能性がある。


もちろん簡単ではない。中途半端になれば何も極められないリスクもある。だが、それでも俺は決めた。


魔法を極める。聖法を極める。そして、いつかこの弱小教団を誰もが認める存在へ変えてみせる。そのためには、まず自分自身が強くならなければならない。


「ファイアボール!」


赤い炎が飛ぶ。


「ホーリーボルト!」


黄金の光が追う。


夕暮れの訓練場に、二つの力が交差する。転生してまだ数日。それでも俺は、この世界で確かに歩き始めていた。金を守るため。仲間を守るため。そして、自分が選んだ神を守るため。俺は強くなるための一歩を踏み出した。


---


翌朝。俺はいつものように、教団裏にある訓練場へ向かっていた。


昨日から何度も繰り返している魔法と聖法の練習だったが、最初にここへ来た時とは明らかに感覚が違っていた。以前は魔力を集めるだけでも集中が必要で、少しでも気を抜けば火球の形を維持できずに消えてしまうこともあった。


しかし今では、体の中を流れる魔力の感覚がはっきりと分かる。血液のように全身を巡る魔力の流れ。それを意識するだけで、必要な場所へ必要な量だけ力を集められるようになっていた。


黒鋼の軽鎧もすっかり身体に馴染んでいる。動きを邪魔するどころか、むしろ身体の動きを助けてくれているような感覚すらあった。


(ノクス教団、意外と悪くないな……)


そんなことを考えながら、俺は木人へ向かって右手を伸ばす。


「ファイアボール!」


詠唱と同時に、赤い火球が手のひらから放たれた。一直線に飛んだ炎は木人の胸部分へ命中し、大きな音を立てて木片を吹き飛ばす。


続けて、今度は左手へ意識を集中させた。魔力とは違う、もっと温かく、どこか自分以外の存在と繋がっているような力――神力。俺はその流れを感じながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ホーリーボルト」


次の瞬間、黄金色の光が手のひらから生まれ、標的へ向かって飛んでいった。光弾は正確に的の中心を撃ち抜き、淡い光の粒となって消えていく。


魔力と神力。二つの力を同時に扱うなんて、以前の俺なら考えられなかったことだ。

転生前の世界では、何をやっても特別な才能があるとは思えなかった。勉強も運動もパッとしない。ただ金を損しないように考えて、少しでも得をすることばかり気にしていた。


しかし、この世界は違う。努力した分だけ力になる。強くなれば、もっと稼げる。もっと良い装備を買える。そして何より、自分の命を守ることができる。俺にとって強さとは、ただの憧れではなく生き残るための手段なのだ。


「かなり上達したね」


後ろから声が聞こえ振り返ると、ノクスが腕を組みながら満足そうにこちらを見ていた。


「魔力操作も神力操作も、最初の頃とは比べ物にならないよ」

「本当か?」

「うん。あと数日もすれば、初級魔法と初級聖法は完全に使いこなせると思う」


その言葉に、少しだけ嬉しくなる。自分の成長を認められる感触は、前世ではあまり味わえなかったものだ。俺がもう一度木人へ向き直ろうとした、その時――。


ガランッ!!


