【解錠のとき】_③
容疑者二人は抵抗することなく、待機していた小園くんのパトカーに乗せられた。相変わらず忙しいらしい龍馬の姿はない。それでも指示は受けているらしく、いつもの子分たちが現場になだれ込んだ。
「本当に助かりました。警察からも謝礼を払わせてくださいね」
「そういつも貰ってちゃ気が引けるな。『気持ちだけでいいから、子分とご飯食べて来い』って伝えといてよ」
「えへ、お二人ならそう言うだろうがって龍馬さんも言ってました」
自分の坊主頭を撫でながら、小園くんが嬉しそうに笑う。……が、その顔は一瞬にして引き締まった。
三人のスマホが一斉に振動する。龍馬からのグループ通話だ。タイミングからして労いか何かとも考えられるが、互いの顔を見て淡い期待を打ち消し合う。
龍馬がこんな形で連絡をよこしてくるのは初めてなのだ。
「……俺だ。どうした、龍馬」
胸騒ぎを抑え込むように、耳に当てたスマホを握りしめる。戸惑うほどに低い声で、電話口の龍馬が言った。
『……北条絢香が死亡した。土井垣によって、絞殺されたとみられる』
一番に動いたのは碧波だった。
パトカーに駆け寄り、乗っていた警察官に窓を開けさせる。窓枠に手を掛けて中を覗き込んだ碧波の声が、追いつく前に耳元で聞こえた。
『斉川さん!元妻の名前は⁉』
『名前?……土井垣、由利子だが』
隣に座る警察官が息を呑む音が、三人のスマホから響いた。
『警視庁全体の責任だ。本当に申し訳ない』
龍馬の声には疲れが滲んでいる。土井垣の犯行当時、その場は北条と土井垣の二人きりだったらしい。動機は……考えるまでもなかった。
「誰にも予想できなかっただろ。依頼とは全く別の事件なんだから」
『そういうわけにはいかない。お前たちは、事件を解くという依頼をちゃんと解決した。命を守るのはこちらに任された仕事だ。
……くれぐれも気に病むな。北条の保護を要請した判断は、決して間違っていたわけじゃない』
「わかってる」
通話を切り、鞄にスマホを仕舞った。仕事用の通帳が目に入る。今回の報酬は、誰から貰えばよいのだろうか。
「龍馬には、あぁ言ったけど。……土井垣のこと、もう少し推理していれば防げたと思う?」
「無理だね。動機が同じなだけで、依頼された事件そのものには全く無関係だし。そもそも事件を防ぐのは、私たちの仕事の範囲じゃない。起きた事件の謎を解くのが探偵でしょ。後からなら何とでも言えるよ」
「……そうだね」
頷いて横顔を見やる。気休めを言おうとしているわけではなさそうだ。
こうして割り切れてしまうのも、探偵には必要な考えなのかも知れない。いちいち肩入れして、いつかまた血溜まりに引っ張られては困る。
それに、と碧波が付け加えた。
「自分がいつ誰に殺されるか把握してる人間なんて、殆どいないよ。私たちだって、恨みの一つや二つ買ってるかも知れない」
そこまで言った碧波が、不意に俺の方を向く。
「私が殺されたら、大紫兄はどうする?」
「やめな。縁起でもない」
「相棒の行動パターンは把握しとかなきゃ」
「…今更だと思うけど」
ぐっと近付き、碧波の顔を覗き込む。すっかり澄んだ目が合った。何の含みもない、単なる疑問らしい。……全くの愚問だ。
「勝手に死ぬのは許さないよ」
あくまでも、いつもの軽い調子で。真面目にするのは気まずいし恥ずかしい。顔だけ真剣に作っておく。
「俺はもう、碧波と同じように生きるって決めてあるんだ」
あの春の時点で、既にずっと。
俺は望んだのだ。碧波と同じ生き方を。
碧波の気持ちなんて知ったこっちゃない。
碧波の顔が綻んだ。嬉しそうな笑み。
「重いね」
「人のこと言える?」
「言えない」
運転席から更に身を乗り出した。
目を合わせたまま、視界から背景が消えていく。
白い手からも、柔らかい頬からも、もう血の匂いはしなかった。
焦点の合わない視界の中で、きゅっと上がった猫目が少し柔らかくなった。




