Ch.2-1-1 親殺し
『グッドモーニング、エブリワン! あいも変わらずクソッタレなザ・シティの今を、俺様パブロフがお届けするぜ!
まずはこれ。Helix Corpを中心としたメガコープから”不適切な”退職をした元職員に対するお仕置き――通称マンハントが最近のトレンドだ!
もちろんコーポ側は関与を否定してるが⋯⋯おっと早速誰か来たようだ。これ以上話すと、俺も明日の精肉店のショーウィンドウに並んじまうから、あとは察してくれ!
それじゃあ良い一日を、クソ野郎ども!』
◇2327年10月8日(木) 10:02
スラムの路地裏。湿ったひび割れが目立つアスファルトの上で、俺は一息つき、左目に眼帯を戻した。
足元には、数人の息せぬ男たち。スラムの狂犬”CrazyDogs”の木っ端ども。
一人は心臓を一突き。もう一人は膝の腱を切ってから、首を掻き切った。別の奴は俺の左腕で首を握りつぶされ、死んでる。
Tiānqǐ製から代わった新しい左腕は少し出力は落ちたが、それでも人の体を破壊するには十分な力だった。
左目の調子も良い。”CCI”の活性化を可視化するこの瞳は、相手がどう動くかの前段階を捉える。未来の先取り。こんな奴らに使う必要はないが、いざという時に使い慣れていないと致命的だ。だから戦闘時は必ず使うようにしている。
「はぁ」
ため息をつく。理由はありすぎて数えたくもない。一番大きなところとしては、金だ。カネがない。
デイヴィスが死んで二週間。手持ちは左腕と左目の移植で全て吹っ飛んだ。昼飯のタコスを買うにも悩むほど。中間層にいた時のほうがリッチだったはずだ。
銃弾だってタダじゃない。引き継いだ拡張武装——俺と一体化するサブマシンガン“Amor”なんて、試し撃ちする余裕すらない。
専用弾一発が俺の一日分の食費だと知ったときは、売ることまで一瞬考えてしまった。
Tiānqǐ製の大型拳銃“喷发(Pēnfā)”も、なるべく使わない。相手が銃持ちなら別だが、基本はナイフ。ナイフはいい。研ぎさえすれば、何度でも使える。
俺は右手に持ったナイフを振り、血を払い落とした。路地裏の地面と壁に新たな染みがこびりつく。
ああ、ミヤケファミリーへの”税金”の支払いもあった。首が回らないというのはこういうことかとしみじみ悟る⋯⋯今は目の前のことに集中しよう。
今回の依頼は”盗まれた愛用のドラッグ注入器の奪還”。俺は息を止めながら、骸の体を探る。臭い。あった。
悪趣味なデザイン。ガラスと鉄で出来たボディに、何本もの手がまとわりつくような意匠が施されている。依頼主曰く、これじゃないとキマれないらしい。
ふと、指先に見知った感覚が触れた。取り出してみるとデイヴィスが好きだった合成栄養バー。”サムゲタンフレーバー”。味の想像がつかねぇよ。
一瞬逡巡したが、俺はそれを自分のポケットに入れる。
犬のおやつも奪う状況に俺は自嘲しつつ、改めて思った。金が要る、と。
◇2327年10月8日(木) 12:42
「まいど」
「ああ、何かあったらまた頼みよ、ジーク。彫りたくなったらいつでも来い」
どこかの映画で見た宇宙人みたいに太った男の声を背中で受ける。左手を上げて応えた。
人の手が多数飾られた悪趣味なショップを出る。やつは腕利きのタトゥーアーティストだが、必ず手のモチーフを入れるこだわりを持っている。スラムでは独自の美学を持たないと、自我が飲まれてしまうのかもしれない。
報酬を見る。五〇〇 Credit。大体二人の食費二、三日分くらい。タナカと行ったダイナーがもはや懐かしい。
デイヴィスがいたころは依頼は吐いて捨てるほどあった。こちらが選ぶ側で、報酬も交渉できた。
今は逆だ。看板を失った店には、誰も入ってこない。こちらが選ばれ、価格も吊り下げられる。
俺は網膜ディスプレイに浮かぶ残高情報を消し、帰路についた。
ナオミの店、”Mikkelsen Implant Clinic”へ。
一歩踏み出そうとした中、鼻腔に食欲をくすぐる匂いが飛び込んでくる。風上、少し行ったところにキッチンカー。ホットドッグだ。思わず足がそちらに向かう。
中身の肉は信用ならないソーセージだが、匂いは本物。しかも何で作られているか分からないザワークラウトまでついてる。
値段を見た。一つ四十 Credit。安くはない。俺は奪った合成栄養バーをポケットの上から触った。同じタイミングで腹が鳴る。
「おっちゃん、ホットドッグ二つ。気持ちケチャップ多めで」
「あいよ。八十 Creditね」
左腕の義手に支払い端末を近づけ決済。HUDに残高がポップアップで出てきたが、すぐに消した。
「ほらよ。早く食え」
「さんきゅ」