突然、礼拝堂の扉が勢いよく開いた。静かな教団内に激しい音が響き渡る。


「た、大変だ!」


叫び声とともに、一人の冒険者が飛び込んできた。服は泥だらけ、革鎧は大きく破損し、右腕からは血が流れている。何かに襲われ、命からがら逃げてきたような姿だった。


「助けてくれ……!」


その声を聞いた瞬間、場の空気が一変する。


「どうした!」


レオンがすぐに駆け寄る。


「西の岩山で……ゴーレムが現れた……!」

「ゴーレム?」


俺が聞き返すと、冒険者は震える声で答えた。


「レベル……三十……!」


レベル三十。俺が現在到達しているレベル十の三倍だ。単純な数字だけで考えても圧倒的な差があるうえ、相手は人間よりも遥かに高い身体能力を持つ魔物。


「しかも……冒険者パーティーがまだ中に取り残されている!」

「人数は?」とセリス。

「四人……!」

「リーダーは……?」

「重傷だ……動けない……!」


その報告を聞き、ガイルが小さく舌打ちした。


「最悪だな」


レベル三十の魔物だけでも危険なのに、救助まで必要。普通なら誰も近付きたくない状況だ。しかし――。


「行こう」


ノクスは静かに立ち上がった。


「……え?」


俺は思わず聞き返す。まさか、挑むつもりなのか。


「相手はレベル三十だぞ」


レオンが確認するように言うが、ノクスは迷わなかった。


「だから?」


その表情には恐怖がない。ただ、当たり前のことを言っているだけのようだった。


「困っている人を見捨てる理由にはならないよ」


その一言で、誰も何も言わなくなった。レベル差、危険度、勝率……そんな計算よりも先に、彼女は助けることを選んだ。それがノクスという神なのだと、俺は改めて理解する。


レオンが俺を見た。


「アステル」

「……」

「初任務だ」


俺は拳を握る。怖くないと言えば嘘になる。今の俺からすれば格上どころか未知の存在だ。でも、この教団へ入った時、俺は「この神を信じる」と決めたのだ。なら――俺も少しくらい、その信頼に応えたい。


新しい黒鋼の鎧へ手を置く。魔力と神力、二つの力が静かに身体の中で脈動した。


「……行きます」


こうして、俺の初めての冒険者任務が始まった。


---


街を飛び出した俺たちは、西の岩山へ向かって一直線に駆けていた。


普段なら商人たちの荷車や冒険者たちの話し声で賑わっている街道も、今だけは異様なほど静まり返っている。遠くから響いてくる低い地鳴りのような音だけが、この先で待っているものの異常さを物語っていた。


俺は黒鋼の軽鎧の感触を確かめながら走る。数日前まで、俺はこの世界で生き残れるかどうかすら分からないただの転生者だった。武器も、金も、知識もない。持っていたのは前世からの妙な節約精神と、守銭奴のような考え方だけ。


しかし今は違う。魔法を覚え、神力を手に入れ、仲間ができ、大切な装備も得た。ゴルドが作ってくれたこの鎧の価値を思い出すたび、胸の奥で守銭奴精神と感謝が交錯する。


(やっぱりノクス教団、入って正解だったな……!)


そんな思考を走らせていると、先頭を行くレオンが突然足を止めた。


「近い」


その短い言葉と同時に――ドォォォォン!!と、空気を震わせる爆発音が岩山の方向から響き渡った。鳥たちが一斉に空へ飛び立ち、地面の小石が跳ねる。


「まだ戦ってる!」とフィーナ。

「急ぐぞ!」


レオンの声に反応し、全員が速度を上げる。岩山へ近付くにつれて荒れた岩肌が広がり、地面には不自然なほど巨大な足跡が残されていた。一歩踏み荒らされただけで、人間の身長ほどある穴が地面に刻まれている。


「これが……」


息を呑む俺たちの視界が開けた瞬間、その存在が姿を現した。


「……なんだ、あれ」


そこにいたのは、高さ五メートルを超える巨大な岩の巨人だった。全身が頑丈な岩石で構成され、動くたびに不気味な軋み音を響かせている。そして胸の中央には、赤黒く輝く巨大な魔石が心臓のように埋め込まれていた。


俺は反射的に《鑑定》を発動する。


ーーーーーーーーーーーーーー

《ゴーレム》

LEVEL:30

危険度:★★★☆☆

巨大な岩石によって作られた魔物。非常に高い防御力と攻撃力を持つ。

HPが半分以下になると強化魔法を発動。攻撃力が二倍になる。

ーーーーーーーーーーーーーー


レベル30。背中に冷たい汗が流れる。俺のレベル10に対して三倍。ゲームの数字とは違い、現実のレベル差はそのまま命のやり取りに直結する。


ゴーレムがゆっくりと腕を持ち上げた。ただそれだけの動作だったが――ズドォォォォン!!

