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DEAD-LOCK  作者: 西浪
不可解過多の連続殺人
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不可解過多の連続殺人_③

 20分後。私たちは、宮沢優香の住んでいた小さなアパートを訪れた。1階では、3部屋あるうちの真ん中の部屋から、ひっきりなしに人が出入りしている。

 「遺体は移動済みだって。後で写真貰おうか」

 大紫兄が言いながら、戸惑い顔で見てくる鑑識に会釈する。騒々しい殺人現場にいる呑気な私服の二人組は、ひょっとしたら非常に浮いているのかも知れない。

 ちなみに大紫兄の服装はポロシャツ、私の服装はTシャツにジレ。スーツでなくなった分現場に馴染めないのは悔やまれるが、こういう仕事の服装はラフで動きやすいものに限る。ストレスフリーというやつだ。

 しかし一歩現場に入るなり、私のストレスフリーはストレスフルに変わった。

 「ぎゃん!」

 尻尾を踏まれた犬のような叫び声をあげて、大紫兄がしがみつく。

 「ぐえ」

 首を締め上げられながら、机の上に目をやる。真っ赤な血糊のついた包丁が、ジップロックに入って置かれていた。刃先がこちらに向いている。…最悪だ。

 「えー何も見てない見てない。そうだ現場はお風呂場だっけ、そうだよね大紫兄」

 「碧波、俺もう帰る。帰らせて」

 「無理、報酬欲しい。私はお刺身が食べたいんだッ」

 私は大紫兄のヘッドロックから逃れるべく(探偵事務所ヘッドロックだと?やかましい)、その場でワニにも劣らぬデスロール。必死な腕は、なかなか外れない。

 「なんでい、もやしのくせにッ」

 「碧波だってもやしでしょうがッ」

 「何やってんだ、お前ら」

 呆れた声が後ろから響く。首に腕が絡まったまま振り向くと、眉をひそめた龍馬くんが立っていた。

 この辺りで『トオヤマさん』と言えば、だいたい遠山の金さんか、この遼山(とおやま)龍馬。

 スポーツマンのような高身長でがっしりした体格に、鋭い目元。大紫兄の高校時代の同級生であり、小園くんをパシリにした張本人であり、警視庁の警視を務める若きエリートである。

 「先端恐怖症の大紫兄のお()りを」

 「いや、血液恐怖症の碧波のご機嫌取りを」

 「どっちでもいいが、それが凶器だ。遺体の側に落ちていた。鑑識には既に回った後だ」

 包丁を顎で示し、龍馬くんが脱衣所のドアを指差す。

 「現場はあそこだ。腹部からの大量出血でほぼ即死。被害者は服を着ていた。刺された勢いで、脱衣所から風呂場に倒れ込んだようだな。

 風呂場には電気がついていた。ちょうど風呂に入る所だったと考えられる」

 「普通の殺人事件じゃないのか」

 やっと腕を離した大紫兄が、後ろ手に凶器を指差す。

 「わざわざこんなもの鑑識から返させて…俺たちを怖がらせるためじゃないよな」

 「当たり前だ。そんなことしてどうする」

 「ハロウィンの予行練習だろ」

 「まだ真夏だぞ」

 「鑑識の結果に不自然な所でもあった?」

 大紫兄の肩越しに、目をなるべく伏せながら凶器を眺める。見た目は特に変わった点もない。ハッキリ見えないからなんとも言えないが。

 「あぁ。北川悟朗の指紋が、柄にべったり付いていた」

 「北川悟朗って…」「もう一人の被害者だろ」「宮沢優香よりも先に死んでる」「宮沢は即死なんだよな」「てかなんで今どきの事件で凶器に指紋が残ってるの?」「二人の関係性は何だ?」「玄関の鍵は開いてたんだよね」「仮に二人が恋人同士だとしたら」「合鍵があって押し入ったとか」「普通に招かれたんじゃないの」「そもそも死亡推定時刻が合わない」「おい龍馬、これはどういう…」

 「何が『おい龍馬』だ。質問したいのか推理したいのかハッキリしろ、お前らは」

 龍馬くんの眉間の皺が深くなる。

 「大紫の言う通り、二人は交際していたらしい。だが最近は折り合いが悪かったようだ。

 原因は、北川が務めている会社の社長が、北川に自分の娘を紹介したこと」

 「結婚すれば出世間違いなしってわけだ。北川悟朗、相当クズだな」

 「北川にとって、宮沢の存在が邪魔になった。クズだけど動機は十分にあるね」

 「だが、二人ともが被害者になった。北川に関しては指紋の問題もある。不可解な点はそれだけじゃない」

 「まだあるの?」

 「きのうの21時30分に、宮沢を見たと証言する人間がいる」

 21時30分。死亡推定時刻は、21時から21時30分頃だったはずだ。

 「どこで」

 「向かいのスーパー『フリマ』の前」

 「フリマ?」スーパーにつける名前か、それ?