剥き出しのまま渡される。俺はそれを受け取って、改めて帰路についた。
途中、ポケットの合成栄養バーを取り出す。サムゲタン味。投げ捨てようと振りかぶって、やっぱりやめた。食べ物に罪はないからな。
落ちていた緑色の基板を石代わりに蹴る。カラン、と乾いた音が路地に響いた。誰ともなしに呟く。
「金と看板――仲間が要る」
◇2327年10月8日(木) 13:01
スラムの中では比較的治安の良い通りを行くと、ナオミのクリニックが見えてきた。
店主の名を冠したネオン看板は”Mikkelsen Implant Clinic”の文字。かつてはデイヴィスの店が俺の家だったが、今はここが俺の巣だ。残念ながら愛の巣ではないが。ナオミからは「宿代」と称して毎日何かしらの実験に付き合わされている。
最近防犯を強化した重い鉄扉を開ける。BGMは相変わらずクラシック。確かこれはハイドン。流石に毎日講釈を垂れる奴がいれば、嫌でも覚える。
鼻腔にはいつもの消毒液と電子回路の少し焦げた匂い——それに加えて違う香り。いつか両親と一緒に行った高級デパートの女性向け化粧品売り場を思い出した。つまり、華やかな女の匂い。
多分、客だろう。ナオミ一人だけじゃない雰囲気がするし、ここからは見えないところで、なにか作業している音が聞こえる。
「ただいま。ほら、昼飯」
俺はホットドッグをナオミの作業デスクの上に置こうと、診察台を横切る。ふと、その上にいる女と目があった。
深紅の赤毛。目鼻立ちはくっきりとしていて、メイクもバッチリ決まっている。スーツは女を活かすタイトスカートで、胸元が大きく開いてた。匂いの元はこの女だ。だが同時に危険な匂い――どこかで見たことがある気がする。
「それ、ホットドッグ?」
女が俺が持つ二つの袋を指差して言った。
「ああ」
「ちょうど良かった。私待ちくたびれてお腹ペコペコ」
女が俺の手からホットドッグを一つ取る。あまりにも自然な動作で俺はそれが自分とナオミ用ということを一瞬忘れた。
「おい。それはお前のじゃ」
「あら、おかえりジーク。あ、それ私の? ありがとうね。ちょうどお腹減ってたのよ」
奥から出てきたナオミに残ったもう一つも取られる。そのまま早速齧りつく二人。⋯⋯大きく息を吸って心を落ち着けた。OK、俺はこんなことで怒るほど器の小さい人間じゃあない。サムゲタン味もある。お前は大人だ、ジーク。
「で、誰だあんた?」
あっという間に最後の一口を平らげた赤毛の女に問う。隣ではナオミが白衣にマスタードをこぼしてしまい、文句を言っている。
女は口についてもいないケチャップを舌で舐め取ると、それよりも紅い唇を開いて言った。
「はじめまして。私はアリス。アリス・ヘルマン。あなたに会いに不思議の国からやって来たの」
「こいつはね、”Tiānqǐ(天啓)”の社員。いや元、か。その頃から私のところに営業で来てたんだけど、今日ふらっと来たかと思ったらTiānqǐを辞めたとかほざいてるのよ」
言われてみれば二週間ほど前に、こいつをこの場所で見た気がする。
まだホットドッグと格闘するナオミを押しのける形で、アリスと名乗る女が立ち上がる。あんまり大口開けるな、ナオミ。はしたない。
目の前に立つアリス。背は、ヒール込みで俺の鼻に目がくるくらい。
俺を見上げるその目はどこまでも挑発的で野心の炎に燃えている。その手が伸び、俺の胸元に触れた。細長い指がナイフのように見えた。
「ジーク・ダラス。十九歳。中間層出身でHelix系列アカデミーの優等生。CSFの“ゼロ”、ゴライアス・パリスに襲われて、両親と左腕を失くす」
その手が首から頬に上がり、左目の眼帯をなぞった。ナオミの目線が冷たく刺さるのを感じる。
「スラムに堕ちたあと、デイヴィス・ナッシュに拾われて一年。ロンリーウルフで有名だった彼の番犬として、そこそこの働き。ミヤケファミリーからも「まあ悪くない」と評価されてる」
手が離れる。俺の周りをアリスが回り、ヒールの音がコンクリートの床に響いた。
「デイヴィスの死後はスラムで彼の真似事。ただ、現状ガキの使い程度の依頼しかなく、生活はナオミ共々困窮」
ナオミの冷たい目が俺からアリスに移る。
アリスはそれを無視して、再び俺の目の前に立ち、半ば抱きつかれながら耳元で囁かれた。
「私、あなたが欲しいの。測定不能の”CCI”を持つ、最強の」
唇が耳朶に触れる。吐息のような声。
「——親殺しさん」
脳みそを揺さぶるような捨て台詞と共に、アリスが離れた。
Ch.2が始まります。仲間集めの章です。
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