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5.竜骸



 亜竜タラスク。


 四足歩行のトカゲが甲羅を背負い巨大化したような姿を持つ魔物だ。その巨躯はコボルトの全長に換算しておよそ5体分、6メートル強にも及び、小柄なレッサードラゴン並の体躯を持つ。


 竜種特有のブレスこそ吐くことはないが、その質量から繰り出される突進や尾の一撃は強烈で、俺らコボルトじゃ束になっても叶わない相手だ。



 そのタラスクの巨大な首が、目の前で派手な血飛沫を上げて切り飛ばされ、宙を舞う。


 フィリスさまが勢いよく亜竜の首下から振り上げた剣が、魔物の柔らかな首元を裂き、骨までを容易く両断する様を俺は確かに目の当たりにした。


 ……フィリスさま、すっげぇー。あんなの人間の所業じゃない。流石は神に選ばれし使者だと、そう遠くから感心してる所を横から小突かれる。


「ボーっとシナイ フィリスさま マモノたおした カイタイ テツダウ」


 解体? 毛並みの艶やかな雌コボルトに言われるまま、俺たちは絶命したタラスクの元に集い、取り出した大鉈でその巨躯を切り分けるフィリスさまの指示に従う。


 大量に溢れ出る血の海の中、俺たちは内臓を掻き出し、フィリスさまが肉と骨を切り分けやすいようにする。俺が胸元から引きずり出した臓器を横目に、フィリスさまが鉈をふるいながらこちらに指示を出した。


「心臓はそこの川で軽く清めて、葉の上に置いてくれ」


 身体中を魔物の血で汚しながら、そうフィリスさまは俺に声をかける。彼の纏う衣類は、水で洗い流してもなお落ちない魔物の血が幾重にも染みつき、深い褐色を帯びていた。俺はその御姿に畏怖の目を向けつつも、返事をし頷いた。


 やがて周りには骨と切り分けられた肉塊、臓物、表皮の山が下処理をされた状態で出来上がり、フィリスさまは大声で周りの者に告げる。


「皆の者、ご苦労だった! 肉塊は各々千切りわけ、今より好きに食すると良い。食事が終わったら荷を積み込み此処を立つ。それまでは休息を取り、英気を養ってくれ」


 フィリスの言葉に、仲間のコボルト達がわっと歓声を上げた。俺たち犬亜人は雑食性だが、基本的には肉を好む性質にある。普段は魔物の肉にありつく機会など中々なく、ましてや亜竜の肉など、一生口にせぬままその生涯を終えるコボルトが殆どであろう。


 俺も久々の上等な魔物肉にテンションを上げるが、ふとフィリスさまが一人。魔物の臓物と牙を集め、血に染まった周囲の地面に棒を突き立て、何か文字のようなものを円形に書き連ねているのを目にする。そちらに興味を惹かれ、俺は群れから離れひょこひょことフィリスさまの方に向かう。


「フィリスさま ナニしてる?」

「『竜骸』を作るための儀式の準備だ」

「リュウガイ?」

「まあ見ていろ」


 フィリスさまは手に持った棒を放り投げると、文字で作られた円に手をつき、その口から意味の理解出来ない音をつらつらと発する。


 すると地面に書かれた文字がぼんやりと赤黒く光り、そうして地に撒かれた血や臓物から黒い瘴気がただよい、渦巻き、円の中心に置かれた心臓と牙に吸い寄せられていく。


 しばらくして、地面の光と瘴気が消え失せたのを確認して、フィリスさまは円の中に足を踏み入れると、その中央から牙を取り上げた。


「これが『竜骸』だ。魔術によって魔物の精気を濃縮し固形化したもので、身体の強化に使用する」


 そう言うとフィリスさまは服の袖をまくり、自らの逞しい左腕を晒す。そうしておもむろに、右手に持った短剣を仰向けにした左手首の下に突き立て、肘裏にかけてその刃を引いた。


「ヒィ! フィリスさま ナ、ナニを」

「ってて。ほら、見えるか? 俺は今自身の腕にオルトロスの『竜骸』を仕込んでいる」


 フィリスはその腕を縦一文字にぱっくり裂いたにも関わらず、血が出ている様子はない。傷口からは肉の断面でなく赤黒い肉蔦が無数にうごめいているのが見えた。その肉の最中には、獣の牙のような白い異物が埋まっている。


「オルトロスよりタラスクの牙の方が、竜骸の素材として優れている。だからこうして中の竜骸を取り外して、代わりに今しがた作ったものを埋め込んで」

「イイィ イタソウ」

「……多少は痛いが、こんなものは慣れだ。入れ替えが済んだら仕上げに獲物の心臓を食らう」

「シンゾウ」


 そう自身が口にした途端、フィリスさまは先ほど川で洗わせた亜竜の心臓に短剣を突き立て、切り取ったそれに躊躇なく齧り付いた。フィリスさまの、ニンゲンの雄の割に白い肌と口元が、溢れ出る魔物の血でべっとりと汚れていく。

 

 なんだか、見てはいけない冒涜的な気配を感じ取り、視線を下に逸らす。タラスクの臓物を咀嚼し飲み込むにつれ、フィリスさまの裂けた腕の割れ目がぶくぶくと泡立つような音と共に肉蔦同士絡み合い、塞がっていくのが分かった。

 

「フィリスさま コレは」

「竜骸を自らの肉体に取り込む為の契約、古くからある魔術の一つだ。俺たち人間は女神エーティエル様の聖なる加護を得る前、こういった手段を用いて敵に対抗する術を手にしてきた」


 口元に付いた血を服の袖で拭いながら、フィリスさまは言葉を紡ぐ。


「女神が降臨する前は、魔物と同様魔力を持つ人間があちこちに存在していた。しかし300年近くに渡る迫害の末に数を減らし、今や魔術の神秘は、一部の例外を除きこの国の『騎士』達に独占されている……民から身を守る術を奪って、その上自業自得で女神様の力すら失い。俺達の祖先は愚か極まりないな」

「フィリスさま?」


 俺の言葉に、フィリスさまはハッとしたようにこちらを見て、そうしてはにかむような笑みをこちらに向ける。


「まあ、ようはこの『竜骸』が俺の強さの源だということだ。これからもお前達を守るため、より強い『竜骸』を得るべく魔物と戦うこともあるかもしれない。その時にはまた、今日みたいに手を貸してくれるか?」

「……フィリスさま ツヨクなる イイこと オレ イツデモ フィリスさま テツダウ」

「良い返事だ。さあ、そろそろ俺たちも食事に向かうとしよう。竜種ほどではないが亜竜も、あばら付近の脂の乗った部位が大層美味いんだ。はやく行かねば取られてしまうぞ」


 そう言ってフィリスさまは服の袖を元に戻し、短剣を腰の鞘にしまった後、左手をこちらに伸ばす。


 俺はフィリスさまの手を取りながら考えた。

 彼はとても強い。そうしてその強さは、フィリスさまが魔物を倒し、臓物を食らい、その体の一部を自らの身を傷付けて取り込むことで成り立っているのだ。


 

 ……フィリスさまは何でもないことのように振る舞っていたが、それは知能を授かったばかりの俺達コボルトから見ても、おぞましく恐ろしく。そうして何処か辛いことのように思えてならなかった。



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