巨大な拳が地面へ叩き込まれ、大地そのものが激しく揺れた。


「ぐあぁぁぁ!!」


取り残されていた冒険者の一人が衝撃波で吹き飛ばされ、遠くの木へ激突する。


「まずい!」セリスが叫ぶ。「レオン、救助! ガイル、時間を稼いで! アイリ、援護!」


ノクス教団の全員が即座に動き出した。誰一人として迷っていない。恐怖より先に、救助のための行動が出ているのだ。


信者も戦力も少ない最弱教団。だが、「仲間を見捨てない」という一点において、この教団はどこにも負けていない。


「アステル!」レオンが叫ぶ。「お前は負傷者を頼む!」

「分かった!」


俺が走り出した直後、「うおおおおお!!」とガイルがゴーレムの足元へ突撃し、渾身の拳を叩き込んだ。


――ドゴォン!!


凄まじい音が響いたが、ゴーレムの脚には小さな亀裂が入っただけだった。ガイルが「……硬ぇ」と顔をしかめる。この戦いが一筋縄ではいかないことを、誰もが痛感していた。


---


魔石に亀裂が走った瞬間、岩山全体を包んでいた轟音がピタリと消えた。一瞬の静寂ののち――ゴーレムの身体の亀裂から、赤黒い光が溢れ出す。


「まだ……動くのかよ……!」


地面に着地した俺は、震える足で立ち上がりながら呟いた。魔力も神力も底をつきかけている。それなのにゴーレムの砕けた岩肌が再び結合し、より硬質な表面へと変化していく。


「強化魔法……! 魔石の力で身体能力を底上げしてる!」


アイリが叫ぶ。ただでさえ強大な敵が、さらに硬く、強くなっていく。普通なら撤退一択の絶望的な状況。それでも、この場にいる誰一人として逃げ出す者はいなかった。


「アステル」


ノクスが俺を見る。その瞳は真剣そのものだった。


「君が最後の攻撃で魔石に傷をつけた。あと少しだよ」

「でも……」


俺は自分の手を見る。指先が震え、力が入らない。

今までの俺なら、勝算のない戦いなんて絶対に避けていた。損得で考えれば当然だ。しかし――目の前には自分を信じてくれる仲間がいる。


無料で防具を作ってくれたゴルド。教団へ迎えてくれたノクス。戦い方を教えてくれたレオンたち。ここで逃げたら、俺は何のために力を手に入れたのか分からない。


「……やるしかないか」


俺はゆっくりと立ち上がった。


「アステル? まだ戦えるのか!?」

「正直、もう限界。でも……ここで逃げたら絶対に後悔する」


俺の言葉に、レオンとガイルが不敵に笑った。


「新人のくせに言うじゃねぇか! 俺が道を作る!」


ガイルが再び突撃し、凄まじい一撃でゴーレムの注意を惹きつける。

「今だ!」とレオンが叫び、セリスの槍が足元を崩し、アイリの魔法とフィーナの矢が関節を穿つ。全員が死力を尽くし、俺のために一瞬の隙を作り出してくれた。


「今しかない……!」


俺は深呼吸をし、身体の奥底から残った全ての力を絞り出す。右手には魔力、左手には神力。本来なら相反する二つの力を同時に巡らせる激痛に身体が悲鳴を上げるが、意識を強く保ち、両手を前へ突き出した。


「ファイアボール!!」

「ホーリーボルト!!」


赤い炎と黄金の光が螺旋を描いて絡み合い、一本の巨大な光柱となってゴーレムの胸へ穿たれた。


ドガァァァァン!!


激しい爆発が岩山を揺らす。そして――


パリンッ。


澄んだ音とともに、ゴーレムの核である魔石が完全に砕け散った。

五メートルを超える巨体が崩れ落ち、ただの岩の山へと戻っていく。


静寂が戻った戦場に、頭の中へ無機質な音声が響いた。


『レベルが15上昇しました』

『レベル25になりました』

『職業選択条件を満たしました。新たな職業を選択できます』


レベル25。数日前まで無力だった俺が、仲間と共にレベル30の魔物を打ち破ったのだ。倒れている負傷者たちも、信じられないものを見る目で俺たちを見つめている。


「……疲れた」


呟いた瞬間、身体から一気に糸が切れた。視界がグラリと揺れ、倒れ込む俺を誰かが受け止めてくれる感触と、仲間たちの慌てた声が聞こえた。


俺は満足感の中で、静かに意識を手放した。

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