第8話:裏庭の金色の出会い
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蒼月家の屋敷の奥深くには、滅多に人が来ない静寂に包まれた裏庭があった。
手入れの行き届いた豊かな緑に囲まれたその場所を、今は心地よい風が穏やかに吹き抜けている。
私は屋敷の使用人たちの目を盗み、おどおどとした頼りない足取りのまま、さりげなくその裏庭へと避難した。
「……ふぅ、やっと一人になれたわ! 天国みたいな場所だけど、ずっと大人しいフリをしてるのはやっぱり疲れるわね~」
私は深くため息を吐き、ぐっと両腕を上げて背伸びをした。
張り詰めていた緊張の糸が切れた、その瞬間。
私は無意識のうちに、体の奥底から「底知れない霊力」がほんのりと周囲に漏れ出していたことに、全く気づいていなかった。
――そして、その直後だった。
大きな古木の根元にある茂みが、ガサガサ、ガサガサと激しく揺れ動いた。
「えっ、何ごと!? 動物でも紛れ込んだのかしら!?」
私は一瞬で身構え、気配を殺してそっと葉っぱをかき分ける。
そして、視線の先に飛び込んできたその光景に、私は完全に絶句した。
目を見開いて固まった私の目の前にいたのは、陽の光を浴びてキラキラと輝く、金色の毛並みを持った手のひらサイズの子狐だった。
「……きゅ、きゅう~?」
子狐は、私が無自覚に放っている心地よい霊力の波動に引き寄せられたかのように、うるうるとしたつぶらな瞳で私をじっと見つめている。
(……可愛いーーーー!!! 何この尊い生き物!? もふもふ! 金色のもふもふがいるわ!!)
私は「大人しい令嬢」のフリなど一瞬で忘れ去り、目の前の愛くるしい生き物を凝視することに全神経を注いでいた。
子狐を脅かさないよう、優しく微笑みながら、おずおずと片手を差し伸べてみる。
「きゅう~~~!!」
普通なら、野生の生き物や精霊は人間に強く警戒するものだ。しかしその子狐は、躊躇することなく私の手のひらへと飛び乗ってきた。
それどころか、うっとりとした表情を浮かべ、ちいさな頭を私の指先にすり寄せてくるではないか。
そのくすぐったい愛らしさに、私の理性は跡形もなく完全陥落した。
それと同時に、私は目の前の存在について確信していた。
(……この子、間違いなく精霊よね? なんでこんなに私に懐いているのかしら? ……まあ、可愛いから何でもいっか!)
「あなた、綺麗な琥珀色の毛並みね……。じゃあ、今日からあなたの名前は『琥珀』ね!」
「きゅ~!」
琥珀は名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、喉をきゅぅきゅぅと鳴らすと、私の懐――着物の隙間へと自ら進んで潜り込んできた。そして、ピトッと吸い付くように密着したまま離れなくなってしまった。
(……あれ? 完全に離れなくなっちゃったわ! でもまあ、他の人にバレなきゃ大丈夫よね!!)
可愛い相棒をこのまま部屋に連れて帰ろうと決めた、その時。遠くの方から、私を探す律さんの声が聞こえてきた。
「…紗夜様ー!どちらにいらっしゃいますか?」
(……律さんが探してる!? ヤバい、早く戻らないと!)
私は慌てて「大人しい令嬢」の表情を作り直し、琥珀を懐に隠したまま、足早に屋敷へと引き返した。
――この時の私は、まだ事の重大さを甘く見すぎていた。
精霊の声すら聞こえないはずの出来損ないに、琥珀がなぜ、ここまで異常なほど懐いてしまっているのか。
その本当の理由と、この後に待ち受ける大ピンチのことを、私はまだ何も知らなかったのだ。
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