 「目撃者は、このアパートの2階に下宿している男子大生。バイト終わりに、店の前を歩いている宮沢と話したらしい」

 死亡推定時刻ギリギリ。直後に被害に遭ったと考えれば、特に違和感もないと思うが。大紫兄も納得いかない様子で、自分に向いていた凶器の刃先を遠ざけた。

 「それのどこが不可解なんだ?」

 「その後に刺されたとして」

 龍馬くんが玄関に向かう。ついて行くと、玄関の外から真正面にスーパー『フリマ』が見えた。あ、そういうことか。大紫兄も眉をひそめて唸った。

 「アパートを出入りする怪しい人物を見た人がいない。防犯カメラにも映っていない、か」

 「またお前は人の台詞を!」

 「怒るなって。減るもんじゃなし」

 「減ってるんだよ!俺が言おうとしている言葉が、確実に。窃盗罪で現行犯逮捕してやろうか」

 「んな無茶苦茶な」

 「じゃあ、この事件は結局何が問題なの?指紋と、あと見えない犯人?」

 聞き流しながら自分の疑問を口にする。二人のこんなやり取りは日常茶飯事だ。いちいち仲裁しても何にもならないし、してられない。ぐだぐだした会話を楽しんでいるのだ。いや、今のとこ楽しいのは大紫兄だけかも知れないが。

 「あと、合わないアリバイか。凶器の指紋の持ち主は、事件発生時には既に死亡してる。それも同じ凶器によって」

 大紫兄が急に真面目な顔に戻って言う。滑稽だぞ。

 「そういうことだ。捜査に協力して欲しい。手柄は貰うが謝礼は弾む。今日中に解けたら晩飯も奢るぞ」

 「じゃあ今日中に解決して外食、明日はお刺身だね」

 「あさっては焼き肉だ」

 「間を取って回転寿司だ。カルビ握りを食うといい」

 「安くなってる!」

 「無視だ無視。とにかく謝礼は沢山貰う。覚悟しとけ龍馬。警視庁、破産しても知らないからなッ」

 「そんなには払わねぇよ!とにかく、これは依頼だ。好きに調べてくれ。遺体の写真も送っておく」

 お好きに…と言われたからには、ぜひとも好きにさせて貰おう。私たちは真っ先に脱衣所へと向かい、扉を開けた。

 脱衣所というより、お風呂場の前にスペースがあるだけとも言える。狭い床には、洗濯機と洗濯かごが一つずつ。それからバスタオルが掛けてある。

 そして片方だけの靴下が落ちている。お風呂場の反対側には洗面所もあって、二人でいると余計に狭い。事件当時も、こんな感じで犯人と被害者がいたのだろうか。

 目の前のドアを開け放すと、小さなお風呂場がある。死体のあった場所には白い線で縁取りが。床に血痕があるのがわかる。

 湯舟に目をやると、蓋は開いており、お湯は張られていない。中は綺麗に乾いている。夏場だし、シャワーで済ませるつもりだったのだろう。

 「こんな所で刺されたら…お風呂場以外に倒れる場所はないか」

 「本当にここで刺されたのかな。洗剤なんかも綺麗に片付けられてるし、もみ合った形跡はない」

 「犯人が片付けたのかも」

 「あり得るね。じゃあ…その犯人は、どこに逃げたんだ?」

 鍵が開いていた玄関。逃走経路は、玄関でまず間違いないだろう。犯人が見えないとなると…

 「…自殺かな」

 「指紋はどう説明するの」

 「無視する」

 「できません。今回の事件、まず注目すべきは指紋の問題だ。死亡している北川の指紋が付いていた凶器で、だれが宮沢を刺したのか。そして、どこへ消えたのか」

 「…幽霊って信じる?」

 「死んだ北川の?…指紋を残すタイプの幽霊なんているか?」

 ……いなさそうだな。

 「死体の写真は?」

 「あるけど…見る?」

 「3秒だけ」

 タブレットに映し出された写真には、お風呂場で横向きに倒れている女性の姿が映っていた。

 黒いTシャツにジーンズ。体の左側が上を向いている。腹のすぐ側には、さっき見た包丁が落ちている。服は着ている状態で、片方の足には脱衣所に落ちていたものと同じデザインの靴下。

 シャワーを浴びるために服を脱ぎ始めた時、被害に遭ったということか。

 「刺された勢いで倒れたなら、仰向けにならない?」

 「即死って言っても、数秒は生きてたんじゃないかな。悶えながら包丁を自分で抜き、そのまま死亡した…とか。抜いたのが犯人なら持ち去ってるだろうし」

 「凶器には、宮沢の指紋は付いてなかった。指紋はどう説明するの」

 同じ台詞を返すと、大紫兄はくしゃくしゃと頭をかいた。

 「…やっぱり指紋だよなぁ問題は」

 推理は後回しにして、とりあえず情報を得ることに専念する。だが、玄関の扉を含め、部屋からは宮沢以外の人物のあたらしい指紋は検出されていないとのこと。

 部屋のどこにも不自然な形跡はない。これ以上、この部屋から得られる情報はなさそうだ。

 「碧波、ちょっと散歩しよう」

 一通り部屋の中を見て回ったあと。そう言って呑気に伸びをした大紫兄に、同じような調子で返事をする。

 「いいね。北川の家まで行って、引き返してくるのはどう?」



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